其の四
朝早く、散歩に出かける。
通りのコンビニから、若いカップルが手をつないで出てきた。
自動ドアのそばに子猫が寝ている。
カップルの女のほうの足が丸くなった子猫に当たる。
子猫が驚いて小さく鳴き、走ってどこかへ行ってしまった。
「ださい、猫にも鈍いのっているんだね」
女がそう言うと、男は喉を鳴らして笑った。
なんともない光景。人の不幸もこんなものかもしれない。
痛みを知らない周りにしてみれば、ただの笑い話だ。ぼんやりそんなことを思いながら、コンビニに入った。野菜ジュースとパンを買って店を出ると、風が暖かくなっていた。
店の外にあるベンチに座って、耳にイヤホンを差し込んだ。
私の日常など、一つも描写されない大音量の音楽は、
少しの隙もなく世界から私を隠す。
ベンチから見える十字路は、やけに空いている。
時々通る一人や二人のために、信号が点滅しては色を変える。
その律儀な機械を見つめながら、買ったばかりのパンを一口齧った。
味がしない、においもない。食べたいとも食べたくないとも思わない。野菜ジュースも、パックの水滴をハンカチで拭いて、ストローを挿したけど、飲みたい気持ちは湧いてこなかった。
私は今も一秒ごとに何かを放棄していく。明けない夜はない、この言葉をプラスに捉えて大切に出来ていればそれだけで救われる痛みは数え切れないほどあるだろう。しかし、死のうとして死ねなかった人が、朝日を浴びて呼吸をする。図に乗って、パンやジュースを体に取り込んだら誰かに咎められるのではないか、そんなことを気にかけていた。