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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第一章 揺り籠の中の愛し子
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第1話 今世の両親は超親馬鹿でした

 開け放たれた木窓から差す柔らかな光の中、安らかな寝息を立てる幼い少女の姿があった。

 この世に憂いなど何もないのだと思わせてくれるその清らかな寝顔はまるで天使のようであり、見る者すべての心を癒やすであろう神聖さを纏っている。

 そんな静謐(せいひつ)な空気を破ったのは自然な動作で部屋に入ってきた人影だった。


「はぁはぁ……、アンナちゃん……今日も一段と可愛いわ……はぁはぁ……」


 息を荒げ、手をわきわきさせながら少女の顔を覗き見る侵入者。

 ともすれば少女の身の危険が迫っているようにも見える光景であるが、侵入者の性別は女であり、狼藉を行うような粗野な印象は受けない。

 橙色の髪に碧い目を持つ整った顔立ちをしたこの美女に犯罪の二文字はなかなか連想し難い。

 


「ん~……」


 そんな不可思議な侵入者の声に安眠を妨げられたのか、寝ぼけ眼を擦りながらアンナと呼ばれた幼き少女が体を起こした。

 その時には侵入者の女性は少女の眼前、文字通り鼻と鼻がくっつかんばかりの距離まで近づいており、荒い鼻息もしっかりと感じられるほどの接近度合いだったのだが、少女に慌てる様子は見えなかった。

 それもそのはず、このやり取りはいつも見る風景であり――


「おはようございまふ~。おかあさま~」


 何を隠そう侵入者の女性は幼き少女の母親なのだから。


「まぁアンナったら、まだ舌がお寝坊さんなのね。早く起きないと食べちゃうわよ~」


 言うが早いか少女の母親は我が子のほっぺをかぷっと甘噛みし、ちゅうちゅうと吸い始めた。


「わああああああああ、お……起きましたお母様! 食べないで、食べないで下さい!」

「はぁはぁ……いいじゃないアンナ。減るもんじゃないわ」

「減ります! 食べられたら減っちゃいますから!」


 恐らく愛情表現なのだと思われるが、その女性はやはり変質者と称して間違いないのかもしれない。

 同じ親でも父親の方が同じ行為をやっていたら恐らくアウトの判定を頂くだろう。

 彼女は自分の性別に感謝するべきなのかもしれない。


「それじゃあアンナ。ご飯はもう出来てるから着替えて降りてらっしゃいね」

「……はい、お母様」


 我が子とのスキンシップを終えた母親はご機嫌で部屋を出て行った。

 母の大きな愛を受けきって疲れた顔になった少女は一人ため息をつく。


(アンナ……ですか)


 アンナ・ブリューム。

 それが自身を指し示す固有名詞。

 この世界(・・・・)での自分の名前にもようやく慣れてきました、とアンナは独りごちた。

 自分がこの世界に生まれてから三年の月日が経っていた。

 病気で死んだと思ったら息つく暇もなく生まれ変わった時には驚いたものだが、この世界で暮らしていくうちに徐々に違和感は薄れ、今では自分が『アンナ』であることをすっかり受け入れていた。

 それは前世で常に死と隣り合わせに生きてきたゆえの割り切りなのかもしれないが……。

 ともあれアンナは二度目の生を精一杯謳歌しようと心に決めた。

 しかしそのためにはいくらか問題があった。

 なぜなら自分はなぜか前世の記憶が残っているのだから。

 前世の記憶と知識を持った自分が思うままに行動してしまったとしたら、恐らく両親には異常な子供と映ってしまい心配させてしまうだろう。

 最悪の場合、不気味がられて捨てられてしまうかもしれない。

 なのである程度成長するまでは普通の子供を演じようと決めた――はずだったのだがある出来事を境にアンナはあっさりとその決意を翻してしまうこととなる。

 それは自分がまだ歩くことも喋ることもできない生まれたての赤ん坊だったときのこと。

 自分でお手洗いにいくことも叶わず、為す術もなく粗相をしてしまった時に起こった。

 おしめが膨らんでいることに気づいたアンナの母エーリカは、なんとはアンナのお尻に向かって指を突き立てようとしたのだ。

 一瞬身の危険を感じて目をつぶったアンナであったが、予想に反してお尻に伝わったのは何か冷たい物を当てられた感触だった。

 そして見てしまったのだ、母親の指先から出た水が自分のお尻の汚れを洗い流しているのを。

 最初は目を疑い、手品か何かを疑ったが、その後にもお尻を乾かすために風を吹かせたり、何もないところから火を出して蝋燭に灯したりする光景を見て、アンナはやっと答えに行き着いた。

 

 ――たぶんここは地球じゃない!


 確かに最初からおかしなところはあった。

 両親のしゃべる言葉にしても今まで一度も聞いたことのない発音のものだったし、住んでいる家も妙に文明レベルの低いものだった。

 しかしそれらは自分の知識不足であり、そういう地域なのだと考えればそこまでおかしいことでもなかったので気にしていなかった。

 だがその考えは魔法の存在を知って再び否定される。

 そう、自分が生まれたこの世界は魔法があり、まだ近代科学というものが花開いていないファンタジーの世界だったのである。

 そしてそれをしってしまったからには、アンナは自分の好奇心を抑えることができなかった。

 早くこの世界のことを知りたいがために1歳で日常会話を覚え、2歳で読み書きをマスターし、書物を親にねだり、たびたび両親を驚愕させてしまった。 

 ただ、幸いなことに両親はあまり常識にとらわれないタイプの人のようだった。

 アンナが見せた異常な才能をなんと二人は『すごいね』の一言で片付けてしまったのだ。

 そんなわけでアンナは現在、精神年齢のまま自然体で振る舞うことができるようになっている。

 第二の人生の滑り出しはかなり良好なのであった。


「とは言え、ちょっと愛情過多のような気もしますが……」


 アンナは服を着替えながら苦笑いを浮かべる。

 朝のやり取りは恒例行事となって久しく、流石に慣れてはきたが最初の頃は大変だった。

 なにせ親とは言っても自分にとっては見ず知らずの相手であり、しかも母親であるエーリカは20代も前半くらいの、まだお姉さんと呼んでも違和感のない美女なのだ。

 そんな相手から抱きしめられたり、吸われたりするのは精神衛生上とても毒だった。

 しかし、そんなある意味微笑ましい悩みを除けば、自分の境遇は極めて幸運なものであることも理解している。

 自分の家は身分こそ平民だが、かなり裕福な家庭なのだ。

 親にねだって読ませてもらった書物から、この世界の文明レベルは中世ヨーロッパと同じくらいで貴族や奴隷などの身分制度があり、かなりの貧富の差があることがわかっている。

 当然お風呂は裕福な家庭にしか備え付けられていないものなのだが、自分の家にはちゃんと完備されているのだ。

 なぜなら自分の父ヨハンは自分の住む、ここコルト村の村長だからである。

 村長と言われてもアンナの中ではあまり金持ちなイメージはなく、実際この世界でもその認識は正しいのだが、コルト村の村長に限っては例外である。

 コルト村は貴族の間ですら高級品とされる紅茶、ダリアの生産地であり、その生産・流通を村全体で取り仕切っているため、村というよりは都市と呼んだ方がしっくりくる程の経済規模を誇っている。

 その村の長の子供なのだから日本の便利さには流石に及ばないものの、アンナは相当満たされた生活を送っているのだ。


「でも……」


 優しい親、恵まれた環境、その中にあってただ一つだけアンナは悩みを抱えていた。


「今日こそはっきりさせなくちゃ……」


 ぐっと手を握りしめ決意を固める。

 3年間、目を逸らしてきたある事実。

 聞く勇気が持てず、ずっと後回しにしてきた答えを得んがため、アンナは両親の待つ食卓へと歩みを進めた。





++++++





「おおアンナ! 僕の可愛い天使! 今日も僕をその優しい笑顔で照らしてくれるんだね」

「お……おはようございますお父様」


 いつも通り父ヨハンからの熱烈な朝の挨拶を受け早くも決意が揺らぎそうになる。

 

(可愛い……確かに自分の子供に向けたその言葉は間違ってはいませんが……)


 確かに自分も小動物を見れば、それがどちらか(・・・・)など気にせず可愛いと言うのだろうが、父親の言葉にはそれとは別のニュアンスが含まれていることはよくわかっている。

 だから聞かねばならないのだ。

 なぜ自分がその対象(・・・・)となっているのかと。

 その答えが何であれ、まずは向き合わなければならないのだ。


(そうです……。もう逃げちゃだめなんです)


 アンナは胸元でぎゅっと手を握りしめヨハンに目を合わせた。


「あの……お父様、お母様。聞きたいことがあるんです」

「んん? なんだい僕の可愛いアンナ」

「どうしたの? 朝のちゅっちゅが足りなかったかしら?」

「い……いえそうではなくて……」


 神妙な面持ちで切り出したアンナに対して、いつも通りの二人。

 その|何もおかしなことなどない《・・・・・・・・・・・・》とでも言うような自然な笑顔に、また今日も保留にしてしまいたい衝動に駆られるが、それを何とか押しとどめて――


「どうしてボクは女の子の恰好をさせられているんでしょうか!」


 遂にアンナは今世最大の疑問を父にぶつけた。


 腰まで伸びた父親譲りのハニーブロンドのサラサラヘア。

 母親に似て毛先に少し癖があり、毛先に行くにつれてふわっと広がっているのだが、それが逆にぱっちりとした大きな目と相まってお人形さんのように愛らしい容姿をした可愛い女の子。

 それが今のアンナだった。


 果たしてこの髪型は息子(・・)にさせるものとして適切なのだろうか。

 アンナはずっと疑問に思っていた。

 だがそれだけならまだここまで危機感を抱くこともなかった。

 父の髪も肩口まであるし、男の人が髪を伸ばすのは別に変な事ではない。

 それに3歳児ならばまだ性差はそこまで出ないので、ちょっと女の子と見分けが付かなくなるのも仕方ないことだろう。

 ――しかしそれは男である自分がワンピースを着せられている理由の説明にはならない。

 恐ろしいことにアンナの服は村の女の子たちが着ているのと同じ民族衣装風の刺繍の入ったワンピースだった。

 たまたま着る服が無かったとかではなく、替えの服も、余所行きのちょっとおしゃれな服も全部が全部女物なのだ。

 もちろんアンナが前世の性に引っ張られて自分を男だと思い込もうとしているわけではない。

 ちゃんと男の子の証明であるアレは付いていて、生物学的に見ても男であることは間違いないのだ。

 なのに何故、『アンナ』という女の子の名前を付けられ、女の子の恰好をさせられているのか。

 3年目にしてやっとアンナはその謎に正面から向き合った。

 さあ今こそ答えて貰います、という熱量の籠もった視線を向けるアンナだったが、答えを持っているはずの当の両親は――


「「ん?」」


 頭にはてなマークを浮かべていた。

 「うちの娘は何を言っているのだろう」という二人の心情が顔を見ただけでわかってしまった。

 次第に不安になり縋るような目で答えを求めるアンナと、何を求められているのかわからない両親との間に空しい沈黙が流れる。


「「ああっ!!」」


 沈黙を破ったのは両親の突然の叫びだった。

 「そういえばウチの子は男の子だった!!」と二人の心情が顔を見ただけでわかってしまった。


「毎日一緒にお風呂入ってるのに……」


 アンナは心の中で泣いた。


「ち……違うのよアンナ。別に忘れてたわけじゃないの」

「そっ、そうだよアンナ。娘の性別を忘れる親なんているわけないじゃないか」

「娘の性別って何ですか!?」


 一瞬でボロをだしてしまう父親に思わずツッコんでしまうアンナ。

 ただ支離滅裂であるが、ちゃんと言い訳を始めたところを見ると二人にもアンナの身なりが正しい道から逸れているという自覚はあるようだ。

 もしかしたらそういう風習なのかとも思っていたが、二人の反応でその線は消えたことになる。


「でもそうだね……。そろそろアンナにも話すべき時が来たのかもしれない」


 今更のようにヨハンは深刻そうな顔で真面目な空気を作り出した。

 言いたいことはたくさんあったが、せっかく話してもらえそうなのに話の腰を折るわけにもいかずアンナは文句の言葉を飲み込むことにした。

 そうしてヨハンはアンナの真実を語り出した。


「君が生まれる半年ほど前に、ある出来事があったんだ。それは――」


 『シュトレアの大神託』

 後にそう呼ばれることとなったその日、この世界にある言葉が届けられた。


『始まりの陽と共に生まれし男児、救世の使徒となりて魔を滅ぼす』


 まるで直接頭の中に語りかけられたかのようなその言葉は、あまねくすべての人々に届けられ大騒ぎとなる。

 騒動を収束させたのは人族の間で最大の信者を抱えるシュトレア教会の教皇による「先の言葉は女神シュトレアの神託であり、英雄誕生の預言である」という発表だった。

 だがその言葉を信じたのは敬虔なシュトレア信徒と日々を生きるので精一杯な平民たちばかりであった。

 少しでも世界の情勢に関心を向けている者たちは、それが欺瞞であるとすぐに気づいた。

 これまでシュトレア教会は何度も神託を発表してきたが、それは教皇や一部の聖別された信徒が個人的に神託を授かるというものだった。

 神託の内容もシュトレア教を国教とする国の侵略行為に正当性を持たせるための言葉だったりと政治的な色合いが濃いものばかりであった。

 だが今回の神託はあまねくすべての人々に預けられていた。


 ――本来シュトレア教が信徒と認めない亜人族にまでも。


 アンナはまだ出会ってないがこの世界には人間以外にも人に近い形状をした別の種族が存在する。

 妖精族(エルフ)や獣人、竜人などさまざまな種族がいるのだが、シュトレア教会は差別的な意味も込めてそれらを総称して亜人と呼んでいる。

 シュトレア教は古き神と新しき神との戦いが描かれた聖典『グィリド』への信仰を元に始まった宗教である。

 聖典の中で人族は新しき神に、妖精族や竜神族を初めとする他種族は古き神にそれぞれ従い戦ったと記述されているため人族にとって他種族は敵であるという認識なのである。


「確かに敵であったはずの種族にも神の声が届くというのは矛盾……というか都合が悪いですね」


 それでもシュトレア教会としては名乗りを上げないわけにはいかなかったのだろう。

 そうでなければ自分たちの信仰する女神以外の神――少なくとも全世界の人に言葉を届けられるような奇跡を起こせる者――の存在を認めることになってしまうのだから。


「少し話がそれてしまったけど神託の主が何者であれ、その示す内容は明白なんだ。始まりの陽、つまり一年の最初の日の夜明け、初日の出と共に生まれて来た男の子が英雄になると言っていて、まさにその日に生まれたのがアンナ、君なんだ」

「え!? じゃあボクは、もしかしたら預言の英雄なのかもしれないんですか!?」

「ええ……そうなのよ」


 突然告げられた事実に驚くアンナであったが、一方でその事実をあまり違和感なく受け入れている自分にも気づく。

 それならば自分が前世の記憶を持って生まれてきた事にも納得がいくからだ。


「――って納得しませんよ! それはボクが女装させられてる事とは何の関係もないですよね!?」


 前世の記憶を保持している説明にはなっても、女装をさせられている理由は何一つ説明されていないことにアンナは気づいた。


「何を言ってるんだ! 男の子だとバレたら僕たちの元から離され、危険なことをさせられるんだよ!」

「えっ!?」


 突然声を張り上げたヨハンにアンナは驚く。

 かと思えばヨハンはおもむろにアンナを抱きしめる。


「そんなの……そんなのボクたちが耐えられるわけないじゃないか」


 自らの台詞で、我が子が遠くへ言ってしまう情景を想像してしまったのか、目に涙を浮かべるヨハンだったが、正直アンナはそのテンションについて行けなかった。


「そうよアンナ! だからあなたが男の子だってことは絶対誰にも言っちゃだめよ!」


 ヨハンに引きずられたのか、同じく涙目でヨハンとは反対側からアンナに抱きつくエーリカ。


「「世界の行く末とかどうでもいいんだ(の)! アンナはずっと僕たち(私たち)の元にいなきゃいけないんだ(のよ)!!」」

「えええええええええ――――――――!!?」


 二人のあまりの過保護っぷりにアンナの絶叫が村中にこだました。





++++++





「まさかそんな理由だったなんて……」


 朝食を終え、一人食卓に残されたアンナは魂が抜けたようにぐったりとしていた。

 ちなみにヨハンは仕事に出かけていき、エーリカは洗濯物を乾しに庭に出ている。

 あの後、両親がいかに本気でアンナを女の子に仕立て上げようとしていたかを聞かされた。

 アンナ女の子化計画は、神託が下され、アンナの出産時期が預言の日に重なる可能性があると分かった時に思いついたらしい。


 もちろんその時点でアンナが男の子だと判別できるような技術はこの世界にはなかったが、産まれてきてからでは遅いと考えた二人は入念に準備をしていた。

 まず最大の問題はアンナの出生と性別が第三者に知られることであった。

 なので、なんと出産はヨハンとエーリカのみで行ったのだという。

 我が子の危険を避けるための、ヨハンはあらゆる備えの一環として産婆の技術もマスターしていたのだ。


 アンナが男の子だとわかった後は、わざと日をずらしてアンナの誕生を発表し、女の子であることを触れ回った。

 あとはいかにして女の子のふりを続けさせるか、というのが二人の懸案事項だったがアンナは女の子顔負けの可愛さを発揮し、教えてもいないのに丁寧な言葉遣いで話すので、村の誰もアンナの性別を疑う者はいなかった。


「ボクはこれからずっと女の子として生きていかないといけないんですね……」


 預言の日以降、各国は世界を救う英雄となる子供を血眼になって探している。

 だが別に今の世界に魔王のような世界を滅ぼさんとする存在がいるわけではない。

 世界を救う英雄などと言われても『何から?』という反応がほとんどだろう。

 ゆえに各国が求めているのは救世の英雄などではない。

 彼らが求めているのは『神のお墨付きを得た英雄』という外交カードである。

 世界滅亡を心配する者は少ないが、一方で国同士の戦争はたびたび起きている。

 そのため英雄のいる国として証が立てられれば他国への侵略も大義名分が立てられ都合がいいのだ。

 つまうところ英雄は――少なくとも為政者たちの間では――戦争のための道具だと考えられていた。


 アンナの住むコルト村が属するエルヴァー王国でも国王からの勅令が発布されており、身分を問わず預言の日に誕生した男児が王都に集められている。

 両親が行っていることは国に対する明確な反逆行為であり、バレれば二人は処刑されてしまう可能性まである。


「その危険を冒してまで二人は不毛な争いに巻き込まないよう僕を守ろうとしてくれてるんですから拒むことはできませんね」


 ため息をつきながら机に突っ伏すアンナ。

 確かに自分は血の気の多い性格ではないので争いの道具にされるくらいならまだ女の子の恰好をして平和に暮らす方がいいのかもしれない。


「それに……何より()のお母様はいつも笑顔です」


 思い出すのは前世の母親の顔。

 記憶の中の彼女はいつも悲しみに満ちており、病弱に生んだことを謝っていた。

 死ぬことについて心の整理はつけていたアンナであったが、最後まで彼女に罪の意識を持たせたまま逝ってしまったことが唯一の後悔だった。


 だからせめて……今の両親には笑っていて欲しい。


 それはアンナが今、何よりも望んでいるもの。

 二人がアンナの幸せを何よりも望んでいるのと同じくらい、アンナにとって二人の幸せは優先すべきことなのだ。

 それを思えば女の子として生きることくらい安い代償なのかもしれない。


「そうですね、きっと女の子としての人生だっていろんな楽しみがあるはずです! 女の園に混じることができるんですから! きっと可愛い服を見せ合ったり一緒にお菓子を作ったりしたり、パジャマパーティーなんて開いてみんなで好きな男の子の話を――ってやっぱり嫌ですよ!! ボクは女の子との恋愛がしたいですよ!!」


 頭では必要なことだとわかっていても、やはり男としての感情を振り払うことができずアンナはこれから幾度と苦悩することとなる。



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