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T‐ショック アブソーバー  作者: 木柚 智弥
仲間より歌より僕?
5/11

ボイコットの危機


 聞けない。これ以上拓巳くんには聞けない――。

 次の日の放課後、僕の頭の中は昨夜明るみに出た事実の数々でいっぱいだった。

 これ以上、そこに踏み込んだら、拓巳くんはおかしくなるかもしれない。

 七年前、僕に関わる一体何があったのか。あのままうまく会話が進めば、本人から聞き出してもいいかも、と思ったけどヤメだ。あの人はまだ、ぜんぜんそこから立ち直れていないんだ。

(その日、僕の身に何かが起こった)

 それは多分、当時の拓巳くんにとって、へたをすればもう二度と会えなかったと思わせるような、命に関わるような何かだったんだ。

(拓巳にとって、君を育てることは、生き直すこと)

 あのとき聞いた、真嶋さんの言葉が心に重く響く。

 拓巳くんはその頃まだ二十一歳。しかも、お母さんが亡くなってからもまだ四年くらいしか経ってなかったから、心のダメージが大き過ぎたんだろう。

(愛情をもらえずに、心のどこかが壊れて成長してしまった)

 僕の命に関わったその出来事は、ただでさえ傷の残る拓巳くんの心をさらに鋭く抉ったに違いない。仕事の都合でツアーと旅行が一緒になっていたとすれば、時期もピッタリ合う。

 中沢さんが言っていた『具合が悪くなって帰って来た』というのは多分、そのときのことだろう。それなら拓巳くんのその後のやつれようも納得できる。中沢さんがいるにもかかわらず、おそらくは旅行と偽って仕事に連れていったから、心の負担が増したのだ。

 そして、僕の身に起こったことは、長く拓巳くんの不安になって残った。だけどそれは時間が経てば薄れるもので、その目安が八年間だったんだ。小学校を卒業すれば大丈夫だ、と思うことで、かろうじて心の均衡を保ってきたのに違いない。女装までして学校の様子を知ろうとするのも、仕事より僕を優先するのが当たり前になっているのも、みんな根っこはそこにある。

 七年経った今でも、少しそこに触れただけであんなにも取り乱すような、一体何が起こったんだろう。

それを知るのは怖い。怖いけど、でも――。

「……から、楽しみだね」

「えっ?」

 考えに没頭していた僕は、一瞬ここがどこなのかわからなくなっていた。

「だから、久しぶりじゃない? 生の歌番組出るの。一緒に見ようね」

 そうだ、今は下校途中だった。今日は優花の家で中沢さんの夕飯を食べる日だ。

「うん、そうだね」

 生番組……僕は不安で一杯だ。

「マース見るの、久しぶりっ」

 優花は〈T-ショック〉の中では俊くんがお気に入りなのだ。ちなみに健吾は祐さんなので、拓巳くんがかわいそう、と訴えたら、「アレ(女装)がキョーレツすぎて、普通のファンの気持ちが保てない」と二人に言われてしまった。

 あれから一週間、表面上は何事もないように過ぎている。

 相変わらず拓巳くんは俊くんとギクシャクし、そのたびにやつれ度が増していく気がするけど、何とか新曲制作は進んでいる、と沖田さんがわざわざ僕に様子を教えてくれた。沖田さんも全国ツアーの件では拓巳くんに引け目を感じているのか、いつもより細かく連絡をくれるようになった。

 そんな中、今日は久しぶりの音楽番組出演で、三人がそろってメディアに姿を見せるということで、巷ではずいぶん前から話題になっていた。生番組だから真嶋さんも専属スタイリストとして詰めるはずで、だから優花と僕は二人でご飯なわけだ。

「今日は急いで宿題終わらせなくちゃ」

 いつもの留守番より張り切ってる優花。この無邪気さがうらやましい。

 生、といっても、ちゃんと直前収録、ちょこっと編集の時代だから心配いらないよ、とスタッフの皆さんは言うけれど、昔から生番組で拓巳くんたちを見るのはなんだか落ち着かなかった。つい、コケたり歌詞間違えたりしてないか、なんて思ってしまうので、優花には「親みたい~」などとからかわれる。でも、まさしくそれに近い心境なんだよね。

 大通りを右に曲がると、僕たちのマンションが見えてきた。

 手前の歩道橋を渡るか、もう少し先の横断歩道を渡るかを思案して、僕らが立ち止まった時だ。

「和巳――っ!」

 まだ八十メートルはあろうかという健吾の家のあたりから、当の本人が叫びながら走り出て来た。

「あれ、健吾って用事で先に帰ったんじゃなかったっけ?」

 優花が僕に聞く。

「うん、今日はお店が定休日だから、家族で出かけるはずだけど……」

 二人で話してる間に、健吾がものすごいスピードで、片手に持った何かを振り回しながら僕たちのもとへとたどり着いた。

「和巳っ、たい、へん、だっ」

 体を折り、荒い息を整えながらしゃべろうとするので、変なアクセントになっている。

「落ち着いてからでいいよ」

 背中をさすってやると、まもなく彼はフウッと息を吐き、次いでガバッと体を起こした。

「これを見ろ」

 そして持っていたものを僕に渡した。

「……?」

 それは見たことのある題名の音楽雑誌だった。ページが開かれている。

「これ、今日発売のやつで、さっき店に届いたんだ」

 健吾は額に流れる汗を手の甲で払った。

 健吾のお父さんのお店には、月契約で近所の本屋さんから雑誌が届くようになっている。このロック系音楽雑誌はその内の一つでおじさんたちのお気に入り、よく〈T-ショック〉の記事も載っていて、僕も時々読ませてもらったりするやつだ。

「ほら、ここ」

「なに? なんか悪いこと書かれてるの?」

 優花も隣から覗き込む。

「ある意味、悪いかも」

 健吾の声が耳に届くと同時に、僕の目もその記事の見出しを捉えた。

〈ファンに朗報! 〈T-ショック〉、熱いファンの要望に応え、約束の全国ツアーを予定より半年早く再開!〉

 その下には俊くんの顔写真、そしてその横には〈来春の新曲発売に合わせての展開をマースが語る!〉とある。

「ええーっ! どうしてっ? まだ決まってないよ?」

 優花が叫ぶ。

「やっぱ、ウソだよな、コレ」

 健吾が憤る。

「「和巳」」

 二人の見事な二重唱。でも、すぐに反応できない僕。もう一度雑誌に目を通した優花が声を和らげた。

「なんだ。よく読んだら、まだはっきりしてないってわかるじゃない」

 健吾が反論する。

「もしそうだとしても、この見出しじゃファンの人はみんな誤解するぜ?」

 優花と健吾で弁論大会。

「マースのインタビュー記事だって、否定まではしてないじゃん。これじゃマズイって」

「この言葉の濁し方なら、ファンだってちゃんとわきまえるよ」

「そうかなー」

 僕の手から雑誌がすべり落ちた。

「……タイヘンだっ!」

 優花がすかさず拾って健吾に渡す。

「ダメよ和巳、人の物を落としちゃ。心配しなくても大丈夫よ。この程度じゃ、影響ないわ」

「いや、やっぱ困るだろ? バンドとしてはさ」

 受け取りながら、健吾も引かない。でも僕が言うのはそこじゃなくて……!

「大丈夫じゃないよ優花! だって、今日は生だよっ?」

「生……?」

 首を傾げる健吾に優花が説明した。

「今日のミュージックライフに〈T-ショック〉が出るでしょ?」

「ああ、生放送……って生収録?」

 さすが健吾、察し度抜群。

「こんな記事が出てること、拓巳くんが知ったら!」

「あ、そうか」

 優花もさすがに気がついた。

「「「番組ボイコットするじゃーん!」」」

 僕たちの三重唱が大通りの曲がり角に響き渡った……。



 これから家族で出かけるため、後ろ髪を引かれている健吾に事後報告を約束して別れ、大急ぎで帰った僕たちは、それぞれの留守電メッセージに同じ内容の録音が入っているのを確認した。すなわち、

(芳弘です。和巳、帰ってきたら至急、連絡を下さい)

 すぐに優花の家から真嶋さんの携帯へ連絡してみる。ところが。

「つながらない……」

 僕は受話器を置いた。優花が再チャレンジしたけど結果は同じ。

(ただいま、電波の届かないところにいるか、電源を切って――)

 そこまで聞いて優花もやめた。

「どうしよう……」

 真嶋さんは何を伝えたかったのか。電源が入っていないとは考えにくい。おそらく電波の届かないところ、建物の地下にいるんだろう。

「番組は夜の八時からよね。今は四時二十分。どう思う?」

「リハーサルが二時間前で、ゲストの支度もそのくらいからだから、まだ真嶋さんは移動中かも」

 留守電メッセージの時間は四時十分。いつもの帰宅予定時間だ。健吾と話していたので帰宅時間がズレてしまったのだ。

「拓巳くん、もう知っちゃったと思う?」

「うーん……」

 それは、今の時点では微妙だ。

 スタッフの皆さんはもちろん気がついてるだろうから、必死に隠しているかもしれない。けど、それはおそらくリハーサルでバレる。司会者がその話を振らないとは思えないからだ。だからスタッフとしては、リハーサルが始まるまでに拓巳くんを説得し、俊くんには、司会者の質問をうまくかわしてもらって、拓巳くんを刺激しないように、と考えているだろう。

「沖田さんに、連絡してみる」

 僕は自宅へ取って返し、沖田さんの携帯にかけてみた。

『ああ、和巳君、よかった!』

 沖田さんの声に安堵がにじむ。

「ロック雑誌、見たんです。そっちは大丈夫なの?」

『今、同じ局の、別番組の収録中です。だから五時二十分までは大丈夫』

 やっぱりもう知ってた。

『ちょうど良かった。芳弘さんから(地下にもぐるので連絡が取れなくなる)と言われていたから電話するところだったんですよ』

 やはり、真嶋さんは僕を呼ぼうとしたのだ。

「僕、そこに行ったほうがいい?」

『ぜひ、お願いしますっ』

 沖田さんもこれから起こることがわかっているんだ。

『横澤を迎えに出しますから、待っていて下さい』

 そう言って電話は切れた。僕は隣に戻り、優花にやり取りを説明した。

「あたし、どうしよう」

「優花は残って。中沢さんが五時に来るはずだから説明してあげてよ。二人ともいなくなったら中沢さんがびっくりしちゃう」

 目黒の事務所からここまでは車で早くて二十分、ここから渋谷のテレビ局までは第三京浜を使えば約三十分。五時二十分にギリギリ間に合う計算だ。

 沖田さんがああ言ったからには、夕食は向こうになるだろう。そのことも含めて中沢さんへの伝言を優花に頼むと、僕は再び自宅へ戻り、支度を済ませて迎えを待った。



「和巳君、こっちこっち」

巨大なテレビ局の敷地の中、ガードマンが立つ入口を横澤さんに伴われて通過し、迷路のような廊下を抜け、指示された第四スタジオ前にたどり着くと、ドアの前を行き交う現場スタッフに紛れて沖田さんが待っていた。

「すみません、和巳君。わざわざ来てもらっちゃって」

「大丈夫です」

「あとで控え室に行ったら、何か夕飯になるもの買って来ますからね」

 沖田さんは横澤さんと少し打ち合わせをして別れると、僕を第四スタジオの中へと導いた。

 おしゃれなインテリアを配したカフェバー風セットの中央で、男女二人の司会タレントさんの向かい側、ゲストスペースに座っているのは拓巳くん一人だ。どうやら深夜枠のトーク番組らしい。

「俊くんたちは?」

「六時に入るよう、お願いしてあります」

 なるほど、これが終われば拓巳くんは三十分ほど一人なわけだ。その間にうまく説明し、短気を起こさせないよう僕を呼んだんだな。

「本当はレストランにでも行きたいところなんだけど、何が起こるかわからないからね。狭い控え室ですみません」

 レストランを避ける理由がコワいけど、気配りの沖田さんは僕に対しても相変わらず細やかだ。

 そのとき、ちょうど収録が終わったのか、ギャラリーから拍手が沸き起こり、拓巳くんが立ち上がるのが見えた。

 こちらも相変わらず、目の覚めるような美貌、そして夢も醒めちゃうような無表情。見送る司会タレントさんに会釈するとき、わずかに表情が緩んだのが救いだけど、あれは男のタレントさんがコースケとかいう名のお笑い芸人で、ちょこっと友達だからに違いなく、女のタレントさんやギャラリーのお客さんはガン無視だ。

 それでもみんな、セットを出る拓巳くんを、名残り惜しそうに拍手で見送ってくれるんだよなぁ……。

 綺麗だけど無機質で表情の読めない薄茶色の眼差しが、入口付近に立つ僕たちのほうを見た。まず無表情に沖田さんを捉え、次にその隣の僕に気がつく。

 するとその瞬間、無機質だった表情が華やかに一変した。僕が時々目にする、花が開いたような笑顔だ。そのとき、まだ彼はギャラリーが取り巻くセットのそばにいたので、その表情の変化がお客さんたちにも見えたらしい。息を飲む音があちこちから聞こえてきた。

 あからさますぎて僕が赤面だ。

 むろん、そんな周囲になど頓着しない拓巳くんは、スタスタ歩を進めて僕の隣に立ち、片手で僕の肩を抱き寄せると嬉しそうに言った。

「来てたのか。珍しいな、どうしたんだ」

 僕は間髪を入れずに答えた。

「うん、頑張ってる拓巳くんの様子を見にきたの。後で話があるんだけど、いい?」

 一応、ウソじゃない。

「ああ。ちょうどこのあと少し空くからな。上階のレストランでも行こうか?」

 一瞬、怯む沖田さんを尻目に、僕は悪魔のようにスラスラと答えた。

「そのあとも忙しいんでしょう? 他の人も大勢いるし。控え室でいいよ。拓巳くんも休まなきゃ」

「そうか?」

 さらに嬉しそうな拓巳くん。ごめん、鬼畜な息子で。でも、これも拓巳くんの仕事のため。

 そんなやり取りをしながらスタジオを出ようとすると、僕たちの背中にコースケさんの声がかかった。

「拓巳くーん。お客さんとの写真がまだだよー」

「俺パス」

 にべもない拓巳くん。

「困るよ、約束じゃないか~。僕の番組、ゲストと一緒に撮った写真が抽選でもらえるのが売りなんだから~」

 言いつのるコースケさんを横目で見ながら、拓巳くんは眉間に縦ジワを寄せて沖田さんに聞いた。

「……そうなのか?」

 シベリアの吹雪より冷たそうな声だ。

「集合写真一枚の約束です」

 必死に抵抗する沖田さん。ここでゴネられるのは時間的にマズい。僕は助け舟を出した。

「みんなが楽しみにしてるんでしょう? 一緒に撮ってあげてよ。楽しみにしてたことをナシにされたら、僕だって悲しいよ」

「………」

 縦ジワがまだ一本。うっ、もう一押しかっ。

「僕、拓巳くんが来るまで控え室で待ってる。勝手に先に帰ったりしないから」

「ホントだな?」

 はっきりと頷くと、拓巳くんはようやく僕の肩から手を離した。そして今度はコースケさんを「早くしろ」と、せかしながらセットのほうへ戻っていった。

「ありがとう、助かったよ和巳君」

 半泣きの沖田さん。

「いえいえ。ご苦労様です」

「さぁ、拓巳君の気が変わらないうちに控え室に行きましょう」

 沖田さんの先導で、僕は控え室が並ぶ廊下に着いた。

「じゃ、何か買ってくるから、和巳君は中で待っていて下さいね」

 沖田さんはそう言って足早に廊下を戻って行った。

 僕は『〈T-ショック〉メンバー様』と書かれたその部屋に入り、ドアを閉めた。すると。

「やっぱり来たか」

 誰もいないはずの部屋の奥、机と椅子が置かれているスペースに俊くんが立っていた! 



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