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第102話 押し隠した心

 

 一通りの話を終え王城に行こうかとベネデッタさんと話していると、帰ってきたらエルフの国への出立について打ち合わせたいとアニーから告げられた。

 そういえばエルフの国に行く前にやらないといけないことがあると言っていたが、それは帰ってから聞くことにしよう。


 だが何より珍しく思えたのが、モアさんが王城行きを辞退したことだ。あれほど俺の傍を離れるわけにはいかぬと豪語していたのにも関わらず、だ。


「私にもやらねばならぬことがあります。避けては通れぬ道でございます」


 何のことかはわからなかったが、そうしたいというなら無理に連れて行くものでもないので留守番してもらうことにした。




 道中はベネデッタさんと二人、並んで通りを歩いた。

 何も話さないベネデッタさんは真っ直ぐ通りを捉え、スタスタと歩いていく。そして時折通りの一角を注意深く眺めては視線を戻し、建物や人の動きを見つめてはメモをする、を繰り返していた。

「何かの参考にするの?」

 俺がそう声をかけると、一拍置いて俺を見やった。

「そうです。適当な空き家があれば販売拠点にどうかと思い探していました。あとはどのような人々がこの区域に生活しているのかを観察しています」

 いわゆるマーケティングみたいなものか。確かに活動の拠点をどこに置くのかで変わってくるのだろう。

「あの、ジンイチローさん」

「うん?」

「あなたなら、どこに拠点を置くことを考えますか?」

 真剣な眼差しで見つめるベネデッタさん。

 適当なことは言えないな・・・。

「俺なら・・・そうだな・・・。中央城門から中央ギルドに伸びるメインストリー・・・表通りのどこかかなぁって思った。一番賑わいがあって、香りが届きやすくて、内外の人間が行き交う・・・そんな場所だから」

「なるほど・・・そう考えますか・・・」

「ベネデッタさんはどう思ったの?」

「私は貴族が多く在所する地点の近くかと思いました。結局のところ最初に購入を希望するのは貴族かと思いまして」

「確かにね。でも『文化を広げたい』というなら、貴族よりも圧倒的に多い一般の人達に向けたほうがよくないかい?文化というのはそこに暮らす人、生活そのものだから」

「・・・そうですね。どうも私はエルドランの先例を気にしすぎていました。私たちの所業で結果的にカフィンを『貴族の文化』にしてしまったのに、それを当たり前に思ってしまいました。グォール様のお言葉も、どうしてなのか私の中で『貴族先行』と解釈しているようですね・・・」

「まだまだカフィンの値段は高いかもしれないけど、最初から『貴族のもの』と思われると誰も手をださなくなるかも」

「そうですね。先入観なく、まなこを開いてもう少し観察したいと思います」


 わずかに口角を上げたベネデッタさんに、奥底にある『やる気スイッチ』を見た気がした。



 やがて王城に到着した俺達は、王に宛てられたイリアの書簡を持ってきたことを告げると、あっさり城門の中に入ることができた。

 とはいっても城門兵は俺のことを知っているようで、書簡を見せることなく「はいはい」と言ってすんなり開けてくれたのだが・・・。


 広い前庭を抜けて玄関で再び城門兵に書簡のことを告げると、ここでは伝達の為にしばらく待たされた。

 15分ほど経ったあと、ようやく中に通された。

 案内されたのは応接室のような客間。ここでもさらに30分ほど待たされた後にまた部屋を移動。

 その部屋でさらに15分ほど待っていると、現れたのは見たこともない妙に疲れ切った男性だった。ソファに腰掛けていた俺達は立ち上がって迎えた。


「待たせてすみません、ジンイチロー様」

「いえいえ・・・あの、アルマン王は?」

「申し訳ございません。急な申し送り事項が入り込んでしまいまして、代理で参りました。本来ならそれも内務大臣が行うのですが、病気のため公務停止しておりまして・・・」

「あぁ、あの方ですね・・・」

「申し遅れました。私は警備局長のノランと申します。私も公務を中断して参った次第です」

「お忙しいところを都合いただいてありがとうございます」


 ノランさんがどうぞと言って促してくれたのでソファに座った。


「ノランさん、これがイリアから王への手紙になります」

「ありがとうございます。早速王に届けます」

「それと、これも王にプレゼントしたいと思いまして・・・」


 俺は魔法袋からカフィンのセットを取りだした。


「これは?」

「エルドラン市発祥のカフィンと呼ばれる飲み物を淹れるための器具です」

「ほぅ・・・」

「本来なら王に直接お見せして楽しんでいただければと思ったのですが・・・」

「そうでしたか。折角ご用意いただいたのに――――そうだ、もしよろしければ私がこの道具の使い方を即席で学んで王に伝えるというのはいかがですか?」

「もちろん。使い方を覚えれば誰でもおいしいカフィンが飲めますよ。使い方は―――あぁ、俺が教えるよりもベネデッタさんからの方がいいか。ノランさん、こちらはエルドランから来たベネデッタさんです。カフィンを広く伝えるための、エルドラン公爵公認のカフィン大使です」

「ベネデッタです。よろしくお願いいたします」

「ベネデッタ殿、よろしく」

「ノラン様、早速ですがお湯をご用意いただけますか」

「わかった」


 早速ノランさんは給仕にお湯を準備するよう伝えた。

 お湯が来るまでの間、焙煎後の豆の挽き方と器具の取り扱いについて教示。ノランさんはメモを取りつつベネデッタさんの所作を観察していた。焙煎については説明のみに留め、どうしても教えてほしいとなればベネデッタさんが王城に出向くことになった。


 やがてお湯が到着すると、ベネデッタさんは早速セットしてお湯をカフィンの上に明けた。

 芳醇な香りが辺りに拡がると、ノランさんは目を閉じて鼻をスンスンと動かした。


「なんともいえぬこの香り・・・本当に豆から作られたのか?」

「間違いなく。初めての方は皆驚きます」

「だろうな。この香りだけで王に献上したいと思うお気持ちはよくわかる」


 ノランさんはカップに注がれたカフィンをまじまじと見つめ、小さく口にすすり入れると同時に目を見開いた。

「なるほど!この独特の風味は・・・鮮烈だ!」

「仕事で疲れたときに飲むと、とても気分が落ち着くんですよ。集中力も上がります。会議の飲み物に添えると一段と捗るかもしれませんよ」

 俺の言葉にカフィンを見ながらうなずくノランさん。

「確かに。だが好き嫌いははっきりする飲み物とも思えますね。無理に勧めるわけにはいきませんが、一度試してみる価値はありそうです」

 ノランさんの言葉にベネデッタさんはほっとしたように肩をなでおろして頭を下げた。

「ありがとうございます。焙煎後の豆は置いていきますので、王の御口に一口でもお含みいただければ幸いです」

「約束します。安心していただきたい」

「よかったね、ベネデッタさん」

「はい!」



 しばらくカフィンを堪能していたノランさんであったが、あまりにもリラックスしすぎて自分の仕事を忘れていたらしく、慌てて部屋を飛び出していった。

 こうして俺達は待ち時間の方が長かった王城での務めを果たし、城を出た。



 王都の様子を見て回りたいというベネデッタさんの頼みもあり、街並みをしばらく見て回ることにした。

 といっても俺自身でさえ王都のことは未だによくわからない。知っている通りや区画だけでもいいからというのでそうすることにした。

 まずは中央の通り。店が立ち並ぶ区域からギルドに至るまでの雰囲気を確かめたあと、住居区にあたる通りを歩いた。

 そして最後にハンス孤児院のある通りを歩いて最後・・・というところで、子ども達の声が響いてきた。


 しかし、いつもの元気あふれる子ども達の声とは違い、険を帯びているようにも聞こえた。

 ベネデッタさんもそれに気づいたようで、「何があったのでしょう」と不安げに俺を見やった。


 様子を見に行こうと話し、ベネデッタさんのうなずきを見てから孤児院のある方へ足早に歩いた。


 しばらく歩くと、孤児院の前に多くの子どもたちが外に出ているのが見えた。

 何事かと近づいてみると、子どもの一人が俺に気が付いた。


「あっ、ジンイチローのお兄ちゃん!」


 その声に反応した他の子どもたちが次々と俺を見やり、俺に飛び掛かるようにして抱きついてきた。

 皆、不安そうな面持ちだ。


「どうしたの?何があったの?」

「大変なの!変なおじさんがシアお姉ちゃんと話してるの!」

「えっ?」

「いつも付きまとってた人がいたんだけど、その人が別の人も連れてきたの!」

「えっ!?」

「お兄ちゃん、早く!シアお姉ちゃんがぁ・・・」


 子どもの一人が泣きだしたのを皮切りに、次々と他の子どもたちまで声を上げて泣き出してしまった。

「大丈夫だよ、大丈夫。お兄ちゃん来たから安心しな」

 しゃがんで優しく抱擁してあげた。ベネデッタさんも同じく子どもたちに接してくれた。

 彼女に子どもたちのことを任せて、俺は孤児院の中に入った。


 来客用の応接室にいるはずと思い、記憶を頼りに進んでいくと見覚えのあるドアを見つけた。

 ドアは開かれていたので中の声が聞こえてきた。



「ですから、私はここを離れません。あなた達の言うことは信用できません」

「いい話だと思うんですがね。あなたならきっと成功します」

「ほんとにしつこいですね!私はそんな仕事する気はありませんので!」

「ですがね、結構いいお給金もらえるんですよ?一月に金貨20枚は中々もらえませんよ?この孤児院のための資金として稼げるではありませんか」

「あなた方に心配されずとも十分足りています」

「そうですか?調べさせてもらいましたが、かなりのお金を借りていらっしゃるみたいですね。大魔法士様からもらうポーションを売って生活と返済を成り立たせているようですが、この仕事なら返済が一年以内に完済して、子どもたちも余裕で食べさせられます。なんなら大人になった時に渡せるお金だって蓄えられます。本当にいいんですか?貧しいまま大人の世界に放り出しても、結局あの子たちは貧しい生活を続けなければならないんです。確かにあの子たちはあなたがいなければ生活できないかもしれませんが、それはお金あってのものです。食べるためのお金がなければあなたがいようがいまいが関係ありませんよ。厳しいことを言うようですが、それはあなただってわかってることでしょう?そして、大人になった子どもたちが孤児院を出て何をしているか、あなただってご存じですよね?だから私のいうことも心のどこかで「その通りだ」とお思いのはずです。わたしはね、そんな境遇を不憫にも想いながらも、美しいあなたにこそ見込みのある仕事とも思い勧めているのです。悪いことはいいません。ぜひお考えになってはいかがでしょう?」

「っ・・・」


 息つく間もないぐらいの速さで説明した中年の男性の説明に、どこか思い当たる節でもあるのか、シアさんの反論が聞こえなくなった。

 しばらく無言の時間が続いているので登場するなら今かと思い、少しだけ部屋から離れ、靴音をわざと立てながら『たった今着きました感』を出して再度部屋に近づいた。


 ドアの前に立つと、部屋にいたシアさんと中年男性、もう一人の若い男性が俺を見た。


「じ・・・ジンイチローさん!」

「やぁシアさん。子どもたちが外で泣きわめいてるよ」

「っ!!」


 シアさんがはっとしたように俺を見て、すぐさま男性たちに視線を合わせた。


「あなた達のお話はお受けできません。お帰り下さい」

「はぁ・・・。とりあえず今日は帰らせてもらいます。また来ますからお話はそのときに再度させてもらいますわ」

「もう来なくて結構です!」

「ははは、まぁまぁ」


 中年男性は若い男性に「いくぞ」と小声で話すと、俺をチラリと見るもすぐに目を逸らして部屋を出て行った。

 男性たちが部屋を出て行っても、しばらくシアさんはテーブルに肘をついて両手で顔を覆って動かない。

 すると、外の方からギャアギャアと男性たちをけなす子どもたちの声が届いた。


「シアさん、あの人たちは建物を出たようだよ」

「・・・」


 微かな・・・聞きおとしてしまうほどの微かなため息が聞こえた。


「わかってるんです・・・あの人たちに言われなくても・・・私だって・・・」

「ごめん、実は少しだけだけど、話は聞かせてもらった。お金の事とか、『仕事』についても」


 俺がそういうと、シアさんは両手を顔から離した。わずかにその顔が赤みがかっている。


「お恥ずかしい話です。確かに父の代からの借金はあるのですが、それでも少しずつ返していたんですよ。ミルキー様のおかげで生活の目途は立てられるんです。でも、大人になったあの子たちのことを考えると毎日毎日不憫に思っているのはあの人たちの言う通りなんです。ここを出た子どもたちがどうしているかなんて・・・言われなくてもわかって・・・わかっでるわよ・・・ぞんなごどぉ・・・」


 目から涙があふれ、口を真一文字に固めるシアさん・・・。

 俺は彼女の傍に寄ると、自然と彼女は立ち上がり、俺の胸に顔をうずめて咽び泣いた・・・。




 しばらくそうしていたが、落ち着いたのか彼女から離れて涙を拭きとった。

 ここでようやく子どもたちの駆け込んでくる音が聞こえてきた。

 応接室を見るなり涙を拭くシアさんを見て、子どもたちが一斉に彼女の懐へ飛び込んできた。

 入りきれないほど子どもが入ってくると、部屋の外にベネデッタさんがいるのが見えた。

 そうか、彼女が・・・。

 俺は子どもたちの波をかいくぐって応接室を出た。

「ベネデッタさん」

「ジンイチローさん、男達はいかがでしたか」

「なんともいえないけど・・・。それよりも子どもたちを見てくれてありがとう」

「私は・・・別に何もしてませんよ」

「そんなことないよ。男達が出て行ったのにすぐに入らせなかったのは君の指示だろ?」

「えぇ、まぁ・・・」

 ベネデッタさんが子どもの波の中心にいるシアさんを見つめた。

「子どもたちから聞きました。あなたがシアというあの女性から信頼されていると。男達が去ってから2人が出てくるかと思いきや一向に現れなかったので、()()()()()()()()()()と思い、子どもたちを抑えていたんです」


 咽び泣くシアさんを見ただけでわかった。

 孤児院を出て行った者達の現実は、決して誰にも明かせずに彼女の胸の中に押しとどめていた。子どもたちの前では泣けない、辛い現実があったんだろう。


「ありがとう、ベネデッタさん」

「礼にはおよびません」


 すると、部屋から出てきた小さな女の子が、ベネデッタさんの隣に来た途端に、彼女の足に抱きつくように絡んだ。

 不安そうにシアさんを見ていた。

 ベネデッタさんはしゃがんで女の子の頭を撫でた。

「大丈夫よ。あのお姉さんはいつもあなたのそばにいるわ」

 女の子は無言でベネデッタさんに抱きついた。

 ベネデッタさんは女の子を抱きしめ、優しく背中を撫で上げた。

 そういえばこの女の子は俺が孤児院に入る直前に、「早く!」と急かした子だ。


 これほど短時間の間に警戒心なくベネデッタさんの傍に居られるということは、少なくとも子どもにとっては彼女を『危険』とは思っていないということだ。


 優しく女の子を包むベネデッタさんを見て、エルドランの倉庫で対峙したあの時の彼女の気持ちというものが、今さらではあるがどんな想いだったのかと考えさせられてしまった・・・。




いつもありがとうございます。

次回予定は1/20です。

よろしくお願いします。


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