屁理屈彼氏と嫌煙家彼女
「ん? 何だよリコ。結局ウチに来たのか」
「おっす! お邪魔します」
「今日は買い物とか、他にも用事がどーとか言ってたのはどうしたよ」
「バレンタインデーが近いでしょ? じゃーん、練習用のチョコ買っちゃった!
今日の用事は本番に備えてのチョコ作り練習でーす。キッチン貸して、シュウちゃん」
「……念の為聞くけど、その本番チョコとやらは、俺宛てなんだよな?」
「当たり前じゃん」
「贈る相手である、俺の部屋でわざわざ練習すんの?」
「甘いよ、シュウちゃん。本番用のチョコもここで作るのよ、あたし!」
「そういう事は自分チでやれよボケ!
お前ほんっとデリカシーねえな!?」
「しょうがないじゃん。うちのキッチンは妹と弟が、バレンタインチョコ作りで戦場エリアを拡大中なんだもん」
「戦場キッチン……なんか目に浮かぶな。
つうかお前。妹はともかく弟って、あいつ誰にチョコやるつもりなんだよ……」
「さあ? さもバレンタイン当日、登校してきたら見知らぬ女の子からの贈り物が机の中に……を、装って見栄張りたいとかそんなさもしい事情は、あたし知らなーい」
「バラしてるバラしてる。
まあ切実だよなー、実際。学生時代は俺もリコと付き合うまで、チロルチョコ一粒な義理チョコ一個でも獲得するまで、すげー奮闘したもんだ……」
「男って、虚しい生き物ね」
「阿呆、男の真価が問われる日なんだぞ!?」
「チョコの数で表される男としての価値……『いや、チロルチョコ一個でも構わない!』とか、やっす」
「男の威信と沽券に関わるんだよ!?」
「あたし女だから分かんない。じゃあ、あたしと付き合い始めてからのシュウちゃんは」
「無論、バレンタインデーが近くなればソワソワ浮き立つ教室内で、優越感に満ちた眼差しを、彼女いない歴=年齢なクラスの野郎共に」
「うわ、超ドヤ顔! タバコの煙『スハー』な仕草も、あたしが見下された訳じゃないのに何故かめっちゃムカつく!?」
「ところでさあ、シュウちゃん」
「んー?」
「前から言おうと思ってたんだけどね?」
「おう」
「禁煙してくんない?」
「なん……だと……?」
「いや、あたしね? 何か、タバコの煙スッゴい苦手なんだ。
タバコ吸った後のシュウちゃんと、ちゅーしたら吐き気がするぐらい」
「おいおいリコさん?」
「だから、禁煙して欲しいな」
「幾らお前の頼みでもな。聞けるもんと聞けないもんが……リコの前では吸わない。これで良いか?」
「全面的な禁煙か、ちゅー禁止の二者択一を要求する」
「お前は鬼か、悪魔か!?」
「よく言うじゃん。『タバコとアタシ、どっちが大事なの?』」
「それは仕事だ。リコより仕事」
「仕事にストイックなシュウちゃんは置いといて。
天秤にかけるのは、あたしか、タバコか」
「まあ落ち着け、リコ。
俺がこうしてタバコを吸う事はな、国に大きく貢献しているんだ」
「鼻から口から、大気中に毒煙を撒き散らしておいて?」
「……リコさんこそ毒舌パネェッス。
良いか? 日本におけるタバコは、税金の塊なんだ。実に60%以上の金額は国の税収に化けている。お前はその、日本の大事な収入源を奪い取ると言うのか?」
「消費税上がるし、シュウちゃん一人が禁煙したところで大勢 (たいせい)に影響しないわよ」
「ぐっ……
だ、だがなあ、リコ。お前だって、自分が愛用している嗜好品を俺から突然禁止だとか言われたら、困るだろ?」
「えー? あたしは人様から禁止されるような嗜好品なんて使ってないもん」
「ふん、甘いぞリコ。
たとえば、そのチョコレート。
カカオの原産地では、小さな子どもが安い賃金でカカオ農家に雇われ、こき使われてカカオを育てているが、肝心のその子どもらはチョコレートの存在を知らないそうじゃないか」
「え……マジ?」
「マジマジ。
『チョコレートって何?』ときたもんだ。カカオがどう加工されるのか、知らねえんだな」
「こんなに美味しいのに、不憫な……」
「そうだ。不憫だし可哀相だ。
そんな子ども達の犠牲の上に作られたチョコレートなんて、悪魔の食べ物だとか言われて禁止されたら、お前どう思う?」
「日本でのチョコレート販売を禁じたところで、カカオ農家で雇われてる子ども達が職にあぶれるだけで、改悪であり非現実的だと撤廃を要求する」
「いつの間に国レベルの話にすり替わったよ!?」
「もうシュウちゃん。
うだうだゴネてないで、禁煙か、ちゅーとお触り禁止か、どっちにするか早く決断してくれない?」
「待てリコ! 俺の知らん間に禁止令に追加があるぞ!?」
「だって、タバコの臭いってなかなか落ちないじゃん?
タバコ吸った後のシュウちゃんがペタペタしてきたら、何だかあたし吐き気が……」
「ちゅーとお触り禁止とか、お前は俺を殺す気か!?」