第9話 誘拐されたと思ったらお友達になってました
「だからさっきのは無視されてたんじゃないの。もしそう見えたならあなたの誤解だし、直ちに認識を改めてもらう必要があるのよ」
「はぁ……」
「しっ、信じてないのね! わたくしが従者に無視されるような小物に見えるというの!?」
「いえ! 見えないです! ボクの勘違いでした」
見慣れない部屋で目を覚ましたアンナに待ち受けていたのは、身の毛もよだつような拷問――ではなく、何故か少女から言い訳を聞かされていた。
どうやらアンナが見た事実をなかったことにしたいらしく、事態が飲み込めず生返事をしてしまうアンナに対して何度も自身の潔白を説いていた。
(これはわざわざボクを誘拐してまでやることだったのでしょうか?)
アンナには理解できないことであるが、それだけ貴族は面子を気にしなければいけないのかもしれない。
「……わかればいいのよ。まったくこれだから子供の相手は疲れるわ」
面子というよりは、ただ単に背伸びしたいお年頃なのだとアンナは理解した。
見たところ歳も近いようだし、さっきの『漆黒の白銀騎士』とかいうネーミングから察するにちょっと早めの中二病患者なのかもしれない。
「ふぅ……喋りすぎて喉が渇いたわ。ドミニク、お茶を入れてちょうだい。ついでにお客さまの分もね」
「誇り高き騎士にお茶くみをさせるのですか? 自分でやってください」
「わたくしはもっと誇り高い王女なのよ!?」
かなりの無茶をする子ではあるが、種がわかってしまえば可愛いものである。
いつのまにかお茶をする流れになってしまっているが、付き合ってもいいかと思えるくらいには少女に対する好感度が上がっていた。
(というかここで断ったらまた泣いちゃうかもしれませんしね)
「あの、お茶でしたらボクが入れます。なんと言っても本場の人間ですから」
「そう? ならお願いするわ。コルト村の子供は母乳代わりにダリアを飲むって言うものね」
流石にそれはないと突っ込みたくなるのを必死に押さえてアンナはティーポットに水を入れ、
「『フレイム』」
水の中心部に小さな炎を発生させお湯に変える。
「『サーキュレーション』」
続いて無属性基礎魔法を使い、ポットの中のお湯をかき混ぜ温度を均等にし茶葉を浸す。
エーリカから教えられた一般的なダリアの入れ方である。
「ふ~ん。少しは魔法が使えるのね」
「あっ、はい。本当に少しだけですが」
「でもわたくしの方がすごいわ。なんと言ってもこの国に2人しかいない第六階梯の素質を持つ者の1人なんだから!」
「えっ!? すっ……すごいですね」
アンナは焦った。
第六階梯の魔法使いが目の前にいることにではなく、第六階梯の魔法使いが国に2人しかいないという点に関して。
(あ……危なかったです。うっかり口を滑らせていたら大変なことになってました)
日本人らしい謙虚さゆえに自身の能力を他人にひけらかすようなことはしてこなかったが、もしそんなことをしていたら大騒ぎになっていたであろう。
(あれ?)
アンナはふと違和感を覚えた。
第六階梯の素質を持ち、口さえ閉じていれば誰もがひれ伏さずにはいられないような高潔な美しさを持ち、預言の日に生まれたアンナと同い年であろうと思われる目の前の少女。
この条件を満たす人物を自分は知っている気がした。
しかもそれはつい最近知った情報だったような……。
『なんでもセフィーネ様は王国始まって以来の才女らしいぞ。まだ6歳だってのに大人顔負けの知性を持ってて、しかも第六階梯の素質を持つ魔法使いらしい』
『かぁ~、王族ともなると生まれた時から出来が違うんだな』
『いや、王族というよりセフィーネ様が特別らしい。なんでもあの予言の日に生まれた子供らしいぞ』
村人たちの会話がアンナの頭の中で蘇る。
(え? でも王女様は別にいるわけですし……)
だがそうなると今コルト村には目の前の少女と王女の2人、この国の最高峰の魔法使い全員が集結していることになってしまう。
果たしてそんな偶然が起こるものだろうか?
その疑問に対する答えはすぐにアンナのもとに訪れた。
「は~疲れた~。これだから人混みは嫌いですよ~」
なんとも気の抜けた声が部屋の扉の向こうから聞こえてきたかと思えば、そのままノックも無しに扉が開かれる。
「あ、ちょうどいいところにダリア茶が。一杯もらいますね~」
「あっ、こらそれはわたくしの――」
闖入者はおもむろに少女の前に置かれたカップを手に取り、グビッと飲み干した。
「あれ~? もしかしてお客様と歓談中でしたか? それとも私が前から頼んでいた被検体?」
今頃になってアンナの存在に気づいた闖入者が顔をこちらに向けてなんとも物騒な台詞を吐く。
だがそんなのは些細な問題である。
なぜなら衝撃的な事実がアンナを掻き乱しているのだから。
「お――おおおお……お――」
言葉を紡ごうにも緊張で舌が回らない。
「オオサンショウウオ?」
「違います!」
あまりに的外れなことを言われて若干混乱から立ち直る。
「そうじゃなくて……」
セミロングのブルネット。
美人なのに覇気がなくて不健康そうなその少女。
そう、今見つめ合っている闖入者はまさしく――
「どうして王女様がこんなところにいるんですか?」
先ほど村にやって来た第四王女セフィーネその人だった。
++++++
「つまり王女様は実は偽物で、本物の王女様の代わりにみんなの前に出ていたということですか?」
「そうよ。わたくしはあなたたちの事を試してあげたの。紛い物の王女を見破れるかどうかをね」
「本当は人前に出るのをビビってエリアに変わって貰っただけですけどね」
「だっ、黙りなさいドミニク! わたくしが平民相手に緊張して足が震えて動けなくなるなんてことあるわけないでしょ!」
(動けなかったんですね……)
アンナはなんとか事態を理解した。
つまりこのヘタレな女の子が本物の王女様であり、王女として登場した不健康そうな少女は実は王女の侍女だったというわけだ。
(あ……あれ? それじゃあボクは今まで王女様とお話を? なっ……なんか普通に話してしまってたんですが大丈夫なのでしょうか?)
今更になってアンナは焦りだした。
「まあいいわ。今更だけど自己紹介ね。わたくしはこのエルヴァー王国の第四皇女セフィーネ・ドロテーア・フォン・エルヴァーよ」
「は……はい! わたくしもアンナ・ブリュームと申しますです!」
「わたくし『も』?」
「まっ――間違いました。拙者もアンナ・ブリュームでして――」
「そこじゃないわよ。もしかしてあなたもわたくしをからかっているの?」
「王女様だとわかって緊張してるんじゃないですか? あ、それならちょうど良いものがありますよ~」
偽王女もといセフィーネ王女の侍女が紅茶に白い粉を入れてあたふたするアンナに差し出した。
「ここここれはもしや服毒してして死ねという意味ですか!?」
「いやいや~、単なる気持ちが落ち着く粉です。国内では広く使われているもので危険性はありません。セフィーネ様も人前に出るときは飲まれますし」
「なぜあなたたちはわたくしの恥部を易々とバラすのよ!」
「そ……そうなのですか。それではありがたく頂きます」
セフィーネの反応から、問題がなさそうだと判断したアンナはそっとカップに口を付ける。
飲み慣れたダリアの香りに若干の甘さが混じった香りが鼻に広がっていく。
どうやら即効性のものらしく、アンナの心はすぐに落ち着きを取り戻した。
「ありがとうございます。とても美味しいお茶です」
「あ、ちなみにその粉は男性が飲むと勃起不全になる可能性があるのでお父さんには飲ませちゃ駄目ですよ」
「ぶううううう――――――!!」
再び口に含もうとしていたお茶をアンナは盛大に吹き出した。
「そっ――それを先に言って下さい! 飲んじゃったじゃないですか!!」
「ん? 女の子は大丈夫ですよ? 勃つものもないですし」
「それはそうなんですが……」
男なんですとは言えずアンナは泣き寝入りせざるを得なかった。
「ねぇ、何が立つの?」
「では次は私の自己紹介に参りましょうか~」
「あなたまで無視するというの!?」
「教えてもいいですけど、知ってしまえばもう後戻りはできませんよ?」
「ど……どういう意味での後戻り?」
「それを教えてしまってはもう言ってしまったのと同じです。それで、覚悟はおありですか?」
「あ……あまり客人を待たせるのも良くないわ。自己紹介を続けてちょうだい」
セフィーネはまたしてもへたれた。
「では改めまして~。セフィーネ様のメイドをしております、エリアと申します」
「よ……よろしくお願いします」
「エリアはメイドではあるけど護衛の役目も果たしているの。こんな見た目だけど三十路よ」
すぐに調子を取り戻したセフィーネが得意げな顔で補足情報を教えてくれる。
「ええっ!? どう見ても10代半ばくらいに見えるんですが」
「私は薄らとエルフの血が混じっているので見た目の年を取りにくいんですよ~」
「あとエリアは薬物に対する知識も豊富なのよ」
「や……薬物ですか」
「ちなみにあなたを攫う時に眠らせた薬もエリアの調合なのよ」
「あ~、あれ使ちゃったんですか。あまり多量に嗅がせると勃起不全になるので注意してくださいね」
「どうしてそうピンポイントに恐ろしい副作用が付いているんですか!?」
世界の悪意を感じたような気がした。
(か……帰ったら確認しないと……)
ただでさえ男としてのアイデンティティが揺らいでいるのに、最後の拠り所まで無くされては堪った物ではない。
「じゃあ最後はドミニクよ」
「はい、ドミニクです。適当によろしくお願いします」
(あ……そういえばまだこの人もいたんでしたね)
最後はセフィーネの護衛をしていた女性、ドミニクの紹介だった。
エリアが入ってきた後は一言も話さずぼ~っとお茶を飲んでいたのですっかり意識の外に追いやられていた。
「正確にはドミニク・フォン・ビューローよ。見ててわかると思うけど怠け者よ」
「ええ……それはとてもよく伝わっています」
「だけどドミニクは王国序列第3位の猛者よ。第四階梯までの魔法と水繃流の剣術を合わせたカウンターを得意とする魔法剣士なの」
「3位ってことはこの国で三番目に強いってことですか!?」
「ええ、かつてその場から一歩も動かずドラゴンを屠った功績から『直立不動』っていう二つ名を持つ王国の英雄の一人よ」
「おお、かっこいいです!!」
二つ名と聞いてアンナはドミニクに対して尊敬の念を抱いた。
やはり二つ名は男の子の憧れなのだ。
アンナの頭の中でクールに格好良くドラゴンと切り結んでいるドミニクの姿が浮かんでいた。
「ただし今は『フドウ』のドミニクとして揶揄されてますけどね」
「ん?」
音としては同じだが、アンナはエリアが発した「フドウ」という単語に何かきな臭いものを感じた。
(フドウ……ふどう……不働……? ああ……なるほど)
なんとなく答えに行き着いてしまいとても残念な気分になるアンナ。
「ドミニクはやたらと楽をしようとするからいつの間にか『不動』が『不働』に変わってしまったの」
「やっぱりそうですか……」
彼女の性格を考えると『直立不動』の称号の由来も単に自分から動きたくなかったからという理由かもしれない。
だが実力の方は疑うべくもない。
アンナ自身が為す術も無く攫われたのだから身をもって知っている。
「っていうかさっきは聞き流したけど、ブリュームってことはあなたもしかして村長の娘?」
「あっ、はいそうです」
「そっか……なら一応名分は立つわね」
「?」
セフィーネは少し考える素振りを見せる。
やがて彼女の中で何かが決まったのか、ニヤリと笑とおもむろに立ち上がって演技がかった動きでアンナに手を差し出した。
「アンナ、あなたは今日から真理の探究者の一員よ!」
「とぅるーえくすぷろーらー?」
「わたくしをリーダーとした国内外の悪と戦う秘密組織よ」
「へ~、そんなのがあったんですか~」
「初耳ですね。がんばってください」
「他ならぬあなたたちがメンバーでしょ!?」
「「え?」」
「称号だって与えてあげたじゃない! 漆黒の白銀騎士! 暗黒の闇調合師」
「そんな~。私には勿体ない称号ですよ」「返却します」
「返さないでよ!!」
どうやらお姫様の中だけの設定だったようだ。
「アンナ……あなたは受け取ってくれるわよね。黒の紅茶売り」
(黒が好きなんでね……)
少女のネーミングセンスは偏っていた。
ただその感覚にはアンナも心当たりがあるのでとても微笑ましい。
従者の二人はお気に召さないようだが、エリアの方は笑っているので本気で嫌がってはいないようだ。
ドミニクに関してはただ面倒なだけなのだろう。
(でも、ようするにこれは一緒に遊びましょうっていうお誘いですよね?)
いつの間にやら気に入られていたらしい。
自己紹介以外ほとんど自分からは話してなかったのだが、何がよかったのだろうか?
そもそも、自分なんかが王女の遊び相手になって大丈夫なのだろうか?
(あっ、でもだから村長の娘っていうのは都合がいいんですね)
平民ではあるが立場上この村の子供の中では一番王女と接しても不自然でないのがアンナである。
ならば問題ないのだろうか?
悪い子ではないようだし気持ちの上では遊んであげたいと思うのだが……。
などと考えていたらセフィーネが今にもこぼれ落ちそうなほど目に涙を溜めてこちらを見ていた。
「う……受け取ってくれないんだ……」
「いっ――いえ! 有り難く受け取らせていただきます! ボクは今日から黒の紅茶売りです」
「ほ、本当に!? ありがと――じゃなくて、よく言ったわ黒の紅茶売り。今日からその名に恥じない振る舞いをするのよ」
「はいセフィーネ様」
まぁ、いいかとアンナは考えるのを放棄した。
考えて見れば王女からのお願いを無碍にすることなど許されるわけがないし、そうでなくともこんな可愛い女の子のお願いを断るなどできるわけがないのだ。
「じゃあ明日から活動を始めるわよ。お昼過ぎにまたここに来るのよ」
気がつけば窓の外は夕日に染まっていた。
眠らされたり、言い訳を聞かされたりしているうちにかなり時間がたっていたようだ。
「はい。それではまた明日」
「ええ、待ってるわ!」
セフィーネはこの日一番の笑顔をアンナに見せた。
(この笑顔が見られるなら細かいことは気にしなくていいのかもしれませんね)
難しく考えず、ただ単に二人目の友達ができたのだと、そうアンナは考えることにした。
++++++
「あっ、ここだったんですね」
監禁(?)されていた建物からでると、そこは見慣れた場所だった。
村役場のすぐ側にある貴族や王族が宿泊するために作られた最高級宿。
普段は外観しか見たことが無かったので気づかなかったようだ。
「はい、腐っても王族ですからね~。流石に馬小屋には寝かせられませんし」
「本人のいないところでいじるのは止めてあげてください」
見送りはエリア1人だった。
セフィーネも見送りをしたがったのだが、流石に一国の王女が村娘1人にそこまでするわけにもいかない。
当然ドミニクは面倒くさがって動こうとしなかった。
「それではまた明日のお昼過ぎに窺いますね」
「あ~、家まで送りますよ。最近は物騒ですからね~」
「流石にそこまでして頂くわけには……。それにこの村は平和ですから危険はないと思います」
「まぁ平時ならそうなんですけどね~。港町ハベルトを通過したときに聞いたんですが最近増えているらしいんですよ。子供を狙った誘拐事件が」
実際アンナはまさにさっき誘拐されたのだが、もちろん実際に起きているのはこんなほのぼのとしたものではないのだろう。
「狙われるのは決まって大預言の日周辺に生まれた子供たちのようです。あなたはその条件に合致するので用心するに越したことはないですよ」
(そうえいば4年前にも同じようなことを言われましたね。まだ続いていたんですか……)
4年前、レイラを買ったその時にキリア神父から忠告されたのを思い出す。
「特に何かしらの秀でた才能を持つ子は気をつけた方がいいですよ。例えば――第五、或いは第六階梯の魔法使いである村長の娘さんとか」
「……何のことですか?」
突然の指摘にアンナの背筋が凍った。
「ん~実はですね、セフィーネ様は出歩く際に必ず第四階梯合成魔法『断絶』を使用しているんですよ。効果は指定した者の気配を消すっていうものなんですが、この魔法、というか認識に関する魔法全般に言える事ですが使用した魔法の階梯より高い階梯を扱える魔法使いに対してはあまり効果を発揮しないんです。つまり『断絶』が発動しているにも関わらずセフィーネ様に気づいたあなたは第四階梯よりも上の素質を持つと言うことです」
(だからボク以外には気にする人がいなかったんですね。あれだけ可愛い女の子がいるのに、ボク以外誰も目を向けていなかったことを疑問に思うべきでした……)
アンナが攫われたというのに誰も騒がなかったのもそのせいなのだろう。
「そんなわけであなたは絶好のカモなのでお家まで安全にお送りしようというわけです」
「え? あ……それはどうもです」
意外なことにそれ以上の追求はなかった。
あっさりと話を切り上げたエリアに逆に驚いてしまう。
「あなたはセフィーネ様のお眼鏡に適った貴重な3人目ですから、深くは詮索しませんよ」
「いいんですか、そんな理由で」
「杓子定規に考えれば間違いなく駄目ですが、セフィーネ様の人を見る目に間違いはないと思いますよ。あの年でいろんなものを見ていますからね~」
王女だからと言って必ずしも楽な生活を送ってきたわけではないようだ。
その辺の苦労はアンナには想像がつかなかった。
「だからその代わり仲良くしてあげてください。同年代のちゃんとした友達はあなたが初めてですから」
そう言ったエリアはとても優しい笑顔をしていた。
普段は主人をからかっていても、その根本にはしっかりとした信頼関係があるようだ。
その輪の中に入っていくことに期待と不安を抱えながらアンナは帰路についた。




