いじりといじめ
「俺たちたまに新ちゃんと飲んでんねん。今日は柊がカラを呼んだら面白いとか言い出して連絡をしてん」
「そやで。平良はやめとけと言ってたけど、俺たちは久しぶりにカラと会ってみたかってん。でも安心しろや、昔みたいにいじめへんから」
河鹿と宇久井にいじめられた記憶はない。こいつらは新太郎と仲良くしていたことで、新太郎と同じ立ち位置にいたと勘違いしているのだろう。いや違う……それが正しい中学校での立ち位置だ。新太郎にいじめられている俺を気遣うよりも、いじめられている俺をバカにしているほうが正しかったのだ。
「ハハハハハ」
俺は愛想笑いをしてその場を乗り切ることにした。俺が怖いのは新太郎だ。河鹿と宇久井が怖いわけではない。しかし、ここで河鹿と宇久井へ言い返さないのは、この場の雰囲気を壊さない為だ。決してアイツらにビビっているわけではない……。そう……ビビっているわけではないと自分に言い聞かせる。
河鹿と宇久井は少しだけ俺と世間話をすると新太郎たちの輪に戻る。俺のおもちゃとしての役割は終わったようだ。みんなは俺が存在しないかのように談笑を始める。問題ない……いつものことだ。俺はクラスでも物置の存在だった。だが、それが気楽であり居心地も良い。根暗で気が小さい俺にはお似合いのポジションだ……とずっと自分に嘘をついていた。本当は新太郎を中心とする輪に入りたい。俺はもう……置物の存在は嫌だ。みんなと一緒の輪へ入りたい。自分を変えたいという一心で今日はこの場所に来たはずだ。今日こそ自分を変えるための大きな一歩を踏み出す必要があるのだ。俺の心の葛藤は気付けば2時間が経過していた。結局俺はいつもと同じ置物であり、1人でスマホを見て飲み会が終わるのを待っていた。
「俺、次の約束あるから帰るわ」
「俺も明日仕事やから帰るわ」
「新ちゃんが帰るなら俺も帰るわ」
「お疲れ、また飲もな」
新太郎と及川と平良が帰り、柊、河鹿、宇久井、牛院そして俺が残った。中学の頃から牛院とはほとんど喋ったことはなく、今日も喋ってはいない。
※ 牛院 馬謖 標準的な体系 身長175㎝。
俺もこの流れに沿って帰りたかったが、変わりたいという気持ちがこの場に留まらせた。
「俺も帰ろかな」
「俺もどうしようかな」
「もう少しだけ飲もや」
新太郎が帰ったので河鹿と宇久井も帰ろうとしたが牛院が止めに入る。
「俺が送ったるし、もう少し喋ろうや。カラも送ったるで」
牛院は酒が飲めないので車で来ていた。牛院は俺が嫌いだから喋らないわけではない。俺が根暗で話しても面白くないから喋らないだけだ。
「あ!まだカラおったんや。てっきり新ちゃんにビビッて帰ったと思ってたわ」
「ハハハハハ」
柊が俺をだしにして笑いをとる。みんなが俺を見下しているのは共通事項だ。簡単に笑いを取りたいならば弱いヤツをバカにすれば良い。ここで抵抗すれば空気を読めない面白くないヤツだと認定される。本当に自分勝手な笑い道だ。
「ほんま、今日はなんで来てん」
「……」
心の中では「お前が誘ったんやろ」と言いたかったけど言えない弱い自分がいる。柊が俺を弄るのはあの頃から変わらない。そして、俺も変わっていない。
「いやいや、お前が誘ったんやろ」
「ハハハハハ、そうやな。でもおもろかったやろ」
俺の代わりに牛院が柊につっこんで、いじめを笑いに変換する。
「最高やったわ」
「めっちゃうけた」
河鹿と宇久井は思い出し笑いをする。
「カラ、アイツらになんか言ったれや」
「いや……」
牛院は俺に言い返すチャンスを与えるが、俺は怖気づいてしまい何も言い返せない。結局俺はいじめをいじりに変換する度胸がない。
「ハハハハハ、牛院、カラはビビりやから何も言えんって」
「柊、言い過ぎやぞ」
「いやいや、今はカラをいじる時間やで」
「ハハハハハハ」
俺はこの時、中学の時に牛院から言われた言葉を思い出す。「カラと話してもおもろないわ。リアクションはないし、ツッコミもないわ」と言われた。これは牛院からの俺へのアドバイスだったのだろう。関西人はボケたり、いじりをしたがる傾向にある。特にボケる技術がない人ほど、他人をいじる傾向にあるだろう。柊はまさにその典型だと言える。柊はおもしろいボケや話ができないので、弱い俺をいじって輪の中心に立ちたがる。
新太郎が帰ったことで、柊は俺をいじって輪の中心に立ちたいのだ。そして、牛院は俺がいじられていることをかばっているわけではない。牛院は場がしらけないように、俺の代わりにツッコミをしているのだ。しかし、いじられた本人がツッコミやリアクションを起こさなければ、いじりという笑いは成立できずいじめへと変わる。
俺だけが新太郎にいじめられていたと思われていたのは、俺が新太郎の暴力に対してリアクションを取れずにいたからだ。他のヤツらは新太郎の暴力に対してリアクションをすることで、その場を盛り上げていたと自負しているからこそ俺とは違うと思っていたのだ。いじめをいじりに変換できなかった俺だけがいじめられていたのだ。今この時も牛院が笑いに変換しているが、何もできずに黙っている俺はいじめにあっていると言えるだろう。