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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第一章 揺り籠の中の愛し子
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第13話 思わぬ再会

 時はアンナたちが突如襲撃を受けた辺りまで遡る。


「すごい……」


 アンナは目の前の光景に唖然としていた。

 グレゴールの言葉で自分たちが謎の集団に囲まれたこと気づき、一斉に彼らが向かって来たところまでは自分にも把握できていた。

 しかし、次の瞬間、瞬きをしたその刹那の間に、向かって来た全員が地面に倒れ伏していたのだ。

 レイラは自分と同じように目を見開いて驚いており、アドルフは剣を抜こうとして手元が狂って落としたのか、それを拾おうとした体勢で固まっている。

 つまりこの状況を作り出したのはグレゴールということになる。


「なんだよ……一人ぐらい残してくれてもよかったじゃないか」

「良いとこ見せたいって気持ちはわかるけどよ、若じゃまだ峰打ち出来るほどの実力はねえだろ? 嬢ちゃんたちに血を見せるつもりか?」

「ぐっ……、ってことはこいつら殺してないのか?」

「ああ、どうやらこの連中、俺たちのお客ってわけじゃなさそうだからな」


 驚きのあまり硬直するアンナをよそに、アドルフとグレゴールはいつもの調子で話していた。


「おお? 何だ嬢ちゃん、おじさんに惚れちまったのか?」

「ええっ!? それはありえません!!」


 呆けていたところに突然話を振られ、アンナは咄嗟に否定した。


「いや……まあ冗談なんだがよ。そこまで全力で否定することもないんじゃねえか?」


 男同士などあり得ないと言う意味で全力否定したアンナであったが、端から見れば色恋以前に生理的に嫌いだと思われてるレベルの否定に見えてしまいグレゴールはショックを受けていた。

 一方アドルフとレイラはほっと胸をなで下ろしていたのであるが。


「でもグレゴールさんすごく強いんですね。見直しました!」

「だろ? おじさん、そんじょそこらのやつらなんかには負けないぜ?」


 アンナが褒めるとすぐに機嫌を良くするグレゴール。


「でも気配を消すのが苦手で『直立不動』の血露結界に引っかかるからってここ二日間は村の外で野宿してたんだぞ」

「あっ、それで姿が見えなかったんですね」


 しかしそれが気に入らなかったのかアドルフが彼のちょっと残念なエピソードをバラす。

 付き人が主から離れて野宿なんてしててよかったのかという疑問が湧くが、先ほどの技量を見るに、きっとパッと駆けつけてシュッと敵をやっつける技があるのだろうと、アンナはてきとうに納得した。


「それではさっきのでドミニクさんに見つかってしまったのではないですか?」

「だろうな。本当ならさっさととんずらするべきなんだろうけど、そういうわけにもいかねえんだろ、若?」

「ああ、こいつらが襲ってきた時、視線はほとんどアンナに向いていた。まだ仲間もいるかもしれないし、このまま立ち去るのは、その……心配だからな」


 少し照れたように頬をかきながらアドルフは言った。


「ありがとうございます。アドルフ君がいてくれるなら心強いです」


 正確にはグレゴールが、であるが。


「ああ、お前は俺が守ってやるからな!!」


 アドルフは嬉しそうに胸を叩いた。

 羊がまた狼に餌を……、と言いながらレイラは頭を抱えた。


「なら嬢ちゃん、若と一緒に家に戻って縛るもん持ってきてくれねえか? 俺はこいつら見張っとくからよ」

「はい、わかりました。いきましょう、アドルフ君」

「お、おう!」

「私も行きますアンナ様」

「レイラちゃんはおじさんと見張り――」

「わ・た・し・も・い・き・ま・す!」

「お……おぅ……三人で気をつけて行けよ」


 アドルフに気を利かせようとしたグレゴール計らいはレイラの鉄の意志により打ち砕かれ、3人は仲良く(?)ブリューム邸へと歩いて行く。

 ――しかし数歩歩みを進めたところでアンナは地面に落ちている赤い玉に気がついた。

 ガラス玉のように透き通ったそれは月の光を受けているせいか、僅かに赤く光っているように見える。

 襲撃者の落とし物だろうか?

 そう思ったアンナは特に深く考えることなく手を伸ばした。


「――馬鹿野郎! 無闇に触れんじゃ――」

「え?」


 その行動に気づいたグレゴールが止めようとするが時既に遅し。

 アンナの手は赤い玉に触れており――その輝きが瞬時に増し、みなの視界を赤く染めた。


「……アンナ?」

「アンナ……様?」


 視界が戻った時、その場にアンナの姿はなかった。





++++++





 ここはいったい何処だろうか?

 赤い光に閉じていた目をそっと開けると、森の中だった。

 ついでに言えば、先ほど家の近くで襲ってきた人たちの仲間と思われる黒いローブを着た人物が刃物を持って目の前に立っている。


(……これって結構ヤバい状況なのではないでしょうか?)


 しかしその脅威よりも前に対処しなければいけない深刻な事態をどう切り抜けようかとアンナは冷や汗を流していた。

 なぜなら今アンナは、なぜか先にいたセフィーネの上に乗っかっているからである。

 仰向けに寝転がっているセフィーネの下腹部の辺りにアンナのお尻が跨がっている。とっさに気づいて先に足を地面に付けたので潰してはないはずだが不幸なことに手は着地点を誤りセフィーネの胸をばっちり捉えてしまっていた。


(柔らかく……はないですね。ぺたんこです)


 相手は10才の少女なのだから当然と言えば当然なのだが混乱しているアンナはそんな間抜けな感想を抱いた。

 だがセフィーネは体は子供でも心はそれなりに大人びているのだ、そんなこと声に出して言ったらただでは済まない。

 ――いや、そんなことより股間に潜む異物の感触が伝わってしまったのではないだろうか……?

 不安になるアンナだったが、セフィーネはきょとんとした顔でただアンナを見つめていた。


(あっ……)


 そこでアンナは初めてセフィーネの状態に気づいた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔、転んだのか、転ばされたのか彼女はあちこち泥だらけだった。

 その瞬間アンナは現状を正しく把握し――前方の男に突風を放った。


「ぐっ――――」


 男が吹き飛ばされ太い木に衝突する。


「――逃げましょうセフィーネさっ――ふへっ!?」


 その隙を突いてアンナは逃走を試みる。

 倒れているセフィーネの手を取り、走り出そうとするが逆に引き込まれて再びセフィーネの上に倒れてしまう。


「やだっ――置いてかないで!!」

「置いていきませんよ! 一緒に逃げるんです!」

「むっ、無理よぉ……。腰が抜けて立てないの……」


 セフィーネはアンナに縋り付いて泣きじゃくる。

 しかし、そうしている間に男は体勢と立て直していた。


「『ウインドシールド』!! ――『アクセル』!!」


 繰り出さる三日月刀(シミター)の軌道をずらして、セフィーネを抱えて加速の魔法を自分にかけて男との距離を取る。


(これは戦うしかなさそうですね……)


 今のセフィーネを抱えて逃げるのは至難の業である。

 ならばここで相手の足を止めるしかない。

 そう思いアンナは相手の男を見据えて――驚愕の表情を浮かべる。


「そんな……あなたは……」


 木々から漏れる僅かな月明かりが、先ほど吹き飛ばされた時に脱げたであろうフードの下の素顔を照らしていた。


「キリア神父……なんですか?」


 それはアンナの知る人物。

 5年前、レイラを助けたいというアンナの願いを叶えてくれた優しい老人だった。

 

「まったくあなたには驚かされてばかりですよ、アンナさん。天才と言われたお姫様でさえその様なのにあなたときたら……。今まで見てきた預言の神子は例外なく高い資質を持っていましたがあなたは群を抜いている。もしあなたが男児だったのなら間違いなく本命の英雄だと確信していたところです」


 男はアンナの呼びかけには応えなかったが、初対面なら知るはずの無いアンナの名を呼んだ。


「……ボクは預言の日に生まれた子供じゃありません」

「いいえ、あなたは間違いなく奇跡により授けられた子供です。なぜならあなたの母エーリカは子供の産めない体だったのですから」

「え……?」

「彼女の治療には何度か携わりましたがどうやっても治療することはできませんでした。なのにあなたはこうして産まれてきている。その奇跡の誕生と年齢からは考えられないほどの知性、そして魔法の才能。それだけ条件が揃っていれば誰でも答えに行き着きます。おおかた過保護なヨハンがあなたのためを思って隠蔽したのでしょうね」


(お母様が……そうか、だからあの時も)


 兄弟が欲しいと言ったアンナになぜ奴隷を買い与えようとしたのか。

 仲むつまじいはずの二人なのになぜ兄弟が増えないのか。

 思いがけずアンナはその答えを知ってしまった。

 だが今はそれに気を取られている場合では無い。


「あなたは……一体何をするつもりなんですか? どうしてこんなことを……」

「あなたには知る必要のないことです。唯一教えてあげられることがあるとすれば、私はあなたを殺さなければならないということです」

「――!?」


 神父が腰に下げられたもう一振りの三日月刀を抜く。

 二刀流。それが彼の本気スタイルなのだとアンナは悟った。

 戦いは避けられないようだ。


「『エアエッジ』!」


 先手必勝とばかりに第三階梯の魔法を放つがあっさりと避けられてしまう。

 その隙に距離を縮めた神父がアンナに刀を薙ぐ――。


「『エアシールド』! 『アクセル』!」


 先ほどと同じく空気の盾で刀の軌道を逸らし、距離を開けようとするアンナ。

 しかし――、


「――ぐっ!?」


 逸らせたのは一本目の剣閃のみで、空気の盾をくぐり抜けてきた二本目が離脱しようとしていたアンナの足を切り裂いた。

 ――だが切り裂かれながらもアンナは怯むことなくエアショットを相手にたたき込む。

 神父は驚愕の表情を浮かべながらも咄嗟に自分から後ろに跳び、突風の衝撃を和らげる。

 再び神父とアンナの距離が開く。


「まさか足を切られて尚魔法を使ってくるとは思いませんでした。普通なら痛みで精神の集中を乱してしまうものですが」

「……これくらいの痛みは慣れっこですから」


 正確には『痛みに』ではなく、『痛みの中で平静を保つこと』にアンナは慣れていた。

 伊達に長年闘病生活を続けてきたわけではない。その精神力は転生した現在も受け継がれているようだ。

 しかし顔見知りと戦うことや、母の事を聞いてしまい少なからず動揺はあるのだろう。

 無詠唱・無宣言(トリガー)ではなく、宣言をおこなって魔法を放っていることがアンナの内心の乱れを如実に表していた。


「不思議な子ですね……。ただの箱入りかと思っていましたが、どうやら見誤っていたようです」

「肩書きでは無くその人個人を見つめろと言ったのはあなたですよ、神父様」

「……そうでしたね。いやはや年を取ると頭が固くなるというのは本当のようです」

「あの時あなたはレイラを救う道を示してくれました。そして奴隷紋の契約に携わったあなたならわかってるはずです。ボクを殺せばレイラも一緒に死ななければならないことを。それなのに何故こんなことをするんですか!」

「そうですね……、私の行動はさぞ矛盾して映っていることでしょう」


 神父からの威圧が少しだけ弱くなったようにアンアは感じられた。


「ですが仕方がないのです。他のすべてを切り捨てなければ、私にはたった一つの願いですら叶える力もないのですから」


 どこか疲れた顔で神父は言った。

 もしかしたらまだ話す余地がわるのではないか。そうアンナに思わせる。

 だがすぐに神父の顔は冷徹な殺人者のそれに変わり、再びアンナへと迫った。


「くっ――『エアシールド』!」

「無駄ですよ。それでは次を防げない!」

「エアシール――」


 もう一度同じ魔法を使って追撃を防ごうとするが刃が届く方が早い。

 だが、アンナも神父も目の前の相手に集中するあまり忘れていた。

 ここにはもう一人戦える者がいるということを。


「た……黄昏は鎌を携え訪れる」

 

 たどたどしい詠唱。

 まだ彼女が完全にはショックから立ち直っていないことがわかる。

 本来第四階梯を無詠唱・無宣言(トリガー)で発動出来る彼女にしてみればとても惨めな光景である。


「実らざりしものあればとて

 その雨の止むことも無し……」


 それでも彼女の目には確固とした意思が宿っていた。

 

「ああ奪うなかれ

 ああ浚うなかれ

 我が手を零れるゆく果実よ

 夜の帳に溶けゆく君に

 ただ我が慟哭す」


 自分を助けに来てくれた少女のために。

 傷つきながらもなお自分を守ろうとしてくれている友のために。


第四階梯合成魔法(ハーベスト)――『エアハンマー』」


 そしてセフィーネは暴風の槌を神父に放つ。

 エアショットの上位魔法、第四階梯合成魔法(ハーベスト)エアハンマー。

 風属性を得意とする中級魔法使いの一般的な攻撃手段であり、先日勘違いからアドルフに放たれた魔法であるが、その威力は従来のものとは格段に違っていた。

 魔法の威力は込めた魔力の量により大幅に変動する。


「ぐあああああああああああああああ」


 相手を殺してしまっても構わないという覚悟を持って放たれたセフィーネのエアハンマーは神父を吹き飛ばすだけには留まらず木々に激突してさえ、それをへし折り、遙か後方にまで彼を吹き飛ばすことに成功した。


「今よアンナ!」

「はっ――はい!」


 普通ならば即死していてもおかしくない程の一撃。

 しかしここは魔法のある異世界である。

 追撃し完全に無力化することも考えたが、足の怪我もあるし、いつ他の仲間が目を覚ますとも限らない。

 アンナはセフィーネに肩をかりながら急いでその場から離脱した。




「――がはっ……まんまと逃げられてしまいましたね。私も老いたものです……」


 アンナたちが去った後、少なくないダメージを受けつつも神父はしっかり二本の足で立ち上がった。


「或いは感傷……なのかもしれませんね……」


 二人が逃げていった方向を見て自嘲気味の笑みを浮かべる。


「……まあいいでしょう。すでに贄の数は揃っています。まもなくわれらの(・・・・)神が降臨される」


 フードを被り直し神父は森の中へと歩き出す。


「もうこの地は終わりですよ」


 何かの砕ける音と同時に赤い光が走り木々を不気味に照らし出す。

 再び森に暗闇が戻ったとき、そこに神父の姿はなかった。





++++++





 アンナとセフィーネの二人はなんとか森を抜け街道に出た。

 幸運なことに二人が辿り着いたのはコルト村と港町ハベルトを繋ぐ街道で、二人は大まかな位置を把握することができた。


「コルト村まではそう遠くありませんね」

「そうね……。でもこれ以上進むのは止めておきましょ」


 現在地はコルト村から海沿いに5㎞ほど離れた地点で、気づいてもらえさえすればすぐに駆けつけてもらえる距離だった。

 その距離ならばこのまま村まで自力で帰りたいところだったのだが、アンナの足の傷が思いの外深かったようでまだ出血が続いている。

 敵に追いつかれるかもしれないリスクを冒してでも止血が必要だとセフィーネは判断した。


「すいません。足を引っ張ってしまって……」

「何を言ってるの? アンナが来てくれなかったら今頃わたくしは森の中で冷たくなっていたわ」

「ボクもセフィーネ様の魔法がなかったら真っ二つにされていたかもしれません」

「ならお相子ね」


 どちらともなく二人は笑い合った。

 セフィーネは自分の服を破り、アンナの足に巻き付ける。

 よく見れば彼女はネグリジェ姿だった。恐らく寝ようとしていたところに襲撃を受けたのだろう。

 意外と手際の良いセフィーネによって応急手当が完了する。


「では行きましょうか」

「待って、もうちょっと休みましょ」


 先を急ごうとするアンナをやんわりと止めるセフィーネ。

 彼女自身に疲労の色は見られるが、歩けないという程では無いように見える。恐らくアンナの足を心配してのことなのだろう。


「ここなら森の中と違って視界も開けてるし不意打ちを受けることはないわ」

「でも!!」

「これは命令よ! わたくしは休みたいの!」

「……わかりました」


 アンナとしては無理にでも進みたかったのだが、片足を負傷しているためセフィーネに肩を貸して貰わねばならない。

 そのセフィーネに反対されてしまっては頷くしかなかった。


「ねぇ……アンナ。あなた将来はどうするつもりなのかしら?」


 ただ休んでいるのは退屈だったのか、あるいは静寂に耐えきれなくなったのかセフィーネは突然そんなことを聞いてきた。


「将来……ですか?」

「例えばこういう仕事に就きたいとか、こういう男と結婚したいとか」

「あ、結婚は考えてません」


 突飛な質問で面食らったアンナだったが男との(・・・)結婚だけは即座に否定した。

 万が一でも自分に結婚の意思ありと回りに思われて縁談でも持ち上がったら大変だ。


「そっ、そうなんだ。でもいくら可愛いからってあまり意地を張ってると婚期を逃すから気を付けた方がいいわよ」

「べっ――べつにそういうつもりで言ったんじゃありませんよ! それを言うならセフィーネ様もですよ」

「わたくし腐っても王族よ。どうせどっかの身分だけは高い無能な男と政略結婚させられるんだから、早すぎることはあっても行き遅れることはないわ」

「あ……ごめんなさい……」


 そう、この世界ではセフィーネのような身分の者に自由恋愛という発想はないのだ。

 配慮の足りない発言をしてしまったとアンナは後悔した。


「そんなことよりアンナのことよ。結婚がないなら将来の目標とかないの?」

「えっと……そうですね。とりあえず魔法の勉強はしたいと思います」

「勉強? もう十分使えるじゃ無い。もちろんわたくし程じゃないけどね」

「はい、セフィーネ様には適いません。でも、私が学びたいのは魔法の使い方のではなく魔法や魔力の原理そのものの研究です。これは誰にも言ってないことなのですが、忌み子が生まれるメカニズムとその解決方法を研究したいと思ってるんです」


 これまで親にすら話したことはなかったが、目の前の少女なら偏見無く聞いてもらえると思いアンナは打ち明けた。

 誰にも言っていない、という部分でセフィーネはぴくっと体を震わせた。

 一番に教えてもらえたことが嬉しいのかもしれない。


「それなら学術都市ベルウェグに行くといいわ。そこには世界各国の研究者が集まっていて最新の研究が行われているの」

「そんなところがあるんですか? それは是非行ってみたいですね」

「そう思う!? 実はわたくしももうすぐそこに入学する予定なの」

「結構早くから入れるんですね」

「ええ、年齢の区別無く入学はできるのよ。学力に応じた教育も受けられるし」


 学術都市と言われたのでアンナは最初大学のような研究機関を想像したのだが、どちらかと言えば小学校から大学までがまとまった総合的な教育機関なのかもしれない。


「そっ……それでね、そこに入学する際、貴族や王族は世話役として侍女を一緒に入学させることができるのよ。だから……その……アンナも一緒に来ない?」

「――ボクがですか?」


 恥ずかしいからか、若干曖昧な言い方をしているが話の流れから察するに自分を侍女として入学させるということなのだろう。

 それはとても魅力的な提案であった。

 忌み子の研究をしたいというのはレイラを救うためであり、明確なタイムリミットがある。

 研究機関があるというのなら、そこに行くのは早ければ早いほどいいのだ。

 恐らく侍女として入れば試験の準備などもしなくてよいはずである。

 しかし――


侍女(・・)として入るのは問題ありますよね……)


 性別を隠しているアンナにとって前提条件が既にアウトだった。

 だがその段になってアンナは気づく。

 自分とセフィーネの関係は性別を偽るという嘘を前提に成り立っているのだと。


(こんなに信頼してくれたのに、ボクの方は嘘をつき続けなきゃいけないんですね……)


 それはとても辛い事だった。

 同時に信頼してくれている相手を騙しているという許されざる行為でもある。


(なら、いっそこちらから関係を絶つべきなのでしょうか……)


 そんなやけっぱちな考えさえ浮かんでくるが自分がそれをできるとは到底思えない。

 ならばせめて線引きは自分の方でしっかりおこなわなければ。アンナはそう心に決めた。

 だから断りの言葉をセフィーネに伝えようとしたのだが、


「セフィーネ様~!!」

「アンナ様!!」

「アンナ――!!」


 突如聞こえてきた聞き慣れた声に反応し、二人はバッと振り向いた。

 そこにはレイラやアドルフ、エリア、ドミニク、グレゴール、そしてセフィーネの護衛騎士たちの姿があった。


「レイラ!? それに他のみんなも。どうしてここが――って早っ!!」


 アンナがそれに気づき手を振ろうとした次の瞬間にはレイラが目の前に立っていた。

 さすがは獣人の身体能力である。

 少し遅れてアドルフも駆けつける。


「突然こいつが『アンナ様の匂いがする』とか言って飛び出したんだ。俺たちはそれを追って」

「村からかなり距離があると思うんですが……獣人ってすごいですね」


(あるいはボクってそんなに匂いがきついんでしょうか……)


 自分の匂いを嗅いでみるが全然わからない。

 だが今度からもっと綺麗に体を洗おうとアンナは心の中で思った。


「ってアンナ、お前怪我してるじぇねえか」

「ちょっとやられちゃいました。でも大丈夫です。王女様直々に手当してもらいましたから」


 安心させるために明るい調子で無事を伝えるがレイラは顔を真っ青にしている。

 レイラの方が後でケアが必要かもしれない。


「なんとか無事のようですね~。あっ痛み止めいりますか? 副作用で勃起不全になるかもしれませんが」

「いりません!!」

「は~よかった~。面倒くさいことにならなくて」

「流石嬢ちゃんだな。目の前で消えた時はもうダメかと思ったぜ」


 エリア、ドミニク、グレゴールそして他の騎士たちもやって来てようやくアンナも肩の荷が下りた気分だった。


「で、結局相手さんってのは預言の神子を狙った違法な奴隷商ってことでよかったのか?」

「あの、それが……」


 アンナは森の中であったことをみなに話した。

 逆に村の襲撃犯たちはグレゴールが峰打ちで殺さなかった者たちも含め、全員何らかの薬物の効果で絶命していたため情報が引き出せなかったのだと言う。


「ってことは手がかりはアンナちゃんが戦ったって言うハベルトの神父だけか……。たまたまそいつが個人的に荷担してたのか、はたまた……」


 グレゴールが難しい顔をして考え込む。


「すいません。あまり情報を得られなくて」

「いや、こっちは何も掴めなかったんだ。十分すぎるくらいだぜ? だが他の町でも起こったっていう誘拐事件がすべてこいつらの仕業だってのなら、相手さんはかなり大きな組織が後ろについてるってことになるからな。長距離転移が可能な赤い玉持っていたことといい、当てはまる組織も限られてくる」

「それこそ神父さんの親玉が黒幕かもしれませんね~」

「そりゃ勘弁してほしいところだな。教会なんて国中どこにでもあるんだ。そいつらにまとまって犯罪をされたら防ぎようがねえよ」


 結局証拠があまりに少ないため結論はでなかった。


「そろそろ戻るか。アンナちゃんの親御さんが心配し過ぎて死んじまうといけねえからな」

「はい。ですがちょっと自力では歩けないので……」

「なっ、ならアンナは俺が運んで――」

「私がお連れしますアンナ様」


 照れながら名乗りを上げようとしたアドルフをレイラが遮った。

 当然性別がバレてはまずいのでレイラの方を選ぶ。

 アンナとレイラは親と子ほどの体格差があるため特に苦も無く抱き上げられる。

 いわゆるお姫様だっこの形で運ばれるはめとなり、これじゃ男女逆だと思うアンナであったが歩く気力もなかったので顔を真っ赤にしながらも大人しくレイラの首に腕を回した。

 非常に恥ずかしいが柔らかいレイラの胸に包まれながらの帰宅もそれはそれで悪くなさそうだ。


「……あれ? ドミニクさん」


 そこでアンナは一人立ち止まったまま動こうとしないドミニクに気がつく。

 もしかして帰るのすら面倒くさくなったのではと思ったが、その手には剣が握られていた。


「どうしたドミニク」

「森の方から大量の魔物がこっちに来ます。面倒くさい(・・・・・)レベルのものもちらほら」

「――ちっ、マジかよ」


 ドミニクの面倒くさいという言葉を聞いてグレゴールも戦闘態勢を取った。

 彼女の力を持ってすればほとんどの魔物は瞬殺できる。

 その彼女が面倒くさいというのだから恐らく相手は上位竜やそれに類する化け物である。


「仕方ねえ、ここは俺とドミニクで食い止めるぞ!」

「え~……」

「え~じゃねえよ! こんな時ぐらい働け馬鹿」


 深刻な事態のはずなのだが、二人のやり取りからはいまいち緊張感が伝わってこない。


(というかお二人はあまり初対面って感じはしませんが、お知り合いなのでしょうか?)


 ある意味息ぴったりの二人をみてアンナはそう思った。

 だが当然今はそんなことを気にしている場合では無い。

 既にアンナたちにも魔物たちの行進の音が聞こえて来ていた。

 空からは体が凍り付くような咆吼も響いてくる。


「わかりました。我々はセフィーネ様と子供たちを村へ送ります。ご武運を~」

「さすがにこの数の敵は二、三ヶ月の休暇じゃ済みませんよ、セフィーネ様」

「……考えておくわ」


 一行はグレゴールとドミニクを残し、村へと動こうとしていた。


 ――本当にそれでいいのだろうか?


 その時なぜかアンナの頭に疑問が浮かんだ。

 いいも何も自分より遙かに修羅場をくぐり抜けてきているであろうグレゴールとドミニクが賛成しているのだから素人の自分が意見を挟む余地などないはずだ。

 だが引っかかることがある。

 キリア神父の存在だ。

 彼は何かを成すために動いているのだと言っていた。それは単に預言の神子を殺すだとか短絡的な行動ではなく、もっと大きな目的を見据えているように感じられた。

 だから自分があっさり逃げ切れたことに違和感を感じてしまう。

 本命はもっと別のところにあったのではないのかと。


「あっ――あの!」


 アンナは思わず声を出していた。

 みなの視線が一斉にアンナに向けられる。

 しかし言葉は続かない。

 仮に相手が何かを狙っているとして、その何かがわからなければ考えすぎだと言われて終わりである。


「時間がねえ! さっさと行きな嬢ちゃん!!」

「行きましょうアンナ様。私たちでは足手まといです」


 しかしアンナがその感情の正体に辿り着くことは無く、一行はドミニクとグレゴールを残して離脱した。




 そのすぐ後にアンナは出会うこととなる。

 その感情の原因――絶対的な絶望に。

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