「二本目」~電柱と犬~2
帰りのベルが鳴るが早いか。クラスの誰よりも早く教室を出て行く。
「トモヤ、ダイキ、またな」
そう簡単に別れの言葉をかけると、駆け足で校舎を後にした。
何のためか。
もちろん電柱のところに行くためだ。
電柱のところに行って、週二回の掃除をやめてもらうように交渉しに行くのだ。
そんな場面を他の誰かに見られたくはないので、こうやって足早に下校しているというわけである。
幸い電柱のある通路は、人通りがそこまで多くないし、目立つ場所にあるわけでもないが、電柱と喋っているところを誰かに見られたりしたらどんな噂をされるかわかったものじゃない。
「頭がおかしくなった」と言われても文句は言えないような状況だ。
それはなんとしても避けたい。
掃除も嫌だけど、変人扱いされるのだって十分嫌だ。
そんなことを考えながら、しゃべる電柱が立っている場所へと急ぐ。
「おっす。元気?」
しゃべる電柱に向かって声をかける。電柱に元気も何もないと思うけど、何となく思いついたまま言葉をかけていた。
「元気かと言われれば、元気ですよ。ただ、いつもと変わらないということですけどね」
相変わらずしゃべる電柱は感情の起伏がない話し方をする。
これじゃ元気かどうかなんてちっともわかりゃしない。
「それでどうしたんですか。今日は朝に掃除もしてもらいましたし、次の掃除までは時間があるはずですよ。もしかして、自主的に夕方も掃除をしてくれる気になったということですかね。これは、これは。大変すばらしい思い付きだと思います。さあ、それでは思う存分にこの私を磨き上げてください」
身勝手に話しだす電柱に対して、
「いや。違うって。そうじゃなくて、週に二度の電柱掃除ってやはり酷いんじゃないかなって・・・なんとかならないかなっていうご相談に来たんだけど、無理?」
「無理です」
「早いよ!早すぎる!まったく考えていないよ。少しくらいは考えてくれもいいじゃないか。それか、「週に二回は無理でも、一回にしてあげましょう」みたいなことは言えないの?鬼だよ」
「いえ、鬼ではありません。しゃべる電柱です」
「そんなこと分かっているし、どうだっていいよ。なんとかならないの、掃除」
「あなたが言っていることも分かりますよ。確かに、遊び盛りの小学生にとって、週二回の掃除は大変かもしれませんね」
「そうそう」
「しょうがないですから、譲歩しましょう」
「本当に?ありがとう」
「では、週二回の掃除をしてくれた代わりといっては何ですが、あなたの人生相談にのってあげます。まだまだ若いあなたのことですから、さまざまな悩みがあることでしょう。そんな悩みをこの私が聞いてあげます。これはとても良いことでしょう」
「は?何を言っているの。それじゃ、ぜんぜん変わらないじゃないか」
「何を仰るんですか、私の人生相談を受けることができるなんて、こんな機会めったにないんですよ」
確かに、電柱に人生相談をできる機会なんて、そうとう珍しいものだろう。そもそも、電柱が人生を語れるのかも疑わしい。電柱なのだから、電柱生とでも言うのだろうか。
「嫌だ。電柱に人生相談?そんなことじゃなくて、回数を減らしたりとか、そもそも無しにしてって話なんだけど」
「まったくわがままですね。これだから子供は苦手ですよ。別に良いんですよ、人生相談を断ったって。ただその時は・・・」
あ、まずい流れ。これは「呪います」のパターンだ。
こうなったら、もうどうしようもない。
尻尾を巻いて退散するしか手はない。
短い期間だけど学んだ。
「わかりました。人生相談させていただきます。掃除もやらせていただきます」
「お、良い返事ですね。子供は素直が一番です。成長したじゃないですか」
なんかうれしそうだな。声のトーンは変わらないのだが、なぜか喜んでいるのが伝わってくる。
こいつ、もしかして、ただ単に話し相手が欲しかっただけじゃないんだろうか。
近所に住む、一人暮らしのじいちゃん、ばあちゃんと一緒だ。
何もなくても話しかけてくる。
「じゃあ早速人生相談にのってあげましょう。何か悩みはないですか?」
「いまのところは無いよ。せいぜい宿題がめんどくさいって事ぐらい。あとは塾に行きたくないときがあるってことかな」
「分かりました。相談にお答えしましょう。宿題はしっかりやりなさい。塾もしっかり行きなさい」
「何それ。全然答えになってないよ。そのまんまじゃんか」
「答えというのはいつもシンプルなものなんですよ。まあがんばっていればきっと後々役に立ちますから」
「そうですか」
結局、掃除の約束は変わらず、手に入れたのは電柱への人生相談の権利だけ。
空振り三振もいいところだ。
とぼとぼと家に帰る足取りは重かった。