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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第一章 揺り籠の中の愛し子
10/48

第8話 お姫様がやってきました

「バターと砂糖と茶葉を少々~♪ みんなを繋ぐ薄力粉~♪」


 ブリューム家の台所では妙な歌い声が響いていた。

 歌詞も適当なら音程も適当なクオリティの低い歌だが、歌っている本人はとても陽気で見ている者を思わず笑顔にしてしまう魅力があった。


「まぁまぁ、アンナったら、はしゃいじゃって」

「ああ、この目映い笑顔があれば人類に太陽は必要ないね」


 そんなアンナを両親は微笑ましく見守っていた。

 昨日の貴族の少年ことアドルフとの事の顛末を聞いて、二人は差しあたり彼との交友を認めてくれた。

 もちろんそうすることにより、性別発覚のリスクは上がるのだが、友達ができて今までに無く喜んでいるアンナを見て何か思うところがあったらしく明確に反対はしなかったのだ。

 だが、誰もがアンナに友達が出来たことを喜んだわけではない。

 一家の中で一人だけ、アンナがアドルフと交友を持つことを快く思ってない者がいた。


「……アンナ様、何を作っておられるのですか?」


 レイラであった。

 相変わらずの無表情であったが、尻尾も下がっており、耳も不機嫌ですとでも言うように左右別の方向を向くというわかりにくい遺憾の意を示していた。

 だがレイラがここまでするのには理由があった。


「お菓子ですよレイラ。ダリアフレーバーを付けたクッキーです。みんなで食べましょうね~」


 『みんな』の中には当然アドルフも入っているのだと考えるとレイラの毛は逆立った。

 そう、先ほどからアンナは本日訪れるであろうアドルフのためにお菓子を作っていた。

 その行為はまるで恋する乙女が好きな子のためにがんばって料理をしている図そのものであった。

 もちろんアンナにそんなつもりは無い。

 ただ単に友達をもてなそうとしているだけである。

 レイラもアンナの性別を知っているので色恋方面の誤解をすることはないのだが、アンナがアドルフのために何かをしているという状況がとても不満だった。

 自分に対していきなり襲いかかってきたアドルフ自身をよく思っていないのもある。

 同意の下とはいえ、自分の主人の玉のような肌にひっかき傷や噛み跡を付けたのは万死に値する罪だと思っているのもある。

 しかし一番気に入らないのは、今まで独り占めしてきたアンナの関心を奪われてしまったことだった。

 要するに嫉妬である。


「おーい、アンナ! 来てやったぞ~」

「あっ、は~い!」


 そうしている間にも件の少年がやってくる。

 アンナは笑顔で、レイラは憎悪の念を持って彼を迎えた。





++++++





 アドルフが来たことで、ブリューム家の朝の時間は終わりとなり両親は仕事で役場に向かった。

 グレゴールはアドルフを送った後『あとは若い二人で~』などと言って去っていった。

 現在家にいるのはアンナ、レイラ、アドルフの三人だ。

 そして今、レイラとアドルフは向かい合っていた。

 二人とも無言で気まずい空気が流れている中、アンナ少し困った顔で二人に話しかける。


「あのねレイラ、昨日言ったとおりアドルフくんはレイラの事、ちゃんと知ろうとしてくれるみたいです。だからレイラも仲良く……とは言いませんが、できれば彼のことを知ってあげて下さい。それとアドルフ君、そんな睨み付けたら誰だって嫌な顔をしますよ」

「む……そうだな」

「……」


 アドルフはちょっと申し訳なさそうな顔をして、レイラは何も言わず目を逸らした。


(う~ん、やっぱりそう簡単に和解はできませんよね)


 わかっていたことではあるが落胆してしまうアンナ。

 正直な話、二人を本当に対面させるべきかアンナはかなり迷った。

 間に入っただけの自分とは違い、二人は加害者・被害者の立場なのだから。

 しかし、それでも行動に踏み切ったのはこの機会を逃せばレイラに友達が出来る事はないのではないかと思ったからだ。

 アドルフに限らずこの世界の住人の忌み子に対する偏見は根強い。

 大人ならばすぐに殺せと叫ぶだろうし、子供なら怯えて近寄らないだろう。

 そう考えた時、成人を越えて生き残れることはないと言われるレイラに、この先友達ができることはあるのだろうかとアンナは不安になったのだ。

 だが幸か不幸かアドルフはアンナと衝突したことにより、その偏見を捨て去る気概をみせてくれた。

 だからそのチャンスを逃したくなかったのだ。


「あの、アドルフ君。とりあえずこれ食べて下さい。レイラもほら」


 重くなった空気を入れ換えるためにアンナはアドルフが来る前に焼いたクッキーを取り出した。

 一応こういう状況になった時のためにと作ったのだ。


「ん……これは紅茶の……ダリアの香りがするぞ?」


 アドルフも少し気まずさを覚えて居たのか、アンナの出した助け船にすぐに乗りポリポリとクッキーを食べ始めた。


「はい、フレーバーに茶葉を少々練り込んであるんです。どうですか?」

「うん、うめーな! これなら何個でも食えそうだ」

「よかった。これボクが一番得意なお菓子だから、不味いって言われたらどうしようかと思いました」

「んぐっ――、げほげほっ。こっ、これお前が作ったのか!?」


 アンナの手作りだと聞いてアドルフは顔を真っ赤にして咳き込んだ。


「そうですよ。アドルフ君が来るから作ったんです」

「これを俺の(・・)ために!?」

「はい、そうですよ」

「そっ、そうか! なら遠慮無くもらうからな!」

「はい! たくさん食べて下さい」


 正確にはアドルフとレイラのためだったのだが、その辺のニュアンスを特に気にせずアンナは肯定してしまった。

 数年後、この一連のやり取りはアンナ史上最大の黒歴史となるのだが、それはまた別のお話である。


「では私も頂きます」


 それまで無言だったレイラはおもむろにクッキーに手を伸ばし、掴めるだけ掴んで口に詰め込んだ。


「あああああああああ、テメエ何俺のクッキー食ってんだ!!」

「これは……もぐもぐ……アンナ様が私の(・・)ために作ってくれた、もぐもぐ……、クッキーです。どれだけ食べようと私の勝手です……もぐもぐ」

「えっ? レイラ、そんなにお腹減ってたんですか? ごめんなさい、次から朝食の量増やしますね」


 アドルフの抗議を物ともせずレイラは次々とクッキーを頬張っていく。

 アンナはその行動の意味を勘違いし無駄なフォローを入れていた。


「ふざけんな――もぐもぐ……これは全部アンナが俺のために……もぐもぐ……作ったやつだぞ」

「アドルフ君まで!? ああ、もっと多めに作っておけばよかったです」


 例えどれだけの量を作ったとしても二人の争いは避けられなかったであろう。

 そうしている間にもどんどんクッキーは減っていき、ついに最後の一つとなってしまう。


「「――む」」


 二人は動きを止め、互いににらみ合った。

 互いの手は最後のクッキーから等距離にある。

 アドルフは獣人として高い身体能力を持つレイラが自分より早くクッキーに到達できるであろうことを経験から悟った。

 レイラの方も、先に手が届くのは自分だという確信はあったが、手にしたそれを口に運ぶまでには少年の妨害を受けてしまうであろう事を予測する。

 もし妨害を受けてクッキーを床に落としてしまうようなことがあればアンナを悲しませることになる。

 その一点に関してだけは同調した二人の間に均衡が訪れた。


「ここは客人であるあなたが遠慮すべきではないですか?」

「なに言ってんだ。奴隷の身分で俺の食べ物を盗る気か?」

「ふ……二人とも、たかがクッキーでそこまで熱くならなくても……そうだ、最後の一個はボクが――」

「ダメだ!」「ダメです!」

「あう……」


 場を和ませようと出したクッキーが更に場を険悪にする結果となってしまいアンナは涙目だった。


「ふん、強がるのもここまでだ犬っころ。実は俺はすごくいいものを持ってきたんだからな」

「残念ですね。現在この世界にこのクッキーよりも価値のあるものはアンナ様を除いて存在しません」

「ほ~、コレを見てもまだそんなことが言えるか?」


 そう言ってアドルフが取り出したのは青白い宝石が付いた首飾りだった。


「これは何ですかアドルフ君」

「ミラージュドラゴンの鱗をあしらった認識阻害の首飾りだ」

「……認識阻害? あっ――、それって肌とか目の色とかを誤魔化せたりしますか!?」

「ああ、もちろん。コレを身につけた奴は外見的な印象を持たれなくなるんだ。首飾りを付けていることを知ってる奴に対しては効果ないけどな」


 そのアイテムの重要性をいち早く理解したアンナは目を見開いた。


「どうだ犬っころ。そのクッキーを譲ってくれるなら首飾りはくれてやるぞ?」

「世迷い言を。そんな物がアンナ様のクッキーと等価値だとでも言うのですか?」


 アドルフの提案を自信満々に跳ね返そうとしたレイラだったが、


「譲ってあげましょう、レイラ!」

「――何故ですアンナ様!?」


 アンナから思わぬ裏切りを受け悲痛な声をあげた。


「あ……アンナ様はもう私は必要ないのですか? 私は……この少年が来るまでの代用品だったのですか?」

「ええっ!? なんでそうなるんですか!?」


 レイラの顔は絶望に染まっていた。

 マイナスの感情を持った時だけは表情を読み取りやすいレイラであった。


「そうじゃなくて、これがあればレイラも一緒に外に出られるんですよ?」

「……え? 私……も?」

「そうです! 一緒に村を回ったりお父様やお母様のいる役場にだって同行できるようになります」

「アンナ様と一緒に……外に?」

「ふん、ようやくこれの価値がわかったみたいだな。さあどうする犬っころ」

「……………………………………………………………………………………………………………………わかりました。そのクッキーは譲ります」


 レイラは相当悩んだ後、苦渋の色を浮かべながら絞り出すような声でクッキーを譲った。


「ふふん、当然だ!」


 最後の一つが手に入りご満悦なアドルフだったが、しかし手に入れたクッキーは食べず、大事そうに懐にしまった。


「あれ、食べないんですか?」

「あ、ああ。後のために残しとこうと思ってな」

「ふふ、次からは多めに作りますね」

「アンナ様、次は私のためだけに作って下さい。男の分は私がつくります」

「ふざけんな! お前の作ったのなんていらねえよ」


 アドルフとレイラは再びにらみ合ってしまったが、


「あっ」


 未だにギスギスした感じはあれど、いつの間にか三人での会話が成り立っていることにアンナは気づき声をもらした。


「なんだよアンナ」

「どうしましたか?」


 不思議そうにしているので二人は気づいていないのだろう。


(ま、一歩前進ですかね)


 心の中でアンナは呟いた。

 指摘してしまうとせっかくできかけた雰囲気を壊してしまう。


「なんでもありません。でも良かったんですかアドルフ君。結構高そうな物ですけど」


 クッキーと交換してもらった認識阻害の首飾りを眺めるアンナ。

 ドラゴンの鱗を使っていると言っていたし、とてもクッキーで釣り合う代物だとは思えない。


「いいんだよ。どうせ予備(・・)だからな。それに……その……クッキー美味かったから! その礼だと思っとけよ!」


 ぶっきらぼうにアドルフは言うが耳まで真っ赤になり、照れていることは明白だった。


「……はい。ありがとうございます」


 このくらいの年の男の子は素直じゃないですね、と彼が照れる本当の理由を知らないままに微笑ましい気持ちでアンナは首飾りを受け取った。

 数年後、この一連のやり取りは(以下略)。


「では今日は何をしましょうか」

「村の美味しい物紹介してくれよ」

「いいですね。レイラもお出かけできるようになったことですし――」

「――たっ、大変よアンナ!!」


 一段落付き、今日の予定について話そうとしたところでバンっと大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。

 現れたのは母エーリカであったが、肩で息をしており非常に慌てている事が一目でわかった。


「どうしたんですかお母様!?」

「大変なの! 来るのよ、来ちゃうのよ」

「落ち着いて下さい! 何が来るのですか? 呪いのビデオでおなじみの貞○さんですか!?」

「王女様よ! この国の第4王女、セフィーネ様が来ちゃったのよ!」

「王女……って、ええええええええええええ!?」


 唐突に出てきた王女という単語にエーリカ以上にアンナは取り乱した。

 物語の中でしか見たことのなかったお姫様がこの村にやってくる。

 それにより何が起こるのかはまったく予想が付かなかったが母の言うとおり大変なことであることだけはわかった。


「さっき知らせが届いて、お昼過ぎには到着するらしいの。村を挙げて歓待しないといけないから、とりあえずアンナも一緒に来てちょうだい」

「はっ、はい。わかりましたお母様」

「ちゃんと余所行きの服に着替えてね」

「あ、はい、そうですね」


 早速着替えようとワンピースを脱ごうとするアンナだったが、


「わっ、ちょっと待てよアンナ! 俺もいるんだぞ!!」

「ああっ!! ごめんなさいアドルフ君!」

「ったく、はしたない奴だな。そんなんだと嫁の貰い手がなくなるぞ」


 まぁその時は俺が……と小声で続けるが、危うく性別をバラす危険を冒してしまいそうになり心臓バクバクのアンナに届くことはなかった。


「そ……そうですね。では部屋の外で待っててもらえますか?」

「いや、俺は出迎えには行かねえよ」

「あれ? そうなんですか」

「……こっちにも事情があるからな」


 そういえば彼らは身分を隠していたのだということをアンナは思い出した。


(でも王女様に会うとまずいってどういうことでしょうか?)


 国から追われているのだろうかという可能性も頭に浮かぶ。

 それならば自分は通報しなければいけないのだろうか。


(……いえ、例えそうだとしてもボクには彼らが悪人には見えません。それに友達……ですからね)


 アンナは頭に浮かんだ不穏な考えを振り払った。


「わかりました。それではまた明日……ってことでいいんでしょうか?」

「ああ、問題なければまた明日迎えに来るぜ! あと認識阻害の首飾りがあるからって王女様の側に犬っころを連れてくのは止めた方がいいぞ。王女の護衛の中にそういうのを見破るやつがいるとヤバいからな」

「……そうですね。ありがとうございます」

「ああ、それじゃな!」


 屈託のない笑みを浮かべてアドルフは去って行った。


(せっかく遊べると思ったのですが……)


 アドルフのみならずレイラとも別れなければいけない流れとなってしまった。

 買ったばかりのおもちゃを取り上げられた子供のようにアンナはシュンとなった。


「ごめんねレイラ。せっかく一緒にお出かけできると思ったのに……」

「アンナ様のせいではありません。外出できるのは今日だけではないのですからお気遣いは無用です」

「うん……、明日はみんなで一緒に出かけようね」

「……出来ればアンナ様と二人きりがいいです」

「次の次の機会にはそうしましょうね」


 物事は上手くいかないなとぼやきながらアンナは母に連れられ役場へ向かった。





++++++





「それでボクは何をすればいいのでしょうか?」


 役場までの道すがらエーリカに質問するアンナ。

 王女様を迎えるくらいだから、何か形式張ったものがあるのだろうかとアンナは不安になった。

 礼儀作法など習わなかったし、身分の違いなど存在しなかった世界で生きていたアンナにとって王女様と対面している自分がまったく想像できなかったのだ。


「基本は何もしなくていいのよ。対応は大人がやるから。ただ、王女様はアンナと年が近いらしいから、万一紹介する流れになった時にアンナが出迎えに来ていないのは心証が悪いでしょ? でも恐らくそんな流れにはならないと思うからアンナは村の人たちと一緒に遠巻きに見ててくれればいいわ」

「はい、わかりました」


 どうやら特に役割があるわけではないとわかってアンナはほっとした。


(相手は女の子ですから、流石にアドルフ君の時みたいなドンパチはないでしょうけど……それでも君子危うきに近寄らずですね)


 アンナは母と別れて王女を一目見ようと集まっていた村人の列に加わった。

 ざっと千人くらいはいるだろうか?

 変に目立つのも嫌だったので三列目くらいの辛うじて姿が確認できるくらいの位置に立つ。

 すると村人たちの王女に対する噂話が聞こえてきた。


「なんでもセフィーネ様は王国始まって以来の才女らしいぞ。まだ10歳だってのに大人顔負けの知性を持ってて、しかも第六階梯の素質を持つ魔法使いらしい」

「かぁ~、王族ともなると生まれた時から出来が違うんだな」

「いや、王族というよりセフィーネ様が特別らしい。なんでもあの予言の日に生まれた子供らしいぞ」

「でもあの預言の子供って男なんだろ? なら関係ないんじゃねえか?」

「案外、その王女様は女装した男だったりしてな」

「馬鹿野郎! んな発言聞かれたらこの村諸共消されるぞ!」


 王女に対する噂はともかく、最後の話はアンナにとって冷や汗ものだった。

 これからはより一層振る舞いに気をつけようと思いながらその村人たちから離れた。


「王女様がいらしたぞ!!」


 しばらくすると村人の歓声と共に大きな馬車が姿を現した。

 馬車と言ってもアンナが想像していたおとぎ話に出てくるようなメルヘンな物ではなかった。

 長さこそ足りないものの、その大きさは大型トラックに匹敵し、側面にはドラゴンの紋章が刻まれている。

 当然その巨大な物体を運ぶには馬の力では足りず、サイが鱗を持ったような見慣れない獣が引いている。

 その回りには純白の鎧に身を包んだ騎士が守りを固めていた。


(おおー、これぞファンタジーです)


 馬車に近づいて行き、護衛の騎士に挨拶を始めた両親を見守りながらアンナは歓喜していた。

 アンナとは別の理由であろうが、村人たちも口々に興奮を語りはじめる。

 そして馬車からメイド服を纏った数人の女性と共に高級そうなドレスに身を包んだ少女が現れた瞬間、村を包む興奮は最高潮に達した。


「うおおおおお、王女様ああああああ」

「セフィーネ様ああああああ」

「なんとお美しい」

「あれぞまさしく王族の風格じゃ!」


(わ~、まるでアイドルのステージみたいです。でも、う~ん……)


 回りとの温度差を感じつつ注目の人物を見るアンナだったが、何か違和感を覚えたようで一人唸り声を出した。

 確かに馬車から出てきた王女様は綺麗なスミレ色のドレスを着ており華やかである。

 セミロングのブルネットの髪をしたその少女は、可愛いと言うより美しいと称した方がしっくりくる程の美貌を兼ね備えている。

 なのだが――


(あれで本当に10才なのでしょうか? 随分身長が高いように見えますが……)


 預言の日に生まれたという話が本当ならばアンナと同い年のはずであるが、王女は控えめに言っても中学生か高校生くらいの見た目であった。

 顔立ちが大人びているので、身長の低い大人だと言われても違和感はないくらいである。

 それを言うならレイラだってアンナと三つしか違わないのにあの見た目なのだから、そういうものなのだと言われればそうなのかもしれないが。


(それに失礼かもしれませんが高貴な王女様って感じではありませんね……)


 美しいという部分には文句はないのだが王女という割にはいまいち覇気がない。

 それどころか目の下に薄ら隈があり、癖毛なのかところどころでピンと髪が跳ねていて、なんというか不健康な引きこもりという印象を受ける。


(周りの人は特に気にしてないみたいですし、王族はみんなあんな感じなんですかね?)


 腑に落ちない気持ちを抱えつつも、これも世界の違いゆえなのだと気にしないことにする。


「滑稽だわ……。これだけの人がいながら誰も真贋を見極められないなんて」


 ふと、誰かの呟きがアンナの耳に入った。


「この様子なら案山子を立てておいてもよかったかもしれないわね。まったく民というのは愚だわ」


 この喧噪の中だというのに、透き通ったその声ははっきりと聞き取れる。


「あなたもそう思うわよね? 我が漆黒の白銀騎士(ダークホワイトナイト)


 なんとなく気になって聞き耳を立ててみる。

 どうやら誰かと話しているようだが、返答はいつまで経っても聞こえてこない。


「こっ、このわたくしを無視するというの!? 相づちくらい打ちなさい!」


 どうやら無視されていたようだ。

 最初のお高くとまった台詞が何とも虚しい。


「答えなさい漆黒の白銀騎士(ダークホワイトナイト)! ねえ聞いてるの!? ねぇったらぁ~。答えてよドミニク~……」


 ひたすら無視されているようでだんだん語気が弱まって涙声になっていく。


「えっ? 私のことだったんですか?」


(あっ、やっと反応してもらえたみたいです)


「あなた以外誰がいるのよ! ちゃんと向き合って、しっかり目を合わせて話しかけてるでしょ!」


(その状態で無視されたら、そりゃ泣きたくもなりますね……)


「なんとなくそんな気はしてたんですが、漆黒の白銀騎士(ダークホワイトナイト)という呼び名に心当たりがなかったもので」

「わたくしが与えた称号でしょ! それに心当たりが無くてもわたくしが目の前でしゃべってるんだから何かしらの反応を見せなさいよ!」

「ちなみに黒なのか白なのかはっきりしてもらえませんか?」

「わたくしの話を聞きなさい~!」


(何なんでしょう、この面白い会話は)


 王女が来ている手前、余所見は失礼かと思ったのだが、つい好奇心を抑えられなくなり声の主を探そうと視線を彷徨わせてしまう。

 普通ならこの人混みの中から誰かを特定するなど至難の業だろう。

 だが声の主はすぐに見つけることができた。

 それというのも、


(うわ~、綺麗な子ですね)


 アンナの目に止まったのは、輝くようなプラチナブロンドの長髪に、エメラルドグリーンの宝石のような瞳を持つ美しい少女だった。

 この人混みの中にあってその少女のいる場所だけ別空間であるような錯覚さえ覚えるほどに少女の存在は際立っている。

 恐らく同い年くらいなのだろう。身長はアンナより少し高いくらいである。

 今は言葉を発していないので証拠などないのだが、先ほど聞いた美しい声の主はこの少女以外にあり得ない。そう思わせる何かがあった。

 少し視線をずらすと少女の向かい側に甲冑を着た女性が見えた。

 透き通るような銀髪を後ろで一つにまとめたポニーテール、キリッとした凜々しいブルーの瞳を持ったクールな大人の女性である。

 ちなみに少女は涙目になっているので、恐らく無視されていたのは彼女なのだろう。

 だが二人ともとても顔立ちが整っているので、とても先ほど声だけで聞いたコミカルなやりとりをしていたなどと想像できない。


(村では見たことの無い顔ですね。旅行者でしょうか?)


 少女は綺麗な服を着ているので恐らく貴族なのだろう。

 だとしたら王女が来ているのに挨拶をしなくてもいいのだろうか?


(っと、いけませんね。こんなことをしていたらまた絡まれてしまいます)


 好奇心からついじろじろと見てしまっている自分に気づき、すぐ目を離そうとする。

 しかし、


「ん?」

「あっ……」


 運の悪いことにおもむろに振り返った少女とばっちり目が合ってしまった。


「あなた……さっきの見てたわね?」


 そして見事に絡まれてしまう。


「みっ、見てません! たまたまさっき振り返っただけです!」

「確かに振り返ったのはさっきですが、お嬢様が一人寂しく独り言を言って涙目になっているのはずっと聞かれてたと思いますよ。ぴくぴく反応してましたし」

「そこまでわかっててなお、あなたはわたくしを無視したというの!?」

「正直、漆黒の白銀騎士(ダークホワイトナイト)とかダサくて気に入らなかったもので」

「やっぱり確信犯なんだぁ! それならそうと言葉でいいなさいよ!」

「だって面倒くさいですし」


 絡まれたはずなのだが、二人はすぐにアンナそっちのけで言い合いを始めた。

 このパターンつい最近経験した気がする。

 このまま逃げてしまおうかと悩むアンナ。


「まぁいいわ。見られたからには、このまま帰すわけにはいかないわね」

「だっ、だから見てません。ちょっと聞こえてしまっただけです!」

「まぁいいわ、ちょっと聞こえてしまったからには、このまま帰すわけにはいかないわね」

「律儀に言い直すんですか!?」

「口答えは無用よ! ドミニク、その子を捕獲なさい!」

「――そんな、話を聞いて下さい!」


 どうして貴族はこうも人の話を聞かないのか。

 誘拐の危機に強ばらせながらも、なんとか魔法を使ってこの場から離脱しようと考えを巡らせるアンナだったが、


「え? 嫌ですよ面倒くさい。お嬢様がやってくださいよ」

「わたくしの命令が拒否された!?」


 どうやら少女のカリスマ性が足りないらしく、思い切り従者に反発されていた。


「わたくしは本気なのよ!? 早く捕まえなさい! ……ねぇ捕まえてったら! ……お願いだから捕まえてよ~」


 命令がお願いに変わり、最後は懇願になっていたがそれでも動いてはもらえないようだった。

 危機は遠のいていくのだが、少女が不憫過ぎてアンナはとても複雑な心境になった。


「わかったわ! 明日は休みにしてあげるから!」

「その言葉を待っていました」


 どうやらやっと言うことを聞いてもらえるようである。

 再び誘拐の危機が訪れるのだが、こんなほのぼのとしたやり取りを見せられた後だとどうにも緊張感が出ない。

 ――だがその気の緩みが命取りとなった。


「確保終了です」

「………………え?」


 気づいたらアンナは護衛の女性に抱えられていた。


(――嘘っ!? だって瞬きもしてないのに)


 女性の動きをアンナはまったく捉えることができなかった。

 もし仮に万全の注意を払っていたとしても結果はかわらなかったかもしれない。


(いけない! とにかく逃げないと――)


「おっと、暴れられると面倒なのでちょっと寝てて下さいね」

「わぷっ――」


 アンナの口に布が押し当てられる。

 甘い匂いが鼻の中に広がったかと思うと、次第にアンナの意識は薄れていき、


「ごめんなさい、名も無き少女さん。私の休日のために犠牲になってください」


 なんとも納得しかねる謝罪を聞いたのを最後にアンナの意識は闇に沈んだ。

 不思議なことに一連の出来事は衆人環視の真っ只中で行われたにもかかわらず、アンナが連れ去られたことを気にする人間は誰もいなかった。

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