第93話 ヴァイスハーフェン家の薬
一か月後、感化院に入れられたミリアの問題行動の報告があがった。
ミリアの乙女ゲームへのこだわりはある種の妄想癖と解釈されている。この世界ではそれ以外に判断のしようがない。そして、その妄想癖が軽くなるどころか悪化しているとの話だ。
「私はいずれ王妃になるのだから、親切にしておいた方が得よ」
職員や同じく感化院に入れられている者たちにそんなことを言いまわっているらしい。まだあきらめてなかったんかい!
どうしても壊せない現実の壁に対する人の反応には二種類ある。
現実に即して対応を変えるか、その壁を認めず自分の妄想の世界に引きこもるか、ミリアは後者の方だったようだ。
あの精神状態を放置したまま野に放てば何をしでかすかわからないし、そうかといって半永久的に感化院に閉じ込めておくのも、制度的に不可能だ。
私はミリアの処置としてある薬の使用を考えた。
しかし、その前にリーニャの意見を確かめようと思った。彼女をダイネハーフェン相談所に呼び出し、ミリアの状態を余すとこなく説明した。
「私からの説得を期待されているのでしょうか?」
「いや、それが功を奏するならあんな事件が起きる前に何とかなっていたはずだ。正直言って、これは物理的に何とかしなければならないのではないかと思っている」
「物理的って、まさか!」
「ああ、いや、刑罰の類ではなく、わが家門が開発した薬を投与することを考えているって話さ」
「薬ですか……?」
「ああ。とある政変をきっかけに、被害者を増やさないため我が家門が時間をかけて開発した魔法薬さ」
私はリーニャにその薬の由来を放し始めた。
それはフリーダ女王の孫の代のこと。
第十三代ドリハルト王の王子は婚約者であるルルージュ公爵の娘を愛さず、とある男爵の娘を愛し、その娘と一緒になりたいがために公爵令嬢に冤罪を着せた。
ルルージュ公爵家は怒った。
非は王子の方にあるので公爵家の怒りは当然だろう。
しかし、王子が魅せられた男爵令嬢というのは、どうも周囲を自分の思う通りに操ることにたけた女性だったようで、父である国王もたきつけ、公爵家に反逆の意志ありとして逆にその家門を取り潰してしまった。
当時はまだ連座制が適応されており、婚約者であった令嬢の家族、幼い弟妹達でさえも処刑は免れなかった。同じく公爵位にあったヴァイスハーフェン家のご先祖は、せめて子供たちだけでも、と、助命嘆願をしたがそれはかなわなかった。
それを機に、貴族の家門が罪に問われたときに巻き込まれる『罪なき者』を助けるための薬の研究を、ヴァイスハーフェン家は始めた。
今までの記憶をきれいさっぱり忘れることができると同時に、王家の警戒感を薄めるため持って生まれた魔力を減少させる効果を付与された薬を開発。
その薬はルルージュ公爵家には使えなかったけど、次のメレディス公爵の乱の折、年端もいかぬ子や分家筋の者たちにその薬を使い、彼らに別人としての人生を与えたのだった。




