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喋る電柱  作者: 兼平
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「二本目」~電柱と犬~3

それから渋々ではあるけども、週二回の電柱掃除を行って学校に通うという生活にも慣れ、二週間ほどがたったある日の朝のことだった。


いつものように電柱掃除を終えて、早めに学校に着いた僕は、教室に入ると自分の席に向かう。

最近は朝早く学校に来るのにも慣れてきたし、それについてクラスの連中が珍しがることもなくなった。

朝早く来るようになってから変わったことと言えば、以前は滅多に話す機会の無かった安藤とよく喋るようになったことだ。

もともと悪い奴ではないことは分かっていたけど、結構面白いやつだということが話してみて分かった。

優等生の割にはゲームもするようで、ゲームの話で盛り上がったこともある。

この前も最近買ったRPGで行き詰っているところの攻略法を教えてもらったばかりだ。

朝早くて、クラスの連中が少ないことも話しやすさを助長していた。

やはり、ほかの男子がいるのにあえて安藤と話すのはなんとなく気恥ずかしい感じがするからだ。

今日も安藤は環境委員の仕事で早めに学校に来ていた。

いつも通り、

「おはよう」

と声をかけるが、安藤からの返事は無い。

聞こえなかったのかと思ってもう一度、

「おはよう」

と声をかける。

すると、やっと気づいたのか、

「うん」

と消え入るような声で安藤からの返事があった。

珍しい。

いつも快活で、落ち込んでいるところはあまり見たことがない安藤が、妙に暗い。

どうしたのだろうか。

「どうした。風邪でもひいたか?」と心配になり聞くと。

「別に」

とそっけない答え。

いよいよおかしい。

何かあったのだろうか。

「どうした。何かあった?」

「ちょっと」と口ごもる安藤。

そして、そのまま俯くと黙ってしまった。

今日の安藤はやはりおかしい。どうすれば良いのかと考えていると、安藤の足元にポツリ、ポツリと涙の痕がついていく。

突然のことに頭が真っ白になる。

あれ、僕何か悪いことしたっけ。別に挨拶しただけで、何も悪いことしてないよな。

でもこれなんか僕が悪いことしたように見えるよな。などといろいろな考えが頭に浮かぶ。

このままではまずい。ということは分かっているのだが、どうすれば良いのかわからずおろおろしてしまう。

「何で泣いてるんだよ。おい、意味がわかんねーよ。どうしたんだって」

と聞くが、安藤はそのまま泣き続け、「ちょっと」とか「なんで」とかそんな言葉ばかりを繰り返している。

そんな二人の様子に異変を感じたのか、クラスの連中が周りに集まってくる。

「ショータ、安藤さん泣かせたんでしょ。ひどーい」と女子から責められる。

「違う、違う。勝手に泣き出したんだって」といくら説明しても、誰も取り合ってくれない。

そのうちに、登校してくる生徒が増えてくると騒ぎもどんどん大きくなっていく。

こうなってしまったらお手上げだ。

当の本人である安藤も、さっきから周りにいろいろと聞かれているが、まともな返事を返すことができないようで、騒ぎが収まる様子はない。

結局原因がわからないまま、女子が一丸となって安藤をなだめ、親の敵とばかりに僕をなじる。

「早く謝りなさいよ」

「あんたが悪いんでしょ。私見てたんだから、あんたが話しているときに安藤さん泣きだしたの」

言われもない理不尽な言葉に我慢していたものが、ブツリと切れる。

「僕は悪くないよ。適当なこといってんじゃねーよ」と声を荒げて叫ぶ。

「うわ。逆ギレ?最低」

もう嫌だ。

僕は取り囲む人の輪から抜け出すと自分の席に、どかっと腰をおろし、もう一言も喋らないと誓った。

こんな理不尽なことない。


そのまま朝の時間になり、先生がやってきても安藤が泣き止むことはなかった。

どうしようもないと判断した先生により、数人の女子に囲まれて保健室に向かう安藤。

どうして泣き出したのだろうか、そんな疑問がふとよぎるが、それよりも周りの女子が向ける非難の視線と、男子が向ける好奇の視線、それに対する怒りから、何かを考える気力が起きなかった。

どうしようもない無力感の中、僕は窓から校庭をぼんやりと見つめていた。


授業の間の小休憩でも女子から謂れの無い責め苦にあったが、なんとか昼休みを迎えることができた。

せっかくの給食の時間もこんな気持ちではうれしくない。

トモヤとダイキには理由を説明して納得してもらえたが、女子を説得するのは難しそうだ。安藤から直接説明してもらうしか、誤解を解く方法はないだろう。

だが、昼休みになっても安藤が教室に戻ってくることはなかった。


その日は放課後まで安藤が戻ることはなく、担任の原爺の話では早退したとのことだった。

結局安藤が泣き出した理由は分からず終い。

クラスの女子陣への誤解も解けないまま、もんもんとした気持ちを抱えながら教室から逃げるようにして下校する。下手に捕まって、また尋問みたいなことをされたら敵わない。

家についてからも何もする気が起きず、二階の自室に駆け込むとそのままベッドに突っ伏した。

一体何があったっていうんだよ。僕は悪くないのに。気疲れというのだろうか、今日はとても疲れた。

ベッドの中で一人考えていると、まぶたが重くなっていく。

そして、そのまま眠りに落ちていった。


「しょう・・・た。しょ・うた。しょうた!電話だよ。起きなさい」

母さんが呼ぶ声で目が覚める。

あれ、僕寝てたんだ。いつの間に。と、ぼんやりとした頭で考えていると、

「電話だって、早くでなさい」

とまた、母さんの言葉が響く。

「すぐ行く。待ってて」

と寝ぼけ眼を擦りながら電話機の置いてあるリビングに向かうと、母さんが受話器を持って待っていた。

「あんた、安藤さんていう子から電話だよ。待っててもらってるから早くでなさい」

「安藤から電話?」

驚いて聞き返す。

今まで安藤から僕宛てに電話があったことは一度もない。

今日のことだろうかと思いながら電話にでる。

「今日、ごめんね」

「ごめんっていうか意味わかんなかったよ。安藤急に泣き出すから」

本当いい迷惑だった。おかげで理不尽な目にあった。ちょっと嫌味でもいってやろうかと思ったが、

「本当にごめん」

と必死で謝る安藤の声を聞いているとなんだかそれも悪い気がして、

「いや、まあ。別にいいよ」

と返している自分がいた。

「ところで何があったんだって、こっちは理由もわかんないし、クラスの女子連中からは攻められるし。何がなんだか」

「実はね・・・」

と安藤は昨日あったできごとを話してくれた。


異変に気づいたのは、昨日家に帰った時だったとのこと。

安藤は家につくとまず親から渡されている鍵で扉を開けてから家に入る。両親が共働きをしているためだ。

そして、家に入ってからふと気づく。

何か足りないことに。

いつもなら家に入る前に必ず聞こえてくるある音が聞こえてこなかったからだ。

あまりに当たり前になっていたので、家に入ってからもしばらくその違和感に気づくまで時間がかかってしまったのである。

そのある音が足りないことに気づいた安藤は、玄関の扉を開けてその音の主に会いに行こうと考えた。

しかし、扉を開けた先にその姿は無かった。

彼女の愛犬であるラムは姿をけしていたのだった。

そこには、外れた首輪と鎖が残っているだけだったというのだ。

その事実を発見した彼女は、ラムを必死で探したそうだ・

両親が帰宅してからも一緒になってラムを探し続けたそうだが、結局見つからなかった。

今までラムが勝手に家を抜け出すことなど無く、また首輪が何ものかに外された形跡もあったため、最近流行っている犬攫いの噂を思い出した彼女の父親が警察に連絡。

駆けつけた警察に話をして、調べてもらうも結局見つからず、今朝に至ったという流れだったようだ。

両親もラムのことは心配だったようだが、とりあえず警察に任せて学校に行くよう言われた安藤は学校に来たものの、ラムのことが頭から離れず、僕の挨拶をきっかけに泣き出してしまったというわけである。


安藤は話しているうちにまた悲しくなってしまったようで、電話口の向こうで泣いているようだった。

声が震えていたし、時々すすり上げる音が聞こえた。


安藤は一通り話終えると、最後に「今日はごめん」と言い、クラスの女子には自分から説明するからと加えて電話を切った。


電話が切れた後も受話器を置くと僕はしばらくその場に突っ立って今聞いた話を頭の中で整理していた。

安藤の家の犬が犬攫いに攫われた。

とりあえず、今日安藤が泣き出したのは僕のせいではないということだ。

疑いは晴れたのである。

安藤が説明してくれれば、クラスの女子からの総スカンな状態も改善されるだろう。


でもそれだけだ。

安藤の犬は攫われたままだ。

あの安藤が泣いていた。今までずっと同じクラスだったが、あいつが泣いているところは見たことが無かった。

いつも笑っていて、他人の心配ばかりしているようなやつだ。

この前だって、宿題忘れそうになったときに助けてもらった。

なんとかできないだろうか。

こういうときテレビとかなら、すごい能力を持った主人公が推理して犯人を見つけていく。しかし、僕は超能力もないし、測ったことは無いけどIQが180あるとも思えない。

何とか出来ないだろうか。

僕に出来ることはないのだろうか。


「何ぼーっと、突っ立ってんのよ。あんた」

母親からの声でふと我に帰る。

僕は受話器の前で長い間考え込んでいたようだ。

「あ、ああ」

等と生返事を返して、自分の部屋に戻ろうとしたときに、足が止まる。

僕には何も出来ないかもしれないけど、一つだけあった。

僕にしか出来ないことが。


思い出すが早いか、僕は玄関まで駆け足で行き自分の靴を見つけると、靴の踵を踏みつけたまま、ろくすっぽちゃんと履きもせず玄関の扉を開けていた。


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