位打ち
家宣が熙子のために造らせた
大奥の竜宮城のような
華麗な装飾の御対面所に
熙子の御用人である
堀と本間と早川が参上している。
折しも
熙子の亡くなった母
品宮の法要の打合せが
行われていた。
早川は
熙子が輿入れの時から
京より付添い仕えているじいや。
家族同然のじいや侍女達と
お茶を飲みながらの
団欒な打合。
熙子は
脇息にもたれながら寛ぎ
子供の頃に戻ったように
早川のじいに話す。
「早川のじいには
また京に行って貰いたいの」
早川にとっては熙子は
いつまでも幼い頃の可愛いままの姫。
目じりが溶けている。
「懐かしい京に戻れるのですから
じいは嬉しゅうございまする」
「わたくしの代わりに
おたあさんの御参りお願いね」
「畏まりまいてございまする」
そんな
熙子と早川のほんわかした様子を
堀と熙子の侍女達は
微笑みながら見守っている。
やがて、打ち合わせが終わると
気の置けない内輪なので
おしゃべりの時間に突入。
御茶菓子の
羊羹を味わいながら
他愛もない話に花を咲かせるなか
熙子がさりげなく
江島の七つ口の遅刻の話を振った。
「なにやら
七つ口が騒がしいようだけれど」
「やれやれ
遂に、一位様のお耳にも
聞こえましたか」
早川のじいが
苦笑いする。
「じい達も知っているのね」
熙子付の男性役人は
御用人という役職で
七つ口のある
御広敷と呼ばれる
男だけの事務所に詰めている。
七つ口で何度か問題になれば
当然、じい達の耳にも入る。
熙子は残念な思いを滲ませ
続けた。
「先の上様、文昭院様は
品行方正な将軍であらせられたのに
その御意志を蔑ろにし
御年寄という人の上に立つ者が
門限一つ守らぬとは。
上様が幼いと
このように乱れるものなのですね」
家継が可愛い熙子は
家宣亡き後
瞬く間に乱れた
月光院達が悲しく口惜しい。
「一位様が
これほど御心痛に遊ばされるとは。
月光院様は
御年寄を統率することも
お出来にならぬのかのぅ」
じいと同役の堀も
主の熙子が不憫で
思わず相槌を打つ。
そして、熙子が本題に触れた。
「わたくしから言えば角が立つゆえ
何も言わぬ方が良いと思っているの。
月光院も将軍生母の立場は
どのようなものかわかっているはず。
そなた達は
火の粉が掛からぬように
身綺麗にして、よう気をつけてたもれ」
熙子の言葉に
早川は目じりが下がりっぱなし。
「おお
我らを御心配くださるのか。
お優しいのぅ。
我らの配下には重々言い聞かせまする。
なに、長年、桜田御殿から
お仕えしている者ばかり。
文昭院様の御生前の頃と変わらず
思し召しを守り過ごしておりまする。
一位様にはご心配なきよう」
「嬉しいこと」
早川と堀と本間の
変わらない忠義を有難く思う
熙子だった。
熙子は主として
朝廷や実家の近衛
大奥の女中達
大勢の家臣と
その家族を守らねばならない。
身勝手な者達の不始末に
巻き込まれる事などできない。
月光院達が
実力不足で落ちていくのは
自業自得。
熙子たちは
火の粉を払いながら
ただ、傍観するのみ。
公家の伝家の宝刀、位打ちである。
天井に浮かびながら
熙子を見ていた家宣は
流石、我が最愛の妻よと
暗黒の微笑みを湛えていた。




