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Phantom World〜力を得た者たちのレクイエム〜  作者: 薪ストーブ
無色 空①
2/22

王の隣

 (ひいらぎ)は用件だけを伝えるとすぐにスマホを切った。長尾駅の近くにあるBar Heaven(バーヘヴン)には、行ったことはないが場所は知っている。

 

 俺は中3の時からずっと内に秘めた気持ちがあった。それは根暗で気が弱い自分の性格を変えたいと……。俺は小学生の頃からたびたびいじめを受けていた。いじめは()()()()()()側にも問題があると言う人もいるだろう。その提言を俺にあてはめると、俺がいじめられる理由は根暗で気が弱いからである。きちんと自分の気持ちを言い返せば、いじめられることはなかったのかもしれない。明るい性格でみんなと仲良くしていれば、いじめられることはなかったのかもしれない。

 でも、根暗で気が小さい俺は、嫌なことをされても何も言い返すことはできないし、みんなの輪に入って盛り上がって遊ぶこともできなかった。しかし、何も言い返すことができずに、みんなの輪へ入れないからといって、いじめても良いという結論に導くことはいじめる側を擁護し過ぎである。どんな理由があろうとも、いじめることは良くないことだ!といじめられた人間が言っても誰も共感はしてくれないのだろう。気の弱さも根暗な性格も努力をして改善すれば良いだろうと正論をぶつけられる。


 俺は俺のことしか知らない。他の人間は努力をして明るい性格になったのだろうか?勇気を振り絞って、気が小さい自分自身の殻を破って、度胸がついたのだろうか?友達のいない俺には真実はわからない。俺は俺が見てきたことしか知らない。俺が学生生活で見てきた世界では、人間の本質は変わらない。気が小さい人間は、さらに自分よりも気の小さい人間を見下し、根暗な人間は、根暗な人間同士が徒党を組む。最底辺に位置する俺がいじめられ、一人ぼっちであることがその証明だ。

 それでも俺の心の奥底には、自分自身を変えたいという気持ちは残っていた。その理由は簡単だ。俺は彼女が欲しい。1人ぼっちは嫌だ。妄想だけが生きがいの人生は嫌だ。今の人生を変えるには、自分の性格を変える必要があると思い続けていた。

 しかしこれは砂上の楼閣に等しい。根暗で気の小さい俺が、気が強く明るい性格へと変貌するのは、あまりにも無謀過ぎた。結局何も変えることができずに、7年の歳月が過ぎてしまった。

 

 自分を変えたいと言う気持ちは今も変わりなく抱いているが、変わることなど不可能だと諦めて、心の奥底へ沈めてしまった。そんな時に柊から連絡がきたのである。同窓生の集まりに参加したところで、何も変わらないことはわかっている。しかし、いつもと違う行動をすることが、自分を変える大きな一歩になるかもしれないと思った。俺は自分の選んだこの選択に心が弾んだ。不安な気持ちがないと言えば噓になる。だがそれ以上に、自分が変われることの喜びに酔いしれていたのかもしれない。俺はにやけた顔をして駆け足でBar Heaven(バーヘヴン)へ向かった。



 「お!カラ」



 俺がBar Heaven(バーヘヴン)に到着すると柊が手を上げて声をかける。柊と会うのは7年ぶりだ。7年という歳月は人を大きく変えることもあるだろう。しかし、顔つきが少し大人になった程度で、さほど変化を感じず一目で柊だとわかった。それは柊も同じだっただろう。



 ※ (ひいらぎ) 金鯱(きんこ) ガリガリな体系 身長168㎝。



 「おぉ」

 「ハハハハハハ、ハハハハハハ」



 俺が返事をすると柊は大声で笑いだす。その笑いは笑顔でなく俺を見下した嘲り笑いだ。



 「ホンマにカラ来たわ。あのな~、あの電話俺ちゃうねん、(しん)ちゃんやねん」

 「……」



 新ちゃんとは、食満(けまん) 新太郎(しんたろう)のあだ名だ。新太郎は同じクラスメートだが不良のボスであり学校の王だ。新太郎には誰も恐れて逆らうことはできない。しかし新太郎は、いじめっ子というよりもガキ大将だ。どちらも同じだと思うかもしれないが俺の見解は違う。いじめっ子とは、多数で弱者1人をいじめる者たちをさす。一方、ガキ大将は1人で多数の者をいじめる者を指す。



 ※ 食満(けまん) 新太郎(しんたろう) 筋肉質で大柄な体系 身長180㎝ あだ名は新ちゃん。



 「カラは新ちゃんにビビってるから、俺の名前を使うようにお願いしてん。新ちゃんが誘ったら絶対カラは来ないからな」

 「俺、カラに何かした?なんでカラがビビってるねん」



 新太郎を動物で例えるならばライオンだ。ライオンが蟻の俺を踏みつぶしたことなど覚えていない。



 「……」



 実際に俺は新太郎を恐れている。新太郎とは小学校1年生の頃から縁があり、何度も同じクラスになったことがある。新太郎は子供の頃から何も変わらない。誰かを弄って遊ぶのが楽しいサディスティックな性格だ。だが、その標的は誰でも良い。王はいたぶる相手を選ばない。ただ暴れたい時に、目の前にいた人間をおもちゃにするだけだ。俺も何度か新太郎の目に留まりズボンを脱がされそうになったり、ボクシングごっこと称してサンドバックになったことがある。俺は気が小さいから一方的にいたぶられるだけだったが、俺は知っている。新太郎は大ケガをさせるような無茶はしない。あくまで遊びだから手加減をする。だから、何も抵抗せずに新太郎を喜ばせていたら、たいしたケガを負うことなく遊びは終わる。たまに新太郎に抵抗する者はいたが、二度と逆らえないようになるまでボコボコにされていた。新太郎と上手に接するには、新太郎を喜ばせるおもちゃになれば良いのだ。



 「ほら、ビビってるやん」



 柊は新太郎の隣に座ってライオンのように振る舞う。柊は新太郎の隣に居ることで、自分もライオンになったと勘違いをしている。


 

 「どうでもええわ。カラ、来てくれてありがとな」

 「あぁぁ」



 新太郎は屈託のない笑みを浮かべる。新太郎は暴力的な面も持っている反面、人たらしの面も持っている。愛想が良くとても気さくな性格だ。それに不良仲間が他の学校の不良にやられた時は、1人で他校へ乗り込んで、仇を討ってくれる男気もある。だから新太郎の周りには多くの人が集まり、新太郎の隣に立ちたがる。



 「新ちゃん、注文するけど何飲む」



 新太郎の隣を奪う為に及川(おいかわ)がしゃしゃり出る。及川も新太郎の隣を狙っている。クラスでは柊と及川が毎日新太郎の隣を争っていたが、新太郎は全くそのことに気付いていない。王である新太郎にとっては、王とそれ以外という概念しかない。誰が隣に立とうが興味がない。



 ※ 及川(おいかわ) 太郎(たろう) 細身な体系 身長175㎝。



 「エル・ディアブロで」

 「何やそれ」


 「カウンターに座っている女が頼んでいたからマネしてみてん」

 「あのエロい女かぁ。顔見たけどめっちゃ綺麗な子やったわ。声かけようや」


 「やめとけ、薬指に指輪付けてたわ」

 「そっかぁ~。残念やな」


 「カラは酒飲めるんか?」

 「甘いのなら」


 「じゃぁ、カラにはカシオレでいいやん」

 「オッケー。カシオレとエル・ディアブロを頼むわ」



 及川は柊とは違う。柊は虎の威を借りる狐だ。しかし及川は新太郎と居るのが楽しいから隣に立つ。だから、俺を見下すような態度は取らないが、俺を助けるようなこともしない。あくまで俺は最下層の存在だ。


 

 「及川、俺も新ちゃんと同じヤツ頼んでや」

 「オッケー」


 

 柊は新太郎の隣を主旨するためにグイグイと前に出る。



 「何やこれ、血みたいに真っ赤やんけ」

 「ホンマやな、ドラキュラになった気分やな」


 「血を、血をくれぇ~~~」

 「ガハハハハハハ」


 柊は血を欲する吸血鬼のマネをして新太郎を楽しませる。柊は新太郎の隣を主旨する為にはピエロにだってなる。俺は新太郎の腰巾着である柊は嫌いだが尊敬もしている。長い物には巻かれるのは当然だ。学校や社会という歪な空間で上手に生きていくにはまともではダメだ。どんな人間とも上手くやっていく適応能力が必要になる。柊にはその適応能力が長けている。そのことだけは尊敬に値するだろう。


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