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ルーチンワークと猫

作者: やしろくま

 私は朝、必ず六時三分に起床する。まず六時ちょうどにアラームが鳴り、それを止める。そこから布団の中で伸びをして、ぐぐぐっと体をなじませる。布団の中から手を伸ばしてカーテンを開け、その日の天気を確かめる。そこで、やっと六時三分。私は起床する。

 このルーチンワークを欠かすことなく十年がたった。仕事がない休みの日でさえ、私は六時三分に起床する。なぜなら、それが心の安心をもたらすからだ。

 

 この法則に気が付いたのは高校生の時だった。それはある年のお正月で、親戚一同が実家に集まり宴会をしていた。私は当然お酒を飲めないので、その時間は苦痛で仕方なかった。だからだろう、お正月とは疲れるものだと思っていた。しかし、その疲れは宴会もやおらおわった三が日にも続いていたのだ。なぜだろう、私は考えた。そして、その疲れは平日学校で過ごした後に訪れるものと種類が違っていることに気が付いた。そう、それは普段とは違うからこそ起こる疲れなのだと思いいたった。

 つまり、体を休めようと無理に横たわり続けると、余計に体が疲れてしまうような感覚。初めて通る道と、よく馴染みのある道を全く同じ時間歩いたとき、初めて通る道の方が疲れて感じるあの感覚だ。

 それゆえ、私は高校生の内からルーチンワークの信者になっていた。社会人になった今でも、最も大切にしているのは自己の尊厳でも、定時に帰ることでもない、ルーチンワークを守ることだった。


 四月。雪も解け、日のさす時間が長くなり、暖かい陽気が続く。季節が変わったからといえ、私はルーチンワークを変えることはない。春には春のルーチンワークがあるのだ。

 いつもと同じ道を、いつもと同じ時間に通る。気が付くのは、私以外にもルーチンワークの信者が数多くいるということだ。ごみを出す主婦も、車で通勤するサラリーマンも、まだあどけない小学生でだって、いつも同じ時間に朝を過ごしているのだ。それもまた、私の心の安静をもたらしてくれる。


 そんな時、道端に黒い毛玉があった。いや違う。それは黒い猫だ。初めて見る。この時、私が考えたのは、ルーチンワークが壊れてしまわないかという不安だった。いや、通勤時間にそんなことを考えてしまった時点で、もうすでにルーチンワークは壊れてしまっているのだが。

 私は極力猫を視界から外しながら歩いた。しかし猫は、私を見つけるとなんと、喉を鳴らしながら私の足にすり寄ってきたのだ!

 ごろごろ、ふにゃーん。

 甘えた声を出す黒猫は、野良のくせにニンゲンを好いているようだ。野良のくせに、そうやって生きていけるのだろうか。もっと警戒心を持ったらどうだ。

 あけっぴろげな黒猫は、私の足元で仰向けに転がり、おなかをこちらに向けている。やめてくれ。そんなことをされては撫でなくてはいけないではないか。

 私は猫が好きではない。決して好きではない。なぜなら、彼らは全然ルーチンワークを守らないからだ。しかし、こんなに甘ったれな猫がいては、撫でてやらない私の方がむしろセオリーを無視している気がして仕方ない。

 おなかを撫でてやる。そうすると黒猫は満足そうに鳴いた。

 やれやれ、今日はどっと疲れてしまった。

 私は猫が満足するまで、おなかを撫でてやった。 その時、先の交差点を車が右から左へ駆け抜けた。

 そのことに気が付いたとき、私は愕然とした。

 なぜなら、その道は一方通行なのだ。


 私は必ずその道を通る。そして、いつしか私の中で車は左からしか来ないものだと、ルーチンワークに組み込まれてしまっていた。

 私は気を取り直して歩きだす。

 足元では黒猫がにゃあと言った。


「ルーチンワークの信者、愚か者なり……だにゃあ」


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