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喋る電柱  作者: 兼平
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「一本目」~電柱と少年~

朝早くの通学路。

一人の少年が雑巾とバケツを持ってせっせと電柱を磨いている。

登校時間までは後1時間もあるため通りを歩いている人影はほとんどない。


あー。なんでこんなことしなくちゃいけないんだろうか。

電柱を磨く手は動かしたまま、一人ぼんやりと昨日の一件を思い返す。

日記を書くのを忘れた罰として居残り勉強をさせられた挙句、帰り道で犬のうんこを踏んで。それだけでもついてないっていうのに、喋る電柱に怒られて、電柱掃除をさせられている。これってトンでもなく不幸なんじゃないか。

そもそも、居残り勉強をさせてきた原爺がいけないに違いない。

原爺は小学校の担任の先生で、五十前後になる。少し前から後退してきた額の前線はだいぶ下がってきており、このままでは本陣まで退くのも時間の問題ではないかといったところだ。

もともとの原因はまあ、日記を書き忘れた自分にあるのだけど、それはいいっこなしで。

自己責任とか難しい言葉は、大人になるまで今のところはお預けだ。

なんてくだらないことを考えていたせいか、掃除する手がおろそかになっていたらしい。

「何をしているんですか。もっとしっかり磨いてください」

とご指摘の声が響く。

「昨日は塾があると言うから今日まで掃除を待ってあげたというのに・・・君にわかりますか。顔の上で徐々に固まっていく、犬の糞の感触が。あんな最悪の出来事は他にないくらいですよ。あれに比べれば、日曜日の朝から鳴り響く街宣車のスピーチのほうがまだいくらかましといったところです。まったく」

とぶつくさと文句を言っている。ただ、喋り方?というか、そもそも喋るって言うのは口から出るものだよな。響いてくる声はあいも変わらず単調で感情の起伏のない平坦なものだ。昔、夕方の再放送でみた古いアメリカドラマに出てくる喋る黒い車のような喋り方だ。ただ、あの車は喋るときに一緒にランプのメーターみたいなものが動いて、この電柱よりは感情の起伏が分かりやすかった気がする。

あとはこんなにいやみったらしくも無かったな。

車と電柱だとやはり性格も違うのだろうか。人間だって日本人とアメリカ人では性格が違うのだし、きっとそうなのだろう。

「わかったよ。昨日はごめんなさい。もうしないから許してください」

といいながら、ごしごしと電柱磨きを続ける。

念入りに洗ったおかげか、昨日の汚れは落ち、だいぶきれいになったようだ。

ここまでやったからには、ついでだというところで、電柱を一通りきれいに磨いてやる。何だっけか、原爺が言っていた気がする。すべての出会いに意味があるんだ、だから大切にしなさいと。イチゴイチエだっけ。

今朝おきてからのことを思い返せば、掃除の準備をしながら昨日のことはなかったことにして逃げてしまおうと何度思ったか分からない。

実際友達と遊ぶ以外でこんなに早起きすることはそんなにない。

それでもやはりこうして掃除しているのは祟りとか呪いがありそうで怖かったというのが一番の理由だろう。

ふとそんなことを考えていると疑問に思ったことがあったので、言葉に出してみる。

「ところで結局お前ってなんなんだよ。やっぱり、悪霊とか妖怪とかそういうの?」

「悪霊?妖怪?その目で何を見たらそんな答えになるんですか。そんなもの決まっているじゃないですか。喋る電柱ですよ。他に何があるっていうんですか?」

「いや、だから喋る電柱ってなんなんだよっていう話なんですが・・・」

「喋る電柱は喋る電柱以外の何者でもないです。喋る電柱が電柱じゃなくてトーテムポールだったら、それは喋るトーテムポールでしょう。分かりきったことを聞かないでください」

なんだか知らないけど上から目線で説教をされてしまった。

加えて喋る電柱は、

「あと先ほどのお前っていうのはいただけないですね。人の名前を呼ぶときにお前は失礼ですよ。しっかりとした名前で呼んでほしいものですね」

なんだかこの電柱はやたらと小言が多いようだ。言葉使いはぜんぜん違うけどお母さんみたいだ。電柱のくせに。

「名前?名前なんて聞いてないんだから分かるはずないじゃんかよ」

「何を言っているのやら。先ほどから何度も伝えているじゃないですか、私は喋る電柱で喋る電柱以外の何者でもないと。だから私のことは喋る電柱と呼んでいただければ結構です」

そのまんまじゃないか。

喋る電柱って名前だったんだ。確かに喋る電柱だから名前が喋る電柱でもおかしくはないけど、それにしたって喋る電柱って・・・

「そうですか。それは失礼しました喋る電柱さん。ところで掃除のほうはだいぶ終わったんですが、大丈夫でしょうか」

電柱と話している間に掃除は終わっていた。持ち前の無駄に几帳面な性格も手伝ってだいぶきれいになったと思う。後は電柱からのOKをもらえばこれでおしまい。ついてなかったし、朝早起きもしなくちゃいけなかったけどまあ自業自得だからしょうがない。またこれであしたからゆっくり寝れる。一件落着。

「お疲れ様です。まあそれなりにきれいになったようですね。今日のところはこれで良いでしょう。それでは学校に行っても良いですよ」

ん?

今何か不吉な言葉が聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。きっとそうだ。「今日のところは」なんて言葉、空耳だろう。久しぶりに早起きをしたからまだ寝ぼけているに違いないや、きっと。

学校に着いたら顔を洗ったほうが良いかもしれないな。

「それじゃあ」

と言って立ち去ろうとした僕の後ろから、

「あ。今日だけで終わりだなんて思ってないですよね。電柱っていうのも大変なものでしてね。周りから見れば立っているだけに見えるでしょうし、まあ確かに事実そうなんですけど。これはこれで気苦労が絶えないものでして。私が何もしていないのにも関わらず犬たちは小便をかけてくるわ、落書きをするやつもいるわ。挙句の果てには犬の糞を擦り付けてきて蹴ったくる奴がいるわで、それはそれは大変なんです。ですので、二日にいっぺんくらいは掃除をしてもらいたいくらいなんですよ。ただね、それは実際言いすぎかと思っておりまして。そうですね。三日にいっぺんくらいで構いません。一週間で二回ペースくらいでですね、掃除をお願いします」

「え」

と思わず声が出てしまった。何を言っているんだろう。絶対嫌だ。嫌に決まっている。

こんなわけの分からない電柱の掃除をしていることがばれたらクラスの友達に何を言われるかわかったものじゃない。クラスの中で生き残っていくのは大変なんだ。ちょっとしたことでいじめにあったり、はぶられたりするんだ。だから今日だって早起きして誰もいない時間を選んできたんだから。

「絶対嫌だ。こんな朝早くおきるのも嫌だし、掃除はそもそもこれで終わりだと思ったから今日だってきたんだ。こればっかりはなんと言われても嫌だ」

週に二日なんて絶対やるもんかと思っていると

「それは困りましたね。いやー。困ったな」

とあいも変わらず平坦な口調で困った、困ったといってくる電柱。

「何が困っただよ。困ったって、なんだって絶対やらないよ」

「それが困ってしまうんですよ。いや、だってですね。もし掃除をやらないとなってしまうとですね・・・」

と言いよどむ電柱の言葉に不吉な匂いを感じ取る。

いや。この流れは何かまずい。まずい流れがきている気がする。俗に言う空気が流れている。しかも読んではいけない空気が。

「やらないとどうなるんだよ・・・」

とりあえず言葉を出すけれどもやっぱりまずい。どうしよう、何とかして流れを変えなければいけないと考えているのもむなしく。

電柱の一言。


「呪います」


週二日の電柱掃除が確定した。

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