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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第一章 揺り籠の中の愛し子
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第2話 兄弟をねだったら奴隷を買って貰えました

「さぁ、アンナ。気に入った子がいたら遠慮せず言うんだよ。ああ、もちろん買うまでも無く僕はアンナの愛の奴隷さ」

「あの子なんていいんじゃないかしら? アンナの足下くらいには及ぶ可愛さよ」

「えっと……」


 いつも通り余計な一言を付け足しながらヨハンとエーリカは満面の笑みでアンナに何かの選択を促していた。

 だが対照的にアンナは戸惑いの色を浮かべている。


 理由は二人が選択を迫っている対象にあった。

 鉄格子を隔てて並べられている物、いや『者』たちは、みな一様にぼろ切れのような貫頭衣を着ており、やや不健康そうな体つきをしている。

 アンナがいるフロアには比較的幼い少女ばかりが収容されているようだが、他の場所に行けば労働力や護衛として売られる成人男性フロアや成人女性のフロアも見つけることができるだろう。


 早い話、アンナは両親に奴隷商館に連れてこられていたのだ。

 もちろん購入する側として。


(どうしてこんなことになってしまったのでしょう……)


 時は流れてアンナ6歳。

 いきなり見せられた厳しすぎる身分格差に、日本の温室育ちの少年は涙目になっていた。





++++++





 そもそもの発端は数日前のアンナの迂闊な発言にあった。


「楽しそうですね……」


 母のお手伝いで茶摘みに同行していたアンナは、遠くの方で楽しそうに遊ぶ村の子供たちを羨ましそうに見ていた。

 悲しいことにアンナは村の子供たちとあまり打ち解けておらず、まだ友達と呼べる人はいなかった。


 それは別にアンナがはぶられているわけではなく、万一性別がバレるような事態になっては大変だからである。

 小さな子供はなにかと無茶をしがちであり、目を離すと何をするかわからない。

 うっかり川に飛び込んだりして、それを見た村の大人が親切心で『服を乾かすから脱いじゃいなさい』などと言い始めたらどうなるか。

 そんな想像をしたヨハンとエーリカは自分たちの目の届かないところで他の子と遊ぶことを禁じたのだ。


 アンナとしては心配しすぎだと思わないでもなかったが、二人を不安にさせるくらいならと黙ってそれに従うことにした。

 そんなわけで、他の子となかなか親睦を深める機会がなく、まだ表面的な付き合いしかできていないのだ。

 だが仕方ないこととは言え、せっかく生まれ変わったのだから童心に返って遊びたいという欲求もあり、アンナはつい不満を漏らしてしまった。


「お母様~、ボクの家に妹か弟は出来ないのですか?」


 子供が出来る仕組みなんて知りませんよ、とでも言うような純粋な目でアンナはエーリカに訴えてみた。

 他の子供と遊ぶリスクは充分承知しているので、そこについては文句を言えない。

 なのでせめて一蓮托生となる新しい家族が欲しなとアンナは思った。


 それにこの言葉は単なる当てつけなどではない。

 実はアンナには近々兄妹が増えることに確信があったのだ。

 なぜなら、毎晩アンナが眠った後に二人が仲むつまじく夜の運動会を繰り広げていることを知っているからだ。

 そんなわけで不満をぶつけるというよりは、ちょっとした悪戯心で、アンナは母をからかってみた。


「アンナ……ごめんね。そうよね、一人じゃ寂しいわよね……」


 しかし、エーリカの反応はアンナの思っていたものとは違っていた。

 てっきり顔を真っ赤にして狼狽えるかと思っていたのだが、エーリカは悲壮な顔を浮かべてアンナを抱きしめた。


「えっ? あのお母様?」

「大丈夫よ。パパに相談してあげるからね。一月……いえ、10日の辛抱よ」

「ええっ!? 10日じゃ子供はできませんよお母様!!」


 思わず素でツッコミを入れてしまったアンナを余所に、話は即座にヨハンに伝わり、あれよあれよという間に家族でのお出かけが決定し、まる一日馬車に揺られてエルヴァー王国の貿易拠点の一つ、港町ハベルトに一家は辿り着いた。

 そして町に着くや、真っ先に連れてこられたのが奴隷商館だった。





++++++





「本日はお嬢様のお世話係にということで、こちらの奴隷などいかがでしょうか? 家事全般と簡単な読み書きができます」

「はぁ……」


 営業スマイルを浮かべた奴隷商人が一人ずつ奴隷を紹介していく。

 ヨハンはそれを一つ一つ吟味していくが、アンナは正直上の空だった。

 目の前の現実もショッキングなのだが、それ以上に妹が欲しいというお願いから一足飛びに奴隷に辿り着いた両親のぶっ飛んだ発想と価値観の違いに唖然としていた。

 急にお出かけなどと言い出した二人を見て、きっと気分転換させようとしてくれてるんだと好意的に解釈したのが間違いだったのだ。


「なんと今ならこちら40万ダルクと、とてもお手頃価格となっております、はい」

「40万!?」


 値段を聞いてアンナは驚愕した。

 ダルクとは一部鎖国状態にある国を別とすれば人族国家共通の通貨単位である。

 半銅貨、銅貨、半銀貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨の7種類あり、半銅貨=1ダルクから始まり、一つ上の貨幣になるにつれ価値が10倍になる。国により貨幣デザインは変わるのだが、金属の含有率は決められており価値は基本的に同じである。

 40万ダルクだと大金貨4枚、或いは金貨40枚必要であり、平民の月収が金貨1,2枚であることを考えるとそれがどれだけの大金であるかがわかる。


「おおおおおお父様駄目ですよこんな高い買い物を子供にさせたらお金のありがたみがわからない我が侭な子に育ってしまいます」


 小市民なアンナは奴隷の金額にビビりまくって息継ぎ無しで父親に抗議した。

 ちなみにアンナが毎日飲んでいるダリア茶は遠方の地では一杯で奴隷が買えてしまうほどの値段で取引されているのだが知らぬが仏である。


「ふっ、相変わらずアンナは大人びたことを言うね。でも大丈夫さ、流石にこんなプレゼントは年に一度くらいしかしないから」

「そうよ。あんまり我が儘言って私たちを困らせないで」

「え? ボクが間違ってるんでしょうか?」


 聞き分けの無い子供を諭すように優しい笑顔を向けられアンナは自信をなくした。


「いえ、やっぱりその理屈はおかしいとおもいます」


 少し考えてやっぱり正しいのは自分だと判断した。

 これはたぶん異世界の常識の違いとかではなく、ただ単に二人が親馬鹿なだけなのだ。


「それにボクは奴隷というのが……その……」


 受け入れられない。

 そう言おうとしたが奴隷商人がいる手前言葉を濁した。

 奴隷商館に入る前にヨハンが説明してくれた。ここにいる子供たちはみな口減らしで売られてきたのだと。

 奴隷となれば最低限ではあるが生活が保障される。

 それは家にいたなら飢え死にしていたであろう子供たちを救うセーフティネットの役割を担う側面もあるのだ。

 だから一般的な建前ではあるが、奴隷を購入することは社会的弱者を救済するという持てる者の義務(ノブレスオブリージュ)と考えられているのである。

 だがそれを聞いても、アンナは人一人の人生を自分のものにするという行為を正当化できなかった。


「そう……気が進まないなら仕方ないわね。じゃあその代わりに美味しいものでも食べましょうか」


 言葉に出さずとも両親には伝わったようで二人で顔を見合わせた後、エーリカが優しく声をかけた。

 奴隷は購入する際、奴隷紋を体に刻む必要があり、様々な制約を課すことができる。

 秘密厳守の制約をかければアンナの秘密が漏れることもないため、うかつに友達を作れないアンナを思って少し強引にでも奴隷を購入してしまおうと考えていた二人であったが明確に意思表示されてしまった以上は押し通すつもりはなかった。


「すまないね店主。またこの子の気が変わったらよろしくお願いするよ」

「いえいえ、またのご来店をお待ちしております」


 冷やかされたにもかかわらず笑顔で見送ってくれる奴隷商に申し訳なさを覚えつつアンナたちは奴隷商館を去った。





++++++





「もし、そこの旦那。お望みの子がみつかりやせんでしたか?」


 奴隷商館を出て3人仲良く手を繋いで歩いていると、突然話しかけてくる男があった。


(わっ……なんか悪そうな人に絡まれてしまいました)


 少々くたびれた服を着ておりあまり柄がいいとは言えない男の姿にアンナはビビった。

 男の背後には頭まですっぽり隠れるローブを纏った者がいる。

 身長的に見て恐らく10代前半の子供だろう。


「いえいえ、目当ての子はみつかりましたよ。今日は予定があるので後日引き取りにくるつもりです」


 一方ヨハンは怯んだ様子もなく、アンナとエーリカを守るように一歩前に出てやんわりと断りを入れた。


「いや~旦那は運がいいぜ。実はここに掘り出し物がいましてね。これから奴隷商館に売りに行くつもりだったんだが今なら卸値で売ってやれますぜ?」


 だが相手の男は話を聞くつもりがないようで無理矢理自分の話を始める。

 どうやら後ろの子供は奴隷で、自分たちに売りたいらしい。


「いえ、手持ちもありませんので。ですがそんなに良いものならば後日商館に赴きますので。あ、何なら奴隷商館(・・・・)を通して仮押さえして頂きましょうか」

「い……いやそれは……ああっ! いけね、忘れてた! こいつにはもう買い手がついてたんだ」


 不法な奴隷の販売を防ぐために奴隷商には国の許可が必要である。

 もしこの男が奴隷商館の関係者ではなく単なるブローカーだった場合、不法な販売ということになり処罰の対象となるが大丈夫か、と暗に示すヨハンに男は目に見えて焦り、わざとらしい言い訳を残して奴隷の子供の腕を乱暴に掴み立ち去っていく。


(すごくスマートな収め方です! ボクも将来はお父様みたいな男になりたいです!)


 アンナの中でヨハン株がストップ高だった。

 普段見ない父の格好いい姿を見れるのはアンナとしても嬉しかった。

 たが――、


「ちっ……やっぱコイツは処分するしかねえか」 


 小声で零した男の口が偶然耳に入り、思わずアンナは振り返り聞いてしまった。


「どういうことですか!?」

「……あん?」


 男は一瞬自分が声をかけられたのだと気づかず少し間を開けてからアンナを見た。


「さっき処分するって……」

「ああ、聞こえてたのか。そりゃ言葉通りだが……んん?」


 どうせ金にはならないと思い投げやりに答える男だったがすぐにその顔がいやらしく歪んだ。


「そうなんだよお嬢ちゃん。実はこいつは酷い怪我をしていて奴隷商にも買い取ってもらえなかった可哀想な子なんだ。お嬢ちゃん助けてやってくれねえか?」


 同情を引かせようとわざとらしい演技をする男。


「アンナ、行くよ」


 少し低い声でアンナを呼び寄せるヨハン。

 だがアンナはその場から動けなかった。

 男が碌でもない人間なのは少し話しただけでわかっている。

 もしかしたらこれはありがちな詐欺の手口なのかもしれない。

 だがそれでも先ほどローブから覗いた奴隷の手はやせ細っていて、その子供が困窮していることだけは確かな事実だった。

 それがわかってしまった以上、アンナには見て見ぬふりができなかった。


「この子では駄目ですか、お父様?」

「うっ……」


 アンナは縋るような目でヨハンを見つめた。

 もちろん効果は抜群だった。

 誰が見ても胡散臭いこの状況で話しに乗る者などよほどのお人よししかいない。

 だが娘が求めているのだ。そこは父として叶えてあげるべきではないだろうか。

 ヨハンの心は大いに揺れていた。


「お願いします! 可愛い服を着るし、髪型もたまにならお父様の好きなツインテールにしますから!」


 身を切る思いで自分が提示できる最大の条件を差し出すアンナ。

 性別を隠すため女の子の格好をしているアンナであったがせめてもの抵抗として地味で飾り気の無い服装と髪型に拘っており、可愛く着飾ってあげたいヨハンとエーリカとはしばしば対立していた。

 特にヨハンはツインテールに並々ならぬ愛情を持っているらしく、しきりにアンナに要求しては跳ね返されていた。


「銀貨三枚でどうでしょうか?」


 すべてを悟った聖者のような顔でヨハンは値段交渉に切り出した。

 男がにやりと笑う。


「いやいや旦那。勘弁してくれよ。飯代じゃないんだぜ? 金貨10枚だ」

「先ほど処分するとおっしゃってたではありませんか。銀貨5枚です」

「こっちも商売なんだ。売れるなら正規価格で売りてえってもんだぜ。金貨9枚だ」


 自分に分があると踏んだのか男は強気に金額を吹っかけてくる。

 だがヨハンはダリア茶の販売を手がける商人という側面も持っている。

 容易に譲るつもりはなかった。


「ならば奴隷商館に行って正規価格を算出して頂きましょう。奴隷商館のお墨付きならば文句はありません」

「いてえところ突いてくれるな。だがこいつに与えた飯代と運搬費くらいは回収しときたいんだ。金貨5枚で勘弁してくれねえか?」


 ヨハンが手強いとわかったのか途端に下手に出る男。


「金貨5枚? それはさぞ丁重な扱いをしたことでしょうね。それが真実か確かめるためその奴隷の状態を見せていただけないでしょうか?」

「あ~もう、わかった! 金貨一枚だ! これ以上は本当に赤字になっちまう」

「……わかりました。では金貨一枚で交渉成立ということで」

「へへっ、まいど。それじゃ後のことは頼んだぜ」


 食費や運搬費を引き合いにだしはしたが、実際はそこまでの金額ではないだろう。

 だがこの手の輩はあまり詰め過ぎて気分を害すると後々面倒ごとの種となる。

 少し得をしたくらいに思わせてやるのが落としどころというものである。

 ヨハンの狙い通り男は金貨一枚という値段に満足しそそくさと去って行った。

 

「ではまずは教会に行こうか」

「教会……ですか?」


 男が去った後、ヨハンは唐突にそう告げて歩き出した。

 奴隷商館ではなく、なぜ教会なのだろうと思いながらもアンナはヨハンに続いた。


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