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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第一章 揺り籠の中の愛し子
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プロローグ

『始まりの陽と共に生まれし男児、救世の使徒となりて魔を滅ぼす』


 神より告げられし預言の日、人々は歓喜に沸いていた。

 その日、子供が生まれた親たちは誰もが我が子の大成を疑わず、誰もが我が子の輝かしい将来を夢想した。

 そしてエルヴァー王国ダリア辺境伯領のとある村でも、世界の未来を担うかもしれない一人の男の子が誕生した。


「エーリカ……、元気な男の子だよ」

「ああ、あなた……私にもよく見せてください」


 そこには世界中の人々がしているように、我が子の誕生を悦ぶ夫婦の姿があった。

 やれ顔立ちが妻に似て優しそうだの、夫に似て聡明に育ちそうだのと、誰もがやっているであろう平凡なやりとりが繰り広げられている。

 しかし――


「でも……この子は世界を救う英雄なのかもしれないのね……」

「ああ。この先この子には幾多の試練が科されることになるだろう。だからエーリカ――」

「ええ。わかってるわ、あなた――」


「「この子は女の子として安全な我が家でのびのび育てよう(ましょう)!!」」


 ただ一点、子供の将来について、この二人は他のどの夫婦も考えつかなかった未来図を描いていた。






++++++





(ああ……これでもう終わりなんだ)


 白い病室、白いベッドの上で一人の少年の生が終わろうとしていた。

 その表情はとても穏やかで、近づいてくる死の足音に微塵も恐怖を感じている様子など微塵もなかった。


「……ごめんね――……ごめん……」


 しかし、一方で少年を看取る女性――恐らく母親なのだろう――の顔は後悔に歪み、さめざめと泣いている。

 何度も少年の名を呼び、謝罪を繰り返す。


(ああ……お母さん。そんなに悲しまないでください)


 もはや、声を出すことも出来ない少年は心の中で呟く。

 少年は生まれつき重度の虚弱体質だった。

 学校に通うことも出来ないほど弱い彼は、ほとんどの時間を病院で過ごしてきた。


 そのことに誰よりも心を痛めたのが彼の母親だった。

 自分が弱い体に産んでしまったせいで、と事あるごとに彼女は謝っていた。


(あれほど言ったのに……最後まで伝わりませんでしたね……)


 彼に唯一心残りがあるとすれば、その一点だろう。

 彼は自分の人生が不幸だなんて思っていなかった。

 病院の人々はいつも優しかったし、何より母がいつも側にいてくれたため寂しいと思ったことなど無かった。

 少しだけ、健康な人が経験するような普通の生活に憧れを持ってはいたものの、終ぞそれを経験することの出来なかった彼には、その憧れの生活がこれまで自分の送ってきた人生よりも幸福であると断定する材料にはなり得ない。


(だからボクは幸せだったんです。――だから、お母さん――……)


 もう伝わることのない感謝の思いを胸に満たして、彼はそっと目を閉じる。

 そうして一人の少年の人生が幕を閉じた。





++++++





(――と思っていたんですが、これはどういうことなんでしょうか?)


 安らかな永遠の眠りについたはずの少年は呆気にとられていた。

 自分は確かに死んだはずなのに何故かまた目覚めてしまい、しかも今わの際とは思えないほどの活力が自分の中に湧いているのを彼は感じていた。


(……ここは病院ではないのでしょうか?)


 鼻をくすぐる磯の香りはこの場所が彼のよく知る病室ではないことを示していた。


(む~、目が開きません……。それに身体も思うように動かせません……)


 なんとか状況を確認しようとするが、どうにも自分の身体を思うように動かせず非常に難儀しているようである。

 もしや病状が変化したのでしょうか、などと仮説を立てる彼であったが、突然何者かに抱き上げられたことで思考を停止する。


「――・・・――――……」


(……ん? 外国の言葉……?)


 自分を抱きかかえる腕の柔らかさから、恐らく女性であると推測する少年であったが、その女性の発する言葉は彼の知る日本語ではなかった。

 一瞬、母か看護師さんにからかわれてるのでは、と思ったが、まさか死に際にそんなことはすまいと直ちにその考えを否定する。

 そして違和感はそれだけではない。


(随分簡単に持ち上げられましたが、この女性は怪力なのでしょうか?)


 いくら病人で痩せていいるとは言っても16歳の彼にもそこそこの重さはある。

 なのに自分を抱くその女性の腕からは力んでいる感触は伝わってこない。


(これではまるで小さな赤ちゃんでも抱いているかのような力加減で――)


 その考えに至った瞬間、彼は天恵を得た。


(――もしかしてボクの来世、既に始まってます!?)


 病室ではないどこか。

 まるで病気が治ったように生命力溢れる、しかし女性に軽々と抱きかかえられる程小さな自分の身体。

 女性の話す、日本語ではない言語。

 それらの情報から彼は、自分が海外のどこかで再び誕生したのだという結論に至った。

 死後には何が待っているのか。

 病気に苛まれ続けた彼は時々考えていたことであるが、奇しくもその答えを得ることになったようだ。


(そっか……ボクはまた生きられるんですね。なら今度は……前世で出来なかった普通の生活を……)


 これから始まるであろう第二の人生に胸をときめかせながら、訪れた眠気に逆らえず彼は眠りに落ちていった。





 ――彼が生まれたのは異世界であり、いろんな意味で普通とは違った人生を送る運命にあることを彼はまだ知らない。



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