バープライド
「か~くん、ここよ」
ネオンが煌めく賑やかな枚方市駅から10分ほど歩くと、別世界に迷い込んだかのように薄汚い路地裏へ辿り着く。ほとんどの店はシャッターが下りていて、俺たち以外には誰も通行していない。そこにレトロな電飾看板でBar Prideと点灯された看板を甘南備が指さした。
「あぁ」
バーと聞いていたので、オシャレなメージを思い浮かべていたが、場末のスナックと呼んだ方が合っているような気がした。
「か~くん、正面の扉じゃなくて非常階段を上って入るわ」
2階建ての建物の横には錆びてボロボロの非常階段がある。階段を上るとギシギシと音が鳴り今にも壊れないか心配してしまう。不安を抱きながら階段を上りきると、従業員専用と書かれた札が取り付けられた木製の古い扉があった。
『コンコン・コンコン』
甘南備は扉をノックする。
『ガチャ』
カギを開いた音がしたので、甘南備は扉を開けて中へ入る。
「不遜君いる?」
「不遜君なら奥で座って待ってるよん」
俺は不遜という名を聞いて、一気に不機嫌な顔になる。不遜という名は珍しいのでアイツしかいないはずだ。
「甘南備、なんで傲岸がいるんだ」
「このバーは不遜君が経営しているバーで、か~くんが体験した不思議な出来事にすごく詳しいのよ」
甘南備は悪びれた様子もなく笑顔で返答するが、それは仕方がないことだ。俺が不遜を嫌っているなど知りもしないだろう。不遜に会うくらいなら、俺が体験した不思議な出来事について教えてもらわなくてもよかった。しかし、ここで帰ってしまうと、俺の童貞卒業計画も破綻してしまう。そう考えると、俺の心の天秤は不遜に会う方へ傾いた。
「……そうなんだ」
「どうしたの?」
俺の声のトーンが下がったことに気付いた甘南備は心配そうに声をかける。
「なんでもない。奥へ行けばいいんやな」
「うん」
扉を開くと、切れかけの電球がチカチカと点滅して、暗い玄関を不気味に照らす。玄関の先は細い通路になっていて、トイレが右側にあり、2m先には木製のステンドガラスのオシャレな扉が見える。甘南備を出迎えてくれたキャバ嬢のような黒のスリットの入ったドレスを着た金髪の女性が扉を開く。
「カラくんも入るよん」
「え……。アイツ天真か!」
最初に甘南備と話した時に、どこかで聞いたことのある声、そしてふざけた喋り方だと思った。しかし、俺のあだ名を呼んだ時、キャバ嬢が誰なのかはっきりと思い出した。
※天真 爛 身長162㎝ 金髪のハーフアップ 細身だが胸が大きいセクシーな体系。
「へぇ~。か~くん、後ろ姿だけでテンちゃんのことをわかるんだぁ~」
甘南備は頬を膨らませて拗ねたような顔をした。俺はその表情を見て、可愛いと思う気持ちと、甘南備が天真へ嫉妬したのかと思うと少し嬉しい気分もあるが、焦る気持ちもあった。
「ちがうわ。アイツのふざけた喋り方でわかっただけや」
俺は言い訳するように早口で答える。
「クスクス」
俺の必死ないいわけに甘南備は小悪魔のような笑みを浮かべる。
「冗談よ。 テンちゃんの喋り方は特徴的だからすぐに気付くよね」
「そうや。よんよん言うのはアイツくらいやわ」
天真も中3の時のクラスメートだ。天真はクラス1位の可愛さ……いや、学校全体でトップクラスの可愛い女子なので、全校生徒で天真を知らない人はいないほどアイドル的な人気を博していた。裏表のない元気で明るい性格なので誰からも好かれて、おとなしくて目立たない俺にでさえ、天使のような笑みを浮かべて挨拶をしてくれていた。天真は語尾によんとつけてふざけていたが、顔面の可愛さとマッチして、誰もが愛くるしいと感じるので、今でもよんの語尾を押し通しているようだ。
「そうね。テンちゃんの喋り方はあの頃から変わってないわ。テンちゃんは可愛いよね」
「……」
俺は敢えて返事をしなかった。
「不遜君、か~くんに来てもらったわ」
「お~。カラ、久ぶりやな。元気にしていたか」
扉の中へ入ると薄暗い明りの中にふかふかの椅子に腰かけている男がいた。7年ぶりに傲岸の顔を見たけれど、相変わらずのイケメンだったので、すぐに傲岸だとわかった。傲岸は手を上げて気さくな雰囲気で声をかける。
※傲岸 不遜 身長175㎝ 細身だが筋肉質な体系 黒髪のセンターパート 目鼻立ちがはっきりしたイケメン。
「あぁぁ」
しかし、俺は不愛想に返事をする。
「揚羽から事情は聴いてるわ。災難やったな」
傲岸は俺の無愛想な返事を全く気に留めることなく話を続ける。
「あぁぁ」
「俺でよかったら相談にのるで。何でも聞いてや」
傲岸はクラスのリーダー的存在の男だ。性格も明るく文武両道、クラスでは学級委員、学校内では生徒会長を務めたほどの優等生でもある。新太郎が裏のボスとすれば傲岸は表のボスと言えるだろう。超が付くほどのイケメンなので非の打ち所がない。下級生には傲岸のファンクラブも存在していた。完璧人間ともいえる傲岸を悪く言う人などいない。しかし、俺は傲岸が大嫌いであった。