第13話 自称でも女神様は強いです
エスティアナの家に鎧の男が侵入してきたところからのお話です。
間が空いてしまったので一応……。
激しい金属音が鳴り響き室内は瞬く間に破壊されていく。
だというのに如何にしてその破壊されているのか、どのような応酬を繰り広げているのかアンナにはまったく関知できなかった。
別に幻覚魔法を使った化かし合いが行われているわけでも視界が奪われているわけでもない。
ただ純粋に速いのだ。
アンナの目はもとより、獣人特有の優れた動体視力を持つレイラをもってしても追えないほどに。
鎧の男の侵入にアンナが気づいた次の一瞬には、ロディが部屋の壁を突き破りながら男に刃壊流『豪槌』を放っていた。
状況を把握し、援護に回ろうと考えたアンナだったがすぐにそれが不可能であると悟る。
ロディと鎧の男との戦いは自分の想定していたレベルを遙かに超えていた。
無詠唱・無宣言で魔法を発動できるから、修行して少しは動けるようになったから。そんな甘い認識は即座に吹き飛ぶ。
直線運動でも続けていない限りどこかで減速するポイントというものがあるものだ。実際二人の動きも始終見えないというわけでは無い。しかし二人の動きには継ぎ目と言えるものがまるでなかった。
すべての動きが次へと繋がっていて無駄が無く、それゆえに外野である自分が手出しをすれば必ず無駄を作り出してしまう。
自分も二人のいる領域に至ることができればあるいは出来る事も見えてくるのかもしれないが現状では打つ手がなかった。
「アンナ様! ここは彼に任せて離脱します!!」
残された自分たちは何をするのが最善手か。それをいち早く察したのはロディに一拍遅れて隣室から駆けつけたレイラだった。
レイラもまた二人の埒外の戦いを見て援護は不可能だと判断する。
「グランロンド城に行きましょう。あそこならば精鋭が揃っているはずです」
「――そうですね。行きましょうエスティアナ様!」
「うん!」
ロディを一人残していくことに難色を示すかと思われたが、エスティアナは素直に従った。
一度襲撃を受けているのでここにいたとしても出来る事は何も無いと理解しているようだ。
「あの時は完全に手加減されてたんですね……」
城へと続く大通りを目指す道すがらアンナは苦々しい思いを吐き出した。
エスティアナ救出の際にあの男と戦った時はある程度食らいつけていたし、勝利することは出来ずとも時間稼ぎ程度はこなせるものだと思っていたが、それは単に相手が手を抜きすぎていただけなのだと思い知った。
それが単にあの男の気質によるものか、それとも相手陣営の思惑があったのかはわからないが、もし再び彼と戦うようなことになれば生き残ることはおろか、一瞬の時間を稼ぐことさえできないだろう。
「気にすることないよアンナちゃん。あんなやつ聖法騎士団の団長クラスでも敵わなから」
「その情報はむしろ不安になるのですが……」
ちなみに移動中だというのに息も切らさずそんなことを考える余裕があるのはアンナとエスティアナがレイラに抱えられているからである。
二人とも体力が無く運動が苦手なので人間二人を抱えたレイラより圧倒的に走るのが遅いという悲しい現実があった。
余談ではあるが二人の抱き方には大きな差があって、エスティアナは腰に腕を回され、まるで荷物のように小脇に抱えられているのに対してアンナは片腕バージョンのお姫様抱っこをされている。
エスティアナを敬愛する者たちが見れば激怒しかねない光景である。
「大丈夫だよ。最悪ダンテさんが出てくれば何とでもなるよ」
ただ荷物扱いされている本人は特に気にしていないようで、至って平常運行だ。
「ダンテさん?」
「うん、聖法騎士団総長でこの国最強の魔法使い。第七階梯級のスーパーおじいちゃんだよ」
「魔法使いで第七階梯級ですか……」
市街地だと大火力の魔法は使えないし、同じ第七階梯級なら鎧の男の方が勝ってしまいそうな気がするがどうなのだろうか?
何かテクニックでもあるのなら是非とも教えて貰いたいところだ。
もっとも国の最高戦力を易々と出してくれるとは思えないので望みは薄そうだし、そもそも城に辿り着いた時点で相手も手を引くとは思うが……。
とにかく今はエスティアナの安全確保が最優先だ。
そのためにもロディが稼いでくれた時間を使ってなんとかエスティアナを城まで――
「フフフ、流石に『大魔導』と謳われるダンテ様に登場されてはこちらも荷が重いですわね」
走っている最中だというのにまるで耳元で囁かれたかのようにすっと透き通った女性の声が3人の耳に入ってきた。
それは明らかに自分たちの話を受けての言葉。そして自分たちの置かれている立場を理解している者だけが発することの出来る内容。
――すなわち声の主は襲撃を指示した側の人間以外には考えられない。
「……」
駆ける足は止めずに主を探そうと辺りを見回すレイラ。
しかし見つけることはできず、代わりにある違和感に気づく。
「……アンナ様、ここにくるまでに人を見かけましたか?」
「えっ?」
突然質問されて面食らってしまうが、考えてみたら確かに屋敷を出てからまだ一人もすれ違っていない。
改めて回りを見てもまったく人の気配がなかった。
だがここは住宅街だ。大通りから離れているとはいえ、決して人通りの少ない場所では無い。
何より少し先に見える大通りには大勢の人が見えているのにこの通りだけ人がいないというのはおかしい。
「認識阻害の魔法あるいは何らかの固有魔法で人払いをしたということでしょうか?」
固有魔法だとしたらやっかいだ。誰もが使える合成魔法と違って固有魔法は対処方法が確立されていない。それこそ固有魔法を持つ人の数だけ効果もさまざまなのでその都度対処法を見つけなければならないのだ。
(いえ……ここは冷静に考えないと。そもそも今に限って言えば何の魔法であってもやることはかわりません)
人払いをしたといことは、人目を気にしているということだ。
ならば使われている魔法に対処するよりも、魔法の効果が及ばない所に自分たちが移動したほうが早い。
「レイラ! とにかく全速力で大通りへ――」
そう言おうとした瞬間、アンナはぞくりと寒気を感じて無意識にレイラを突き飛ばし自身も身を逸らした。
次の瞬間、視界の下の方に水の槍が横切り、同時に焼け付くような痛みが喉を襲う。
「――っぐ……」
無理な体勢でレイラから飛び降りたため受け身を取れず地面に体を打ち付ける。
喉元に触れるとぬるりとした感触があった。
まともに当たっていたら首を切断されていたかもしれない。少し抉られただけで済んだのが奇跡とも思えるほど容赦の無い一撃だった。
エスティアナ以外はその場で殺すつもりのようだ。
覚悟はしていたこととはいえ、実際にその場に直面して背筋が凍った。
「ア――アンナちゃん! 待ってて今治すから――」
「――アンナ様、次が来ます!」
アンナの負傷に気づき魔法をかけようとするエスティアナ。しかしレイラの警告と同時にアンナに向かって無数の水の槍が降り注ぐ。
初弾は無詠唱・無宣言で発動したウインドシールドで躱せたものの槍は雨のごとく降り続き、やがて対処しきれなくなったものがアンナを貫く――その直前にダブルアクセルを使い加速したレイラが抱えて危機を脱する。
「た……助かりました……」
「声は出せますか、アンナ様?」
「かろうじて……でも詠唱は難しそうですね」
短い言葉ならいいが、長く喋ると痛みで咽せてしまいそうだ。
喉を狙ったのはそういう意図もあったのだろう。
アンナが安定して無詠唱・無宣言で発動できるのは第三階梯までだ。実質大技が封じられたことになる。
「強引に走り抜けますか?」
「いえ、相手は結構な使い手みたいです。二人を抱えたレイラでは格好の的になってしまいます。それよりこちらから打って出ましょう」
確かに魔法使い同士の戦いだったなら自分が不利だろう。
だがこっちにはレイラがいる。居場所を特定して接近しさえすれば勝ち目はあるはずだ。
だから大技を放つ必要はない。
必要なのは――
「『ウインドウィールド』」
風属性の探査魔法を発動し、相手の所在を探る。
どこにいるのか全く見当も付かないため探査範囲は半径200mほどにまで広げる。同時に精度もかなり上げようとしたため魔力を7割ほど消費してしまったが下手にケチって見つけられませんでしたでは元も子もない。
「――いました! 50m前方の青い壁の建物の右から3番目の窓の下です!!」
ケチらなかった成果はちゃんと実を結んだ。
特に指示を与えていたわけではなかったがアンナの意図をきちんと理解したレイラが二人を下ろし、示された方向に向かって疾走する。
「――『トリプルアクセル』」
加速の魔法を使いその速度を一層増す。
更に彼女の体からは仄かな光が漏れていた。すなわちそれは身体強化を行っているという証。
この土壇場になってレイラはそれを使いこなしていた。
加速と強化が相乗効果を生みロディや鎧の男に並ぶ程の速度を実現する。
拳を握りしめ体全体をバネとするよう体をねじる。
目標地点に近づくにつれレイラの五感はそこに潜む生物の存在を感知した。
自身の持つ全力でもってそれに向かって拳を突き出す。
牽制などするつもりは無い。相手は魔法使い。小細工をする暇を与えるなど愚の骨頂。
ゆえにこの一撃で決める!
「フフフ、なかなか思い切りの良い二人ですわね。特に小さな魔法使いさん。魔力切れを恐れずわたくしの探査に注力したのは最善の判断だと言えましょう」
三度目の声。しかし今度はその発生源をはっきりと見て取れた。
雪のように白い肌と艶のある深黒の髪のコントラストが映える美しい女性が姿を現す。
全力で放たれたレイラの攻撃は必要最小限に展開された水の盾に衝撃を吸収されてあっさりと止められていた。
「あなたは……」
相手の素顔を見たエスティアナが焦りの表情を見せる。
声を聞いた時点で嫌な予感はしていた。
一度しか聞いたことの無い彼女の声であったがハッキリと頭に残っていた。
現れたのはオクタビオが連れてきた女性。自らを女神シュトレアだと名乗り、瀕死の傷さえ即座に治してしまう第六階梯固有魔法を使う得体の知れない相手。
「あの人は不味いよ! アンナちゃん、レイラさん! 早く大通りへ!!」
エスティアナは圧倒的戦力差に気づき叫んだ。
あの女性がエスティアナと同じく治癒魔法のみに特化した魔法使いならばまだ希望はあった。
しかし彼女は水属性の攻撃魔法を易々と使いこなし、かつレイラの攻撃にも冷静に対処できるだけの経験も持ち合わせている。下手をすればその実力はこの国最強のダンテに匹敵する可能性もある。
既に多くの魔力を消費しているアンナでは彼女に対抗することはできない。
少しでも生き延びる可能性があるとすれば、多少の怪我を覚悟で全力で逃げ出す以外に他はない。
「残念ですが目撃者を残すわけにはいきません」
――だが時既に遅し。
「第五階梯合成魔法――『アクアスパイラル』」
もっとも近くにいたレイラが最初の標的となる。
女の頭上に渦を巻く大量の水が現れレイラ目がけて襲いかかる。
咄嗟にミスリルの手甲に覆われた両腕でガードするレイラだったが、推進方向と垂直に回転する渦に腕を取られバランスを崩した状態で渦に取り込まれる。
しかも渦の回転速度は場所によりバラバラで負荷の違いから無理な方向に曲げられたレイラの四肢が嫌な音を立てて軋む。
もし身体強化がなければ今頃四肢はバラバラにちぎられていたであろう程の圧力だった。
「――『エアハンマー』!!」
アンナの放った風の槌が水の渦を横から殴る。
第五階梯の魔法に割り込むためにかなりの魔力を込めたものとなってしまったため少なからずレイラにダメージを与えてしまっただろう。だがなんとかレイラを水の渦から解放することに成功する。
辛うじて受け身を取って着地するレイラだったが、右の手足が妙な方向に曲がっている。あれでは戦闘継続は不可能だろう。
形成は一気に相手側に傾いた。
「エスティアナ様、レイラをお願いします!」
咄嗟にアンナは女に向かって走った。
特に作戦があったわけではない。
身動きの取れなくなったレイラが的にされるのを防ごうと取った行動だった。
「流石にあなたの体では耐えきれませんわよ」
望み通り標的がこちらに切り替わった。
女が再びアクアスパイラルを放つ。
彼女が言うとおりアンナがそれを食らってしまえばひとたまりもないだろう。
かといってアンナの残り魔力では女の魔法を打ち消すことはできない。
だからアンナは――
「『エアハンマー』!!」
迫り来る渦の中心に向かって風の槌を放つ。
同時にダブルアクセルを自分にかけて風の後を追いかけるように渦に突っ込む。
「まぁまぁ、本当に良い判断ですわ。小さな魔法使いさん」
咄嗟の判断だったが、その選択は功を奏した。
エアハンマーによって広げられた渦の中心を通り抜けることによって第五階梯の魔法を切り抜ける。
アンナの体が小さかったからこそなし得た芸当だった。
加えてもし少しでも加速魔法の制御を謝っていたならば今頃は渦に呑まれて無残な姿を晒していただろう。
その機転と度胸に女は舌を巻く。
二人の距離は約3メートル。これだけ近づけば、大火力の魔法は必要ない。後は如何に早く相手に魔法を打ち込むか。
奇しくも二人は無詠唱・無宣言の使い手。
発動速度に差が出ないのならば刺し違えることはあってもどちらか一方が勝利するという展開はない――はずだった。
「――かふっ……」
お腹の辺りに衝撃が走ったのを感じると同時に喉をせり上がってくる何かにアンナは小さく咳き込んだ。
「良い判断ですが、経験が足りませんわ。水属性の魔法は水を生成して、それから指向性を持たせるという二つのステップを必要とする非効率な魔法。ですが逆にあらかじめ水のある状態ならばそれに指向性を与えてあげるだけでいいので他のどの属性よりも発動が速くなりますのよ」
くぐり抜けたと思っていた水の渦。
その一部が槍へと姿を変え背面からアンナの腹を貫いていた。
(……あ……れ?)
女はまだ何かを話している。その言葉の意味を理解しようとするも頭が上手く回らず、それどころか急速に意識が薄れていく。
(おかしいですね……自分は痛みには強いつもりだったのに……)
いや、痛みなど関係ないのだろう。お腹を貫いた槍は小さなこの身体には太すぎる。
恐らく大量の血が流れ出ているはずだ。
(案外……あっけないものですね……)
迫り来る二度目の死の感覚にどこか間の抜けた感想を抱く。
やがて視界がブラックアウトし、アンナの意識はそこで途絶えた。




