茜空が窓から見える
茜空が窓から見える。
一人暮らしを初めて約一年が過ぎようとしていた。大学の講義が昼過ぎに終わり、青色の空は少しずつオレンジ色に染まっている。
お腹をすかせている冷蔵庫を満腹にするため、帰り道にある激安スーパーにて食べ物や飲み物、その他雑貨を買ってスーパを出て帰り道をのんびり歩く。
冬が過ぎ、もうすぐ春が訪れるこの時期は寒さと暖かさの境目だ。時に寒く、時に暖かく。
今の時期はまるで自分のようだ。
そんなことを思いながらひたすら歩き続ける。
一人暮らしをしているアパートの前に着くと、同じアパートに住んでいる一人の男性が出かけるのが見えた。確か私の部屋から三つ横の部屋の人だ。
「こんにちは」
「あ、どうも」
それだけの挨拶をかわして私たちはすれ違う。一年も同じ空間に住んでいるのに、あの人とかわした言葉はそれこそ数えられる程度だ。
なんだかな~。
仲良くしたい気持ちがない訳じゃない。どうせ同じ場所に住んでいるのだ。仲が悪いよりも仲がいい方がいいにきまっている。
でも、現実はうまくは行かない。なんだかんだ言って、同じ場所に住んでいるというだけで積極的に関わろうとだなんて私も彼も考えないから。
扉の鍵を開けて部屋の中に入る。重かった荷物を降ろし、冷蔵庫の中に買って来た食材などを詰めるようにいれた。暗くなっている部屋に明かりをいれるためカーテンを開けた。空には夕日が漂っていた。
なんとなく夕日を見ているとポケットから振動とともに着信音が部屋に鳴り響いた。すこしぼーっとしていたのでふいをつかれて心臓がバクバクと拍動していた。
「もしもし?」
「もしもし~。久しぶりね。元気にしてた」
耳元から聞こえて来たのは実家にいる母の声だった。ここしばらく聞いていなかった声になんだか懐かしさを感じた。
「どうしたの急に。なにかあった?」
夏休みに実家に帰って以来、母から連絡が来たことはなかった。にもかかわらず急に電話がかかって来たものだから私は何かあったのでは? と身構えてしまった。
「なに? なにかないと連絡しちゃだめなの?」
「そんなこともないけど……」
「そうね~。最近あんたと連絡してなかったから、元気にやっているのか気になってね」
「そうなんだ」
それからしばらく二人でたわいのない雑談を交わし、特に何事もなく終わると思っていた母との会話。しかし、最後の母の質問に私の身体は驚きで硬直した。
「友達とは上手にやれてるの?」
「……え?」
なんでそんなことを今聞くのだろう?
「うん。仲良くしてるよ。前にも話したでしょ」
「でもあんたからあまり友達の話を聞かないからうまくいっていないのかと思ったのよ。私が心配しすぎてたのかしら」
「そうだよ。お母さんは心配しすぎだって。も~昔から心配性なんだから」
否定をしながら、私は今にも震えだしそうな声を必死に抑える。
「ならいいわ。元気にやってるみたいで安心したわ。何かあったらまたいつでも連絡してきなさいね」
「そんなこといって……いつも電話をかけてくるのはお母さんのほうだからね」
「あら、そうだったかしら?」
「そうだよ。いっつも電話するたびにそう言うんだから」
「じゃあ、次は電話が来るまで待ってるわね」
「はいはい。それじゃあ、またね」
そういって電話の電源を切った。通話が終わると共に部屋には静寂が訪れた。
シンとした部屋。遊びから帰っていると思われる子供たちの声が外から響く。
「うまくなんて……やれてないよ」
返事をくれる人が誰もいないこの部屋で私は一人呟く。
高校までの友人が誰一人としていない大学に入り、確かに友達はできた。普段一人でいるわけでもないし、孤立しているだけでもない。それでも、深い意味での交流はこの一年取れていなかった。
『明日のサークルの後に家に泊まりに来る?』
『あ、行く行く。それじゃ、お菓子とか持っていかないとね』
『ごめ~ん。その日バイトあるんだ』
『そうなんだ。それじゃ、今度また遊ぼ』
目の前でそんな会話が繰り広げられていても私は“なんとなく”その輪に入ることができなかった。理由なんて言ってしまえばくだないもので、彼女たちと私が住んでいる場所が少し離れているということだった。
電車を二つ乗り継いで往復にかかる時間が約四十分。たったこれだけのことだった。
『そういえば は今日どうするの? 家に来る?』
優しい彼女たちは私を誘ってくれるが、
『あ、でも家遠いから止めとく』
と言う言葉で私は否定してしまう。
『そっか~。それじゃ、またね』
そういい残して彼女たちは再び泊まりの話を再開する。一番最初に同じようなことがあった時に言った言葉が今となっては決まり文句になってしまった。その気になればいつだって泊まることもできるはずなのに、私たちの間ではこのことが“なんとなく”こういった形であるのが自然だと認識されてしまったのだ。
今となってはこのことを後悔している。どうしてあの時、一番最初のあの時に否定をしてしまったのだろう? もし、あの時肯定していたのなら。もし、次に誘われたときに泊まりに行っていたのなら。
もし、もし、もし……。
そんな今となっては意味のない考えが毎日のように頭をよぎる。大学から帰り、一人になるとそれはさらに顕著に現れ、私の心の不安を煽り、意味のない被害妄想を抱かせる。
もしかして、私嫌われてる? みんなと上手くやれてない? 私のいないところでみんな私の陰口をたたいているんじゃないかな?
気にしてもしょうがないことが幾つも幾つも浮かび上がり、胸が痛くなって息をするのも苦しくなる。
こんな生活もう止めたい。一人になりたくないのに、みんなといるからこそ不安は生まれる。
……なんて矛盾。
『友達とは上手にやれてるの?』
お母さんは気づいていたのかな? 嘘をついている私に。毎日自分の心に嘘をついている私に。
部屋の空気を換えようと私は窓を開いた。
茜空が窓から見える。夕日は沈みだし、空や周りを漂う雲は光によって揺れていた。
このお話は一人の少女(もしくは女性)の考えている不安について書いてみました。
コミュニケーションというのは非常に難しいもので、人と人との間に存在する空気を感じ取ったりしたりしなければなりません。しかも、それがまだ付き合いの浅い人ならばなおさらです。
今回の少女のように悪気はないのですが“なんとなく”もしくはしかたなくですがその場に合わない発言をしてしまい、それが重なってしまうと人と人との間の関係はあまり深いものにならないというような状況になってしまう場合があります。
悲しいですがそういうことが起こるのが現実なんですよね。(といっても小説はフィクションなのですが)
このことは小説に書いていませんが、そんな現実に上手く折り合いをつけて日々を過ごすか、また別の場所で新しい関係を作るかを彼女は選ばないといけないんじゃないかと個人的には思っています。