犯罪
中3の時から柊の笑いの取り方は他人をバカにする口撃だ。柊は15分程俺のことをバカにした後、帰った平良や及川の悪口で場を盛り上げようとする。しかし、それほど話は盛り上がらずにこの場の主役は牛院に変わる。牛院は話術に長けている。柊のくだらない悪口よりも牛院のおもしろい話を聞くほうが楽しいのは当然だ。
「もうそろそろ帰ろうか」
「そうやな」
今この場を支配しているのは牛院だ。牛院が帰るならこれ以上バーに留まる理由はないだろう。結局俺はずっとうつむいてスマホをいじって飲み会が終了した。
「おい、あれエロ女やろ」
会計を終えてバーを出ると銀髪のショートカット女性が酔いつぶれて座っていた。
「ほんまエロい体してるよな」
女性は黒のタイトミニスカート、白のブラウス、白のブラウスは上の2つのボタン外して大きな胸の谷間がむき出しになっていた。こんな姿をしていればエロ女と呼ばれても仕方ないだろう。
「ちょっと俺が声をかけてくるわ」
柊はニヤニヤとエロい笑みを浮かべて女性に声をかける。
「送ったるって」
「……」
女性はかなり酔いつぶれていて意識がないようにみえる。柊は女性が酔いつぶれて意識がないとわかると、強引に女性を抱きかかえて車に乗せようとした。
「カラ、手伝え」
「……え」
「はよ、手伝え」
「あぁ……」
俺もバカではない。柊が親切で酔った女性を送ろうとしているわけではない。
「柊、本気か」
牛院が柊を止めに入る。
「なんや牛院、ビビってるんか」
「あぁ~。そんなわけあるかいな」
ビビっている言葉に牛院は敏感に反応した。中学の時の記憶では牛院と柊の仲は良くない。話が面白い牛院は新太郎と仲がよかった。他人の悪口や他人をバカにすること、はたまたおちゃらけることでしか笑いをとれない柊は、話術で笑いをとる牛院を好ましく思っていなかった。一方、牛院も他人の悪口やバカにすることで笑いをとる柊を好ましく思っていなかった。嫌いなヤツにビビっていると言われた牛院は過剰に反応したのだ。
「河鹿と宇久井もやるやろ」
「そうやな」
「オ~ケ~やで」
酒が入っていなければ河鹿と宇久井は反対していただろう。しかし、かなり酒が入って気持ちが高騰していた河鹿と宇久井はエロい顔をして承諾する。
「カラもビビってないで、はよ手伝え」
「あぁ……」
これは逆だ。ビビっているから手伝わないのではない。ビビっているから手伝うのだ。わかっている。ここで俺が取るべき行動は1つしかない。しかし、俺はその行動をとることはできなかった。女性は牛院のワンボックスカーの後部座席へ乗せられて車は走り出す。
「万灯呂山展望台へ行こうや。あそこなら誰も来ないはずや」
「本気で連れ去るんか」
「牛院はノリ悪いな」
「ホンマやで、しらけること言うなよ」
牛院だけがお酒を飲んでいないから冷静な判断ができるのであろう。しかし、関西人にノリが悪いは禁句だ。
「アホぬかせ。ちょっと確認しただけや。万灯呂山展望台へ行けばいいんやろ」
牛院はアクセルを踏み込みスピードを上げて万灯呂山展望台へ向かった。
「カラ、今日来て良かったやん。どうせお前童貞やろ。俺のおかげで童貞卒業できるで。ハハハハハハ」
「……」
柊のテンションは今日一高い。しかし、俺はとんでもないことに関わってしまったと頭の中が真っ白になり柊の声が届かない。
「カラ、完全にビビってるで」
「ほんまや、今にも泣きだしそうな顔してるわ」
河鹿と宇久井は俺の顔を覗き込んでケタケタと笑う。
「宇久井、女が起きひんかちゃんと見とけよ」
「大丈夫や。完全に酔いつぶれて寝とるわ」
「おい、誰が1番にやるかじゃんけんしよや」
俺の耳には柊たちの会話は全く入ってない。俺は体を小刻みに震わせて、今にも涙が零れ落ちそうな目を閉じて、早く時間が過ぎ去ってくれないかと心の中で祈っていた。
「カラ、着いたわ。お前は入り口付近で見張っとけ」
「……」
俺は柊の言葉にホッとした。すぐにでも、この歪な空間の中から逃げ出したかったので、扉を開けて逃げるように外へ出る。
「カラ、逃げるなよ。お前も共犯やからな」
「ハハハハハ、河鹿、心配は無用や。カラに逃げる度胸なんてあるわけないやろ」
「そやな。もしかしてビビッてチビっとるかもしれんなぁ」
「ハハハハハハ」
俺は柊と河鹿の嫌味の言葉に何も言い返すことはできない。
「車のライトが見えたらすぐに言えよ」
「……」
「カラに任せて大丈夫か?あいつビビり過ぎて声も出へんみたいやで」
「しゃぁ~ないなぁ~。俺もカラと一緒に見張っとくわ。どうせ俺が最後やし」
俺の後を牛院が付いてきた。
「心配すんな。女は酔っているし何も覚えとらんわ」
牛院は俺の背中を軽く叩いて安心させようとするが震えが止まらない。
「絶対……アカンやつやって……」
俺は最低な人間だ。女性の心配よりも自分のことを心配している。
「酔いつぶれた女なんて何も覚えてないわ。帰りにバーの近くに捨てたら問題ないで。それに俺たちは合意の上でエッチをするんや」
「……」
「なんやカラ、立ってるやんけ!ほんまお前はムッツリやのぉ~」
俺は自分自身を疑った。あんなに怖くて震えていたのに、現実的に女性とエッチができると思うと俺の股間は勃起していた。