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T‐ショック アブソーバー  作者: 木柚 智弥
大好き。だからその先へ行こう。
10/11

それでも先へ行こう


「拓巳に殴られたあと、おれたちはそれぞれ別方向に和巳を探しに出た。一緒に行けるような雰囲気じゃなかったからな」

 おれがその繁華街に足を向けたのは、理由があったからじゃない。外は寒くて、他のところは別の連中がもう探しに行ってたから、残った場所に行っただけだ。でも、それが結局功を奏した。

「その繁華街には何度か足を運んだことがあったから、思いっきり怪しげな路地裏から攻めた。そしたら……おまえの泣き声が聞こえてきたんだ」   

 僕はさすがに息を飲んだ。これは、相当な覚悟が要りそうだ。

「おまえの名前を叫ぶと、細い路地のほうで泣き声がおれを呼んだ」

 ゴミゴミしたその路地は暗くて、人が一人、やっと通れるかどうかという狭さだったが、おれは構わずに叫びながら突っ込んだ。

「逃げていく人影と、地面に倒れてもがいてるおまえの姿がかろうじて見えた」

 握り合わせた僕の両手が震え出した。俊くんの片手がその手を握りしめた。

「僕は? 僕はどう……」

 喉がいうことを聞かなくて情けない。すると俊くんは、まるでそのときの何かに奪われまいとするかのように、僕の体を腕の中にしまいこんで抱きしめた。胸に伏せた耳に鼓動が響いてくる。

「すぐに駆け寄って、抱き上げて自分のコートの中に入れると、おまえはまもなく泣きやんだ。その体は最初、とても冷たかった」

 感触が直接的すぎて何か変だ、と感じて……。

「ふと地面に目をやると、服があたりに散らばっているのが見えた」

「――!」

 それを聞いた瞬間、体が僕の意思を裏切ってビクッと跳ねた。すると、俊くんが全身に力を込めてそれを封じるように包み込むのがわかった。

「おれの腕の中のおまえは、下着のパンツ一枚の状態で、地面に散らばっていた服は全部濡れていた」

「………っ」

「おまえの髪の毛も少しだけ濡れていた。どうやらウーロン茶らしかった」

 ウーロン茶……?

「おれはひとまずその場を離れ、路地裏に戻った」

 人気がないのを確認すると、コートごとおまえをおろし、セーターを脱いでおまえに着せると、また元通りコートの中に抱き、来た道を引き返した。

「その道中、おまえが今度はだんだん熱くなってきた。意識もなんだか怪しくなってきた。ちょうどそのときスタッフと行き会って、まもなく拓巳が駆けつけて来た。おれはあいつに『側溝に落ちてびしょ濡れだったから服を脱がせた』と言っておまえを渡した」

 僕は震えながら身を起こし、最大の疑問をぶつけた。

 それを聞かなければ、僕は先に進めない。

「それで、俊くん。僕の体は……?」

 俊くんは再び僕の頬に手を添えると、目尻を指でなぞり、そこに溜まった涙をぬぐった。僕は、自分でも気がつかないうちに目に涙を溜めていたのだ。

「おれが見る限り、おまえの体に酷い乱暴をされたような形跡はなかった」

 瞬間、全身から力が抜け、僕は俊くんの胸に倒れ込んだ。俊くんは僕の頭を抱えると続けて言った。

「だが、首の下のところに二ヶ所、親指くらいのアザができていた」

 体が再び強張る。

「目を凝らして何度も見返したが、それが何によってつけられたのか、周りが暗くてどうしても判断できなかった」

 指の痕なのか。それとも――?

「拓巳はそれをもっとはっきり見ている。だがそれだけでは決め手にならなかったようで、状況を詳しく教えろと食い下がってきた」

 だが、おれはあいつには伝えず、怒ったあいつに拒まれておまえのアザを改めて確認することができなかった。

「だから、それが何を意味するのか、今となってはわからない」

 僕は胸から頭を上げて俊くんを見た。俊くんも僕を見下ろした。

 僕たちの視線が重なった。

「これが、おれが見たすべてだ」

 その瞬間、僕の目からまるで水か何かのように涙が溢れ出た。こらえようと顔を伏せ、背中に力を入れると、俊くんの手が僕の頭を自分の胸に押さえつけ、背中を腕で支えて鋭く言った。

「我慢するな!」

 僕は首を横に振った。すると俊くんの声が掠れて響いた。

「我慢、しないでくれ……っ!」

 その言葉に反応するように、僕の目はいうことを聞かなくなった……。



 どのくらい、そうしていただろうか。

「……苦しかったらおれを恨め」

 やがて俊くんがぽつりと言った。

「おまえがこのことで苦しむことがあったら、その時はおれにあたれ。拓巳はやめとけ。あいつには荷が重すぎる」

「……俊くんには重くないの?」

 僕が聞くと、俊くんは半眼に伏せた目で笑った。

「おれは父親じゃないからな……」

 その分だけ有利だな、と言って俊くんは目線を少し上げた。その先には俊くんの描いた、海の中をモチーフにしたデザイン画が壁に立て掛けられていた。

「……あいつとおれは学年が一つ違いだが、中学が一緒だった。おれたちがどこで出合ったか知ってるか?」

 僕が首を横に振ると、俊くんは絵を見つめたまま言った。

関内かんないにある繁華街裏の、男娼ご用達ホテルの廊下だ」

 だ、だんしょうっっ?

 僕の目がいっぺんに覚めた。

 それって、あの、男の人に体を売って暮らすオネーサンの、若い男の人バージョンでは……?

「意味知ってんのか。ったく近ごろのガキはませてんな」

 俊くんは僕の反応を見て苦笑した。僕がどの程度、そのあたりの事情に詳しいのか試したらしい。

「その様子なら、被害にあって知ったんじゃないからいいか」

 その言葉にふと気がついた。

「まさか、二人は……」

「おう。おれもあいつも同じ理由でそこにいて、同じように抵抗して廊下に出てきたんで、二人で協力して逃げたんだ」

「ええっ!」

 今も輝き続けるロックバンドのメンバーの出会いがそれ――っ? 

「自慢して言うが、おれもあいつもちょっとしたツラだったから、親父どものセクハラに遭うなんぞしょっちゅうだった」

 だから、ケンカっぱやくなっちゃったんだよナー、と俊くんは笑った。でも僕は笑えなかった。俊くんの目が暗い色に染まっていたからだ。

「だから、なおさらおれたちは一人立ちを急いでた」

 俊くんは続けた。

「誰にも侵されないテリトリーを築きたかったんだ。多分、あいつはおれ以上だっただろう。デビュー当時、おれたちの歌に他の奴らと違う何かがあったとしたら、そこだと思っている。だから、ようやく手に入れた場所に唯一残されたおまえへの思い入れも並みじゃない。同じ目には絶対に遭ってほしくないからな。だが、その分……」

 侵されたときのダメージは計り知れない。

「おまえを慈しんできたのはあいつだけじゃない。おれにだって負けない自信はある。だがあのとき、あの和巳の姿を、あの衝撃を受けたのがおれだけでよかった。拓巳だったら……」

 おそらくおまえは父親を失っていただろう――。

「だから、あいつからどんなに説明しろと問い詰められても、頼むからと縋られても、川に落ちたの一点張りを貫いた。あいつはおまえのアザの様子から尋常じゃないことがあったと判断していて、なかなか納得はしなかったが、全部バレるよりはずっとましだ。そこに悔いはない」

 俊くんは絵に視線を戻した。その目がまた陰を帯びる。

「けれどもおまえの意識が混濁したまま三日過ぎ、拓巳から脱退を告げられたときは、正直、終わったと思った」

 帰ってきたこのアトリエで味わった、あの足元から砕けていくような喪失感と無力感……。

「衝撃を察した祐司にせっつかれて、前から作ってた曲の中の一つをなんとか仕上げて渡したが、今までおれを支えていた、内側から突き上げるような表現への渇望がすっぽりと抜けて、あ、死んだな、と」

 おれをおれ足らしめていたもの。それはいつの間にか、拓巳に培われ、祐司によって支えられて成り立っていた。

「表現することの一角を喪ったら、おれには行き場がない」

 そうして何も感じなくなってから数日後、芳さんの手を借りたおまえが電話をよこした。

「おまえはまだ弱々しく、頼りない声でおれに来てくれと言った。おれは受話器の向こうのおまえに『力が出ないんだ』と答えた。するとおまえはか細い声で必死におれを励ましだした」

 あのときもらったたくさんの言葉……忘れられないセリフ。

「おれの中に再び沸き上がるものがあった。だからあの日、おまえに会いに行くことができた。そしてあそこで三人で演奏したことで、俺たちの音楽も生き延びた。今、おれがこうしていられるのは間違いなくおまえのお陰だ」

 俊くんは一旦、言葉を切り、深く息を吐いた。

「だから、おれを生き返らせたおまえに、すべての事実を伝えてから聞きたかった」

 そうして今度は僕の顔を正面から見つめると、真剣な表情で問いかけてきた。

「こうやっておまえに救われながら、今またツアーに踏み切ろうとするおれは、間違ってると思うか?」

 僕はすぐに首を横に振った。

「おまえの記憶は、今はまだ何も教えてこない。でも、こうして当時のことを聞いてツアーを体験すれば、暗い記憶が呼び覚まされるかも知れない。拓巳の言うとおり、辛い思いをするかも知れない。それでもか?」

 それこそが、拓巳くんが全国ツアーを嫌がる最大の理由だ。だとしても。

「僕はそれが、あるのかないのかわからないうちに諦めるのはいやだ」

「和巳……」

 僕は俊くんの腕の中から身を起こすと、涙の跡を手でぬぐい、顔を上げた。

「まして、そのせいで拓巳くんと俊くんがぶつかり合うのは見たくない。だから、どんなにつらい事実でも、今の僕にきちんと教えてくれた俊くんに感謝してる。知らないまますごしていて、後から出てきた記憶に悩まされるよりましだ」

 たとえ拓巳くんの言うことが当たってるとしても。

「僕のことだけが意見の食い違う理由だというのなら、次へ進むためにもやるべきだと僕は思う。それは、俊くんのためとかじゃなくて」

 これを言うために僕は来た。

「そういう事件に遭った僕自身が、これから前を向いて生きてくために、みんなには先に進んでほしいんだ。画家なら次の作品を。歌手なら新曲を、ロックバンドなら次のコンサートツアーを」

 俊くんは目を見張った。

「僕は、今まで向き合って来なかった分、後戻りしなきゃならないかもしれない」

 何かを思い出して苦しむかもしれない。知ってしまったから、記憶がない分、変に想像して自分からどん底に落ちるかもしれない。でも、何も知らないままにされるよりずっといい。

「たとえ少し遅れても僕は追いつく。必ず追いついてみせる。今まで守ってくれた拓巳くんのために。僕を信じて話してくれた俊くんのために。だから、先へ進んでほしい」

 僕はまっすぐに俊くんの顔を見た。俊くんはしばらく目を見張ったまま、僕を見つめていた。そして――。

「改めて、惚れた」

 僕を抱き寄せて頬に……キスをした。

「俊くん?」

「なんちゅう胆力なんだ……」

 俊くんは、上から下までじっくりと僕をながめると、一つ頷いた。

「和巳」

「なに?」

「おれがいる。おまえが後戻りしても、落ちそうになっても、何回でもつかんで、絶対すくい上げてやる。だから一緒に来い」

「俊くん……」

「おれの命はもうとっくにおまえのもんだが……このまま拓巳に預けとくには惜しすぎる。ここを空けておくからすぐに来い」

 ハイ?

「俊くん、それって僕のこと……?」

「もちろんだ。おれの言ってる意味がわからないのか?」

 俊くんのアーモンド型の濡れたような瞳に、いつにない艶がにじんでいる。

「おれは本気だぜ。おまえもこの際、覚悟を決めろよ……」

 俊くんの手が僕の顎を持ち上げた。ウェーブのかかった長い前髪が僕の額に落ちかかってきて……。

「イテッ!」

「おまえが自制する覚悟を決めろ!」

 頭を押さえた俊くんとともに頭の上を見上げると、僕たちの後ろで祐さんが拳を握って立っていた。

「ったく、黙って聞いてりゃあ……」

 背後にあるベランダ側のレースのカーテンが揺れている。そういえば窓が開けてあったっけ。

「和巳を奪ってどうするんだ。あそこにいるやつを殺す気か」

 祐さんが指差したベランダの隅に拓巳くんがしゃがんでる! もう二時間、経ったんだ!

「おまえの、今、最大の目的に必要なのはあいつだろうが。初志を忘れやがって」

 祐さん、かなりおかんむり。また俊くんが、

「あとちょっとだったのによー……」

 とかつぶやくから、もう一回祐さんに拳を食らうハメになった。

「だからグーで殴るなよグーで! 曲がどっかいっちまうだろーっ!」

「その前にあいつがどっかいっちまうぞ!」

「わかったよ、呼びゃーいんだろ呼びゃー」

 俊くんはぶつぶついいながらベランダに出て拓巳くんを呼んだ。

「入ってこいよ拓巳」

 拓巳くんはじいっとこちらを見ているけど、すぐに動く気配はない。

「あ、来ないの。いいぜ。遠慮なくそこに根っこ生やしてろよ。和巳は目黒のマンションのほうに連れていくから」

 俊くんはベランダからあっさり戻って来てしまった。そうしたら。

「ざけんなよ……」

 瞬間移動したんじゃないかと思うような速さで拓巳くんが俊くんの背後を取り、首に腕を回していた。

「この場面で俺を呼べるとは、いい度胸じゃねえか雅俊」

「おまえこそ、ここに踏みこんだからには覚悟を決めたんだろうな? おれは計画を進めるぜ」

「ふざけんな。俺は和巳を迎えに来ただけだ」

「そんな言いわけが通用するとか思ってんなら、こっちで勝手に決めとくからテメーはさっさと帰んな」

「言われなくても和巳を引き取ったらすぐに帰るさ」

「誰が和巳を返すっつったよバーカ。一人で帰れ」

「言わせておけばこのやろう……」

 力の加えられた拓巳くんの腕を、俊くんが両手でつかんで引き剥がそうと揉みあい、僕は……。

「ぷっ」

 我慢できずに笑ってしまった。すると、

「「そこ、笑うところじゃねーだろっ!」」

 と二人で声がそろったのでなおさら止まらなくなってしまった。

「いい加減にしろ」

 祐さんがその隙をついて間に割って入る。

「おまえらの態度にもはや成長は期待してないから、退化するのはやめろ。せめて現状維持しとけ。大人なら座って話し合え」

 祐さんはそれぞれの頭をつかむと、僕のいるソファーセットに向かって二人を放り投げた。俊くんが倒れ込んだソファーの隅で首をさすり、拓巳くんは僕の隣で頭を押さえている。僕はまだ笑いが止まらないでいたけど、かわいそうなので拓巳くんに「大丈夫?」と声をかけた。

「……なんでそこで笑うんだよ」

 恨みがましげに拓巳くんがぼやく。だって、ねぇ。

「ごめん、ごめん。あんまり息がピッタリだったからさ」

 拓巳くんの額に青筋が浮く。

「大丈夫。僕、帰るから。だからツアーの話、ちゃんとしていってよ」

「――!」

 僕がさらっと言ったので、拓巳くんが固まった。俊くんと祐さんが注目する。

「話し合わないの? じゃあ、俊くんに任せていいんだね?」

 拓巳くんはそれでもまだイヤそーな顔をしてたけど、重ねて促すと、そこでようやく頷いた。

「じゃあ後はお願いします、俊くん、祐さん。僕たちは帰るから」

 二人に頭を下げ、拓巳くんを「玄関へ回っててね」とベランダに追いやる。拓巳くんはしばらくベランダの脇に立ちどまり、僕の、そして俊くんと祐さんの顔を見つめていたけれど、やがて何も言わずに出ていった。

 その一連のありさまを見ていた祐さんが、ポソリとつぶやいた。

衝撃吸収材ショックアブソーバーだな……」

「なに?」

 部屋の中に戻りながら聞き返すと、祐さんが珍しく笑みを浮かべながら教えてくれた。

「衝撃吸収材。車の部品だ。衝撃が来たときに、中に伝わらないように振動を吸い取ってくれるから、車は長く安全に走れる」

「へえ……」

「どんなに性能のいいエンジンを積んでいても、それがないと車はダメになる。まるで、昨日までの俺たち」

 僕は、その言葉の意味を頭の中でぐるっと回し、出てきた答えを聞いてみた。

「それは、僕もみんなの役に立ててるってこと……?」

「もちろんだ」

 祐さんは即答した。僕は嬉しくなって、ふと思いついたことを伝えた。

「じゃあ、俊くんがエンジンで拓巳くんはアクセルで、祐さんがブレーキだね」

 彼は一瞬、目を見開き、次に目線を和らげて「ありがとな……」と僕の頭をなでてくれた。

 祐さんの脇を通り抜けて玄関に向かおうとすると、ソファーから立ち上がった俊くんが僕の腕をつかんだ。

「帰るのか」

 顔つきが少し寂しそうだ。本当に僕を返したくないらしい。そうもいかないので、僕は元気づけるように笑いかけた。

「これから俊くんが一番忙しくなるんでしょう? ツアーのために、色々計画立てなくちゃね」

 しばらくはバタバタするから新しい絵も描けないね、と名残りを惜しんでアトリエ内を見回した。すると俊くんが「ちょっと待て」と言ってリビングの奥へ行き、壁に据え付けられた引き出しから何かを取り出して戻って来た。そして今度は自分の首に手をやると、いつもかけている銀色の細い二連チェーンの片方を外し、それに何かを通して僕の首にかけた。

「これ……?」

 それは、チェーンと同じ銀色の鍵だった。回すところがクローバー型で、小さい宝石が一つ真ん中に嵌まった、とても凝った作りのものだ。

「ここのマスターキーの片割れだ。持ってろ」

 祐さんが驚いた顔で俊くんを見た。

「雅俊、おまえそれは」

「いいんだ」

 俊くんが祐さんを見た。

「いいんだ祐司」

 祐さんはしばらく俊くんの顔を見つめると「そうか……」と言ったきり、黙ってしまった。

「?」

 僕が疑問顔を向けると、俊くんは微笑んで言った。

「なくすなよ。おれの持ってるのと対だからな。おまえが絵を見たい時や一人になりたい時、いつでもここに来い。ただし、必ず一人で来いよ」

 そして、僕の首にぶら下がった鍵をシャツの襟から中に入れた。鍵が肌に直接当たってくすぐったい。

 僕は二人の様子に当惑した。

「なんだか、大事なものなんじゃないの……?」

「まぁな。でもおまえならいい」

 俊くんの手が僕の頭をなでる。その目がなぜか返さないでくれ、と言っているような気がした。

「……わかった。大切にする」

 胸を手のひらで押さえると、俊くんはアーモンドの瞳を細めてふわっと笑った。

「さぁ、拓巳が外でやきもきしてるだろうから行ってやれ」

 彼の手が僕の背中を軽く押しだす。扉の取っ手を握って振り返ると、俊くんは祐さんの言葉に頷きかけていた。けれども僕が見ているのにすぐ気がつき、片手を軽く上げて頬笑んだ。僕は手を振り返して外に出た。

 俊くんは、僕に何を伝えたかったんだろうか……。



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