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Phantom World〜力を得た者たちのレクイエム〜  作者: 薪ストーブ
無色 空①

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14/22

再会


「カ……ラァ~。やっと……会えた……わ」



 俺は恐る恐る不審者の顔を見る。



 「……」



 俺は不審者の顔を見て驚愕した。



 「ひい……らぎ……なのか?」



 俺の語尾が疑問符で終わったのには理由がある。それはテレビのニュースで柊は死んだとの報道があったからだ。それなのに、今俺の目の前には柊が居る。しかも、柊の顔は蒼白化して肌が白くなり、体中からは腐敗臭が漂っていたのだ。まるでその姿は、ゲームや映画で見たゾンビの姿に似ていた。



 「お前……だけ……は許さんぞ」



 柊は両手を上げながら口を大きく開けた。その様子はまるでクマが人を食い殺そうとしている姿にそっくりだ。その姿を見た俺は恐怖のあまり茫然自失(ぼうぜんじしつ)状態となる。柊は銅像のように動かなくなった俺を見て、よだれを滝のように垂らしながら、俺の顔面をかぶりつく。



 「う……嘘……だろ」



 俺は夢中説夢(むちゅうせつむ)の出来事に直面した。その出来事とは、大きく口を開けて俺の頬肉をかぶりつく瞬間に、柊の動きが止まった。いや、よく見ると止まっているのではなくゆっくりと動いている。それはまるでタキサイキア現象のようだ。しかし、タキサイキア現象と呼ぶにはあまりにも柊の動きが遅すぎる。タキサイキア現象とは、危険な時に周囲がスローモーションに見える現象であり、それほど長くは続かない。だが目の前にいる柊は、大きく口を開けて、俺を噛みつこうとしているが、静止画像のように止まっているように見えた。



 「何が起きてるねん」



 今、俺の目の前に起きている出来事は全てが摩訶不思議だ。死んだはずの柊が現れて、時が動画のコマ送りのようにゆっくりと動き出す。時がゆっくりと流れることで、恐怖心は薄れていき、冷静に物事を判断できるように変化した。



 「驚かせやがって」



 俺はビビらせられた腹いせに、スローモーションで動く柊の背後に回って、背中を蹴り飛ばした。



 「嘘やん!ありえへんやろ」



 さらに驚くべき出来事が起きた。軽く蹴り飛ばしただけなのに、柊の背中には大きな穴が空き、前方に肉片や内臓がはじけ飛んだ。



 「うぉぉ~~」



 柊がうめき声を上げると同時に時が平等に動き出す。スローモーションで動いていた柊は、うめき声を上げながら地面に倒れ込んだ。



 「し……んだのか」



 柊は地面に俯せで倒れ込むと、ピクリとも動かなくなった。しかし、背中に空いた穴からは血が一滴も流れ出て来ない。



 「柊……大丈夫……か」



 柊に声をかけるが返答はない。柊は死んだ。それは俺が柊を殺してしまったことになる。



 「いや、おかしいやろ?俺は背中を蹴っただけやん。背中を蹴った程度で、背中に穴が空いて死ぬことなんて絶対にありえへんわ。そもそも柊はテレビのニュースで死んだと報道していたはずや。俺は殺してない。俺は殺してない。俺は殺してない」



 俺は柊を殺したという現実から逃げるように頭を抱えて泣き崩れる。そして、自分に言い聞かせるように「俺は殺していない」と何度も呟いた。



 『トントン、トントン』



 うずくまっている俺の背中をポンポンと優しく叩く感触がした。



 「うわぁぁぁぁぁぁぁ。俺じゃない。俺じゃない」



 急に背中を叩かれて俺は恐怖で慄いた。このままでは俺は殺人者として捕まってしまう。そう感じた俺は嗚咽を上げながらその場から逃げ出す。しかし、気持ちが動揺し過ぎて、立ち上がって走り出したが、柊の死体の腕に躓いて激しく転んでしまった。



 「うぅぅぅ……」



 殺人者として捕まってしまう心の痛みと激しく転んだ痛みで、俺は赤ん坊のようにギャーギャーと泣きたい衝動にかられるが、歯を食いしばって我慢した。



 「か~くん、か~くん、落ち着いて。私よ、甘南備よ」



 俺は優しい声の方に、吸い込まれるように視線が移動した。そして、俺の瞳には心配そうに見つめる甘南備の姿が映し出される。



 「俺じゃない……」



 俺は涙目で訴える。



 「か~くん、ここで何があったの」



 甘南備は俺を諭すように優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと声をかける。



 「うあぁぁ~ん。うああぁ~ん」



 恐怖と絶望のどん底に落とされた俺には、甘南備の優しく微笑む顔は仏のように見えた。そして、俺は堪えていた感情を解き放つように泣きだした。



 「何か怖いことでもあったのかな。よし、よし」



 甘南備は泣き出した俺をギュッと抱きしめて、赤ん坊をあやすように頭を撫でる。俺は甘南備の大きな胸に顔をうずめ少し冷たい手で頭を撫でられたことで、心の落ち着きを少しだけ取り戻す。



 「柊がいたんや。でも、アイツはテレビで死んだって言ってたんや」

 「うん、うん」



 甘南備は俺の心をなだめるような優しい声で頷く。



 「柊はまるでゾンビのような顔色で、とても臭くて」

 「うん、うん」


 「俺は怖くて逃げたかった。でもアイツは俺に歯を向けて食らいついてきたんや」

 「うん、うん」


 「そしたら、急に柊の動きがスローモーションになってん。だから俺は柊の背中を蹴っ飛ばしたら、背中に穴が空いてそのまま倒れてん」

 「不思議なことが起きたんだね。でも、大丈夫よ」



 甘南備は嘘のような俺の話を否定することなく信じてくれた。俺はそれだけで嬉しかった。



 「俺……警察につかまるのか……」

 「大丈夫よ」


 「本当か」

 「うん。か~くんは捕まらないよ」


 「よかった……」



 俺を捕まえるのは甘南備ではなくて警察だ。甘南備が大丈夫と言っても、それは全く意味のない言葉である。しかし、俺は甘南備が捕まらないと言ってくれたことで、不思議と安堵を得たのであった。




 

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