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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第一章 揺り籠の中の愛し子
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閑話 レイラの追憶と天使なアンナ様

『くそっ! このクズが!』


 容赦の無い蹴りを入れられて私()地面を転がりました。

 このシーンには見覚えがあります。

 これは私がハベルトの奴隷商館に売られそうになった時の出来事。

 1ダルクの値段もつかなくて私を売ろうとした男が癇癪を起こしたシーンです。

 獣人だから値段がつくとでも思っていたのでしょうか?

 そんなはずはないのに。

 だって私は誰からも必要とされない存在なのですから……。

 ですが親切にそれを男に伝えることは出来ません。

 だってこれは過去の出来事なのですから。

 どうやら私は夢を見ているようです。

 ならばこの次のシーンは――。

 私は期待に胸を躍らせます。


『この子では駄目ですか、お父様?』


 私の期待を裏切ること無く、その方は現れました。

 腰の辺りまで伸びる、先っぽに少し癖のあるハニーブロンドの髪をした天使のように可愛らしい少女。

 服もとても高そうな物を着せて貰っていて親御さんと思われる二人から慈しみの目を向けられています。

 この子はきっとだれからも愛される子なのだと思いました。

 そんな少女が私を欲してくれているのです。


 これがすべての始まり。

 私レイラが()として生を許された瞬間でした。





++++++





 私は黒狼族の族長の娘として産まれました。

 しかし生まれてきた子供が忌み子だとわかるや、父は母に離縁を突きつけ、私の間引きを命じました。

 ただ、それは別に父が非情だったわけではありません。

 ただ父は村の掟に従っただけなのです。

 忌み子はいずれ災厄をもたらす。

 それは種族を超えた共通認識で、実際過去には魔力を暴走させた忌み子によって国が一つ滅んだとも聞きます。

 だから仕方の無いことなのです。

 でもそんな私のために助命を嘆願してくれる人がいました。

 他ならぬ私の母です。

 おかげで私は10歳の誕生日までは生きることを許してもらえたのです。

 物心ついた私に母がその話をしてくれたときはとても嬉しかった。




 母と私は黒狼族の村の外れに追いやられ、忌み子とそれを産んだ不吉な母親として村人から疎まれていました。

 私のせいで母にまで迷惑をかけていると思うと心苦しかったですが、母は私を責めたりしませんでした。

 それに母はいろんな事を教えてくれます。

 読み書きや礼儀作法、そして魔法など母はいろんなことを知っています。

 族長の夫人となった程ですから村の中でも優れた才能を持った方だったのでしょう。

 そんな母と過ごす日々はとても満ち足りていました。

 この人だけは私を必要としてくれる、そう感じられたから……。




 しかしその思い違いはすぐに正されました。

 6歳の誕生日を迎える頃、母は村に内緒で私を連れだし人族の奴隷商人に売り払おうとしたのです。

 他種族の奴隷を売買することは表向き禁じられていると教えてくれたのは他ならぬ母でした。

 それゆえに人族の間で獣人奴隷は希少価値があり、裏ルートでは高額で売買されているのだと。

 そして気づいてしまいました。

 母は最初から私を売るつもりだったのだと。

 教育を施してくれたのは少しでも付加価値を付けて高額で売るための打算だったのだと。


 ――そんなはずはない!


 私は必死にその考えを否定しようとしました。

 だって母はあんなに優しかったのだから。

 私にはそんな母のさまざまな思い出が――。


 …………あれ?


 否定するために自分の記憶を探った私は、そんな思い出など何一つなかったことに気づき唖然としました。 

 出てくるのは知識の羅列ばかり。

 母との親子の触れ合いはおろか、記憶の中の彼女は私といる時、一度として笑っていることなどありませんでした。


 ああ……そうなんだ。


 私はやっと理解できました。

 はじめから私を望んでくれた人なんて一人もいなかったんだ。

 母にとって私は、疎まれている故郷を捨て、どこか別の場所に行くために駄賃に過ぎなかったんだ。

 私は……たったその程度の価値しかない存在だったのです。

 しかし母は二つの過ちを犯しました。

 一つは忌み子たる私にどれだけ教育を施そうと人族にとって付加価値になどならないということに気づけなかったこと。

 人族にとっても忌み子は排除対象であり、仮に生かされたとしても魔法実験の献体として二束三文で売られるかといった程度でしかないのです。

 そんなこと冷静に考えればわかるはずなのに、私を産んでしまった時から母は既に正気を失っていたのかもしれません。

 もう一つの過ちはお金に目がくらむあまり、獣人がたった二人で人族の下にのこのこ現れることの意味を考えていなかったことです。

 母と私は二人仲良く奴隷として捕らえられました。


 私のせいだ。


 馬車で輸送される間、頭の中にはその考えでいっぱいでした。

 生まれて来た時に殺してくれていれば母も魔が差すこともなかったはずなのに。

 不幸しか招かない私など最初から生まれてこなければよかったのに……。

 ずっとずっと、そんな考えが頭の中を巡り、私を苦しめました。




 奴隷商館に到着すると母の姿は無くなっていました。

 正規ルートでは売れないのでどこか別の場所に運ばれたのでしょう。

 この国では獣人奴隷の売買は禁じられているようですから。

 対して私は獣人ですが忌み子ということで例外的に取り扱いが許されていますが値段はつきませんでした。

 もう私に残された道は国に引き渡されて処分されるのを待つだけです。

 そのことに対して怖くないと言えば嘘になりますが、『終わり』を他人から与えてもらえるのだと考えればいくらか気は楽です。

 こんな私でも自分で自分を殺すのは死ぬのは怖い。

 でもこれ以上生きて絶望を味わい続けるのはもっと怖い……。

 だから誰かが与えてくれるであろう最期の時まで、私は何も望まずに時をやり過ごそうと決めました。




 ――だから、奴隷ブローカーの男から今まさに私を買おうとしている少女に教えてあげなくてはいけません。

 私は忌み子なのだと。

 なのに……私の口は少しも動いてはくれませんでした。

 この期に及んでまだ何かに縋り付こうとしている自分に気づき吐き気がしました。

 正体がばれてしまえばそんな僅かな希望なんてすぐに吹き飛ぶというのに……。


『……なんとかならないんですか?』


 しかし、少女は私の正体を知った後でもその態度を変えませんでした。

 両親の反応を見て分かったはずなのに、それでも今さっき出会ったばかりの私を庇おうとしています。


 ――なぜ?


 私の少女の行動が理解できませんでした。

 実の家族にさえ必要とされなかったのに。

 いるだけで不幸を招く忌み子なのに。

 どうしてこんな私のためなんかにこの少女は……。


 ――いけない。


 私は心にぽっと灯った炎を必死に消そうとしました。

 その手を取ることは許されない。

 きっと少女も私も後悔することになってしまうから。

 例えどれだけ彼女の言葉に救われたとしても、私にその権利はない。

 私は不幸を振りまくことしかできない忌み子なのだから――。

 なのに……。


『……私には帰る場所がありません。叶うなら……あなたの側にいたいです』


 それなのに私はその温もりに触れてしまいました。

 これ以上虚勢を張ることなんて出来ませんでした。

 本当は愛して欲しかった。

 この少女がそうであるように、両親から笑顔を向けてもらいたかった。

 誰にも見てもらえないのは寂しくて悔しくてとても苦しかった。

 この先、また災いを呼び寄せて不幸にしてしまうのだとしても……私は誰かの温もりに触れたかったんです……。





++++++





 アンナ様の家に来て早数ヶ月。

 ここにきた最初の頃は毎日が不安で、いつアンナ様の気持ちが変わって捨てられてしまうのかと怯える日々でした。

 でもそれが杞憂であることに気づくのにそう時間はかかりませんでした。

 この家では奴隷の私に部屋を与えて下さり、ご飯も一日三食も出してもらえ、おまけにお風呂まで使わせて頂けるという桃源郷のような場所です。

 しかし何にも増して素晴らしいのは、この家には天使様がいらっしゃるということです。

 天使様は瞬く間に私の心を癒やし、心の隙間を埋めてくれて、そして私のすべてを包み込んでくれました。

 あ、言うまでもないことですが、私の言う『天使様』とは神すら見惚れる可憐な美少女、純真無垢で何ものにも染まらない純白の処女、アンナ様のことです。

 初めて見たときはその可愛らしい外見を天使に例えましたが、アンナ様は内面も透き通った水のように美しく、聡明で誰にでも礼儀正しく接されます。

 毎日私のような者に声をかけて下さり、笑いかけて下さいますし、この間などあの柔らかく小さな手で私の手を握って下さいました。

 今日は自分が料理を作ったのだと、あの小さな体で私を食卓まで引っ張ろうとするいじらしさは何ものにも例えようがありません。

 最初はおっかなびっくり私に接して下さっていた旦那様と奥様も、そんなアンナ様に習って今では普通に接してくださるようになりました。

 なぜ旦那様と奥様があそこまで過保護なのか今なら理解できます。

 天使たるアンナ様をお守りすることは卑俗なる我ら生きとし生けるものたちの使命であり、義務でありご褒美なのです!

 ……取り乱してしまいましたが、私のテンションが上がるのも仕方の無いことです。

 なぜなら今日はアンナ様と二人きりでお留守番なのですから。

 先ほど旦那様と奥様をお見送りしたアンナ様が私の手を取り部屋へと引っ張って下さっています。

 アンナ様と部屋で二人きり……今までは旦那様か奥様のどちらかがすぐ駆けつけられる距離にいたのですが今日はその邪魔……もとい監視が……ではなく見守りがないのです。

 つまり私が何をしても邪魔が入らないということです。

 いえ、もちろん何もしませんよ?

 ようやくお二人が家を空けてもいいと思える程に私を信用してくださるようになったのですから。


「では基礎の復習からいってみましょう」

「はい。レイラ先生!」


 ということで二人きりになってもやることはいつもと変わらず魔法のお勉強です。

 一通り復習したあとで、今日はアンナ様の魔法の素質を量ります。

 と言っても指を何本同時に光らせることができるかという簡単な方法なのですが。

 ともあれ、アンナ様が魔法を使うということで私はアンナ様の背後に回り込んで体全体を包み込むように腕を回しました。

 アンナ様が魔法を使う時の私の定位置です。

 初めて魔法を使う時は、こうやって教え子の体に触れながら魔法を発動させて魔力の流れを体感させてあげるんです。

 この方法で見事アンナ様は基礎魔法を使えるようになりました。

 え? ならどうして魔法を使えるようになった今もこうやって抱きしめているのかって?

 合法的にアンナ様を抱きしめられるタイミングが今しかないからに決まってるじゃないですか!

 私は奴隷の身分なのでおいそれと自分から主人に触れるわけにはいかないのです。

 ですからこのお触り会……ではなくて勉強会はずっと続ける気でいます。

 幸い純粋なアンナ様は私の邪な行動原理は悟られていないようですし。

 ……おっと、思考が逸れてしまいました。

 今の私は教師の立場だというのに自覚の足りない行動でしたね。

 と思ったらアンナ様も何やら別の事を考えていたようで手が止まっていました。

 悩み事でしょうか? 出来る事なら私もお力になれるとよいのですが……。

 ともあれ今はアンナ様の素質検査です。

 検査と言っても親指から順に一本ずつ光らせていくだけなので、私はやることがありません。

 とりあえずアンナ様の匂いでも嗅いでいましょうクンカクンカ。

 獣人にとって主人の匂いを覚えるのは必要なことです。

 ……あぁ、良い匂い。頭がクラクラします。

 このまま食べてしまいたいです。

 よく奥様はアンナ様をはむはむ食べていますが、その気持ちは痛いほどわかります。

 というか死ぬほど羨ましいです。

 でも親でもない私がそれをしては意味が違ってきます。

 っていうか同じ親でも旦那様があれをやったら流石にアウトでしょう。

 そう考えると私とアンナ様は同性でよかったのかもしれません。

 もし私が男だったら絶対に二人が許してくれなかったでしょうし、アンナ様が男の子だったら襲っている自信があります。

 本当に女同士で良かった……。


「えっ!?」


 考えごとしていたら、いつの間にかアンナ様の右手すべてに光が!

 それだけでも驚きなのに、更にアンナ様は視線を左手に向けて――


「――っ、第六階梯!?」


 まさかの最高位。

 一国の中でも数人しかいないと言われているのに、なんという確率でしょうか。

 そういえば旦那様から、アンナ様は例の預言の日に生まれた子供だと聞かされていました。

 アンナ様は女なので預言の英雄の可能性は無いと思いますが、あの日に産まれた子は何かしら才能を秘めているのかもしれません。

 第六階梯だからといって、すぐに 第六階梯合成魔法(ルイン)が使えるわけではありませんが、将来はきっと高名な魔法使いになることでしょう。

 流石アンナ様です!


「――うぐっ……」


 ――と思ったら、アンナ様が突然うずくまりました。

 まさか魔力切れ――いえ、それならただ気絶するだけのはずです。

 じゃあ何が原因!?


 いやだ……せっかく手に入れた温もりなのに! 私を受け入れてくれる人なんてあなた以外いないのに――!! 私を置いてかないでアンナ様!!


 苦しむアンナ様の姿を見ただけで私は錯乱し、心が引き裂かれるような恐怖を感じました。


 ――放心してる場合じゃ無い、すぐにアンナ様を助けないと!


 その時私はまだ錯乱から抜け出せていなかったのでしょう。

 教会関係者じゃあるまいし、診断などできないはずなのに、なぜか服を脱がせて容態を確認しようとしました。

 ――そして私は見てしまったのです。

 アンナ様の股間に付属する可愛らしいあれ(・・)を。




 そのあと復活したアンナ様にいろいろ説明を受けたのですが正直上の空でした。

 男の子だとわかってから胸のときめきが止まりません。

 奴隷契約の際、異性との性交を禁止されたのはこのためだったんですね。

 だとしたら旦那様の判断は正解だったのでしょう。

 今はまだ幼すぎるので歯止めも利きますが、成長して男らしくなってしまったら――いえ、例えこの可愛さのまま育ったとしても――自分を抑えられる自信がありません。

 忌み子と性行為を行ったという話は少なくとも私は聞いたことがありません。

 神父様もその点のリスクに関しては何もいってませんでしたし。

 であるならば私が間違いを犯す前に奴隷紋が止めてくれるというのならむしろ喜ぶべきことなのでしょう。

 例え私の思いが永遠にアンナ様に届かないことを意味したとしても。

 それに……冷静に自分を分析するならば、私のアンナ様に対する思いの強さは不安の裏返しなのでしょう。

 私とアンナ様とを繋ぐものなんて、アンナ様の慈悲以外に何もないのですから。

 私のこの思いでさえも肉体的な繋がりを付くって引き留めたいという愚かな打算なのかもしれません。




 それでも……もし最期の時が近づいても尚この気持ちが薄れず残っていたならば……。

 例え奴隷紋の制約に逆らって死ぬことになろうともアンナ様と結ばれる。……そういう最期もありなのかもしれません。


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