「二本目」~電柱と犬~4
もう日も暮れかけて、あたりは夕方から夜に変わる準備を始めようとしていた。
鳥たちも、夜になるよと教えるように、我先にと声を上げていた。
僕は家を飛び出すとわき目も振らずにこの場所まで走ってきていた。
「こんばんは。元気?」
と声をかける僕。
「元気かと言われれば元気ですね。ただいつもと変わらないということですけどね」とそこには、今朝と同じような回答をする喋る電柱が立っていた。
「あのさ、話があるんだけどいいかな。今朝の約束、覚えてる?あれ、人生相談ってやつ」
「もちろん覚えていますよ。忘れる分けないじゃありませんか。私を誰だと思っているんですか。喋る電柱ですよ」
「それじゃあさ。早速何だけど、聞いてもらってもいいかな。今悩んでるんだよ」
「ええ、聞いてあげましょう。どんと受け止めてあげましょう。私の胸に飛び込んでくるくらいの気持ちでかまいませんよ」
と答える喋る電柱。
電柱の胸なんてどこにあるんだろうか。
僕は先ほど安藤から聞かされた電話の内容を喋る電柱に伝えていった。
途中たどたどしい部分もあったかもしれないけど、喋る電柱は僕が話を終えるまで耳を傾けてくれているようだった。
「・・・というのが、安藤からの電話の内容だったんだ。これ、この事件。なんとかならないかな。ラムを見つけてやることできないかな。何か超能力みたいな力でさ。喋る電柱なんだから、何かないの?」
と一通り話し終えて僕は電柱に意見を求めた。
「・・・」
しばしの沈黙の後に電柱が喋りはじめる。
「そうですね。まず、最初に言っておきたいのですが、私ははじめにも話したとおり、喋る電柱であって、それ以上でもそれ以下でもありません。なにか超能力のようなものを期待されてもそんなものは持っていませんし、そんな虫の良い話は転がっていないということです」
「何だよ。分からないのかよ。何でも相談しろっていったじゃんかよ」
「何も相談にのらないとは言っていませんよ。超能力はありませんが、ご相談にはのれますよ。なにせ、喋る電柱ですからね。ただ、なんと答えれば良いのか悩む質問ですね。私が考えていた人生相談からは大きくずれてしまっていて。てっきり、恋の悩みや、勉強の悩み等という、学生らしい悩みが相談されると思ったんですがね。如何せん、犬攫いに攫われた犬を取り戻す、という悩みがくるとは、これは想定外です。この相談にはパッとお答えすることは出来かねますね」
「それじゃあ、分からないのと一緒じゃんか。僕は答えが欲しいんだよ!」
「うーん。確かに、何でも相談にのるとはいいましたけどね。すぐにお答えするとは言っていませんよ。そうですね。この問題、一緒に考えて答えをだしましょうか」
「一緒に考える?」
「そうです。一緒に推理をするんです。そして、犯人を見つけ出し、そのラムさんという犬を見つけましょう」
「それって相談じゃなくなっているような気がするんだけど。なんかうまく逃げてない?」
「そんなことはありませんよ。さあ、二人の知恵を出しあって、犯人を見つけようじゃないですか。差し詰め、私がホームズ。あなたが、ワトソンといったところでしょうか」
「ホームズ?ワトソン?何それ?」
「最近の小学生はシャーロックホームズも分からないんですか。これは難儀ですね。では、私が明智小五郎、あなたが少年探偵団の小林少年でどうですか」
「だから、誰それ?」
「あれ、これも通じないんですか。これじゃあ、私が主役で、あなたが脇役っていう意味の冗談が伝わらないじゃないですか。さあ、どうしましょうか」
「そんなことはどうだっていいんだって。早くラムを見つける方法を考えようよ」
「どうだってよくはないんですが、まあ確かにそれも一理ありますね。それでは、こうしましょう。今日はもう日も暮れていることですし、あまりここに長居していてもご両親が心配されることでしょう。ですので、明日の朝、私を掃除する時までに解決方法を考えて、そのときに発表するというのはいかがですか。我ながらすばらしいアイデアですね」
「いや、ちょっと疑問があるんだけど」
「いいですよ。伺いましょう」
「明日の朝までに推理をしてくるっていうのも、その内容を発表するっていうのも良いと思うんだ。ただ・・・」
「ただ・・・なんですか?」
「明日の朝は掃除をする約束をしている日じゃ無かったと思うんだ」
「何をそんな細かいことを言っているんですか。男の子のくせに細かいですね。こんな一大事だというのに、そんなことを気にかけてどうするんですか」
「あれ、何で僕が悪い風にいわれなきゃいけないの。一大事に便乗している奴に言われたくないよ」
「まあ。お互い明日までに犯人に繋がりそうな推理をしてみましょう。それでは、また明日。・・・」
「あ、ずるい。一方的に喋って、黙るなって。おいったら」
いくら声をかけても返事が無い。
相手が電柱だけあって、こうなってしまうと表情すら見えないので、本当にむなしくなってくる。
結局それ以上無駄な足掻きをするのをやめて、電柱に背を向けると家に向かって歩き出した。帰り道、電柱が言っていた犯人探しについて考えてみる。
考えてみるが、何しろヒントが少なすぎる。
そもそも今までこんな問題考えたことがなかった。
せいぜい考えるといったら、ゲームで行き詰ったときか、学校のテストぐらいだ。
「わかんねーな」
と口に出してみるが、答えが出るわけもない。
ぶつぶつと、あーでもない、こーでもないと呟きながら夜道を一人歩きながら家に向かった。