近衛兵×王子 4
それにしても。
国境付近へ来るのは随分と久しぶりだ。
確か前に来たのは、私たちのリンゴーク国の特産物である“野草”を取る、という名目で視察に来た時くらいか。
自然が多い我が国は、野草がとても育ちやすい環境にある。けれども、それを流通させる経路も商才もなかったために、長らく日の目を見ることはなかった。
それに目をつけたトーカイ国は、ゼクノアと私の婚姻を結んで、広く流通させるつもりなんだろう。
「別荘が見えてきましたよ」
侍女に言われて、窓にかかるカーテンの隙間から外を見る。
遠目にもわかるくらい立派な屋敷が見えてきたところで、私は「んんん?」と目を細めて、屋敷を凝視した。
「わ、わぁ、ゼクノア様がお出迎えしてくださってるようで……」
ゼクノアの前に堂々と止まった馬車は、馭者によって扉を開かれた。最初にフォガスが降り、私に手を差し伸べる。その手を取って降りれば、ゼクノアが「お待ちしておりました」と深々と頭を下げた。
「ご機嫌よう、ゼクノア様。今日はお招き頂き、誠に感謝しております」
私もドレスの裾を軽く持ち上げて、腰を少しだけ落として挨拶を返す。ゼクノアは目を細めて穏やかに笑うと、
「こちらこそ、わざわざ遠方からお越し頂きありがとうございます。長旅でお疲れでしょう。パーティまではまだだいぶん時間がありますので、休息を取られてはいかがでしょうか」
と控えていた付き人をちらりと見やる。
確かに長旅といえば長旅だった。今日の夜はパーティをして、それから、そうだ、今日は泊まって、明日街に行きましょうって言われていた気がする。
「ゼクノア様は、どうするご予定なのですか?」
「お恥ずかしながら、一、二件ほど雑務を任されておりまして。それがまだ、終わっておらず……」
ゼクノアは気の抜けたように笑ってみせるけれど、いくら私情といえど、パーティをするというのに雑務を任されるものかしら。ま、トーカイ国はこちらと違って大国なわけだし、色々あるのかもしれない。
「ではお言葉に甘えて」
断る理由もないし、私は控えていたフォガスと侍女を引き連れて屋敷へと入る。
右隣にゼクノア、左隣にはフォガス。
どう見ても私、邪魔なんですけど!?
「今日は、フォガス殿お一人なのですね」
「え? え、えぇ、国同士のパーティでもないですし。あまりぞろぞろと連れ歩くのも、違うでしょう?」
小首を傾げてみせれば、ゼクノアは「そうですね」と人懐こい笑みを浮かべた。可愛い。尊い。この笑顔が私に向けられていることが惜しい。
「僕も、信用している者数名を連れてきております。何かお困りごとがあれば、その者にでも構わないので、おっしゃってください」
「お心遣い、感謝しますわ」
信用、か。
ならゼクノアの本音を知っている人がいるってことかしら。いや、信用しているといっても、そんな簡単に胸の内を明かすわけないか。
なんて考えているうちに、私にあてがわれた部屋へと着いた。白を基調とした壁には、花の絵が描かれていて、ベッドは立派なものではないにしろ、それなりに上質なことがわかる。
「では、時間になれば人を寄越しますので」
「ありがとうございます。ゼクノア様もお仕事頑張ってくださいな」
王子、というよりまるで爵位持ちの貴族だ。
「爵位……、まさか……」
そこまで考えて、私は頭を横に振ってその考えを吹き飛ばした。もしそうだとして、それがなんだというのか。
「むしろ、国境付近の防衛で居を構えているほうが二人の時間を取りやすいのでは……?」
下手に城にいるより、はるかに逢瀬できるじゃないか。
「うふ。ふふふ。そういうのも、ありよりのありだわ」
控えていた侍女がコホンと喉を鳴らすまで、私の怪しい笑いは続いた。