第4話:作戦と水族館
「えぇと……渉、なんで僕は君と水族館に居るんだい?」
「いや、せっかく白峰市に立派な水族館があるから一度来てみたくてな。忍はバイトみたいだし。野郎2人ってのも悲しいが……」
来るゴールデンウィーク、5月の2日日曜日。俺は慧を誘って白峰市にある大きな水族館に来ていた。
「まぁ、良いけど。それじゃあ入ろうか」
「あれ?おーい!七条くーん!菱川くーん!」
「ん?あれは……成宮さんと久米さんだな、なんでこんなところに」
慧が水族館の入り口に向かおうとしたところ後ろから成宮さんに大きな声で呼ばれた。振り向くとそこには成宮さんと久米さんがこちらに向かって走ってくる。
「えっ、久米さん!?」
当然ながら目を見開く慧。
そして、なぜこんな事になっているかだが、それにはこの前の夜まで遡る必要がある。
成宮さんと2人で慧の恋愛成就について色々話している時に成宮さんが提案した作戦だった。
「白峰市って、大きな水族館があるのは知ってるかな?」
「ん?あぁ、あの海沿いにあるやつか。確かに大きいな、いつか行ってみたいとは思っていたが……アレがどうした?」
「あそこにね、私が縁を、七条君が菱川君を日曜日に行こうって誘うの。理由は……七条君なら一度行ってみたいって理由で良いと思う、それで偶然を装って合流する」
「なるほど、なかなか策士だな成宮さん!」
「私も親友には幸せになって欲しいからね、相手が菱川君なら大丈夫そうだし、ね?」
「時間は……朝からで良いだろう。忍を誘わないのは不自然だろうから、あいつには先に伝えておこう。何かしら理由をつけて俺と2人になるように出来るだろう」
「わかった!ふふっ、純粋に水族館も楽しみなんだよね。最近行ってなくて」
「それは俺もだな。あそこまで大きいと何があるのか楽しみだ」
「2人も水族館に来てたんだね……せっかくだし、一緒にまわらない?」
「えっ?そ、そうだね!せっかくだし一緒に行こうよ!」
俺達の手筈では今の提案は成宮さんがして俺が了承する流れだった。久米さんの方から提案してくるとは思わなかった。
「おう、特に問題はない。野郎2人じゃ寂しいなって話してたところだ」
「え、ちょっと渉!?」
少し手順は違ったが向こうからの提案なら好都合だ。
「なんだ慧、なんかマズイことでもあるのか?」
「い、いや……ないけど……」
俺と成宮さんは慧にバレないように目を合わせて笑う。
俺達は水族館に入ってから色々と見て回る。この水族館には白峰市近海で見られる海棲生物から珍しいものまで幅広く揃えているらしい。見たことあるものから見たことないものまで色んな生物がいて見てて飽きない。
「おぉー……すげぇな、やっぱ水族館ってのは飽きがないからとても良い」
「七条君水族館好きなの?」
「おう!海ってのは未知の領域だからな。泳げないわけじゃないが海の中ってのは見ようと思っても見れるもんじゃない」
「白峰は夏になればスキューバダイビングあるから夏休みとか行ってみればどうかな?」
「本当か!やっぱ海のある街は良いな」
慧と久米さんを2人にするために成宮さんが俺と並んで歩く。2人の様子が気になって少し後ろを振り返る。
「この魚……見たことあるけど、なんだっけ」
「この子はね、カクレクマノミっていうお魚さん。イソギンチャクの中に住んでるんだよ。昔映画にもなったお魚さんなの」
「イソギンチャクって、毒があるんじゃないっけ……?」
「この子達はね、大丈夫なの。ふふっ、可愛いよね……」
なかなか上手くいっているようだ、このまま上手くいってくれれば良いのだが。
「いい雰囲気だね、2人とも」
成宮さんが小声で話しかけてきた。比較的好奇心のある慧と読書によって知識が豊富な久米さん。相性は確かにいいかもしれない。
「うーん……ね、七条君、せっかくなんだし私達も楽しもうよ!」
「ん?俺は既に楽しいが……」
「そ、それなら良いんだど……」
言われなくても俺は楽しんでいる。都内だとここまで立派な水族館はない。海が近いというだけでここまで凄いとは思わなかった。
「そうだ七条君、この先にはね大水槽があるんだよ!もうすごい大きくてね!イワシの群れとかジンベエサメとか……後はね、ふふっ。ちょっと面白い魚も居るのよ!」
「面白い魚、それは楽しみだ……」
本来の目的としては慧の恋愛成就大作戦だったが、結果としては俺もとても楽しめている。心なしか成宮さんも楽しそうだ、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは本当に久しぶりだ。去年はこんなにゆっくりすることは出来なかった。楽しい、純粋に楽しい。この日常は大切にしていきたい。
「おぉー……!こいつはすごい」
広い空間に出た、そこには見上げるほどの大きさの大水槽がありその中には十数種類もの魚達が悠々と泳いでいた。
「ここの大水槽はやっぱりいつ来てもすごいね……」
「私も、この水族館ではここが一番好き……」
「目玉の1つだもんねー、これが目当てでこの水族館に来る人も少なくないらしいから」
大水槽を眺めていると一匹の魚に目がいく。
「お、おいアレは……」
「あ、七条君気付いた?アレはね、シノノメ……」
「シノノメサカタザメ!まさかこんなところで実物を見れるとは!」
成宮さんが言いかけた魚の名前を先に叫ぶ。サメのようなエイのような不思議な魚、名前ではサメと言われているがその実態はエイの仲間というとても珍しい魚だ。
「七条君……知ってるの……?」
「あぁ、昔テレビで見たことあるんだ。一回実物を見てみたくて仕方なかったんだ」
「ちぇー、さっき言った面白い魚っていうのはアレのことだったんだよ?」
成宮さんが残念そうにする、だがコレは嬉しい、本当に嬉しい。
「俺しばらくここにいるから3人で適当に回ってきてくれ……!」
俺は大水槽の眼の前まで近寄りシノノメサカタザメをマジマジと眺める。
「ちょ、ちょっと七条君!?」
成宮さんが俺に駆け寄り耳元に口元を近寄せ小声で喋り出す。
「七条君……!今日の目的忘れちゃったりして無いよね……?」
「今日の……目的……?」
………………。
「お、おう!もちろん!」
「た、楽しんでくれてるなら私も嬉しいんだけれど……複雑だわ……はぁ、縁!菱川君!私ここで七条君といるから2人で回ってきていいよー!」
成宮さんは慧達の方に向かって叫ぶ。
「わかった……!菱川君、いこっ!」
「えっ、ちょっと久米さん!?」
慧が久米さんに引っ張られていく。脈ありなのだろうが……それとも純粋に水族館が楽しいのか。何にしても慧と久米さんを2人きりにすることが出来た。
「まったく、忘れてもらっちゃ困るよ七条君」
「いや、本当に申し訳ない……」
「楽しんでくれてるなら提案した甲斐はあるけど……あ、そうだ七条君。聞いてみたいことがあったんだけどいいかな?」
「ん?どうした?答えられる質問なら答えるが……」
俺は水槽から目を離さないまま成宮さんの質問に耳を傾ける。
「七条君って学生警察とはいえ一応警察でしょ?拳銃とかは持ち歩いていたりしないの?」
その質問はいつだったか忍にもされたことがある、その時は本を読んでいたので適当にあしらったような気がする。
「一応有事の際は使用を許可されている。加えて普段は最低限の武装をしておけとも教えられているし義務付けられてもいるな」
「へぇ……やっぱ拳銃とかも使うのね。武装を義務付けられている……?」
「ん?あぁ、俺は持ってないな。課長に怒られたこともあるが、俺は拳が武器だ!って言ったら渋々了承してくれた。苦手でもないし嫌いでもないんだが、なんか武装ってあまりしたくないんだよね」
「なんというか、七条君らしいね!」
成宮さんは何故か嬉しそうにしている。
そうして成宮さんと水槽を眺めながら他愛ない話をしてしばらく経った。
「なんか、騒がしくないか?」
「あれ、本当だ……?何かあったのかな?」
水槽から目を離し立ち上がる。周囲を見渡すと少し遠くの方に人だかりが見えた。耳をすますと何やら言い争っている声も聞こえてくる。
「お、おい!にいちゃん達さっきの2人組のお友達だよな!?なんか柄の悪い人に絡まれてるぞ!」
中年の男性が1人俺達の元へやってきた。
「さっきの……まさか、成宮さんいくよ!」
「え、ちょっと七条君!?」
俺は成宮さんの手を引いて人だかりの方へと向かう。そこで目にしたものは……
「邪魔されるのも困るんだよねぇ……君何?その子の彼氏なの?」
「……違う、僕は久米さんの彼氏じゃない。友達だ!」
……おそらく大学生だろうか、柄の悪い男と久米さんの間に腕を広げ立ちはだかる慧。その光景でなんとなくだが何が起こったのか見当はついた。
「つい最近似たようなことがあったな……」
「え、遠足の時だよね……?あの時はありがとう……そ、そんな事より2人を助けなきゃ!」
走り出そうとする成宮さんを俺は制する。
「七条君……?」
「少しでいい、様子を見させてくれ。何かあった時は俺が行くから……」
「わ、わかったわ…」
俺達は2人の行く末を見守る。
「彼氏じゃないなら別に良いじゃん?ほら、その子渡してよ」
「断ります!だいたいなんですかいきなり、ナンパにしては面白みもないですし。何よりも怯えている女の子をどうしようっていうんですか」
「あー?そんなの決まってるじゃねぇか、楽しむんだよ」
そういうと男は下品に笑う。
「でしたら尚更、貴方のような方には渡せません。そもそも渡せってまるで物みたいな扱い!」
普段温厚な慧が怒りを表している。知り合って1ヶ月程度ではあるが、あんな慧は初めて見た。
「くっ……ふっふふふ……!女なんか薬漬けにして辱めてナンボなんだよぉ〜!」
「ひ、酷い……!」
ん……?
「あいつ今……」
「七条君……?」
最近奇怪な事件が起こっていた、捜索願が提出された女性が1週間程度で発見される、そんな事件。その被害者である女性に共通する点が2つ。発見された女性は謎の薬物によって衰弱していること、また発見された時に衣服を着ておらず布を1枚纏っていたということ。聴取をしようとしても錯乱してマトモな情報は得られて居ないという。
「すまん、少し電話する。様子を見てヤバそうなら俺に伝えてくれ」
「え、う、うん」
俺は携帯を取り出して課長にコールした。
『もしもし、どうした渉。お前の方から私に電話をしてくるとは珍しい。新しい生活には慣れたか?』
「もしもし、課長。少し聞きたいことがあって電話しました」
俺は今目の前で起こった事を伝える。
『……わかった、白峰市の水族館だな。私服の者を何人か向かわせる。学生警察ではあるが、警察としての権限は少なからずある。特に公務執行妨害なんかにはな。逃すなよ?』
「わかりました……」
俺は電話を切って人だかりの方を見る。
「その後どうだ……?」
「言い争いは続いてるみたい……菱川君が縁をかばってる状態かな、大丈夫かしら……」
遠目に3人を眺める。
「というか薬ってなんですか!そんな人になんて尚更久米さんを渡せません!」
「うるせぇなぁ……」
男が懐に手を入れる。マズイ……!
「慧!後ろに退がれ!!!」
「えっ!?」
俺の言葉に反応した慧は後ろに勢いよく下がる。慧のいたところを男が振った銀色に輝く物体が空を切る。
「ちっ……外したか」
男は懐から刃渡り15cmほどのナイフを手に握っていた。
「慧、久米さん、怪我はないか?」
俺と成宮さんは2人に走って近寄る。
「あ、ありがとう渉。渉が叫んでくれなかったら危なかった……」
「ありがとう七条君……」
「成宮さん、2人を頼んで良いか……?」
「いいけど、七条君は……?」
俺は一歩前に出て男と対峙する。
「俺はこいつを押える、さすがに学生警察の権限云々ではないからな」
「けっ、素手がナイフに勝てるかよ!」
男は乱暴にナイフを振り回す。
「喋ってる暇なんかねぇぞ!」
俺は一気に男との距離を詰める。
「えっ!は、早い……!」
「お前が遅いだけだ!」
男がナイフを振るよりも早く右の拳をを男の鳩尾に叩き込む。
「ぐっ!?げほっ……!」
「よっ……!」
体勢の崩れたところに追い打ちをかけるように左の裏拳を男の顎を掠めるように打ち込む。
「あがっ…!?」
男は白目をむいて気絶する。俺はハンカチで落ちていたナイフを拾い上げる。
「刃渡りは……15cm以上あるか。銃刀法違反にも引っかかる獲物だな」
そうこうしているうちに課長が手配した私服警察が到着し、男は逮捕された。俺達4人は聴取を受けると日はすっかり沈み水族館も閉館時間になってしまっていた。
「やれやれ、こんなところで聴取を受けることになるとは思わなかった」
「大変だったねー」
俺は成宮さんと並んで駅の方へと歩いている。慧と久米さんは俺達の後ろを歩いている。
2人の会話に聞き耳を立ててみる。
「ごめんね久米さん……あまりゆっくり出来なかったね……」
「うぅん、楽しかったよ……?菱川君は私の話を真剣に聞いてくれるんだもん……」
「そ、そうかな……?あ、じゃ、じゃあさ!」
慧の声が少し震えている。
「じゃあ、今度また2人で来ない……?」
「ん?うんっ、いいよ……!」
「ほ、本当!?あ、ありがとう!」
色々あったが、少しは上手くいっただろうか……
「2人の距離、ちょっと近くなったと思わない……?」
「んー……?」
よく見ると確かに来た時よりも2人の距離が近いかもしれない。
「作戦、成功かな?」
「そうだな、何よりだ」
この先まだ慧の恋愛成就作戦は実行されるのだろう。だが、きっとこの2人ならいいカップルになるかもしれない、そんな漠然とした確信があった。
ちなみにこの後、成宮さんとアパートに帰宅したところを成宮さんの親父さんに見つかり2人してからかわれてしまった。
第4話です。少し間が空いてしまいました。こういう話にしよう、という漠然とした案はあるのですが細かい内容は実はその場で考えた行き当たりばったりになっていたりします。
この漠然とした案や内容は実は一応最終話まで出来上がっています。ですがやはり具体的な内容を詰める事に時間がかかってしまいそうです。気長にお待ちください!