其の二
行く宛もなく、歩き始めて気がつけば病院の前に来ていた。
予約をしていなかったので、外にあるベンチに座って暫く呆けていた。芝の上をサラサラと風が撫ぜる。
こんな日は中庭の芝さえも言葉を喋る。「一体どこに、争いがある。一体何を悲しむことがある。仮病だ、怠けだ、大嘘つきだ。」地鳴りのような声がして私を責めた。たくさんの声に返事をして、深く息を吐いて静かに泣いた。
苦しみを伝える相手もいない、それを嘆くほどは欲してもいない。私はただ息をして日々を過ごすことを他人に笑われるのが恐くてたまらない。それだけを考えていたら、こんな薬の匂いの染みたくだらない場所に通い詰めていた。そうしないと生きられないような顔をして、毎晩毎夜薬を飲み、四六時中頭か腹を押さえて、具合の悪いのを部屋の壁に親に見せていなければそこに居られない気がしている。しかし、そうまでして立っている場所に何があるのかというと、何もない。名前をつけて説明できるようなものなど何もない。全くの無、塵芥以下の、そこに自分の体と頭とをほっぽり出してしくしく泣きながら、そう唯一それを言い表せるなら罪悪の一言に尽きる。生産性がないのだから。
しかしその罪すらも、死ねば許されると思っている。きっとそうすることで何もかも好転すると思っている。この思いの図々しい意地汚さも自覚した上で、やはり死ぬべきだと改めて思う。
どこかで覚えたような言葉の羅列で、己を説き伏せていると誰かがこちらへ歩いてきた。
「お、また会ったねぇ」
高い鈴の音のような声に、顔を上げると美しい女性がいた。
「誰ですか」
「帰りによく会うでしょう」
それだけ言ってその女性は私の隣りに座った。
「病気は辛いね」
私はその人の目を見ないようにした。今思えば緊張していたのかもしれない。
「私は病気じゃありません。」
「そりゃ凄いね。」
ニコニコと笑うその人はこうしているのが
心底楽しいという態度で私に話しかけた。
「佳乃といいます、よろしくね。」
「よろしくしたくありません、さようなら。」
何がという訳ではないが、私はその状況が心底不快でならなかった。
佳乃と名乗る女性がなにか言うのを背中に聞きながら、病院を後にした。