第四話 部への勧誘
今朝の謎の発光現象以降、特に大きな騒動は起こらず、叶梅達は放課後の時刻を向かえた。
帰りの挨拶を終えたクラスメイト達は、授業から解放され、緩みきった表情を浮かべ、それぞれ放課後の予定について談笑を交わしながら、教室の外へと出ていく。
「叶梅、私達も帰るぞ」
「うん、日葵ちゃん」
教科書を詰めた鞄を肩にかけた叶梅は、すれ違う仲の良い女子達に挨拶をしながら、日葵と一緒に教室の外へと出て、廊下を歩き出した。
「今朝は、びっくりしたよね。あれ、一体何だったんだろう?」
「…さあな。やっぱり雷とかじゃないのか?」
今日起きた出来事について、会話を交わしながら、階段へ向かって歩いく。
すると、前方からパタパタと、忙しない足音が聞こえてきたと思えば、上級生らしき背の高い一人の女子生徒が走ってきた。
叶梅は、その女子生徒に、何処か見覚えがある気がした。
そう思っていると、女子生徒は、叶梅達の前で足を止めた。
「小鳥遊さん、小鳥遊叶梅さんよねっ?」
「えっ、あ、はい」
唐突に名前を呼ばれ、叶梅は思わず返事を返した。
すると、女子生徒の後ろから体格の良い男性教師がやって来て、彼女の隣に立った。
そこで、叶梅は思い出した。
男性教師は、剣道部の顧問の守山繁。
そして、女子生徒は剣道部の主将を勤めている、長瀬美月だ。
入学して間も無くの頃、自分もやっているからと何気なく参加した入部体験で、叶梅は二人と顔を合わせていた。
「あの、ひょっとして、剣道部の…」
「覚えていてくれたのね」
叶梅の言葉に、嬉しそうに緩んでいた長瀬の表情が、不意に引き締まった。
背筋を伸ばし、真剣な目で叶梅を見つめる。
彼女の纏う空気が変わったのを察し、叶梅も思わず姿勢を正す。
しかし、わざわざ彼女が先生を連れて、自分を訪ねてくる理由が思い浮かばない。
ひょっとして、自分は体験入学の時、彼女達に何か失礼を働いてしまったのだろうかと、不安な気持ちが芽生え、長瀬を見つめた。
「小鳥遊さん、体験入学で見せて貰った、貴女の刀さばき、忘れられなくて…あの技量、是非うちの部に欲しいのっ!」
「っえ…」
まさかの勧誘に、叶梅は大きく目を見開いて固まった。
長瀬の隣で、守山も真剣な表情で頷く。
「顧問の俺からもお願いする。君の技量は中学生の水準を大きく越えている…剣道部には君が必要なんだ」
「あの…ちょっと…」
二人から頭を下げられ、叶梅は気圧される形で思わず一歩後ずさった。
周囲の生徒達からの視線が痛い。
叶梅はどうしたらよいのか分からず、ただおろおろと視線をさ迷わせた。
その様子を見かねて、日葵が割って入る。
叶梅を守るかのように前に立ち、長瀬達に向き合う。
「叶梅は困っています。いきなり押し掛けられても、答えを出せる筈が無いでしょう」
口調は静かで丁寧だが、言葉の端に微かに苛立ちが混ざっていた。
そんな日葵を宥めるように、叶梅は彼女の袖を軽く引いた。
「だ、大丈夫だよ、日葵ちゃん」
親友に庇われてばかりではいけないと、叶梅は日葵の背中から離れ、隣に並び立った。
「…お気持ちは、嬉しいです。でも、今は答えを出せなくて…申し訳ないのですが、少し考えさせて下さい」
叶梅の返事に、長瀬と守山は顔を見合わせた後、頷いた。
「勿論よ。こちらこそ、急に押し掛けて、ごめんなさい」
「返事はいつでも構わない。ゆっくり考えてくれ。前向きに検討してくれると、嬉しい」
そう言うと、長瀬達は元来た廊下の向こうへ去っていった。
周りで見ていた生徒達の視線から逃れるように、二人は早足で、階段へ向かう。
「ったく、いきなり来たと思えば、強引な奴らだ…」
「私なら、大丈夫だよ、日葵ちゃん。ちょっとびっくりしたけど…」
不快げに吐き捨てる日葵を、叶梅が苦笑いしながら、宥めにかかる。
苛立ちの感情を吐き出すように、ふぅと息を吐いた日葵は、少し落ち着いたのか、先程より柔らかくなった表情で、叶梅を見る。
「…まあ、無理もないか。お前ほどの腕なら、あの二人が必死になって、欲しがる気持ちも解る」
「そんな…大袈裟だよ、日葵ちゃん」
親友から褒められて、照れ臭さと謙遜が同時に沸き上がり、頬に熱が上がり顔を背けてしまう。
「大袈裟なもんか…私が世辞を言うのも言われるのも嫌いなの、知ってるだろ」
そう言いつつ、顔を真っ赤にして照れる叶梅を、内心可愛いなと思う日葵。
二人は、階段を降りて玄関へ向かい、下駄箱で靴を履き替えてから、校舎を出た。
そのまま、他の生徒達に混ざり、校門前に設置されたバス停まで歩いて向かう道中、日葵が再び口を開いた。
「なぁ、叶梅」
「何?日葵ちゃん」
「さっきの話し何だが…どうして、直ぐに了承しなかったんだ?お前、あんなに薙刀が好きだっただろう」
日葵の問いかけは、純粋な疑問から出たもので、責めるような響きはない。
それは解っているが、叶梅は少し言いにくそうに、肩にかけられた鞄の紐を指でいじり、言葉を選びながら、口を開いた。
「…部活、興味無いわけじゃないんだ。主将さんも、先生も、すごく真剣に誘ってくれて、それは嬉しかった」
「…だったら、入れば良いだろう。お前の腕ならやっていける」
日葵の言葉に、叶梅は目をそらしうつむいた。
「でも、怖いの」
叶梅の声は、微かだが震えていた。
「私…今までお母さんとしか練習したこと無くて…いきなり知らない人達に混ざって……練習するのは不安なの…」
日葵は口を挟まず、真剣な表情で叶梅の言葉を聞いていた。
「…それに、期待されている分、もし、下手だなんて思われて、失望されるかもって思ったら、怖くて…」
そこで、叶梅は足を止めた。
我ながら、子供じみていて、情けない理由だとは思う。
しかし、同時に、誤魔化しようのない、事実でもあった。
暫し、沈黙が流れた後、日葵がふっと苦笑した。
「何だ…それだけか」
「え…?」
「お前は強い。それに、誰よりも努力しているのを、私は知っている。失望されるかも等と、心配するだけ、無駄だ」
日葵は軽く肩をすくめ、いたずらっぽく笑う。
「...それに、もし仮にお前を馬鹿にして、笑う奴が出たら、私が横からそいつを殴ってやる」
物騒な日葵の言葉に、叶梅はぎょっと目を見開いた。
「だ、駄目だよそんなのっ」
慌てる叶梅に、日葵はくすりと笑う。
普段は固く険しい彼女の表情が、今は何処か柔らかい。
「冗談だよ…まあ、何が言いたいかと言うと、お前がどんな選択をしようと、私は味方だからな…あんまり思い詰めるな」
自分で言って恥ずかしくなったのか、後半なると、素っ気ない口調になり、日葵はそっぽを向く。
その言葉だけでも、叶梅の心は先程よりずっと軽くなった。
笑顔を浮かべ、叶梅は日葵にお礼を言う。
「…うん、日葵ちゃん、ありがとう。日葵ちゃんがそう言ってくれて、私、ちょっと勇気出た」
「ちょっとかよ」
口を尖らせつつも、声は穏やかで、目は笑っている。
二人は再び歩きだす。
日葵を横目で見ながら、叶梅は心から彼女が親友であって、良かったと思った。




