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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第一章 揺り籠の中の愛し子
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第5話 貴族の少年をやっつけました

「ん~、この微かな塩気が絶妙な後味を残してくれますね。やっぱり紅茶はダリアに限ります」


 コルト村の特産品である紅茶をお供に、アンナは午後のティーブレイクとしゃれ込んでいた。

 ちなみにダリアは貴族の間でも高級な紅茶として通っており、もちろんその味は本物なのだが、アンナは他の紅茶を飲んだことは無く、ただ親の受け売りをそのまましゃべっているだけである。

 そんな子供らしい背伸びをするアンナ――実際には自分に酔う残念な中二病男の子――を微笑ましい気分でレイラは見つめている。

 朝は母と共にお茶の世話をし、午後は執務に出かける両親に代わり、レイラと家事を片付け、その後はまったりしたり、魔法の修行をして過ごす。

 そんな生活を続けて早4年。

 アンナとレイラは共に10才になっていた。

 だが同い年にも関わらず二人の成長度合いには大きな開きがある。

 レイラは成長の早い獣人の例に漏れず、既に身長は160センチに届いているほどの成長ぶりで見た目年齢的には華の女子高生といった感じである。


(そして胸も……)


 女性は視線に敏感だと聞いたことがあるのでなるべく見ないようにしているアンナであったが、レイラの胸は大質量を誇っておりその抗いがたい引力に引かれてつい目が行ってしまう。


(たぶんFカップはありますね……恐るべし獣人の血)


 最悪の形でレイラに性別がバレたときはどうなるかと思ったが、彼女は特に気にした様子も無くそれまで通りに接してくれた。

 いや、むしろ最近は向こうからのスキンシップも増えて、より仲良くなったように感じられる。


(きっと弟のように思ってくれているんでしょうね)


 生まれは自分の方が早いのだが体の大きさのせいか、レイラはやたら世話を焼いてくれるのだ。

 それこそ姉か母親であるかのように。

 だとしたらそんな彼女に不埒な視線を向けてしまい申し訳ない、とアンナは罪悪感に駆られているのだが、実はレイラも内心ではアンナを邪な目で見ているのでどっちもどっちである。

 ちなみにアンナも成長したにはしたのだが、この間やっと身長130センチに届いたばかりで、村の年の近い子供たちと比べても小さく華奢だ。

 男の子は10代からが勝負です、と息巻いてはいるのだが、若干本人も自分の男としての行く末に不安を感じている今日この頃である。


「追加のお茶請けを取ってきますね」


 紅茶というよりは、お茶請けに置かれたクッキーに夢中だったアンナは何時の間にか全部食べてしまっていたようだ。


「はい。お願いします」


 レイラがお菓子のおかわりを取りに家に戻っていく。

 あまり食べ過ぎは良くないのだが、成長期という免罪符で自分を納得させる。


「は~、平和ですね~」


 一人残されたアンナは日の光を浴びながら、くてんとテーブルに突っ伏す。

 いつも通りの穏やかな日々。

 今日もそんな時間が流れていくはずだったのだが、


「あれ?」


 ふと向かいの茶樹の茂みが揺れた気がした。

 風のせいかと思ったが、それにしては動いたのは一部の領域だけだった。

 じっと見つめているとガサゴソと茂みの揺れが移動しだした。

 何か生き物がいるようだ。


「ミールラビットでしょうか!?」


 アンナは喜色を浮かべて茂みに走り寄った。

 ミールラビットとはこの地方に生息する魔物の一種なのだが、温厚な性格で茶樹に取り憑く害虫を餌とするためコルト村では益獣として親しまれている。

 そして何より重要なことはこのミールラビットはモップのように長い毛をしておりアンナの好みドストライクのモフモフ生物なのであった。


「うさぎさ~ん、出てきて下さ~い。モフモフしてあげますよ~」


 魔物にしては珍しく、人に懐くミールラビットは、こうやって呼んでやると向こうから来てくれる。

 案の定、呼びかけに応じて茂みから茶色い毛玉が飛び出してくるのを見て目を輝かせながら手を広げるアンナだったが、ミールラビットはアンナをするりとすり抜け――


「待て!! この俺から逃げられるとでも思って――」

「えっ!? わわっ――」

 

 更にその後ろから飛び出した何かに衝突しアンナは転んだ。


「……って~。なんでこんなとこに人がいるんだよ……」


 どうやら飛び出して来たのは人間らしい。

 突然飛び出してきたその人物に下敷きにされた状態のアンナの目に、燃えるような赤い髪をしたツンツン頭が写った。

 頭を押さえているので顔は見えないが、のし掛かってくる重さと声質からして、どうやら少年のようだ。


「ったく、せっかくの獲物を逃がしちまったじゃ……」


 恨めしげな顔で視線をあげた少年は、目線がアンナのそれとぶつかった瞬間硬直した。


「わっ、悪かったな!」


 先ほどのどこか生意気そうな態度とは一転し、少年は顔を真っ赤にして謝罪を述べながらバッとアンナの上から飛び退いた。


「い……いえ、こちらこそ」


 態度が豹変した少年を不審に思いつつも、謝ってもらえたので水に流そうと考えたアンナであったが、彼の身なりを見て「げっ」と思ってしまった。


「げっ」


 実際口にも出ていたようで挙動不審だった少年がむっとした顔でアンナを睨んだ。


「なんだよ。何か文句あるのか?」

「なっ、何もないです!」


 高そうな輝く刺繍が施されたバロックスタイル服と、腰に提げられた高そうな刀剣は自分とは明らかに違う身分の人間であることを示している。

 そんな恰好をした人を見かけたら、見つからないように逃げなさいと両親から言われていた存在と接触してしまった事に気づいてアンナは焦った。


(この子たぶん貴族ですね……)


 本来、こんな辺鄙(へんぴ)なところにある村になど貴族が来ることなどないのだが、コルト村の場合は事情が違う。

 高級なダリア茶の産地であるこの村には、出荷前のもっとも香り高い状態のそれを求めて、紅茶好きの貴族が訪れるのだ。

 加えて、比較的危険な魔物も少ないため治安もよく、気候も一年を通して温暖であるため保養地としても人気なのである。

 そのお陰で村の財政はより一層潤っているので文句を言える立場ではないのだが、貴族との接触は何かとトラブルを生みやすいため村人からはあまりよく思われていない。

 その上、性別を偽っているという後ろ暗いところのあるアンナにとっては二重の意味で危険な相手なのだ。


(ここは絶対に対応を間違えられません……)


 そんな内心を悟られないよう、笑顔を作って少年に話しかける。


「こんなところまで来てどうされたのですか?」

「ああ、さっき魔物を見つけてな! 退治してやるところだったんだ」


 少年は見せつけるように剣を抜き、魔物を切り捨てるような動作をする。


(魔物ってミールラビットのことでしょうか? 優しい子たちなので虐めないであげて欲しいけど……)


 当然言葉には出せない。

 代わりに気持ちのこもっていない声で「それは頼もしいです」などと言ってご機嫌を取ろうとするアンナ。


「ところでお前こそこんなところで何してんだ? ここの先には村長の家しかないって聞いたぞ」

「あっ、えーっと……」


 アンナは答えに詰まった。

 ここで素直に村長の娘ですと言ってしまっていいものか。

 家がバレてしまっては、何かあったときに両親まで迷惑をかけてしまうのではないだろうか。

 かと言って、その場逃れの嘘をついてもし後に発覚したらそれはそれで危険である。


「……なんだよ、答えたくないのか?」

「いえ! 決してそんなつもりは――」


 アンナが答えに詰まったため少年はむっとした顔になってしまう。

 なんとか取り繕おうと言葉を探すアンナ。

 しかし状況は更に悪化する。


「――アンナ様!」


 追加のお茶請けを持って戻ってきたレイラが二人の元に走り寄って来てしまった。


(今はまずいよレイラ!)


 心の中で叫ぶがもう遅い。

 もしレイラが普通の使用人や奴隷だったなら、アンナが焦ることもなかった。

 しかしレイラは――


「なっ、忌み子だと!?」

「――っ!?」


 レイラは彼の発した言葉で自らの失態に気づき動きを止めた。


「なぜ獣人の、それも忌み子がこんなところにいるんだ!?」


 少年は驚愕しながらも、先ほどまで遊びで振っていた剣をレイラに向けた。


「ちっ、違うんです! この子はボクの奴隷です!」

「……奴隷?」


 少年の前に必死の形相で割り込むアンナ。

 アンナの言葉を聞いてレイラの首に刻まれた奴隷紋を確認し、少年は立ち止まった。

 わかってもらえたと思いほっと息をつきかけたアンナだったが、


「なんで忌み子なんて飼ってるんだ?」

「……この子が可愛かったからです」


 『飼う』という表現に思うところあるアンナであったが、必要以上に刺激したくないためグッと我慢する。

 とにかくやり過ごせればそれでいい。


「……可愛い? ああ、お前獣人が好きなのか」

「はっ、はい! ボク、獣人がどうしても欲しくて。でも普通は買えませんから……」


(確かこの国ではハーフエルフなど人間との混血の者を除いて、他種族の奴隷を持つことは禁止されているんでしたよね)


 レイラを購入する際にヨハンとキリア神父から聞いた話を思い出し、もっともらしい言い訳をする。

 貴族などの権力者ならば裏ルートを通じて獣人を購入することもあるそうだが、裕福なだけの平民であるアンナが採れる手段ではない。

 忌み子であるレイラはその条件をくぐり抜けているのでちゃんと筋は通っているはずだ。


「忌み子は危ないやつらなんだぞ。一緒にいたらお前もそのうち食われちまうぞ」

「た……食べられはしないと思いますが……」

「とにかく危険なんだ。今すぐそいつは殺した方がいい」

「だっ、駄目ですよ! レイラは大切な家族なんですから」

「……家族? 何言ってんだお前?」


 少年とアンナでは悲しいほどに前提が違っていた。

 彼はレイラを『個』として見てはいない。

 あくまで『獣人』という代替可能な商品なのだ。

 忌み子への反応としては少年の方が一般的なのだろうとアンナは思う。

 食べられるという短絡的な考えが少年の幼さを表しているようで少し微笑ましいが、自分との認識の差をこの場で埋めることは困難であると感じられた。

 キリア神父の言っていた通り忌み子に対する偏見は強いようである。


「わかったぞ! お前その忌み子に操られてるんだな!」

「どうしてそうなるんですか!?」

「やっぱりそうだ! でなければ忌み子を家族だなんて言うはずがない!」

「違いますよ! 奴隷紋がついているのに、主人であるボクにそんなことできるわけないじゃないですか」

「そっ、それはなんか不思議な力でやってんだよ!」


 なんともむちゃくちゃな理論だ。

 この子はアホの子なのだろうか。

 一瞬アンナはそう思ったが、よく考えれば目の前の人物は10歳そこらの少年なのだ。

 理屈ではなく感情で動いてしまうのは仕方ないことだ。

 それだけならば微笑ましいだけなのだが、いかんせんここは異世界であり、彼は人を殺せる武器を持っている。

 もしかしたら本当にレイラに斬りかかるかもしれない。

 子供のすることだからと看過するのは危険だ。


「と……とにかくボクは操られてませんから」

「うるさい! どかないなら、お前も一緒に切るぞ!」

「うっ……」


 少年に剣を向けられアンナは怯んだ。

 それでも引き下がるつもりはなかったのだが、その瞬間背後から恐ろしいまでのプレッシャーが襲う。


「……アンナ様から離れてください」


 プレッシャーの主はレイラだった。

 いつのもような無表情で、しかしアンナに刃を向ける少年を殺さんばかりの威圧を放っている。

 レイラの殺意に少年の額に汗が伝う。


「――――っ……」


 しかしすぐに奴隷紋が発動しレイラの意識を刈り取る。

 もし何らかの攻撃に及んでいたなら刈り取られていたのは意識ではなく命だったであろう。

 その意味では幸運だったのかもしれないが、


「ほら見ろ! やっぱりそいつは俺たちを殺す気なんだ!」


 結果としてレイラの行動は少年の偏見をより強固な物にしてしまった。

 

「違います! レイラはボクが剣を向けられたから怒っただけで――」

「うるせえ! 今解放してやるからお前は黙って見てろ!」


 言い終わるや否や、思いも寄らぬ速さでアンナの脇を抜け、少年は倒れ伏すレイラに斬りかかった。


(嘘!? こんな子供がここまでの動きを――)


 止めようと思った時にはもうアンナの手が届かないほどに距離が空いていた。

 今から動いたとしてもアンナの運動能力ではとても追いつけない。


「くたばれ化け物おおおおお」


 少年はそのままレイラに迫り、剣を振り下ろす――。

 しかしその刹那、少年の真横から突風が吹き、彼の体を吹き飛ばした。


「――ぐっ……第二階梯合成魔法(ジュラメント)『エアショット』だと?」


 受け身を取ったのだろう。

 少年は即座に立ち上がり先ほどの現象を言い当てた。


(わかってしまうんですね……)


 少年に魔法の発動を瞬時に看破され、アンナは苦々しい表情になった。

 この場には三人しかいない。

 気絶しているレイラを除けば自ずと先ほどの攻撃が誰によるものかがわかってしまう。


「俺を攻撃したってことは、やっぱりお前は操られてたんだな!」

「違います! ボクはレイラを守ろうとしただけで――」

「それがどういう意味かわかってんのか!」


 少年がアンナを睨み付ける。

 そんなことは百も承知だ。

 恐らく貴族であろう少年に対して平民の自分が攻撃魔法を放ってしまったのだから。

 それでもああするしかなかった。

 例えその行為が家族すべてを巻き込んでしまう愚行だとわかっていてもレイラを見捨てることなどできなかった。 

 だからアンナは腹を括る。


「帰って下さい。家族のことは家族で決めます」


 ――その瞬間、アンナに向かって少年が剣を薙いだ。

 その剣閃は子供の物とは思えない、並の大人ですら対処できない程の速さを誇る。

 ましてや戦闘経験のないアンナに対処できるわけもなく、反応すら出来ず立ち尽くしたまま。

 ――しかし、アンナに触れそうになった剣先は軌道を逸らされ空を切る。


第二階梯合成魔法(ジュラメント)『ウインドシールド』!? やっぱりお前の魔法か!!」


 風属性基本魔法『ウインド』と無属性基本魔法『サーキュレーション』の合成魔法『ウインドシールド』。

 対武器戦闘において魔法使いが使う常套手段である。

 しかしそれだけなら少年は驚愕したりしない。


「しかも無詠唱・無宣言(トリガー)で使えるとはな……」


 そう、アンナは魔法の行使に一言も発していない。

 通常、魔法の発動には階梯ごとに決められた詠唱があり、さらに発動する魔法名を宣言する必要がある。

 しかし、魔法に熟達した者は詠唱を省略することができ、更に極めると魔法名の宣言すらせずに発動させることができるようになる。

 第二階梯合成魔法(ジュラメント)くらいならば無詠唱・無宣言が可能な者は少なくないが、10歳にも満たない子供が使える程、容易いものではない。

 少年はアンナが侮れない相手であることを認め、アンナもまた少年がただのぼんぼんではないことを理解した。

 両者互いに警戒し合い、戦いが膠着するかに見えたが――次に仕掛けたのはアンナだった。


「『エアショット』!!」


 第二階梯合成魔法(ジュラメント)『エアショット』、突風を発生させ相手を吹き飛ばす魔法を敢えて(・・・)宣言して放つ。

 この動きは読まれていたのか、少年はサイドステップであっさりそれを躱すが、アンナは少年が避けたのとは逆方向に走り距離を取る。

 今の距離は魔法使いが戦うには近すぎる。

 近接戦闘の心得のないアンナにとってその選択は確かに常道であり正解だったのだが、それゆえにこの行動も少年にとって想定の範囲内のものであった。


「甘いんだよ!」


 即座に反転し、距離を詰めようとアンナへ走り寄る。

 ――しかしそれよりも早く、


「充ち満ちよ

 生を潤す至高の雫――」

「――っ!? 本命は次か!!」


 アンナの第三階梯合成魔法(グローリア)の詠唱が奏でられる。

 第二階梯を無詠唱・無宣言(トリガー)で発動させた時点で、それ以上の階梯が使える可能性を予測してしかるべきだったはずだが、どこかでまだ少年はアンナを侮っていた部分があった。


「その甘露に与るは僅か一欠片の民なれど

 我は其の荷を授かりし幸福者

 ああ素晴らしきこの刹那

 かくも尊きこの刹那

 朽ちる事なく咲き誇れ――」


 その油断を突かれる形となった少年は僅かに動きを遅らせ、刃が届く前にアンナは詠唱を終える。


「――第三階梯合成魔法(グローリア)『エア・エッジ』!」


 ――瞬間、アンナへと伸ばされた少年の手――正確にはその手が握る剣の柄に風の刃が奔りる。

 その見事な切れ味に少年の剣は刀身と柄に分断される。


「テメエ――!!」


 手心を加えられたと感じたのか、それとも単に一本取られたのが悔しかったのか、少年が激昂する。


「……帰って下さい」


 しかしアンナはあくまで冷静に、できる限り威圧を与える冷たい声を作って彼に最後通告をつきつける。

 


「……次は当てます」

「――――っ!」


 もし剣が無事であったなら彼は第三階梯魔法使い相手でも勝つ自信はあった。

 しかしそれは仮定の話。


「お前の顔、覚えたからな!」


 悔しそうに顔を歪ませつつも、無謀に打って出ないだけの分別はあるようだ。

 少年は捨て台詞を残して立ち去った。


「……………………はぁ~」


 少年の姿が見えなくなってようなく、アンナはへなへなとその場に座り込んだ。


「――アンナ様!」


 いつの間にか目覚めていたようで、まだ苦しそうな顔をしながらレイラがそこに走り寄ってくる。

 

「アンナ様、お怪我はありませんか!?」

「うん……、大丈夫だよレイラ」


 喧嘩など前世でもしたことがなかったため、膝が笑っていた。

 微笑ましい子供の喧嘩ではなく下手をすればどちらかが死ぬ危険性すらあるガチバトルだったのだから仕方の無いことだろう。

 そこでふとアンナは思った。


(これって状況的には女の子のピンチを颯爽と助けた王子様的ポジションなのではないでしょうか?)


 だとしたらレイラフラグが立ったかもしれないと考えたアンナは急に凜々しい表情(あくまでアンナの主観ではあるが)を作ってレイラの手を取った。


「あなたを守れるというのなら我が身が傷つくことに恐れなどありませんよ、お姫様」

「ああっ!! 少し服が切れてるじゃないですか!!」

「ええ――!? スルーですかレイラ!?」


 どうやら心配のあまり、アンナの言葉は耳に入っていないようだ。


「本当にどこにも怪我はないんですか?」

「うう……ボクは今心に傷を負いました……」


 どうやら自分のポジションは王子様ではなく、母に心配をかけるやんちゃな子供の役だったようだ。

 男心をズタズタに切り裂かれてしまいアンナは心の中でさめざめと泣いた。


「……ご無事でよかったです」


 アンナに怪我が無いことがわかりレイラはポツリと言った。

 そこには安堵と同じくらいに恐怖が含まれているように感じられた。


(そうでしたね……。レイラはボクがいなくなったら頼れる人がいなくなるから……)


 レイラの過去をアンナは知らない。

 レイラ自身が語らないというのもあるし、聞く勇気もなかった。

 だが、レイラは確かに『帰る場所がない』と言っていたのだ。


「大丈夫ですよ。ボクはレイラを置いていなくなったりしませんから」


 膝立ちになりそっとレイラの頭を抱きかかえる。

 レイラの体は僅かに震えているようだ。

 そんなレイラを安心させるようにアンナは優しく彼女の耳を撫でてあげるのだった。


(ああ……やっと耳を触ることができました。ふかふかで柔らかくて温かいです……)


 レイラの震えが止まった後はひたすら自分の欲望を満たすアンナだったが……。

 ただレイラはレイラで主人と真正面から抱き合う形となった好機を生かして存分にアンナの匂いを堪能していたのをアンナは気づいていない。




 貴族の子供に手を上げてしまったその晩、アンナは不安で仕方なかった。

 追い払った当初は初めての戦闘による興奮やレイラとのやりとりもあってそうでもなかったのだが、冷静になった今はとにかく悪い方向にばかり想像がいってしまう。

 この世界の常識をまだ理解しきれていないアンナには自分の行いがどの程度取り返しのつく物なのかの判断ができず、一刻も早く両親に縋り付きたい気持ちでいっぱいだった。

 だから玄関のドアが開く音を聞いてアンナは部屋から飛び出したのだが――


「よう、|ブリュームさんちのアンナちゃん? さっきはよくもやってくれたな」


 そこに立っていたのは、絶望をもたらす悪魔――昼間の貴族の少年だった。

 一応両親も帰ってきているのだが、真っ青な顔でその悪魔の脇に立ち尽くしている。

 アンナは全身からどっと汗が噴き出すのを感じた。


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