表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2. 桃はお婆さんに神世を語る

前回までのあらすじ。

お婆さんは川で大きな桃を拾った。桃はお婆さんに「行かねばならないのです」と言った。

 お婆さんの記憶が確かであれば。

 今、竹の背負いかごの中にあるのは、大きな桃、手ぬぐい、そして黍団子(きびだんご)の包みの三つだけであった。

 お婆さんは凡常な人の身、黍団子に命を吹き込んだ覚えなどない(炊いた黍を()りながら、去る年の天恵を讃えはしたが)。また、幸いに永く生き伸びてはきたが、手ぬぐいに話しかけられた、ということもこれまでにない。


(こんな時、確かおじいさんは……) 

 お婆さんは忘れていた(まばた)きを取り戻すと、手にしていた洗濯板を脇へのけた。そして、薬指の先を舌で湿らし、白い色の混じる眉をそっと撫ぜる。


「出してください、出してください」


「………」

 竹の背負いかごは揺れ続ける。カタカタと訴える音が、川のせせらぎと重なって聞こえる。背負いかごが木でできた足場を軽くたたく度、微かな砂埃が舞い、影が足踏みをした。


(……まだ、動いているわ。……おじいさん……、どうしましょう……おじいさん……。)

 お婆さんは、うろたえた時にいつもするように、心中でお爺さんに呼びかけた。

 お天道様と大地の間を薄い雲が通り抜けたのか、陽が薄れ、また強くなった。


(お狐さんや、狸さんが化かしに来るなら、もっとずっと日が暮れてからですわねえ……。盗られそうな物だって、今、着物とお団子くらいしかないし……。)

 お婆さんは少し眉根を寄せると、両手で竹の背負いかごを掴んだ。喉がキュッと狭まるように感じ、背中と胸、上腕の辺りが堅くなる。お婆さんはエイと思い切ると、竹の背負いかごを跳ねるようにのけ、目を瞑った。




 お婆さんが目を開いた時、大きな桃はそこにはなかった。その代わり、一人の娘が黍団子の包みの脇に腰掛けていた。

 ーーその娘の美しさは、雨上がりに細い枝の先に開いた若い葉のように清々しく、その艶やかな唇は桃源郷の仙女もかくや、と惑わさすようふっくらと息づいている。

 お婆さんは、桃が人に変じたという奇異よりも、娘の輝かしさの方に目を(みは)った。


「ありがとうございます」

 しなやかな着物の裾を二度はたき、桃は立ち上がりながら礼を言う。その着物は、肌色の上に薄紅を刷き、水で赤みを伸ばしたかのように柔らかな色をしている。

「私は『生ける神』の使いの桃でございます。『生ける神』のため、川を下って参ったのです」

 娘に変じた桃は言った。まるで、辺りの暑気を退けるかのように涼やかな声。

「あなたのような若い娘さんが、たったお一人で川を? 生ける神様というのは、私の存じ上げる『生ける神』様なのかしら……。生ける神様が、何かお困りでいらっしゃるの?」

「お婆さんの仰るとおりです」

お婆さんの問いに、桃は神妙な声音で答えた。

「生ける神は、今も奥方であらせられる『死せる神』から逃げ続けています。

……『死せる神』が『生ける神』に追いついたとき、浮世は終わりを迎えます」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よろしければこちらもクリックをお願いします。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ