近衛兵×王子 5
フォガスの、傷痕だらけの右手が、ゼクノアの左頬を労るように伸ばされる。ゼクノアは嬉しそうに頬を綻ばせて、自分の左手をその上から重ね合わせた。
「貴方にこうして触れていただくのは、随分と久しぶりな気がします」
ゼクノアはフォガスの手に頬をすり寄せる素振りをし、それから心底嬉しそうに、安心するように息をひとつ零した。
「……殿下が剣を握るという話をした際、触れた記憶がありますが」
「あれは手だったではないですか。それに、王女だけでなく、周囲の目もありましたし」
「今も、あまり状況は変わっておりませんけれど」
そう言い、フォガスは空いている手でゼクノアの腰を引き寄せた。それに気恥ずかしそうにしながらも、素直に身体を預けるゼクノアは、満更でもなさそうに見える。
二人はどうやら、どこかの部屋にいるみたいで、つまりこれは、内密に逢瀬をしているということだろうか。
ゼクノアの頬を撫でていた手が顎へと移動して、俯き気味の顔を無理やり上げさせる。近づく二人の距離に、私は『行け! そこだ! はよ!』と焦りを抑えられない。
「フォガス、殿……。いくら王女が今お休みしているからとはいえ、やはり、貴方は王女のお側にいなければ……」
もうちょっとだったのに、こんな時まで真面目なゼクノアはフォガスのお勤めにまで気を回している。ご丁寧に口と口の間に手まで入れて、だ。
いいんですよ、そこは。そんなこと気にしなくていいんですよ!
「殿下。今は貴方の騎士殿が、俺の主の護衛についていると、先ほどおっしゃったばかりではありませんか。それを命じたのは、貴方ご自身でしょう?」
「それは、その、そうですが……」
「それとも」
二人の間に割り込むゼクノアの手を、明確に言えば、その細い指先に、フォガスがやけに厭らしく舌を這わせた。
「……っ、フォガスどのっ」
「これで焦らしているつもりですか?」
「そんなつもり、は……っ」
ゼクノアは頬だけでなく、耳の先まで真っ赤になる。からかうように、意地悪な笑みを向けるフォガスは完全に遊んでいる。
いけ! やれ! そこだ! と剣技大会を見る野次のおっさんみたいな歓声を飛ばしながら、私はそれを――
※※※
「ルナセレア様!」
「んがっ!?」
いきなり呼ばれて、私は頭から床に落ちた。
「いった……」
頭を擦りながら体勢を整える。
そうだ。私はちょっと休憩しようと、ろくに着替えもせずベッドに入り込んだんだっけ。
ということは、さっきのは。
「夢!?」
「またドレスのまま寝ていたのですね! 何度言えば……」
ガミガミが始まった侍女のお小言をろくに聞きもせず、私はされるがまま着替えさせられていく。
着替え終わる頃に扉がノックされ「はい」と返せば、ゼクノアが遠慮がちに顔を覗かせた。
「ルナセレア王女、ゆっくりお休みできましたか?」
「えぇ。ありがとうございます」
正直、まだ起きたくなかった。折角いいとこだったのに。でも知ってる。夢の続きを見たくて寝たとしても、その続きを見ることはほぼないんだ。
内心落胆しながらゼクノアの元へと歩く。隣に並んだところで、額にうっすらと汗が浮かんでいることに気づいた。汗をかいているのを見たことがなかったから、私はつい、
「珍しいですね。ゼクノア様が汗をかくの……あら? 首、赤くなってますよ?」
と指摘してしまった。
途端、いつもは穏やかで、慌てる姿なんて見せないゼクノアの顔が真っ赤になった。右手で首筋を隠すようにして「これは、そのっ」と言い訳を探すのに必死だ。
「ざ、雑務というのが、ここらの害虫駆除、でして……。田畑にも害が及ぶといけませんし」
「そ、そうだったのですね! でしたら、虫刺されのひとつやふたつ、出来ますよね! 私が刺されなくてよかったですわ!」
「えぇ、全くですね」
なんとか誤魔化せたかしら。
でも私は見てしまったの。廊下で控えていたフォガスもうっすらと汗をかいていて、彼の左手首には、同じような赤い痕がついているのを。
これは今日だけでなく、明日も楽しめそうだわ。