第7話:夏祭と夏休み
季節は7月の中旬。梅雨の季節が終わり、セミがけたたましく鳴き声を上げる季節。白鷺学園は私立高校とはいえ例にも漏れず夏休みがある。むしろ公立高校よりも始まるのが少し早い気がする。学生警察は文字通り学生なので夏休みの間は仕事がなく他の学生と同じように休みを満喫している。まぁ、もちろんその間の給料は振り込まれないのだが。
「せっかくの夏休み初日なのになんでこんなことにぃ……」
俺は夏休みの初日、成宮さんを部屋に呼んでいた。
「今日中にほぼ全て終わらすぞ、成宮さんを野放しにしておくとどうにも嫌な予感がしてならない」
成宮さんを部屋に呼んで何をするか、決まっている。夏休みの宿題を早めに終わらせてしまいたい、これも先日おじさんに「本当に申し訳ないが……」と願いされた。念のため久米さんにメールしてみると案の定去年は夏休み終了ギリギリに泣きついていたらしい。ならば早いところ片付けてしまえという思惑だ。1学期の期末テストについても俺が勉強を見ていた事もあって成宮さんはなんとか夏休みの補講を免れた。
「冷房もつけてるんだ、早いところやっちまおう。少しでもサボろうとしたら冷房止めるからな?」
「えぇー……わかったよぉ」
成宮さんは渋々宿題にとりかかる。そろそろ昼ご飯という時間だろうという時だった。
「おぉーい!渉ー!」
バンバンと俺の部屋を激しく叩く音、それと大声を出す忍の声が聞こえてくる。
「忍か、ちょっと待っててくれ」
玄関まで向かい鍵を開けてからドアを開く、同時に部屋へ入ってきた忍は少し止まってから。
「いや、すまん……日を改めるわ、なんか、ごめんな渉……」
そっと出て行こうとする、俺はとっさに腕を掴む。
「いや、何の用だ。ちょうど昼時だし成宮さんが軽く作ってくれるそうだからせっかくだし食っていけ」
「いや……お、おう……」
忍を部屋に上げ話を聞く。
「いやな、慧の奴がついに動こうとしている」
「つまり、どういう事だ?」
「海沿いの高台に神社があるのはわかるか?」
「ん?あぁ、行った事はないが眺めがいいという話を聞いて一度行ってみたいとは思っているんだ」
白峰市の海沿いの高台にある神社。土着神を祀っている神社でそれなりに大きい。またそこの神主のお孫さんが白鷺学園の生徒だとか、この前地元週刊誌で美人すぎる巫女という特集が組まれていたような気がする。
「そういえば、来週末に夏祭りと花火大会があるんだよ!」
台所で昼飯を作りながら成宮さんが教えてくれる。
「そう!そこなんだ!その夏祭りでついに慧が久米さん告白するらしい!」
「なんだと!成宮さん午後の宿題は中止だ、冷房の温度下げるぞ。成宮さん冷蔵庫にプリンが3つあるから食後にそれを出そう」
俺は大急ぎでテーブルの上を片付ける。
「忍、詳しく聞かせてくれ」
「いや、それがな……俺や渉も手伝うって言ったんだが断られちまった。この前の一件がどうにも尾を引いてるようだ」
この前の一件、ゴールデンウィークでの水族館の事だ。俺と成宮さんが仕組んだ事が後にばれてしまい慧の機嫌を損ねてしまった。何かあったら相談するとは言われたが、手伝ってくれなくても良い、自分の力で頑張りたいと言うので任せていた。期末テストの勉強も2人でしていたらしい。
「ふむ……じゃあ俺達にできる事は……」
「だねー、私達に出来る事は応援してあげる事くらいじゃないかな?後は、邪魔が入らないようにとか!」
昼飯を作り終えた成宮さんが3人分のパスタを運んでくれる。
「いや、俺が言いたかったのはまぁ慧の件もあるんだけど渉に夏祭りがあるって事を伝えたかったんだ。あ、いまだきます」
忍がパスタを食すと目を見開く。
「え、旨くね?麺の方は市販のやつだろ?え?旨くね?」
「ふふーん、私のクリームソースは絶品だからね!」
成宮さんが嬉しそうにしている。長い事父親と2人で暮らし、料理を得意としてる成宮さんの料理は確かに美味しい。
「いやー羨ましいな渉!こんな旨いもの毎日食ってんの?」
「別に毎日じゃない。だが、確かに成宮さんが飯を時々作ってくれるようになってからはスーパーの弁当やインスタントじゃどうにも物足りない……」
俺もパスタを食う。寮にいた頃の飯も美味しかったがはるかに凌駕している。
「七条君は手料理らしい手料理を食べた事なかったらしいからね……これで少しでも舌が肥えて自炊してくれるようになってくれると私は嬉しいかな!」
自炊……自炊かぁ……
「無理だな!」
「えぇー……」
「なんかもうお前らが付き合ってないっていうのが逆に不思議だわ……」
忍が呆れる。そんな事言われてもなぁ……
「ん、ごっそーさん!それじゃ、さっきの話を伝えたかっただけだから俺はそろそろ行くわ」
「え、おいプリンあるぞ?」
「いや、俺この後少しね?久しぶりに近所に住んでた姉ちゃん帰ってくるからさ」
忍は少し恥ずかしそうに目をそらしながら頬を掻く。なるほど、そういうことか。
「あー、なら2つ持ってけ、頂き物で高いもん貰ったんだ。まだあるから」
「そうか、なんかすまんな……」
「その、なんだ……上手くいくといいな?」
「ん、ありがとうな渉!当たって砕けてくるぜ!」
冷蔵庫からプリンを2つ取り忍は帰って行った。帰って行った。
「神崎君、どうしたの?」
忍がその近所に住んでいた人にどういう感情を抱いているのか、成宮さんはその事に気付いていないようだ。
「いや、なんでもない。それよりも今日は終わるって言っちまったしプリン食ったら帰っていいぞ」
「ん?本当!?やったー!」
「その代わりその夏祭りの前日までには全部終わらせるから覚悟しておけよ」
「わかってるわかってる!あー……でもそっか、縁は菱川君とお祭りいくのか。私はどうしようかなぁ」
「別に久米さん以外にも友達は居るだろ?」
「そうなんだけどね、去年は縁と行ったし、中学の頃の友達はもう高校で新しい友達いるみたいだし……とりあえずみんなに声かけてみようかな!よっし、じゃあ私はお買い物とか行きたいからそろそろ帰るね。七条君またねー!」
成宮さんは食事を終えプリンを食べてから家へと帰る。
「夏祭り、か……」
東京にいた頃は夏休みだというのに治安の悪さのせいで見回りの仕事があり夏祭りなんて楽しめた事はなかった。
「白峰は、随分と平和なところだ」
先月起きた事件で負った右腕の傷跡を撫でながら呟く。白鷺学園への辞令を出したのは他でもない課長だ、だとしたらきっとこれは。
「しばらくはのんびりと暮らせ、って事なのかな……」
東京にいた頃はあまりにも日常的に問題にぶち当たっていた、何もない日はすぐに部屋に帰りゲームだ漫画だと1人で、室内でできる事に没頭していた。
「環境が違うとここまで違うのか、最近は毎日が本当に楽しい」
夏祭り……か……あれ?
「慧は久米さんとだろ?忍は今日のが上手くいけばその人とだろ?」
………………。
「俺は誰と行けばいいんだ……?」
まぁ、1人でフラッと行ってみるのも良いかもしれない。夏祭りなんてものを体験した事もない、なら1人で行くのもきっと楽しい。
そうして夏祭りの日、忍からの情報収集不足のせいで何時頃なのかということもさっぱりわからない。
「おーい!七条くーん!」
夕方頃、そろそろ向かおうかという時にインハーフォンを鳴らしながら成宮さんが俺を呼んだ。
「どうしたのさ成宮さん、友達と行くん……じゃ……?」
出かける支度を終え玄関を開けた先には浴衣を着た成宮さんが立っていた。赤を基調とした花柄の浴衣、普段から活発な成宮さんにはよく似合っている。
「いやぁ、本当はもう少し早く来たかったんだけどなにせ1年ぶりの浴衣だから着付けに少し時間がかかっちゃって。ねっ、どうかな?」
くるりと回ってく浴衣を見せてくれる成宮さん。もちろん可愛らしいとは思うのだが。
「なんでわざわざ俺の所に……?」
家の鍵を閉めながら一番の疑問を投げかける。
「いやぁ、それがねーみんなもう他の人と約束しちゃってたみたいで。それも全員男と!なんか私も悔しいから数少ない男友達でご近所さんの七条君を誘っちゃおうかなーって。あ、もしかしてもう神崎君と約束しちゃってた?」
「いや、忍のやつも一緒に行く相手が決まってるみたいだから1人で行くつもりだった」
「そっかそっか!それならちょうど良かった!それいじゃあレッツゴー!」
成宮さんがカツカツと下駄を鳴らしながら先行する。
「えっとね……花火は暗くなってからで、お祭り自体は結構遅くまでやってるんだー」
「具体的には?」
「うーんとね、片付けが始まるのが日付変わってからかな?」
「俺達はまだ学生だぞ?23時には家にいるべきだ」
「えぇー、七条君ロマンがなーいー!」
「仮にも警察なんだから規則を破る訳にはいかないんですー」
家が近い事もあり接する機会が多かった俺達はいつの間にかふざけあえる仲になっていた。クラスじゃ時々夫婦漫才なんて言われ方もするが俺達はあくまでも異性の友達だ。お互いがそう認識している。異性の友人なんてのは今までいなかっただけあってとても心地が良い。
「それにしてもさ、菱川君上手くいくといいね」
「あぁ、そうだな。慧には上手くいってほしい、なんせ俺の最初の友達だ」
「あはは!七条君は本当に友達思いだよね。菱川君を上級生から庇った時はかっこ良かったよー?」
久米さんとこのところ仲の良かった慧は久米さんのファンを名乗る上級生から嫌がらせを受けていた。見兼ねた俺は上級生を問い詰め、結果的に慧と久米さんをかばう事になった。
「事件の時の怪我が治りきってない時に殴られるとは思わなかったけどな。まぁ俺としては殴ってくれる方が後処理が楽で良いんだが」
学生警察とはいえれっきとした警察官だ。そんな人間に手を上げたとなれば無論暴行や公務執行妨害でしょっぴく事ができる。
「これでも向こうにいた頃よりは平和だよ」
「東京っていうのは恐ろしいところだね……」
そういえば……
「上手くいくと良いな、ってのは忍もか。結局メールの返事はなかったし、上手くいってりゃいいけど」
「ん?神崎君がどうしたの?」
「んーや、なんでもない。ほら行くぞ、下駄履いてるんだからゆっくりな。転けたら祭りどころじゃないぞ?」
「わかってるってー!」
空がオレンジ色に染まる。太陽はすでに見えなくなっている、だが空と同じようにオレンジ色に染まる海に向かって歩く。夏祭り、俺の知り得ない世界がそこにある。友人の幸せもそこにある。
そんなわけで白鷺学園も夏休みです。学生の夏休みといえばそれはもうイベント満載です個人的に7月8月で何話使おうかなんて悩んでいます。思えば慧君縁ちゃん関連は2話使っている気がしますがきっと気のせいでしょう。恋愛ものなんて私自身経験がなさすぎて上手く書けるかわかりませんが頑張りたいと思います。
キャラクターの名前は名前は一文字で統一しているのはなんとなく気付いていると思います。本当は苗字も二文字で統一したかったんですが課長が三文字になってしまいました。
そういえば白鷺学園は「しらさぎがくえん」ではなく最初にルビを振ったように「はくろがくえん」です。わかる人にはわかるネタかもしれませんね。
それでは次の話で会いましょう。次はどうなるかなぁ…