第101話 ばぁばの家ですったもんだ
「さてジンイチロー、説明してくれるかしら?」
呆れ顔を見せつつも、それでも優しく微笑んでくれるアニー。
俺の横ではモアさんとベネデッタさんが静かにお茶を飲み、その横にいるフォーリアはお菓子をおいしそうに頬張り、なぜか知らないけどメルウェルさんとサリナさんがばぁばを挟むように鎮座し、俺の正面にアニーが座っている・・・そんな景色。
アリッサ達に乗って王都近くのあの丘に降り立った俺達は色々あったけど城門を突破。
王城に赴こうかと思ったが、イリアからは王への手紙を『急いで渡せ』とは言われていないので、まずはばぁばに会って無事を伝えたく、そのままこの家に帰ってきた。
帰ってきて早々にアニーの抱擁をもらったのだが、フォーリアとベネデッタさんを見て『仕方ないわね』とため息をつかれてしまった。
「えっと・・・旅の道中のことを説明すればいいのかな?」
「そうね、特にあなたの横にいる見知らぬ人について特に詳しく聞きたいわね」
ちらっとばぁばを見ると何やらニヤニヤしていて助け船を出してくれそうにない。
メルウェルさんはといえば、アニーを怪訝そうに見ていて状況を掴めていない様子。
それにしても王城を出たことはイリアから聞いていたけど、なんでここにいるんだ?
それに今までのメルウェルさんからは想像もできない、素敵なワンピースを着ていらっしゃるのだが・・・。
「まずはそちらの金髪の方の素性をお聞きしたいわ」
ベネデッタさんはカップを置いた。
「申し遅れました、私はベネデッタと申します。・・・あなたが私をやっかむお気持ちは察しますが、ジンイチローさんとはそういう間柄ではありませんので」
ベネデッタさんの物言いが微妙に空気を重くした。
「あら、やっかむなんて一言も口にしていないのだけれど?」
「そうでしたか。それは失礼しました」
再びカップを持ち、お茶を飲むベネデッタさん。
「ベネデッタさん、事のあらましを俺から話してもいい?」
「はい。構いません」
許可を得たので、俺はエルドランとキリマン村での出来事を話した。
俺に斬りつけたところはかなり省いたが、ベネデッタさんが俺に何をしたのかなんとなく察したのか、アニーはベネデッタさんを睨んでいた。
「・・・ということがあったんだけど、それは仕方ないことだったんだ」
「どうして?」
「彼女はその商会の会長の奴隷だったからさ」
「・・・奴隷?」
アニーがそういうと、ベネデッタさんは黙ってうなずいた。
聞いている面々もその言葉を聞くや否やベネデッタさんへ視線が移った。
「彼女はやむなく指示に従うしかなかった。でも今は違う。彼女の奴隷契約は解除されているからね。さっきも言ったように、カフィンの文化を広げるために王都とミニンスク、エルドランに行き来する役割を担っている。もう昔の彼女じゃない」
「そうだったのね・・・。ごめんなさい。知らなかったとはいえ軽率な態度を取ってしまったわ」
「いえ、気にしてませんので問題ありません」
「ベネデッタのことはわかったわ。次にその横にいるのは?」
アニーはフォーリアを見るが、彼女は気にもせずお菓子を頬張り続けている。
「ジンイチロー、菓子というものはうまいな!はじめて食ったぞ!」
「喜んでいただけて何より。作ったのはそこにいるばぁばだよ」
「そうか!こんなうまいものを食わせてもらって感謝する!」
ばぁばはうなずきながら微笑んだ。
「その年で初めて菓子を食べるなんて珍しいじゃないか。この・・・フォーリアはどこで知り合ったんだい?」
フォーリアはお茶でお菓子を流し込むと、一息ついてから立ち上がった。
「我はフォーリア!こうみえても龍である!」
「「「「「 ・・・・・・・ 」」」」」
アニーが可哀そうなものを見る目で俺を見た。
「ジンイチロー、この人大丈夫?」
「あ、いや、その・・・」
するとフォーリアは細い目でアニーを睨んだ。
「お主・・・失礼にもほどがあるぞ。我は本当に龍だ。『青龍』だ!」
「っていわれても・・・」
「おいジンイチロー、この屋敷の庭で戻ってもいいか」
龍化すると急に言われて驚いたが、皆を説得するにはこの方法しかないとも思えた。モアさんやベネデッタさんが証人ではあるが、なぜか我関せずとお茶を静かに飲んでいるだけだし。
その中でもばぁばだけは神妙な面持ちだった。
「じゃあみんな一旦玄関から外に出てくれないか?」
・・・ということで玄関に横一列に勢ぞろいした皆は、一人立つフォーリアの出で立ちを見守っていた。
モアさんとベネデッタさんは部屋で待っているという。
「ふふん、ではよく見ておれ。これが龍というものだ!!」
フォーリアから突如として発せられた空圧に、皆が目を丸くさせた。
もちろん俺もその一人だ。
龍化するときにこんな演出なかったはずだ・・・。
そしてむせ返るほどの白い水蒸気があっという間に俺達を襲った。
真っ白になった景色が少しずつ晴れていくと、そこには龍化したフォーリア・・・『青龍』が鎮座していた。
皆の口が開いたままふさがらない。
『我は青龍だ。名はフォーリアだ。名はジンイチローより授けられたのだ』
「ほ・・・ほんとに龍だったのね・・・」
アニーは震えながらも自信を納得させるかのように声を絞り出した。
何より感動していたのはばぁばだった。
青龍の姿を見るなり目から堰を切ったように溢れ出るものがあった。
「龍・・・この歳まで生きてきてその姿を見られようとは・・・」
ぐずり、と鼻をすすり、目に溜めていたものを手のひらで拭うとにっこりと笑った。
「青龍・・・いや、フォーリア、人間の姿に戻ってくれ」
ばぁばがそう言うと、小さく唸ったフォーリアがあっという間に人の姿へ変化した。
「どうだ、これでわかったろう?」
しかしこんな狭いところで巨大な龍が現れたと知ったら、王都の人はどう思うのだろうか。
いや、もしかして誰かに見られたとか?とはいえ大きな木が茂るばぁばの家だから大丈夫か。
そんな俺の心配を察してか、フォーリアが自信ありげにほくそ笑んだ。
「案ずるなジンイチロー。我の姿が見えんように木の背丈よりも小さくなるよう縮こまったわ」
すると、皆の切なる要望でフォーリアはもう一度龍化。今度は皆がフォーリアに寄ってその体を恐る恐る触れては感嘆の声を挙げた。
そうこうして部屋に戻ると、自然とメルウェルさんの話題に切り替わった。
「ミニンスクにいるイリアからはメルウェルさんのことは聞いていたんだ」
「イリア様がミニンスクに?何故?」
「穀倉地帯の一件での罰則として、進んでアルマン王に罰を受けることを望んだと言っていた。その罰が、ミニンスクのハピロン伯爵の資産管理の手伝いらしい。とはいっても貴族相手の仕事が多いようだけどね」
「そうでしたか・・・」
「・・・イリアの元へ戻るなら今のうちじゃない?」
俺のふっかけに、メルウェルさんはすぐに首を横に振って応えた。
「いえ、イリア様はもう大丈夫です。私がいなくとも要務を完遂するでしょう」
「そういうと思った。不安がっていたことは否めないけど、彼女なりに前に進んでいるよ。今度彼女に会う時は、友人の一人として会いに行ったらどうかな」
「友人・・・私がですか?」
「うん。イリアもきっとそれを望んでいるはずだよ」
「そうですか・・・。私の一つの目標が出来ました。ありがとう、ジンイチロー殿」
「礼には及ばないよ。それよりもどうしてメルウェルさんはこの家に?」
すると、ばぁばが手を挙げた。
「わたしがここに居ろと言ったんだ。そのうちやるべきことが見えてくるだろうからね」
「ふーん・・・」
「ジンイチロー、あんたはメルウェルを見て他に何か違うところがあると思わないかい?」
「うーん、強いて挙げるなら間違いなく着ている服だと思うけど」
ばぁばが途端にニヤニヤしてアニーを見た。
「聞いたかい、アニー。私の言った通りじゃないか」
「・・・鈍感なはずなのに」
失敬な物言いだと思ってムッとしたが、ふくれっ面のアニーを見て思わず吹いてしまった。
アニーがことさら残念そうに説明をはじめた。
「メルウェルが着ていた服があまりにも男臭かったものだから、ミモザのお店に行って買ってきたのよ」
白を基調としたワンピースは、襟元から下腹にかけて青の太いストライプを伸ばした清楚な印象を抱かせるデザインだ。襟には小さなリボンのワンポイントが刻まれていて、ミモザさんらしいかわいさを演出している。
「うん、かわいいよね」
「「「「「 ・・・・・ 」」」」」
「えっ?」
すると、モアさんが持っていたカップを置いた。
「ジンイチロー様。女性に対する突然の褒め言葉は、抵抗のない方にとってどれほど大きいものかご存知でいらっしゃいますか」
「・・・どういうこと?」
「さすがご主人様ですね。ご説明申し上げるより、メルウェル様をご覧になれば一目瞭然です」
メルウェルさんを見ると、俯いたまま震えている。
「やはり・・・この服は間違いだと思う」
メルウェルさんがそういうと、アニーがため息をついた。
「メルウェル、たまにはいいじゃない。それに・・・(なんでジンイチローが帰ってくるときに限ってそれを着てるのよ)ブツブツ」
ばぁばがメルウェルさんを見てカラカラと笑った。
「メルウェル、アニーの言う通りさ。それに毎日着なくてもいいのさ。何か特別なことがあるときに着れば気分も上がるってもんだ」
「特別なとき?」
うんうん、とばぁばとアニーがうなずき、アニーがため息をついて続けた。
「さて、メルウェルをからかうのはここまでにして、と・・・」
「な・・・わ、わたしはからかわれていたのか!?まさかジンイチロー殿、貴殿まで私の格好を笑いものにしようとしていたのか・・・」
メルウェルさんから黒いオーラが漂う気配を感じ、俺は必死に首を振った。
あの、ほんとに剣を抜こうとしないでください。
「ならいいのだが・・・」
ほっと胸をなでおろしたところで、ばぁばがサリナさんを覗き込むようにしてみつめた。
「そしてあんただが・・・実のところまだ詳しい事情を聞いていなくてね。アニーが今日連れ帰ってきたんだが・・・」
アニーもうなずいた。
「そうなのよね・・・。お困りのようだったから思わず連れてきちゃったけれど・・・」
サリナさんはうつむきながらも話してくれた。
「私はマグナ村の村長の娘、サリナです。1か月ほど前にジンイチローさんとアニーさん、それとイリア様にもご協力いただき、ゴブリンの軍勢を討伐くださいました。あの、遅れましたがあの時は本当にありがとうございました。おかげさまで村に活気が戻り、事件以前よりも治安が良くなりました」
俺とアニーはうなずいて応えた。
村の人にはイリアのことは告げていなかったのだけど、サリナさんは気付いていたのか・・・。
「で、私のことなんですが・・・丁度この時期はマグナ茸の時期なので売っていたんです・・・」
「村のためじゃないっていってたわね」
「・・・はい。私が売っていたマグナ茸は村のお金になるものじゃなくて、私の活動資金になるお金なんです」
「「活動資金?」」
俺とアニーが怪訝そうに言うと、サリナさんは突然立ち上がった。
「お願いです!わたしを・・・わたしを冒険者としてジンイチローさんの傍に居させていただけませんでしょうか!」
サリナさんの衝撃的な発言に、思わず「げぇっ」と声を出してしまった。
そして俺よりも早く反論したのはアニーだった。
「あなたねぇ・・・いくらなんでもそれは無理があるんじゃない?ジンイチローもそう思うでしょ?」
「まぁそうだね・・・なんというか突然すぎてどうしていいもんやら・・・」
「・・・」
ずずずうぅっ、とフォーリアがお茶をすする音が響いた。
そういえばこの龍も無理やり付いてきたな。
「無理は承知です。その・・・あの時の皆さんの戦いぶりを見ていて私は思ったんです。皆さんのように剣を振るい、魔法を操り、勇敢に戦い、私の大好きな村をこの手で守りたいって。今は村の若い人ががんばって支えていますが、それに頼りきりじゃいけないと思ったんです。だから冒険者として経験を積んで、少しでも役立てられるようにと・・・」
「なるほど、だからこその活動資金か・・・」
「はい。何事にも金はいると言って、父からマグナ茸を譲りうけました。この時期の特産物ですから高く売れるので・・・」
「お父さんは何て言って送り出してくれたの?」
「固い意志があるならいってきなさいと。ただし帰ってきたときは『戦える人間』として扱う、とも話されました」
なるほど、つまりすぐに帰るわけにはいかないというわけか・・・。
といっても、サリナさんは盛大に勘違いしている。
「ねぇサリナさん」
「はい」
「勘違いしているかもしれないけど、俺は冒険者じゃないんだよ」
「え・・・」
「今だから話せるけど、あの時マグナ村の依頼を受けたのはイリアのことがあったからなんだよ。冒険者業を主な稼業としてるわけじゃないんだ」
「そうだったんですね・・・」
「それに・・・色々なところに行っているのも俺にとって必要なことだから、というだけ。傍から見れば冒険者だけどね」
サリナさんの顔が曇った。
それを見てアニーは追い打ちをかけるように畳み掛けた。
「それに今のあなたの剣使いと魔法の技術はどれほどなの?足手まといになるほどなら連れていけないわ」
「剣は・・・ここにある剣は父のものです。家を出る時に初めて柄を握りました。魔法は・・・経験がありません・・・」
「じゃあやっぱり無理ね」
いつになくアニーが冷たい態度をとる。
虫の居所が悪いわけでもないだろうに・・・。
「アニー、もう少し言い方・・・」
アニーは細い目で俺を睨んだ。
「なに?ジンイチローはこの子の肩をもつわけ?」
「いや、肩をもつとかそういうわけじゃないけど」
「私はね、あなたのことを心配しているの。わかるでしょ?もしも未経験者のサリナが、これまであなたが戦った場所に居たらどうなっていたのか」
・・・ぐぅの音もでない。
想像できた光景は悲惨なものだった。
「結論は出たわね。マグナ村に帰りなさい」
「・・・」
力なく腰掛けたサリナさんは、俯いて肩を震わせた。
隣にいたばぁばがやさしく背中を擦りながらも小声で「ジンイチローにまかせな」と言っている。
そのばぁばが俺に目配せした。
なんとなく、ばぁばの言いたいことが分かった気がした。
―――サリナさんは、ついこの間までの『俺』だ。
「サリナさん、確かに君を連れて行くわけにはいかない」
サリナさんはわずかに顔を上げて俺を上目づかいに視た。
「だから提案がある。この家で特訓してみないか?」
「「 えっ!? 」」
アニーとサリナさんが驚きの眼差しを向けてきた。
「メルウェルさん、しばらくこの家にいるんだろう?」
「あぁ、まぁ・・・」
「ばぁばも暇つぶしにはちょうどいいだろ?」
「ふふっ、暇な時だけさね」
「俺は剣術も魔法も独自に覚えていったものだから、教えるなんてことはできない。でもこの家にはその道の達人がいる。その人からいくらでも学んで、盗んで、モノにするといい」
アニーが苦虫を潰した顔で俺とばぁばを交互に覗き込んだ。
「ほんとにいいの?ばぁばもいいの?」
「これでアニーのいう俺への心配はなくなったよ」
「私も暇なときに教えればいいのなら構わんさ」
はぁっ、と切れよくため息が漏れた。
「みんなに感謝しなさいよ。ジンイチローも・・・ほんとにどうしようもないんだから・・・」
「ありがとうございます!ジンイチローさん!ミルキー様も!」
「俺はいいんだよ。メルウェルさん、勝手に決めてごめんね」
「私は問題ありません。むしろ剣を振るうと生活に張りがでますので」
再びずずずうぅっ、とお茶をすする音が響いた。
「はぁ~、この飲み物はいい塩梅だな!ばぁば、もっとくれ!」
「はいはい」
「いやぁジンイチロー、お主についてきて正解だった!」
この龍こそまさにアニーのいう心配の対象に入ると思ったのだが、付いてきた理由についてはあえて伏せているので、誰とも共有が出来ずモヤモヤ感だけが残ってしまった。
「心中お察しします」とモアさんが小声で話しかけてくれたことだけが幸いだった・・・。
いつもありがとうございます。
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