愚策
俺の中で激しい葛藤が繰り広げられる。答えなんてあるわけがない。どちらも選びたくない選択だ。しかし、俺は選択を迫られる。
「人生って難しいわ」
童貞の俺は悟りを開いた坊主のように人生を達観する。そして、答えを導き出した。
「人間は動物と一緒や。本能のまま進むべきや」
欲望を抑えることができるのは、人間が理性のある動物だからである。しかし、理性で抑える欲望は、相手を害する危険性がある欲望に限られる。自慰行為をすることは、誰にも迷惑をかけることはない。相手に害を及ぼさないAVを見て自慰行為をしたい欲望に、理性という概念は必要ない。俺は自分の欲望すなわち本能に従う。究極の二択から解放された俺は、夜の本番行為に向けての予習をしながらも、本能のままに欲望を解放した。
「このへんにしといたるわ」
欲望を抑えきれなかった俺は3度の射精をして賢者タイムに突入していた。
「6時間後に俺は卒業や」
下半身をまる出しにしながら、俺は至福の笑みを浮かべる。しかし、俺にはやるべきことがまだ残っていた。
「ラブホの場所と値段を調べとこか」
俺はスマホで長尾駅から一番近いラブホを検索する。残念ながら歩いて行ける範囲のラブホは存在しなかった。しかし、そんなことで諦めるほど俺の欲望は浅くはない。俺は次の作戦を考える。
「バスかタクシーやな。それとも、電車で大阪市内へ行くのもありやな」
財布の予算を考えるとバスで枚方市駅まで行ってラブホへ行くのが良いだろう。しかし、バーで飲んだ後バスに乗るのは、雰囲気をぶち壊してしまうだろう。次はタクシーだ。バスよりは料金は高くなるが大人の余裕をみせるならバスよりもタクシーのが良いはずだ。最後は、長尾駅から電車に乗って大阪市内まで行ってラブホに行くことだ。これは、バーで飲んだ後に、大阪市内にお勧めのバーがあると言って大阪市内まで連れ出す作戦だ。だがこれは、タクシーよりも料金が高くなる危険性もあるうえに、甘南備にお勧めするバーなど知らないことが一番のネックになる。俺は脳ミソをフル回転して考える。
「甘南備が1人暮らししてたらラッキーやねんけどな」
俺は自分にとって一番都合の良い結論を導き出す。俺は実家暮らしだが、甘南備はどうだろうか?もしも、1人暮らしをしていたら願ったり叶ったりだ。1人暮らしならば1番お金を安く済ませることもできるし、女性の家に行くことは、俺が死ぬまでに達成したい目標の1つでもある。
「ありえるかもしれへんな。それならコンドームを用意せなあかんな」
童貞紳士の考えとしては、生でするのはよくないだろう。でも、前もって用意しているのもどうなのだろうか?俺は考え込む。
「箱じゃなく、バラで2個ほど持ってたほうが自然か……」
コンドームを箱ごと持っていることは、やるきまんまんの下心が丸見えだ。しかし、財布に2個ほど持っているのはどうだろうか?「前に使ったのが残ってたわ」といいわけすれば問題ないはずだ。だが、童貞の俺が経験者ぶっているのがバレてしまったら、あまりにもカッコ悪すぎる。ここは素直に初めてだと言うべきか、経験者のふりをするのか迷うところになる。
「はぁ……どれが正解やねん」
素直に童貞だと言えれば一番良いだろうが、俺のくだらないプライドがそれを許さない。日本人の童貞卒業の平均年齢は20.3歳とネットに書いてあった。俺は22歳で童貞だ。男とは好きな女性の前ではカッコつけたいものである。しかし昨日の俺は、甘南備の甘美で妖艶な姿を見た時、足がすくんでいた。その時に甘南備は俺が童貞だと悟った可能性はある。童貞とバレているのに経験者のふりをするのは、童貞だと伝えるよりもカッコ悪いだろう。
「聞かれたら童貞だと言えばいいかな」
自分からわざわざ童貞だと名乗る必要はないだろうし、甘南備から童貞なのか聞かれる可能性も少ないだろう。うやむやでことを進めるのが一番の安全策だと俺は気付いた。結局俺は近くのコンビニへ行ってコンドームを買って2個だけ財布に入れた。
準備は整った。だが、一番の難問が待ち受けている。どうやって甘南備の家に入るかである。俺の願望としては、甘南備の方から誘ってくれれば大万歳だ。しかし、そんな都合の良いいつもの妄想にふけるほど俺はバカではない。俺は考える。
「これや。これしかないわ」
俺は完璧な計画を思い付いた。
「家まで送ったるわと言えばいいやん。ほんで、家に着いたらトイレを貸してと言って部屋に上がり込めばええやん」
この作戦はありふれた愚策だが、童貞の俺には、完璧な作戦を思い付いたと自画自賛して愉悦に浸る。
「俺って天才やん。これで甘南備が1人暮らしやった時の作戦は完璧や。もし、1人暮らしじゃなかったら……」
俺は考える。バス……タクシー……電車で大阪市内……。
「タクシーやな。でも、どうやってラブホに誘うかやな」
童貞卒業計画の一番の難問が待ち受けていた。しかし、童貞の俺が甘南備をラブホテルに誘うスキルなどない。
「たくさんお酒を飲ませて、いい雰囲気にもっていくしかないわな」
またしてもありふれた愚策だが、童貞の俺には、完璧な作戦だと思い込み、満足感で高揚感に満ち溢れていた。




