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T‐ショック アブソーバー  作者: 木柚 智弥
仲間より歌より僕?
6/11

いなくなったのは


としくん。……後で来るんじゃ……!」

 どうしよう。俊くんが先に来ちゃったら、拓巳たくみくん説得計画が成り立たない。

 僕のセリフに応えるように、俊くんは手にしていた雑誌を机に放り投げた。それは、健吾けんごが見せてくれた雑誌と同じものだった。

「こんなことだろうと思ったぜ……」

 彼は明らかに不機嫌で、僕は近寄ることをためらった。そんな風に感じたのは初めてだ。

「和巳。おまえを呼んだのは誰だ。智紀とものりか、横澤よこざわか、それともよしさんか」

 智紀は沖田おきたさんの名前、芳さんは真嶋まじまさんのことだ。

「沖田さんに……」

「ノリか。……いつもいつも拓巳を甘やかしやがって」

 俊くんが怖い。

「……僕が来たら、いけないの……?」

 声から怯えを感じ取ったのだろう、ちょっと目を見張った俊くんは、動けずにいる僕のもとに来て肩を抱き、壁に据え付けられた鏡台セットの椅子に座って僕を膝の上に導いた。両手がやさしく僕の頬を包む。

「そうじゃない、おまえが悪いなんて思ってない。そうじゃなくて」

 俊くんはため息をついた。

「いいトシした大人が、ガン首そろえて拓巳のことを息子のおまえに頼ってるのが不甲斐ふがいないだけだ」

「でも、それで俊くんとこれ以上、揉めなくて済むのならいいじゃない」

 僕は俊くんの腕をつかんで聞いた。

「どうして、まだはっきりしてない全国ツアーの計画を雑誌に書かれるようなことしたの? 拓巳くんとますますこじれちゃうよ?」

「おれは何もしちゃいない」

「それは、ウソだ」

「………」

「俊くんはそんなに迂闊うかつじゃない。雑誌に載るなんて、わざとじゃなきゃ無理だ」

 僕と俊くんの視線が真っ向からぶつかった。すると僕の頬を包む両手がふいに力を帯びた。

「おまえの父親が、おれの話を聞こうとしないからだ!」

「俊くん……」

「そうさ、おまえ言うとおりだ。おれはわざわざ自分から言ったりはしなかったが、記者がツアーのことに触れたとき、書くなとも言わなかった。あいつがどう出るか知りたかったからだ」

 俊くんの全身から憤りが吹き出す。

「この一週間、おれは譲歩したぞ。あいつと話し合おうと努力した。でも、あいつはテーブルにすら着こうとしなかった」

 よほどそのときのことが腹立たしかったのか、僕がつかんだ両腕から、俊くんの震えがかすかに伝わってきた。

「しかも周りの連中は、ツアーは再開させたいくせに、いざ拓巳とぶつかると、逃げ腰になっておまえを呼び出す始末だ」

「だってそれは……」

「そこもおれは気に入らない。おまえは拓巳をなだめるための道具じゃないんだ」

 俊くんは切なそうな表情になった。

「おまえは、父親の私物じゃない」

「そんな……っ」

 俊くんが僕たちのこと、そんな風に感じてたなんて……!

 驚きのあまり、言葉がうまく継げない。けど、僕はいやいや呼ばれているわけじゃない。

 むしろ、僕の知らないうちに二人がすごく揉めたり、こじれちゃったりするほうがつらい。

 そんな思いをなんとか言葉に出そうと顔を上げると、俊くんが今までにない真剣な表情で僕を見返していた。

「俊くん……?」

「おれは、おまえに伝えなければならないことがある」

「僕に?」

「おまえの父親が恐れている、七年前のツアーで起きた事件のことだ」

「――!」

 瞬間、緊張が背中を走り抜けた。それこそが今、起こっている問題の鍵、僕のもっとも知りたいことじゃないか!

「僕に何があったのか、俊くんは知ってるんだね?」

 思わず腕をつかむ手に力が入る。彼は頷いた。

「本当に何があったのか、ある程度知っているのはメンバーと芳さんだけだ」

 思いがけない言葉だった。

 スタッフの知ってることとは違うの? 祥子さんの話とも?

「そして実際に現場を見たのはおれ一人だ」

 僕はさらに驚いた。それじゃ、拓巳くんはすべてを知ってるわけじゃないことになる。

「そうさ。あいつは直接見ちゃいない」

 俊くんは頬を包んでいた手の片方をすべらせて僕の肩をつかみ、口調を変えて切り込んできた。

和巳かずみ。おまえに起こったことのすべてを聞く覚悟があるか?」

 俊くんのアーモンド型の瞳が強い光を放つ。そのあまりに真剣な様子に、先ほど僕の中に生じた恐れが再び力を増してきた。

「………」

 思わず目をそむけかけたとき、今度は脳裏に昨夜の情景が浮かんだ。

(もう一度あんなことが起こったら、正気でいられる自信がない!)

(俺の周りの大事なものを壊してしまうかもしれない! 俺は、そんなに強くない、まだ強くないんだ……!)

 動かなくなった僕を、俊くんが辛抱強く待っているのが手のひらから伝わってくる。

 僕の大好きな拓巳くん。僕のたった一人の家族。僕のために、七年経ってもまだ消えることのない、深い傷を負って生きてきた。

 拓巳くんをそこから開放してあげたい。

 これ以上、僕のために悲しまないで欲しい。そのためには、自分に何が起こったかを知らなければならない。そしてそれは俊くんに聞くしかない。

 もし、ここで僕が怯んだら、話を聞くチャンスはもう当分ないだろう。真実はまた闇の中、一見、今までと何も変わらない日々が続く……?

 ここまで来てしまって、そんなことが僕たちに耐えられるだろうか――。

 僕の葛藤が伝わったのか、頬を包む俊くんの手の力が緩んだ。ハッとして俊くんに目を戻したそのとき。

「――いい度胸じゃねぇか」

 地獄の底から届いたかと思うような恐ろしい声が、僕たちの背後から響いた。

「――!」

 驚いて振り向くと、そこにはいつの間に来ていたのか、ドアを半開きにした拓巳くんが身も凍るような無表情で立っていた。

「拓巳くん!」

 彼は妙にゆっくりした動作でドアを閉めると、僕たちの座る鏡台の近くまで来て足を止めた。

「俺のいないスキに何を吹き込むつもりだったんだ、雅俊まさとし。そんなに俺を怒らせたいか」

 氷のような眼差しが俊くんに突き刺さる。

「……望むところだぜ」

 俊くんは僕の頬からそっと手を放し、「ごめんな」とささやきながら椅子の上に座らせると、拓巳くんの前に立ち上がった。

「聞いてたんなら話が早い。おれはこの際、おまえと決着をつけて、全国ツアーの件をちゃんとしたいんだ」

 拓巳くんの雪像のような白い面に、カッと朱が差した。

「このやろう……! 雑誌まで利用しときながら、どのツラ下げてそんなことが言えるんだ」

「おまえがおれを避けるからだろう!」

「避けてやるのが、おまえに対する俺の思いやりだっつーのがわかんねぇのかよっ!」

「ふざけんなっ!」

「ふざけちゃいねぇっ!」

 凄まじいやり取りの応酬が始まった。

 溜まりにたまった激流が土砂を押し流すように、二人の間に七年かけて溜め込まれたものが今、堰を切って溢れようとしている。

 それを目の当たりにして僕は悟った。

 二人がこの先へ進むために、もう、止めてはいけないのだ――。

 拓巳くんは、おもむろに俊くんの胸ぐらをつかんで自分のほうに引き寄せた。

「あと一年、あとたった一年なんだぞ。おまえ、俺に約束したよな? なんでGプロに断らねぇんだよ。俺にケンカ売ってんのか?」

 俊くんも負けずに言い返した。

「会場が空かないんじゃどうしようもないって説明したろっ? おまえこそ、この意味がわかってるくせにしぶとく食い下がるな。おれだって好きで前倒ししたいわけじゃない!」

「だったらその次の年にすりゃいいじゃねえかっ!」

 瞬間、俊くんのアーモンド型の瞳がガッと見開かれ、胸ぐらをつかむ拓巳くんの腕をすごい勢いで振り払った。

「じゃあっ、ファンとの約束は守れなくてもいいって言うのかよっ!」

「――!」

 拓巳くんが動きを止めた。

「おまえは約束、約束って言うが、それはおれたち〈T-ショック〉だって同じことだろう。忘れたとは言わせねぇぞ!」

「……っ」

 拓巳くんは痛いところを突かれたように顔をしかめた。

「おまえがそのへんをどのくらい重く受けとめてるのかは知らないが、おれにはこれ以上、ファンの切望する声を無視するなんてできない!」

 俊くんは拓巳くんを正面からにらみ据えると、感情を押し殺したような声で言った。

「何がおれたちを、あの薄暗いドン底から今の場所まで引き上げてくれたのか、おまえはもう忘れたのか」

「俺だって忘れたつもりはない。だがそれとこれは話が違うだろっ!」

「おまえがここで自分の希望を押し通せば、同じことになるぜ」

「……」

「教えてやろうか。おまえがそこまで嫌がるのは和巳のためじゃない。自分が怖いからだ」

「――!」

 拓巳くんの顔が怒りに染まる。僕の腰が思わず椅子から浮いた。俊くんはさらに続けた。

「たった半年、前倒しするってだけで、なぜそうまで拒絶するのか。和巳のことをよく見ていれば、そうはならないはずだ」

 俊くんは少しだけ僕のほうに体を向けた。

「ツアーの話が来たとき、おれは今こそすべてを和巳に伝える時が来たと思った。おれたちが先へ進むなら、あの事件は避けて通れない。現に和巳は薄々何かを感じ取っていたようだぞ」

 拓巳くんが弾かれたように僕を見た。僕は椅子から腰を浮かせたまま、身動きもできずに見つめ返した。彼は、僕の中に何かを読み取ったのだろう、辛そうに眉根を寄せると、俊くんのほうに目を戻した。

「拓巳」

 俊くんが挑むような口調で告げた。

「和巳には、おれが責任を持ってあの事件のことを伝える」

 拓巳くんの切れ長の目が見開かれた。

「和巳はおまえがありったけの愛情を注いで育ててきた息子だぞ? もう十分に受け止められる。中途半端に知るよりもそのほうが和巳のためだ」

 すると拓巳くんは全身の力を振り絞るようにして声を荒げた。

「おまえがっ、それを言うのか雅俊っ!」

 俊くんの動きが一瞬止まった。

「あのとき、俺がどんなに食い下がっても譲らなかったおまえが、今になって言うのか! どうしてだ? どうして俺じゃダメだったんだ!」

 叫びながら彼は、俊くんの両肩をつかんで揺さぶった。俊くんは何かを飲み込むように目を閉じると、すぐにまた拓巳くんの顔を見据えた。

「……おれは、あのときそれが必要だと感じた自分の判断を信じる。そして七年経った今だからこそ、ようやくおまえにも向き合えと言えるんだ」

 拓巳くんは青ざめた顔で俊くんの肩から手を離し、首を横に振った。

「勝手な言いぐさじゃねえか」

「拓巳」

「和巳はまだ十一にもなってないんだぞ、それを……」

 今度は俊くんが拓巳くんの肩をつかんで言った。

「おまえは……! 七年前に起こったことを和巳に知られるのがそんなに怖いのか」

「黙れっ!」

 拓巳くんの腕が振り上げられた。

「拓巳くん!」

 俊くんが殴られるっ!

 思わず僕は目をつむり――。

「……?」

 凄まじい展開になるのを予想したのに物音がしない。そおっと瞼を上げると、そこには黒革の上下に身を包んだ長身の姿が二人の間を割るようにして立っていた。長い腕がそれぞれの首根っこを押さえつけている。

ゆう…さん」

「和巳君、大丈夫かいっ?」

 横から沖田さんが飛び出すようにして僕のところへ来た。その後ろには真嶋さんの姿も見える。

 電池切れ、といった感じで椅子にへたりこむと、その僕を囲むように沖田さんと真嶋さんが両脇に立った。

 お弁当を手に戻ってきた沖田さんが、少し開けたドアの隙間から中の様子を目撃し、急いで取って返して二人を呼び出した、と知るのはもっと後のことで、そのときの僕はまだ、安堵感と焦燥感の狭間で心臓をバクバクさせながら、祐さんの背中を見つめていた。

 祐さんは二人の首を押さえつけた腕をさらに広げて距離を開けると、一言、言い放った。

「ガキどもが!」

「……っ!」

 二人が祐さんを一瞬にらむ。が、祐さんは意に介さずに続けた。

「違うって言うなら和巳の前でケンカはよせ。大人らしく話し合いをしろよ。椅子と机はそこだぜ」

「…………」

 二人の顔がそれぞれ苦痛に歪む。

 特に声を荒げるわけでもなく、腕も力を入れているようには見えないのに、目に見えない何かに押さえつけられてでもいるように二人は動けなくなった。そんな二人を見て祐さんはようやく首から手を離した。

「あい、かわらず……なんちゅうバカ、ぢか、ら…」

 拓巳くんは苦しげに喘ぎながら奥の椅子に座ると、目の前の小テーブルに体を投げ出した。俊くんも少し咳き込みながら首をさすっている。何となく、二人ともうっすらと首にアザができているような気がする。

 祐さんの握力ってどんだけ……?。

「席に着け、雅俊」

「………」

「おまえがまいた種だろう? 座れよ」

 首をさする俊くんは、祐さんをにらんだまま動かない。そんな俊くんを一瞥すると、祐さんは僕たちのほうを振り返った。

「すみませんでした、沖田さん、芳兄よしにいさん。悪かったな、和巳。後は俺たち三人で話し合うから」

 祐さんは真嶋さんと沖田さんに頭を下げた。

「そうだね」

 真嶋さんが祐さんに頷き、首に手をやったままの俊くんに声をかけた。

「雅俊。君の〈T-ショック〉への思い入れやファンへの気持ちは、音楽活動する上ではとても大事なことで、それはよくわかる。だけどね」

 俊くんが真嶋さんを見上げた。

「君とともにそれを作り上げているのは、あと二人いる。そしてその内の一人は心に深い傷を負っているんだ」

「………」

 俊くんと真嶋さんの視線が交錯した。

「君の今回のやり方は明らかに行き過ぎだ。でも、せっかく得た機会だから、よく話し合ってごらん」

 真嶋さんは立ちつくす俊くんの肩をポンッと叩いた。

「本番まで、まだ時間は充分あるから、ここは祐司ゆうじにまかせて僕たちは行くよ」

 そして沖田さんからお弁当の袋を受け取ると、脇に座る僕に手を差し伸べた。

「ご苦労様だったね、和巳。疲れたろう?」

「ううん、大丈夫」

 その手を取って立ち上がると、小テーブルにだらりと上半身を預けていた拓巳くんが驚いて体を起こした。

「芳弘、和巳をどこへ連れて行くんだ」

「大丈夫」

 真嶋さんは安心させるように拓巳くんに微笑んだ。

「僕の仕事するメイク室。そこにある休憩室にいるよ。場所は知ってるね? 本番前の支度中にも会えるし、終わるまで一緒に見てるよ。だから安心して雅俊や祐司とよく話し合いなさい」

「……わかった」

 拓巳くんは納得したのか、再びテーブルに体を預けた。

 僕はこの拓巳くんの様子を見て、これで今日は無事収録ができるだろう、とホッとした。みんなも同じように思ったんじゃないだろうか。

 ところが、安堵感が体を巡り、意識が部屋の外に移ろうとしたまさにそのとき。

「そんなんだから……」

 それまでその場に立ちつくしていた俊くんが、ユラッとしたかと思うと、そばを通り過ぎようとしていた真嶋さんの胸ぐらをつかんだ!

「雅俊?」

「あんたらがそうやって、いつまでもあいつを甘やかすからっ……!」

 大きなアーモンド型の瞳が苦しそうに歪む。それは、いつもどこかに余裕を保っているような、自信に満ちた普段の様子からは想像もできない切羽詰まった表情だった。驚いて見つめる全員の視線の中、俊くんの瞳が真嶋さんを見、ついで拓巳くんのほうに向けられ……。

「おまえが……!」

「雅俊……?」

 拓巳くんの戸惑ったような表情を、俊くんはどう感じたのか。

「いつになったらおまえは……!」

 そして俊くんは真嶋さんから手を離し、二、三歩後ろに下がると、痛みをこらえるような表情で室内を見渡した。その瞳が祐さんを捉えた瞬間、そこから透明の雫が一つ落ちるのを僕は見た。

「雅俊?」

 祐さんが異変を察して立ち上がったとき、俊くんは体を翻してドアを開け、足早に出ていってしまった。

「雅俊!」

「雅俊さん!」

「俊くん!」

 祐さんと沖田さんが追いかける。僕が動こうとすると、真嶋さんの手が僕の腕をつかんだ。

「和巳、君はだめだ」

「でも……っ」

「拓巳が動揺している。むやみに動いたら厄介が増えるよ」

 真嶋さんは小声で僕に注意した後、拓巳くんに向かって声をかけた。

「君は祐司から連絡が来るまでここにいなさい。横澤君が下で待機しているから、ここに寄こすよ。いいね」

 一連のありさまを呆然とした表情で見ていた拓巳くんは、真嶋さんの呼びかけでハッと我に返って立ち上がった。

「なんで雅俊っ!」

「いいから」

 真嶋さんはつかつかと拓巳くんに歩み寄ると、強引に座らせた。

「しょーがない子だね。横澤君が来るまで僕たちもいるからおとなしくしておいで」

 そうして真嶋さんの連絡で横澤さんがここに来るまで、僕たちはまんじりともせずに待ち続けた。

 ――その夜、とうとう俊くんは生収録中に姿を現さなかった。それは、〈T-ショック〉結成十二年目にして初めて起こった俊くんのボイコットだった――。



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