やっと見つけたキミだから
これは高千穂ゆずる先生主催の「お題リレー」(http://www15.ocn.ne.jp/~yuzuru/odairirei.html)参加作品です。
佐藤恭一は、自ら可愛げの無い子供時代を送ったという自覚があった。
同級生が夢中になっている戦隊ヒーロー物や玩具に、同じような興味を持てた事など一度だってなく、だがそんな事を言えば仲間外れにされるのは判っていたから作り笑いを覚えた。
話に乗るフリをして、内心で何を思っていたのか。
当時の流行物の名前など一つとして正しく思い出すことがないほど、全てに対してあまりにも無関心だった。
「弥生中学出身の木島孝祐です、よろしく」
――あの日、彼に会うまでは。
●
「佐藤!」
背後から呼ばれて振り返る。
駆け寄って来る木島孝祐は困っているのか怒っているのか、そんな微妙な表情。
「なに」
「なにじゃねーし!」
手を伸ばせば容易に触れられる至近距離まで来て止まった彼は、拳を握り締めながら早口に捲くし立てる。
「さっきのHR、なんで俺が「あかずきん」なんて役やるの反対しなかった!? おまえだって自分の相手役がこんなごつくて可愛げのない「あかずきん」じゃ萎えるだろうが!」
夏休みが明けて一月後、九月の第二土曜、日曜に開催される学校祭の演目としてクラスが催す事になったのは、劇は劇でも、声のみの朗読劇。
クラスで創作が得意な少女が脚本を担当し、放送部に所属しているから読むのは得意だろうという理由で主役「あかずきん」に抜擢されたのが、いま目の前に現れた孝祐だ。
ちなみに恭一は相手役こと「狼」役。
孝祐の言う通り、放送部に所属しているなど勿体無いという声が聞こえてきそうな背丈一八〇近い恵まれた体格をした彼が、原作によれば年端も行かない幼く華奢な少女を演じると言うのは違和感があり過ぎる。
とは言え、誰がどんな役で自分に関わってこようとも別段気にならない恭一だ。
しかし「別に」と素っ気無い返答をしようものなら面倒な事になりかねない。どう答えたものか、そんなことを考えるのすら面倒だと思いつつ、面には作り慣れた笑顔。
「西堀さん言ってたろ、違和感のある木島が演るから面白くなるんだって。彼女に任せてどんと構えていたら?」
「だからって「あかずきん」だぞ!?」
あぁうるさい。
そう思うも顔だけは笑顔。
「大丈夫、大丈夫」
「何が大丈夫だーーっ」
……あぁ、うるさい。
●
高校入学と同時に同級生となった木島孝祐は、様々な中学、時には地方からの入学者も集まるクラスで気付けばムードメーカーになっていた。
学校祭の劇で主役に任じられたのも、読むのは得意だろうという質素な理由ばかりではなく彼自身の人望があってのものだと思う。
(それにしても少しうるさ過ぎるな…、まぁ、あんなにコロコロと表情が変わるのは見ていて飽きないと思うけど)
笑ったり怒ったり、落ち込んだり、時に見せる何かを企むような表情はクラス全体に影響して良い雰囲気を生み出す。
HRで学校祭の演目を決めた時もそう。
彼に「あかずきん」を演らせようと画策する面々への反応一つ一つがクラス中を笑いの渦に巻き込んでいた。
(からかい甲斐があるというか…)
思わず頬が緩む。
と、それまで存在自体を忘れていた隣に並ぶ少女が小首を傾げて恭一を呼んだ。
「佐藤君…。……初めて見た、そんな顔して笑うなんて」
「ん?」
しまったな、とは思うものの相変わらずの作り笑いで応える。
彼女は三週間ほど前に告白されて付き合う事にした相手だ。
特に「好き」といった感情が伴うわけではなかったが、断る理由も見つからなかった、それだけ。
恋人という存在は、居て損はない。
「なにか良い事あったの?」
「どうかな。学校祭の劇で準主役を演る事にはなったけど」
「えぇ? すごい、おめでとう! 絶対に観に行くね!」
何がすごいのか。
何がめでたいのかも、さっぱり判らない。
それでも相手が喜んでいるなら、それで構わないと聞き流す。
(こんな自分は…木島とは正反対だな……)
彼の周りにはいつも人が集まる。
笑顔が溢れている。
対して自分は。
(……まぁ、それもどうでもいいか。考えるのも面倒だし……)
呟くと同時に我知らず吐息が漏れた。
心の奥底の空虚を思い知らせるように。
●
朗読劇の練習は順調に進んでいた。
夏休みを終えて本番までいよいよ一月を切った頃、季節の風には秋の冷たさが滲むようになり、恭一の隣に立つ少女は変わっていた。
もともと好きで付き合った相手でなければ、交際中に感情が動く事もなかった。それを察した相手から別れを切り出されても、彼自身は痛みなど感じない。
「いいよ、わかった」
笑顔で返せる自分は酷い人間だとつくづく思う。
けれど恭一がフリーになったという噂が流れると新たな女の子が好きだと言いに来て、やはり断る理由を見つけられないからそれを受けとめる。
こんな酷い自分の悪い噂でも流れてくれれば言い寄ってくる女の子もいなくなるだろうにと思うも、彼は基本的に誰にでも優しい。
特別など知らないから万人に平等であれる。
その優しさは、少女達に一抹の望みを持たせるには充分だったのだ。
「おまえはズルイ!」
劇練習の合間の休憩中、台本を片手に座る恭一の傍で捲くし立てたのは孝祐だ。
「なんでおまえばっか次から次へとカノジョが出来るんだよっ、俺とおまえの何が違う!」
あかずきんと狼、相手役という縁で親しくなっていると思い込んでいるらしい孝祐の態度は日に日に遠慮を欠き、今ではこの通り。
「モテる秘訣みたいなもんがあるなら教えろ! さぁさっさと吐け!」
「ばっか木島、どこが違うもおまえと佐藤じゃ全然違うっつーの。鏡見て来いー」
「何だと!?」
「同じなのは背丈くらいじゃん」
周囲の同級生も不自然なほど自然に恭一の周りに集まり、好き勝手な事を言う。
「あれだよ、木島君は子供っぽいの。佐藤君は何ていうかな…こう、大人な雰囲気があるんだよね」
顎に手を掛け、それこそ大人びた台詞を言うのは今回の劇の脚本を手掛けている少女だ。
「女の子にとったら雰囲気が大事なのよ。木島も少し見習って精進したら?」
「俺に老けろってか!」
孝祐のその反論には、さすがに恭一も眉を顰める。
「……俺が老けてるってこと?」
「あぁあ言っちゃったよ木島」
「もうちょっと言葉の選び方ってもんがあるだろーに」
「なっ…別にそんなつもりじゃ…ってかおまえらだって…!」
「私達は大人っぽいって言ったの」
「そうそう、老けてるなんて失礼な事言うのは木島だけだよ」
「くっ…」
すっかり一人悪役になって言葉を詰まらせる孝祐に。
「――」
恭一は目を瞠り、まずは絶句。
そうして気付けば、……笑っていた。
「っ…」
くっくっ…と肩を震わせながら声を殺すように笑う恭一に、今度は周囲の面々が絶句。
「…………佐藤君が笑ってる」
「へぇ、おまえもそんな風に笑うんだ」
「え?」
「なんだ、その方が全然イイじゃん」
孝祐が見せた笑顔。
屈託の無い。
――嘘のない、心からの。
トクン…
心の奥底にあった空虚で音が鳴る。
初めて聴く。
感じる、音だった。
●
ずっと一人でも構わないと思ってきた。
誰かに心動かす事も面倒で、それが自分ならば仕方ないと諦める方が何倍も楽だったからだ。
(なのに……)
どうして孝祐といるだけで、自分の周りにも人が集まるのだろう。
なぜ四方八方から笑い声が聞こえるのか。
そしてなぜ、それを心地良いと感じてしまうのだろう。
(今更なのに…)
考えれば考えるほどにクラクラとして来て、深く考える事など滅多にないから、たまに悩むと知恵熱を出す。
それも昔からだ。
(まいった)
体調が悪い。
けれど、それを親にすら言えない。
そういう生き方をして来てしまっている。
(…っ)
登校して、友人と呼ぶのも躊躇われる知人に声を掛けられれば何気ない態度で応える。
自分に好意を示してくれる彼女達にも、弱い自分など見せられない。
下手に関わられては面倒でしかないから――。
「恭?」
「っ」
不意に呼ぶのは、気付けば名前で呼び始めていた孝祐。
今まで誰一人自分を下の名で呼ぶ事などなかった。付き合って来た彼女達ですら近寄り難い雰囲気があるからと常に「佐藤君」だったのに、孝祐はそんな事を気にする素振りも見せない。
「おはよ、恭。――どうした?」
「なにが」
「具合悪そうじゃね?」
言いながら伸びてくる手は、その額に。
「! 何だよっ」
慌ててその手を振り払えば、孝祐はきょとんと不思議顔。
「おまえ、やっぱ熱あんじゃん。いまの手、すげぇ熱かったぞ」
驚いた。
顔を合わせただけで体調の不良を見抜かれたのも驚きだが、そうして心配するような言葉を掛けて来る事が。
「保健室で休んで来いよ、担任には言っておくから」
「っ、いい。余計なコトをするな、俺の具合なんかおまえに関係ないだろう」
保健室になど行ってたまるかと思いながら返せば、孝祐の眉間の皺が深くなる。
「関係ないわけないだろ、おまえ劇の主役だぞ?」
「は?」
「学校祭まであと少しなんだから、ここで倒れられたら困るんだよ。おまえが狼じゃなかったらクラスの奴等が言うような喜劇にならねぇぞ」
「――」
そんな事を言う孝祐に、恭一は一体何を言えただろう。
「来いよ」
「え」
腕を引かれて慌てる。
「保健室になんか行かないぞ」
「判ったって。だからこっち」
「ぁ、おい!」
強引に引っ張られ、連れて行かれたのは裏門に近い校庭の隅。
秋というには早い木々の葉はまだ緑濃く生い茂り、場所によっては人二人の姿くらい容易に覆い隠してくれる。
「天気良くてラッキーだな」
意味が判らずも、されるがまま。
孝祐は上着を脱ぐと芝の豊かな地面にそれを放る。
「さ、寝ろ」
「――なに?」
「少し休めっての。こういう場所で寝るとさ、たった一時間でも元気になるぞ」
「……経験談?」
「おぉ、俺がサボる時の特等席だ」
そうして、屈託無く笑うから。
――……トクン……
心の奥底。
ずっと何物も寄せ付けなかった空虚に鳴り響く鼓動。
もはや抵抗する気も失せて言われた通りに横になれば、上着から香る孝祐の匂い。
「……っ」
奇妙な感じがした。
けれど、それは決して嫌なものではなく。
むしろずっと欠けていた何かを埋めてくれるような、そんな望みを抱かせた。
どうしてだろう。
(……俺、……)
此処に居たいと思った。
居られるだろうかと、願った。
まるでずっと探し続けていたものをようやく見つけ、手に入れたような安心感。
再び見失うのではいかという不安感。
「……木島、教室に戻るのか?」
「なんで?」
問い掛けに、問い掛けが返る。
「こんな気持ちの良い場所、おまえに独り占めさせるわけないだろ」
そう笑う彼の本心が、自分を案じてくれているからだと伝わってくる。
……判る。
「ゆっくり休め、一時間もしたら起こしてやるからさ」
笑う彼に、恭一も微笑った。
――……やっと、見つけたのかもしれない……
晩夏の木々の葉に遮られるも暖かな陽射しを受けたその場所で、恭一は知る。
次に目が覚めたら、自分は変われるだろうか。
新しい一歩を踏み出せるだろうか。
キミと、一緒に。
そんな祈りを抱きながら、恭一はその瞳を伏せるのだった。
―了―
この後に孝祐に彼女が出来て、恭一は水泳部の部長と関係持って…と続きます。
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