“Prologue”
誰が見つけた、彼女の死を?
それは私。
簡単なおつかいだ。そのはずだった。
カナリアは籠を持って出掛けた。ウソの漢方の店に行って、コック卿に頼まれた頭痛薬をもらいに行くだけだった。
コック卿は孤児であったカナリアを引き取ってくれた人物である。コック卿は頭痛に悩まされる事が多いらしい。ウソの薬が一番効くとかなんとかと言って、よく使用していた。
実はこの仕事、コック卿の息子であるトウテンコウがウソに家庭教師をしてもらうついでにもらったり、もらいに行ったりしていたのだが今回はカナリアが1人で取りに行くことになった。
理由は簡単で、トウテンコウが風邪をひいたからだった。
自分の他に、コック卿に厄介になっているカワウという人物が、自分が行こうかとも提案してくれたが、カナリアはウソの話を聞くのが好きだったのでそれを断った。カワウは面倒くさい話が嫌いなのだ。
辺りは薄暗い。黄昏時だった。
ついでに風邪薬ももらってきてあげようかな、なんてカナリアは考えながら歩いていた。苦いからトウテンコウは嫌がるかな。ウソに、どうしたらトウテンコウに薬を飲ませるべきか、聞いてみようか。
そんなこと考えながら角を曲がる。石畳に足を踏み出した。
それが全てのことの発端だった。
そこにキャスケット帽をかぶった人物がいた。顔は帽子の影がかかって見えない。男か女かはっきりと分からない。
その人物が、しゃがみこんでいる。
いや、違う?
カナリアは目を凝らしてみた。キャスケット帽は、何かに覆いかぶさっているように見える。何かに馬乗りになっている。何かはジタバタと動いた。どうやら人間らしく、手が宙を掻いている。
次第にその手の動きが弱々しくなり、とうとう地に落ちた。
カナリアは一歩下がった。
いけないものを見てしまった。
キャスケット帽は立ち上がると、服に付いた埃を払った。肩が上下に激しく動いている。相当息が上がっているようだった。
動かなくなった人は、そのまま横たわっている。微動だにすらしない。鼻筋の高い、綺麗な女の人だった。
また一歩、カナリアは後ずさった。
――パキ。
あ、と思った時には遅かった。足元の小枝を踏んだ音がやけに響く。
視線をキャスケット帽に戻すと、奴はこちらを見ていた。しっかりと、目が合ったような気がした。
カナリアは声なき悲鳴を上げた。踵を返し、急いで走る。右へ、左へ、孤児の頃に子どもだけが知っている秘密の道を通った。そして裏路地を越え、最後にコック卿の家へ向かう。そして誰も知らないコック卿の家の生け垣の隙間から転がり込む様にして、庭の中へ入り込む。
カナリアはそのまま倒れ込む。足がすくんで動けない。そして、カワウに発見されるまでそこにずっと座り込んでいた。