“I, said the Fly.” -3-
アオサギは懐から通常より大きめの羊皮紙を取り出した。
時間が横一列に書いてある。
「まずはカナリアや。カナリアが奴に会ったんがこの時間やと思う。その死体が発見されたんが翌明朝。ここまではええな?」
カナリアは頷いた。
「問題はこの後や。表沙汰にはなっとらんが、カナリアが見た事件からそう時間が経たないうちに、 1 人の女性が街で襲われかけたんや。その子は無事逃げたんけど、その街っちゅうのがまた不思議でな」
そう言いながらアオサギは羊皮紙にペン先で小さくマークを付けていく。カナリアの事件の場所から近い所に点が一つ増えた。おおよその間隔は 2 時間くらいだろうか。
「それがどうしたんだよ」
もったいぶるな、とでも言うように不機嫌にカワセミが声を出す。
「カナリアが見た事件現場から次の未遂現場まで、どう見積もっても…それこそ馬でも 1 時間はかかる」
「だからなんだってんだ」
「考えてもみい! 奴は被害者を解体してはるんや。わてが見た限り、奴はよっぽど丁寧に解体してはる。腹の子を取り出すだけでなく、他の、臓器をも…」
アオサギが何かを思い出したように黙り込んだ。そして悪いと一言いって、席を立った。トイレの水が流れる音がする。
少し疲れたような顔をしてアオサギは戻ってきた。
「続けるで。思い出したくもあらへん、奴は被害者から臓器をひとつひとつ取り出してはる。そして綺麗に並べとるんや。…ウィル、死体はどないなっとる」
それは質問というよりも、確認のように聞こえた。
「そうだ、その通り。被害者は一度全ての臓器を取り出された形跡があった。そして綺麗に戻されている…子宮と、胎児以外」
「で、胎児は被害者の傍らに、子宮は裂かれた状態で体内に戻されとったんやろ」
「正解だ。さらに言うと、悪趣味なことに、腹は臓器をさらけ出すかのように裂かれていた」
そのウィルの言葉は苦々しかった。
それを想像して、カナリアは気持ちが悪くなったのと同時に、身体が震えた。それを見たカワセミはさっさと話しを終わらせようと、さらに苛々したようだ。
「だからなんだってんだ」
「アホか、考えてみいってゆーたやろ。これやけ丁寧に、傷をつけへんように作業したる。なんぼ時間がかかると思っとる?」
ハッと気づいたように、カワセミは息をのんだ。
しかし、それでも。カナリアは自分の考えを震える手で紙に書いた。
“もし、知識があるとしたら、早く事を終わらせられるんじゃないの?”
逆に言えば、知識がなければなかなか出来ないことであるとも言える。
アオサギは、その通りだと言った。
「だけどカナリア、あんさんが事件を見た場所。人通りがあらへんとゆーても、さすがに誰もその解体現場を見なかったのはおかしなことや」
カナリアは頷いた。あの通りはちょっとした近道で、ポツリ、ポツリと人が通る。十数分程度なら誰も通らないこともあるが、 30 分もすれば誰かが通るような道だった。
「もしもお偉いお医者はんに、誰にも見られないほどの短時間でも解体が出来ると言われれば、わてかて何とも言えへん。やけど被害者が見つかったのは、カナリアが見たあの場所やのに、翌明朝だったんや。ずっと見つかっていなかったなんて、ありえるか?」
“どこか別の場所で、解体…された?”
「せや。その可能性が高いで」
「たしかに」
そう口を挟んだのはウィルだった。遺体の臓器は解体されて外に出されたはずなのに、砂利は付着していなかったという噂を聞いたという。
ではどこで解体したのか。それを今、警察が追っているという。
「血痕がいくつか残っていた。ふき取られていたから気づくのが遅くなったが、今それを追っているところだってさ」
「追っとる途中…ちゅうことは、わりかし距離が離れとるちゅうことか」
アオサギが言いたいことは、遺体を運び、解体し、さらにそれを元の場所に戻すという作業を 2 時間で行えるかということだった。距離も離れていることから、それが不可能に近いのではないかと憶測したのだという。
だがなぜ、遺体を運んでまで解体したのだろう。そしてまた元の場所に戻したのか。疑問は途絶えることが無かった。