1本の電話
キャラの言葉は関西弁になります。
『ピコン』
メールの通知が届く。俺には友達はいないので、いつもの広告メールだと思い無視した。
『ピロロロリン、ピロロロリン、ピロロロリン』
メールを無視して5分後にスマホが鳴った。俺へ連絡するのは両親しかいない。しかし、俺はもしかして?という自分にとって都合の良い妄想が頭に浮かんだ。俺は妄想依存者だ。妄想は孤独な俺を幸せな気分へ導いてくれる最高の娯楽だ。妄想の世界なら、俺が望む事柄は全てが叶えられる。今も俺は自分にとって都合の良い最高の妄想を描いてしまった。
もしかしたら、密かに俺に好意を寄せていた女の子が、俺の電話番号を入手して、連絡してきたのではないかという現実ではありえない妄想が俺の頭を支配した。もちろん俺の妄想が一度でも実現したことはないが、妄想している時間は至福のひとときだ。
俺は心臓をドキドキさせながらスマホの画面を見る。もちろん知らない番号が表示されている。ここで究極の選択肢を迫られる。俺の妄想が的中していれば、可愛い女性の声で「空君、ずっと前から好きでした。付き合ってください」と告白されるはずだ。しかし、俺の都合の良い妄想が一度でも実現したことなどない。そして、俺自身も妄想が実現することなどないと自覚している。あくまで妄想している時間を楽しんでいるだけであり、実現するなんて気持ちは1ミリもない。一時の妄想を楽しんだ俺は、いつものようにスマホを無視するつもりだったが、この時の俺は誰かに操られていたかのようにスマホを手にしてしまった。
「カラ、俺や」
スマホを取ると女性でなく男性の声が聞こえて、現実を思い知らされる。
カラとは俺のあだ名だ。俺の名前は無色 空。母親は空のように広く青く澄んだ綺麗な心の持ち主になって欲しいと願って空と名付けた。名は体を表すというが、名前負けという言葉もある。俺の場合は名前負けだ。俺の心は米つぶのように小さく闇のように薄汚い。空という漢字は2つの意味を持つ。大地を覆いつくす広く綺麗な空、そして、何もない、内容もない空という意味だ。俺は迷うことなく空でなく空の方だ。
「……」
声の主が誰なのかわからないが、俺のあだ名を知っているということは知り合いなのであろう。俺がすぐに声を出せなかったのは、気が小さい小心者だからだ。
「カラ、俺や俺、中3の時に同じクラスだった柊や」
柊とは中学3年生の時の同じクラスメートではあるが友達ではない。俺には友達と呼べるような親しい仲のクラスメートはいない。クラスが同じだったという範疇のクラスメートしかいない。
「あ……柊か」
俺はため息交じりに返事をした。中学を卒業して、いや……中学時代から一度も柊とは学校以外で会ったことはない。
「カラ、今、中3の時のツレと飲んでるねん。お前も来いや」
「……ごめん」
中学校生活で楽しかった思い出など何1つもない。それに、柊は俺を弄ってバカにしていた人物だ。いまさら一緒に飲もうと誘われても行きたくはない。
「え!何、電波が悪くて聞こえんわ。長尾駅の近くのヘヴンに居るからすぐに来いや。待ってるで!」
「……」
俺が誘いを断ることを告げる前に柊はスマホを切った。俺は飲み会へは行きたくはない。根暗の俺が飲み会に参加しても、楽しいことなど何1つもない。それに中3の時のクラスメートと会いたい気持ちなども一切ない。しかし、この連絡がきっかけで、俺の心の憶測に眠っていた感情が目を覚ます。俺はその感情に操られるように家を出る。このいつもと違う選択は、俺の人生を大きく狂わせるのであった。