第2話:遠足と遊園地
「遠足?」
始業式が始まって2週間、昼休みに俺は相変わらず成宮さんの椅子に我が物顔で座っている忍に聞き返した。
「そう、一応目的としては新しいクラスでの親睦会って事らしい。1年生はこの機会に友達を作り、3年生は思い出を作る」
「2年は?」
「2年は……お、思い出を作る」
面白いことを言おうとしたのか少し間があったが言ってる事は大きく変わっていなかった。
「班は男子3人女子2人の男女混合になるんだがな?どうよ渉、俺と同じ班にならない?」
身を乗り出して提案してくる。転入当時に仲良くなりたいと言っていたのは本心らしくアレから色々と世話を焼いてくれている。
「まぁ、確かに特に仲が良いのはお前と慧だからな。慧がよければその3人でも良いかもしれない」
忍のおかげもあってか、クラスメイトは学生警察ということも警戒せず仲良くしてくれている。この2週間でそれなりにクラスに馴染むことができたと思う。
「なになに?遠足の話し?」
「そうそう、慧と3人で組まないかって話してたんだ。渉は人気者だからな、先約とっとかないと」
昼食を済ませた成宮さんが戻ってきた。忍は椅子から立ち上がりながら答える。
「うーん……女子2人の枠って埋まってる?もしまだなら私も入れてもらえないかな?」
「俺は別に構わないけど…渉はどう?」
「俺も問題はない、逆に聞きたいが俺達と一緒で大丈夫か?」
「うん!七条君とはご近所さんだし、パパにも力になってあげてくれって言われてるからね。もちろん、私自身力になってあげたいって思うし」
成宮さんは屈託の無い笑顔を見せる。成宮さん親子には本当によくお世話になっている、食材が安いスーパーや日用品が充実しているお店など生活面で色々と役立つ話を持ちかけてくれるので一人暮らしでも困る事が少なくて助かっている。
「じゃあその手はずでいこう。よろしくなー」
忍は手を振りながら自分の席に戻る。去年度まで通っていた学校はこんなイベントはなかった事もあって楽しみだ。ただし
「何も起こらないと良いんだけど……」
転入して2週間、小さな諍いはあったものの今のところ大きな問題は起こっていない。このまま何事も無ければ仕事も少なくて済むのでそう願う事としよう。
「やってきました遠足!」
忍が大きく伸びて叫ぶ。遠足というのでハイキングやピクニックのようなものを想像していたのだが……
「遊園地……」
白峰市の隣にある市に存在する遊園地。海の方にせり出した絶叫マシンのレールがとても印象的だ。
「渉、もしかして絶叫マシン苦手?」
慧が心配そうに覗き込んでくる。正直に言うとあまり得意では無い。その理由として……
「安全性が確認されているとはいえ万が一を考えると怖い」
「あー、それはなんかわかるなぁ。私も苦手なんだよね」
「私は好き、かな……あの素早さが癖になるんだよ?」
俺の言葉に賛同してくれる成宮さんの隣にいる女の子。成宮さんと仲が良いらしいクラスメイト久米縁。成宮さんほどじゃ無いが長い髪をしている、忍から聞いた話では成宮さんと久米さんは2年の中でトップクラスの美女だそうでファンが多いらしい。確かに2人とも整った顔立ちをしていて可愛らしい。この2人に関わる仕事がなければ良いのだが……
「久米さんも絶叫マシン好きなんだ、僕もなんだよね」
「じゃあ途中3人で行ってきて良いよ?」
「そうだな、俺は成宮さんと下で待ってるから3人で楽しんできて良いぞ」
俺と成宮さんが提案する。せっかくなんだ、楽しめるように工夫する必要はあると思う。
「あー、じゃあ俺はそのタイミングでちょっとやりたいことあるから慧と久米さんの2人で行ってくれ」
「え、ちょっと忍!」
「か、神崎君……!?」
忍の提案に狼狽する2人をよそに忍はどんどんと進んでいく。
「おーい!みんな置いてくぞー!」
初めてだらけで不安はあるものの、良い友人達のおかげで楽しく過ごすことが出来そうだ。
お化け屋敷やメリーゴーランド、鏡張りの迷路などいろいろなもので遊ぶことができた。特にコーヒーカップはカップをものすごい勢いで回す成宮さんと目を回す忍が面白かった、終わった直後忍はトイレへ駆け込んでいたがお昼の前でよかったと今では思う。そうこうしているうちに慧と久米さんが絶叫マシンに乗る事になり、俺は成宮さんと2人でベンチで休む事となった。
「どう?白峰には慣れたかな?」
「少しずつだけどね、成宮さんや親父さんのおかげで生活面での不便はかなり解消されたし、忍達のおかげで学校生活もかなり楽しい」
「前の学校ではどうだったの……?」
成宮さんのその言葉に俺は少し嫌な事を思い出す。
「前の学校では、俺が学生警察って事もあって友達と呼べるような相手はいなかったかな。上級生からは生意気だって呼び出しをくらって。学校中の不良に絡まれて、片っ端から取り締まったら周りからまた距離を置かれて。そんな事の繰り返しだった……」
「そっか……楽しくなかったんだね……」
「でも今は楽しい、成宮さんや忍達のおかげだよ。ありがとう」
まだ2週間程度しか経っていない、けれど間違いなく充実した2週間だった。きっとこのまま楽しい1年間になる。そういう気持ちでいっぱいだった。
「おっ、可愛い子はっけーん」
「あっはは!ケンちゃんめざといー。でもかなり可愛いじゃん、ヤバくない?」
学ランを着た2人の男が近づいてくる。おそらく同い年くらいだろう。今時長ランなんて着てる人間が居るとは思わなかった。
「気をつけて七条君、あの制服は不良校で有名な私立紅翼鶴岡高校、通称紅鶴校だよ」
成宮さんが耳打ちしてくれる。そうしている間に2人は俺達の目の前まで来ていた。
「なぁなぁ、俺達と遊ばね?」
「そんな奴とよりさぁ、俺達と遊んだ方が絶対楽しいってー」
「遠慮しておきます、貴方達と遊んでも私はきっと楽しく無いと思いますので」
成宮さんは臆する事なく正面からぶつかる。彼女の強みかもしれないがこういう相手には逆効果の時もある。
「釣れない事言うなってー、どうせ隣にいるのただのクラスメイトなんじゃないのー?」
「そーそー、なんか弱そうだし?俺達のほうが絶対逞しいって!」
「…………」
成宮さんはしばらく何かを考えている様子だった。
「残念ながら彼氏です」
しばらく考えたのち俺の腕に抱き付いてきた。えっ、俺?
「(お願い、少しだけ合わせて)」
とでも読み取れるような目線が俺に向けられる。危険を回避するのも大切だろうと判断した俺は成宮さんに合わせる事にした。
「そういうわけだ、残念ながら他をあたってくれ」
俺がそういうと2人は見るからに機嫌が悪そうな顔をする。
学生警察の権限が機能するのは基本的に学内のみだ。学外、ましてや他校との問題では基本的に介入する事が出来ない。もちろん例外はあるが学生警察制度が立案して間もないが故の欠点と言えば良いだろうか。
「それと、自分の方が強いと思ってる奴の半分は信用ならん。いつか痛い目にあうからそういうのはやめておいた方がいい」
「えっ、七条君!?」
俺としては彼らの今後を心配した上での忠告だった。だがどうやら失言だったらしい。
「何だと……!?粋がってんじゃねぇぞ優男がよ!」
ケンちゃんと呼ばれた男が拳を振り上げ
「ぐっ……!?」
そのまま振り下ろされる、俺の左頬をとらえ、止まる事なく振り抜かれた。
「七条君……!だ、大丈夫!?」
「大丈夫、口の中が少し切れたくらいだ。血の味が何とも気持ち悪いが大した事ない」
「随分と強がりが上手いじゃんかよ優男!」
その後も殴られたり蹴られたりと酷い暴行が続く。だが俺は耐えるだけで決して反撃には移らなかった。
「七条君……なんでやり返さないの……」
成宮さんが心配そうな声を上げるが、学生警察が暴力事件を起こすわけにはいかない。たとえ最初に手を出してきたのが相手だったとしても、学校外では決してやり返してはいけない。その一心で俺は耐え続けた。
「口先だけはそっちみたいだな、えぇ?」
口の中に広がる血の味が強くなり体のあちこちに鈍い痛みが走る。
「おーい!渉!成宮さん!」
遠くから俺の名を叫びながら忍達が駆け寄ってくる姿が見えた。
「だ、大丈夫か渉!なんか大変な事になってるって聞いたんだが……」
「問題ない……大した事はないから」
心配する忍に対して俺は笑顔を見せる。確かに身体中痛いが、骨や内臓に損傷はないだろうと判断した。
「お、おいケンちゃん……逃げよう」
急に片方の男が俺を怯えたような目で見て言った。
「あ?おいおい何言ってるんだ。人が集まってきたくらいで」
「違う、そうじゃない。そいつ、女の子の方は七条って呼んで、男の方は渉って呼んでた。同姓同名の別人でなければ、そいつは……」
「なんだよハッキリしねーな。こいつがなんだってんだよ」
「七条渉は東京にある南十字連合を壊滅した学生警察の1人だ……!」
「なっ……!?」
南十字連合。東京都心部にある高等学校の不良グループが所属している、謂わば大きな不良グループ。俺が今の白鷺学園に来る前に通っていた学校で関わった事件の1つにこの南十字連合の制圧があった。複数人の学生警察が集められ、片っ端から逮捕していく大きな事件。その事件の終息に貢献した1人が俺だった。
「こいつが七条渉……おい逃げるぞ!」
「だから俺今そう言ったじゃん!」
2人組みの男は大急ぎで俺達の前から姿を消していった。
「こんなところまで、知れ渡ってるとは」
白峰市周辺は関東とはいえ東京ではない、海の見えるのどかな土地、そう油断していた。
「七条君!大丈夫!?」
「渉!すごい怪我じゃないか……!」
男達を見送った俺に成宮さん達が近づいて来る。
「はは……いや、情けないところ、見られちまったかな……」
「なぁ渉、俺はお前に謝らないといけない事があるんだ……」
忍がいつになく真剣な顔でそう切り出す、謝らないといけない事。心当たりがない、それどころか感謝したいところだ。忍がいなければ俺はクラスに馴染めていなかった。
「実はな、俺は南十字連合についての事件について知ってた、七条渉の名前も。そして、転入初日にお前が名乗った時に俺は目を疑った。噂では視線だけで人を殺せるなんて聞いてたが、俺にはお前がそんな奴には見えなかった。最初の休み時間、急に話しかけた俺を渉は呆れながらも笑って対応してくれた。だから、俺は考えたんだ。たとえ目の前のこいつが話に聞いていた七条渉だとしても、今この瞬間は噂とは違う印象を受けたこいつが、少しでも楽しく学園生活を送れるにはどうすればいいか……ってな」
「忍……」
「余計なお世話かもしれないけどさ!せっかくクラスメイトになったんだし楽しく過ごして欲しいし、せっかくこうして友達になってくれたんだからより楽しく過ごして欲しい。だから、俺は渉の過去に何があったとしても、渉が学園生活を楽しく過ごせるように一緒に笑いたい」
忍はそういうと座り込んでいる俺に手を差し伸べてきた。俺は笑いながらその手を取る。
「ありがとう忍。お前のおかげで俺は楽しい学園生活を過ごせそうだ、噂を聞いていたのに臆せず話しかけてきてくれてありがとう」
俺と忍の固く握手する手に、慧が手を重ねてきた。
「僕もだよ渉。渉が前いたところで何をやってたとしても今はこうして僕達と一緒に笑ってくれてるんだ、だから僕も渉とは友達で居たい。ダメかな?」
「ははっ、ダメなわけないだろう……」
涙がこみ上げてくるのを堪えながら俺は慧にも笑顔を見せる。
「七条君、あのね……私も、七条君と仲良くしたいな。怖い人だったかもしれないけれど……今日の七条君はとても優しかった……!」
「もちろん、私は今まで通り七条君と接させてもらうからね?だから、困った事があったらなんでも相談して。ね?」
久米さんと成宮さんもそう言ってくれている。
前の学校では得られなかったものを、俺は少しずつ得る事ができているのだと思うとまた少し涙がこみ上げてくる。
「お?なんだ渉、お前泣いてんのか?」
「う、うるせぇ!泣いてねぇよ!って痛い…!」
ごまかすために目をこすると、殴られたところが痛みだした。今思えば耐えてよかったと思う、反撃していればこの関係も崩れていたかもしれないから。
余談ではあるが、このあと俺には病院の医療費と学年主任の先生からの大目玉。課長に報告した際に落ちたカミナリが待ち構えていたのだった。
書き始めなのでこのペースが保ててるのではないかということと、頭の中でこの季節ならこういう話が書きたいなということがあり短期間で2話目の投稿となりました。このペースは維持できません。
今のところ、次の投稿は第3話ではなくここまで出てきた5人のキャラクター紹介を軽くしたいなと思っています。私の文章力では話の中でキャラを紹介することは出来ません…なので各キャラの簡単な容姿についてやその他のちょっとした設定は次の投稿で出そうと思っています。
もし続けることができれば、第3話もよろしくお願いいたします。