shine
「お着替えです、主様!」
「お二方のものも、ちゃんとご用意しておりますよ!」
カズキとユウキが俺たちの部屋着を見繕って持ってきてくれたようで、更にそのついでとばかりに先ほど脱いだ血塗れの衣服は2人が手洗い中だった。
「あー、すまん!ありがとうな」
「いえいえ、執事さんがいないうちにじゃないと、俺たちが主様の世話焼ける機会なんて滅多とありませんから!」
「そうそう、ぜーんぶ独り占めしちゃって、意地悪ですよねぇ」
「………誰が、意地悪なのですか?」
やれやれといった表情をした2人の背後に、ジイドがゆらりと立っていた。
ま、禍々しい………雰囲気が禍々しい……。
全く関係がないはずのラルフも、バスタオルを片手に持ったまま冷や汗をかいて凍りついている。
「や、やっだなぁ〜もう!冗談ですよ〜、冗談冗談☆」
「だーれもジイドさんのことだなんていってませんよ〜?執事さんって、ほら!ジ、ジイドさん以外にもいっぱい居るじゃないですか!」
「シオン様のお世話係を務める執事ならば、俺しかいないと思うのですが?」
「………そ、そう、で、すね………」
「いや、だ、だって………ごめんなさい」
まったく、とため息をついたジイドがこちらを見る。その目は捨てられた子犬のようで、俺は少し言葉に詰まった。
「シオン様、貴方様の執事…近侍は、俺でございますよね?」
「ああ、ジイドだ」
「ありがたき幸せ。では、俺だけに、そのお世話をお任せください。さ、バスタオルを」
物言いたげな視線でこちらを見つめる双子や、呆れたような桐、鳴海、ラルフをガン無視して、ジイドは俺が手に持つバスタオルをそっと取っていった。
ああ、あの方々と話して居る暇があれば、先にシオン様のお身体を拭いていればよかった、などと後悔の言葉を垂れ流して居る。
「シオン様が風邪などお引きになれば俺は…!」
「深刻すぎだって、ジイド。ンなやわでもねぇしな」
「本当に貴方は主が好きだね………」
「ありゃ最早病気だろうぜ」
「少しお黙りくださいませお二方」
俺の身体を水滴も残らないようにまで拭きあげると、せっせと襦袢を纏わせて、魔導医務室へ向かうように促した。
俺がここまで怪我を負ったのが過去2回しかなかったため、過度なほどに心配しているようだ。
大丈夫、とその頭をくしゃりと撫ぜて、コートを肩に羽織ると3人を引き連れて廊下へ足を踏み出した。
「船長ご無事でぇぇぇえええ!!?」
「主ぃぃ!!良かった、ぅう、いぎ、生きてるぅぅあああ」
「ジイド!2人は!?っああ!生きてる!!全員生きてるぞお前らぁぁあ!!」
「うるっっせぇ生きてるよなんで突然生死問われたの俺ら!!?」
一歩踏み出すなり大歓声が耳をつんざいて、思わずその場で硬直する。
クルーが皆俺たちを心配してくれていたのはよーくわかった、が、なにぶん煩い。耳が痛い…。
「だってぇ!shine相手取るっていうのに俺らをおいて3人だけで行っちまったのは船長でしょ!?」
「SSキーの海賊団につっこんでったんですからそりゃ心配しますよ!!」
まあ御尤もだ。
空賊海賊山賊共に、それぞれ危険度の低いものから順に
Eキー、Dキー、Cキー、B-キー、Bキー、B+キー、A-キー、Aキー、A+キー、S-キー、Sキー、S+キー、SS-キー、SSキー、SS+キー、SSAキーという風に階級付けされる。
俺たち三脚や、『七将』たちは一部を除いて皆SSAキーだ。
勿論SSキーのshine相手だと俺たちエルラフの方がよほど強いが、それはあくまで『エルラフ』で敵対した場合だ。俺たちは『エルラフ』としてまとめて初めてSSAキーの空賊なのであって、俺単体がSSAキーなわけではない。
だというのに俺たち3人だけで殲滅に向かったのが、よほど心配させて、イライラさせたようだった。
「すまんすまん。まぁ実際、SS程度なら俺たちだけでなんとかなったろ?」
「ごめんな。次こんな事態になった時は、エルラフ全体で向かおう。俺たちがいない間、エルラフに残っていた戦力もだいぶ削がれてたわけだし……ああ、襲撃とかは?」
「ありましたよもう!船長たちが居なけりゃ雑魚ばっかだとか思ってたんでしょうねバーカ!!船長たち3人と残りのエルラフだと俺らの方が強いんだよ戦力的に!!流石に三脚とか七将相手になると俺らだけじゃ無理だけどでもそうじゃないなら絶対負けませんよクソったれ!!」
「お、おお……荒ぶってんな……」
話途中で思い浮かんで聞いてみただけなのだが、どうやら本当に襲撃があったらしい。
しかもきっと舐めきった態度での。馬鹿か、阿呆か……?めちゃくちゃキレてんじゃねーかウチのクルー。
俺たちが居ないとはいえ、エルラフに勝てると思っていたあたりからもう間違いだ。
クルー数人によってブルーシートに乗せられズルズルと引き摺られてきた男たち。
桐が憐れむような視線で彼らを見つめる。
しゃがみこんで、見下ろすように声をかけた。
「噛み付く相手を間違えたなぁ、きみ」
「ックソが……っ!!」
ひぃ、ふぅ、みぃ……計7人。ラッキーセブンじゃなかったな、お前ら。
七将に憧れでもしたのだろうか。…いや、彼らに憧れて7人なのならばそのうち仲間割れして解散するのだが、それでいいのだろうか。
俺はリーダーらしき男の後頭部を踏みつけて、首を傾げてみせた。
「仲間見捨てて尻尾巻いて逃げるっていうんなら、お前だけは助けてやっても良いぜ?」
実のところを言うと、エルラフの三分の一ほどはこうして仲間になっている。
自分だけ逃げるか、否か。俺がその問いを投げかけるのは素質のある者、瞳が実直な者のみ。
他?容赦無く斬り捨てるよ。当たり前だろ?これでも船長やってんだ、危険分子を取り込んで、皆を危険に晒すつもりはかけらもない。
(さあ、どうする?)
「ーーー逃げねぇ!!俺はこいつらと残るっ!!俺が死んでもこいつらだけは死に物狂いで逃がしてやるよ三脚の鬼が!!」
にぃと口角を吊り上げる。
こいつは当たりだ。
「お前のクルー、生かして逃がしてやる」
「………!」
「だが、代償だ。お前はエルラフのクルーになれ」
ジイドが両手に持っていた刀を取り、スラリと刀身を露わにする。
拘束する縄を切ってやって、その首に切っ先を傾けて顎を上げさせる。
「さあ、どうする?」
俺の男がじっと見つめ合う。どちらも目を逸らさない。
「………ここで俺がお前を殺しゃ良いんだろうが!!」
立ち上がるなりかかってきた男をひょいと軽々避け、刀を収めると深々とため息をついた。
しかし、俺の口元はきっと緩んでいるだろう。