8.
「つまりは、野良魔晶石を見つけ出したら高く売れるってこと?」
卓上のランプが怪しく揺らめいた。ウィルの瞳がその光を映して、鈍く光る。
肘をつき顎に手を当ててとらぬ狸の皮算用をするウィルの頭に、僕は手刀を入れた。
「痛い! 何するのさ!」
「悪い頭は叩き切ってあげようかなって」
「ちょっとマスタ〜、ロンがいじめてくる〜! 暴力反対、暴ー力反文ー寸!」
いつの間にかすっかり落ち着いたアミスとテオの元へ、ウィルが逃げていく。そんなに強く叩いていないよ。乗せただけさ。
テオはよよと泣きつくウィルを受け止めて、こちらも宥めにかかる。
「あんまり無理を言っちゃいけませんよ」
「待ってマスター、言う相手おかしくない? オレは別に無理を言ってなんかいないもん!」
「まあ、無理は言われてないね。馬鹿なことは言ってたけど」
僕も椅子を降り、彼らの元へと向かう。
僕にはウィルの方がよっぽど猫のように見えるけれどね。
「誰が馬鹿だって?」
「君だよ」
「オレは馬鹿じゃないもん。ねえ、マスター?」
「ううん……」
「そこはスパッと否定してくださいよ!」
味方のいないウィルは、わざとらしく泣き真似をしてみせるけれど、それに引っかかるような人はここにはいない。それに更に凹んだ様子で、アミスの腰掛けるテーブルの向こう側の椅子を引いた。
「私は馬鹿でもいいと思うわよ」
「慰めになってないよ」
アミスが不貞腐れて机に突っ伏すウィルの頭をポンポンと撫でる。そのまま僕の方に視線を寄越して、少し首を傾げて言った。
「それにしても、みんな私が見えるのね?」
答えたのはウィルだった。ぶすくれたまま、机の上にぐいと腕を伸ばして。
「そりゃそうだよ。ロンがそういうふうにギルドのみんなを調教しちゃってさあ」
「人聞きの悪い言い方をするのが流行りなの?」
「オレの中ではね。ロンが悪く言われていると、こう、胸がスッとする」
「性格が悪いな」
ウィルは身振り付きで説明してくれるけれど、それをまともに見ているのはアミスだけだ。目を閉じているから、実際には見ていないのかもしれないけど。
「いいかい、僕は別に調教なんてしてないよ。ウィルが魔法を視認できるのは元々だし、他のメンバーだって大体そうだ」
「そうなんですか、マスター?」
ウィルがテオに話題を振る。テオはいつもの調子で淡々と答えた。
「俺は調教されましたけどね」
「ごめん、テオはした」
「やっぱりしてるじゃん!」
いやいや、でもテオだけだよ。それも随分昔の話だし、このギルドを設立してからはそんなことはしていないよ。
僕の視界の端で、アミスがテオのエプロンを軽くつまんで引っ張った。
「あなたMなの?」
「えむ、とは……?」
「被虐趣味」
「ひぎゃ……」
「ちょっと、テオに変な言葉教えないでくれる?」
「まあ、対主についてはそうかもしれません」
「ちょっと、その話題広げるつもり?」
女神様は足を組んで、何か考えるような素振りを見せる。
考えなくていいんだよ。何が「それもそれでアリっちゃアリだけど私の入る隙は欲しいところよね」だよ。ボソボソ呟いているの、聞こえているからね? ナシだよ。
僕が白い目を向けているのに気づいたテオが、僕の所へ椅子を持ってくる。
「何か用意しましょうか」
「食後のデザートも終わってしまったところだからね」
「それなら、ハーブティーでも」
「いいね。頼むよ、ウィルの分も」
「あれ、珍しく優しい?」
ウィルが顔を上げた。テオはカウンターに戻って、湯を沸かしている。
僕は椅子に腰掛けた。
「僕はいつだって優しいだろう?」
「いや、ないない。それだけはない」
そんなに否定してくれなくてもいいと思うけどね。
物珍しそうに僕たちの会話に耳を傾けるアミスは、子どものように表情をコロコロと変えていたが、それも飽きたようで、テーブルの縁に腰掛けたまま、足をぶらつかせている。
「アミス、あなたも座るといい。テオ、彼女にも何か用意してくれる?」
「ええ」
テオからすぐに肯定が返ってきたのとは逆に、アミスはウィルのようにつまらなそうな顔で言った。
「別にこのままでもいいでしょう」
「まあ、あなたと顔を見合わせて飲むハーブティーもいいかも知れないけれど」
「私を肴にするつもり?」
「あなたがそこに居るって言うならね。美人を肴にというのも、僕としては悪くはない」
「趣味は悪いと思うけどなー」
「私が何か?」
「いやいや、ロンがさ。ほら、変なやつだと思うでしょ?」
「それはそうね。間違いなく変ではあるわね」
「君たちに言われたくないよ」
軽口の応酬がリズムよく続く。
もう帝都も眠ろうという頃、この地下空間だけは暖かい灯火が点っている。
テオが僕の後ろのカウンターテーブルにティーカップを置いた。白く湯気をたてながら、ポットから注がれるハーブティーの香りが、思いがけず積もっていた心の荷を解いていくようだ。
「女神様はこちらに」
テオがウィルの向かいの椅子を引けば、アミスは渋々といった様子でそちらへ移る。それからカウンターへ戻ったテオは、よろしければ、と僕たちがさっき食べていたのと同じプリンをアミスの前に差し出した。
「もういくつかプディングが余っていましたので」
近くから、じゅるりと涎を啜る音がする。
「ウィルもいりますか?」
「いる!」
子犬のように尻尾を振っているのが見えるような気がした。いつだってそう、素直でいてくれればかわいいものなのだけれどね。
テオも苦笑しながらカウンターへ戻っていく。
どれだけ食べようと構わないっちゃあ構わない。その分仕事をしてもらうだけだからね。
だからと言って、他人の前に出されたものを物欲しそうに見つめるというのはちょっと、どうかと思わないでもない。
「女神様食べないの? マスターのスイーツは絶品だよ!」
要約すると、「いらないならオレが貰っちゃうよ!」だ。真っ向勝負をしようとするんじゃない。
けれどもそれを言われたアミスの反応は、予想外のものだった。
これまで自発的に僕を見ることなんて1度もなかったのに、ここにきて僕に訊ねてくる。
「食べられるの?」
「食べられるよ。物は減らないけどね」
「食べられない可能性があったの……?」
食事を第一の友とするウィルは、愕然として呟いた。
ウィルが実体化した神様を見るのは初めてだろうから、勝手が分からないのも無理はない。
「人の姿はしているけど、実際のところ、魔力塊みたいなものだからね。普通の人間には見えないし、触れないし、聞こえない。君たちは魔法を視認できるから見えてるけど」
「それでオレは抱きつかれたわけだ」
「そう。魔法を知覚できない人なら、あれをされても気づかないんじゃないかな」
「それはそれでつまらないわね」
「詰まる詰まらないで言うならそうだろうね」
魔法を信じなければ魔法が使えないように、神の存在を信じなければ、神は見えない。見えないだけじゃない。声も届かなければ、触れることもできない。触れられることもない。
人の信心によってその姿を保っている神にとって、それはどれだけ辛く苦しいことだろう。
無視しているわけでもない。そもそも気づきもしないんだ。ちょうど盲点に入ってしまったように、確かにそこにあるのに、感知されない。
それは蹂躙された民草にも似ている。
「普通に魔法を見られるっていうのも良くもあれば悪くもありってカンジ?」
「良いだけのものも悪いだけのものもないよ。何だって、良くもあれば悪くもある」
「難しいこと言うなよな〜」
「美味しいわ」
アミスは自身の魔力で作ったスプーンで、プリンを掬って食べる。見た目にはそう変わらないけれど、食べられたところはなんだか少しだけ薄れて見える。
テオがウィルの分もプリンを持ってきて、テーブルに並べた。ウィルの意識はすっかりそちらに持っていかれてしまったようで、先ほどまでのいじけっぷりなど嘘のように、スプーンに残る残滓さえ舐め取る勢いで食べている。
「それにしても、全く長い1日だった」
思わず溢れた言葉に、テオが「そうですね」と反応する。
僕の従者は朝から晩まで、僕が頼んでもいないのに僕のことを陰から見張っていたはずで、その肯定に特別な意味などなくっても、なんだか邪推したくなってしまう。
僕の視線ににこやかな笑顔で返してくるテオは、僕が言うのもなんだけれど、流石にちょっと怖い。確かに僕は放っておけない魅力があるけれど、だからって四六時中監視される覚えはないよ。
僕が「座れ」と言ったとしても頑としてそれを受け付けないようなやつだけれど、輪から外れたところにいられるというのもなんだかもどかしくて気に食わない。これでもかわいがっているんだ。
僕は軽くカウンターを叩いた。
「どうしたものかとは思っているのだけれどね」
近くへとやってきたテオが僕をまっすぐに見つめる。
「不満があるかい?」
「いいえ、あなたが決めたことなら」
口ではそう言うけれど、不満があるのは明白だった。わかっていてやっている僕も僕だろうか。
確かに僕だって、好き好んで帝国の犬の世話なんかしたくない。警備隊どころか、帝国が運営する組織に関わるのはごめんだと思っている。けれど、今回ばかりはそうもいかない。
もちろん報酬に目が眩んだわけじゃあないよ。そんなそんな。僕というものがそんな、10億ジェニーあったら何ができるかなとかそんな、皮算用をしているわけないじゃないか。そんなねえ? とりあえずこの狭いギルドをもうちょっと広くはできるかな。
そうじゃなくって、シュウのことだ。古い縁でもあるし、なにより、あの戦いに巻き込んでしまった責任は僕にもある。彼が何か、この平和な世の中で悪事を働こうというのなら、僕には止める責任があるし、もしそれが悪事じゃないっていうのなら、僕はそれに乗っかったっていい。そうではなくて、シュウの名を騙る何者かがいるというのなら、世に出なかった、愛されなかった公子と蔑もうというのなら、僕にはそれを止める義務がある。
とはいえ。とはいえだ。
「なるべく早く解決して、なるべく早く街を出るよ。明日とは言わないけれど」
「ええ」
「明日は何かあるの?」
ペロリと口の端を舐めながら、ウィルが訊いた。
「ロナウドの妹さんに会うことになっている」
「ロナウド? ああ、貴公子サマのお目付け役の」
「お目付役なんだ」
「守り役だって話だけどね。貴公子サマが何かされるより、貴公子サマが何かしでかしてる噂の方がよく聞くよ」
「そうなんだ」
まあ、ウインクひとつで女性をくらりといかせてしまうようなタイプのやつだから、そういう噂も出るだろう。本人が何か悪いことをしそうには見えなかっ……、そんなこともないかな。
「相変わらずだね、ロンも」
「どういう意味かな?」
「べっつに〜? それより、ベリル伯爵のところじゃなくっても、働き口くらい見つけられるんだろ? なんなら、警備隊にでも入ったらいいじゃない。そう急ぐ必要もないと思うけど。他に当てでもあるの?」
「当てっていう当てはないけど。一応、そろそろジェイデン家に顔を出してもいいし、外区に行ってもいい」
「そんなに帝都が嫌になったの? ロンが出てくってことはマスターも行っちゃうんでしょ? で、オレは残ってお留守番」
僕がどうこうというより、テオに会えなくなるのが寂しいらしい。ウィルは拗ねたふりをしながらも、すっかりプリンを食べ終わったアミスから、残ったものを受け取っている。
「帝都が嫌なわけじゃあないよ。物価は高いけど。そうじゃなくって、その警備隊が困りものなんだよ」
「貴公子サマ?」
「あれも扱いに困るけれど、それよりももっと不味いのがいる」
「マズイの」
「シン鬼ぇ〜さまが」
僕の言葉に、ウィルの手も止まった。
「シン・ジェイデン?」
「そう」
「あの?」
「あの」
納得した様子で、腕を組んで何度も頷いている。
「そりゃあ、ロンが嫌がるわけだ」
首がもげるんじゃないかと思うくらい深く頷きまくっているウィルに、アミスが尋ねる。
「誰なの? それ」
「ロンの義理のお姉さん。兄嫁ってやつ。すっげー怖いの。頭ん中筋肉でできてるんじゃないかって話だよ。オレは遠目で見たことしかないけど」
「へえ」
「パッと見綺麗なお嬢さんなんだけどね。マジで。どれだけの兵士たちを医務室送りにしてきたかって」
シンおにぇーさまの噂は領地の内外、はたまた帝国の内外を問わず轟いている。昔隣国に留学に行っていたというから、その頃の名残だろう。実際、あの人はおかしい。自分の体力を他の人が持っているだなんて思わないでほしい。切実に。
言いながらアミスのプリンを口にしたウィルが、渋い顔になる。
「何これ」
「どうかした?」
「虚無だよ、虚無。何かを食べている感覚はあるのに、味はしないし食べた気もしない」
「そんなもんさ」
「ちょっと〜!」
渋い顔ながらも、食べ物を粗末にするのは彼の主義に反するようで、残りのプリンだったものを頬張っている。僕は残っていたハーブティーを飲み干して、カップを置いた。
「伯爵のところを追い出されたってことは、ロンは今日からはこっちに泊まるの?」
「そうだね。ウィルも泊まっていく?」
「オレは帰るよ。ロンがいるんじゃベッドが狭くて寝られない」
「そう」
精一杯の皮肉だったんだろうけど、僕にはそういうのは効かないんだっていい加減学んだ方がいいね。ウィルは目の前の足を組んで暇そうにしているアミスに顔を向けた。
「女神様はどーすんの?」
「私?」
「ってか、女神様どーすんの?」
今度は僕の方に。どうするって言われたって、神様の動向を僕が決められるわけないじゃない。
神は気まぐれで、好き勝手するものだよ。
アミスまで僕の方へ答え待ちの姿勢を見せるものだから、僕としては困るところなんだけれど。
「古いベッドなら空きがある。ね、テオ?」
「はい」
「それを使ってもいいし、帝都を回ってきてもいい。別に僕はあなたを縛りはしないよ」
「そう。なら好きにさせてもらうわ」
アミスはどうやら、街を見て回るつもりらしい。
僕もそろそろ寝よう。明日も早いし、彼らに連れ回される予定もある。いやあ、まったく、本当に長い1日だった。
「じゃあウィル、また何かあったら——」
立ちあがろうとしたところで、視界が暗転した。




