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キーンスレイヤー  作者: 永井伝導郎
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MASTER

3人目の主人公はこの男。元々、悪い人間でした。

そんな彼が……おっと、いけないいけない。

そんなに長い話ではありません。どうぞ、ごゆっくりくつろいでいってください。

 都市圏から離れた大阪府河内長野市金剛山にその研究所は存在した。建前上は水質検査の研究所であり、実際に水質検査も行っている。その研究所は日本では有名な企業であり、信用が置かれていた。市議員の天下り先としても有名なのであるが。研究棟から離れた倉庫に彼女は住んでいた。正確にはここに住み込みで研究をしていた。

「あ~~~~~……」

可愛げのない猫のような声で彼女・タツタフブキはひとつのフロアを自宅のように使用していた。ガラスの向こうに寝かせている老人の死体をモニター越しに見ながら頭を掻いた。手入れしていない髪からフケがパラパラと落ちる。目の隈は寝不足を示していたし、そのジト目とへの字口は他人を寄せ付けない要素の一つである。むしろその方が彼女にはやりやすかった。何事も。課題もレポートも……

「ん?」

 彼女は自分のワキのニオイを嗅いだ。そういや、もう、4日は風呂に入っていない。それだけこの研究に没頭していたのだ。さすがにトイレへは行っているが。

 フブキは一二歳でアメリカハーバード大学へ留学した。子供の頃から気味の悪い子であったが、彼女の頭脳は日本では開花できなかっただろう。飛び級というシステムで大学生活を一年続け医療技術の論文を発表後、博士号を得て、帰国した。日本の面白くもない授業を聞くという拷問よりも、企業の犬として自由に研究させてもらうほうが彼女は幸福である。

「このおっさんもロクなことしなかったんだな……」

ガラス向こうの老人の遺体。それは大阪市の某所で凍死したホームレスであった。彼女は彼の名を知りはしなかったが、彼の経歴書を読んで、生理的嫌悪の感情が湧いた。

 彼、タカダコウタロウは闇金組織のリーダーであり、暴力団とも、つながっていた。取り立てが厳しく、自殺者も多数、カムチャッカ半島沖の漁船に送った者も数え切れず。最後は事務所が警察に踏み込まれ逮捕。銀行の口座からナニからナニまで失った。判決も懲役八年で、恩赦もなく、娑婆へと帰ってきても、家族は北海道へと転居し、親類縁者から絶縁されていた。孤独な彼がツテで空き缶拾いを始めたが一年も満たない期間で凍死した。これにはリンチ説や自殺説も流れたが誰もが口を閉じていた。警察もそれ以上追求せず、彼の事件は終わった。

 そのはずであったが、国家はこういう死体を待ち望んでいた。新たな兵器『M』の実験の一つとして使えるのだ。この研究所に搬送されたのは、つい昨日だ。司法解剖もなく、適当に扱われたというのがマジマジとわかる。フブキも同情すらない。自分の専行も死体蘇生であったからだ。日本政府はすでに秘匿ではあるが『MZ』なる死体に『M』細胞を脳幹に植え付け、蘇生させ、特別な兵士として利用している。このタカダコウタロウも『MZ』として蘇生させるつもりなのだろう。自分に任せたのは新人教育というヤツだ。レクチャーを受け、実際に移植手術まで見せてもらった。自分ならできるという思い込みもある。

 タカダコウタロウの脳幹に『M』細胞を植え付ける手術をしたのは自分だ。メガネの奥から自身が浮き上がる。完璧だった! 成功した! 私は間違っていない! 

そう思っている。通常、成功した『MZ』が起き上がるのは意外に時間がかかるものなのである。バイタルメーターも今は死体のそれであるが、脳波の部分は特に念のいった装置がつけられていた。少しの電気信号でもあれば反応する代物だ。しかし、『MZ』の成功率はそんなに多くない。失敗して当たり前の世界である。それでもフブキには自信があった。彼女には彼女の理論があり、それを正しいと思い込んでいるのだ。彼女の理論が正しければ、そろそろタカダコウタロウは『MZ』として動き出し、新しく、正しい理論の始祖に彼女はなるだろう。

 

 午前三時〇四分。脳波バイタルが激しく動き始めた。フブキは狂気の目でガラス越しの『MZ』を見る。彼は起き上がり、身体を確認する。苦しそうだとか、そのような素振りはなく驚愕しているのであろう。

「なんじゃあ、こりゃあああああああああああー!」

タカダコウタロウは叫んだ。叫んで当然であろう。いきなり自分の身体が、げっ歯類のソレに変化していた。体毛も歯も爪も。ガラスに写った自分の姿は『ラッコ』であった。家族旅行で行った水族館で見たことがある。何故、自分はラッコに? 気がおかしくなりそうになりながらも、彼はそれまで安置されていたベッドに座り込んだ。

「どうすりゃ,いいんだ……」途方に暮れそうだったが

「新たな生をうけたのだろう。生きればいいじゃないか」

いつしかフブキが彼の監視室に入っていた。眼鏡越しの目は哀れみも優しさもない。物を見るような目だ。

「次の生で人間以上の人間になったんだ……講習は後日!」

そう言って、彼女は踵を返す。脳裏にはいくつもの実験のことが浮かんだ。これらは日本史に残らないだろう、しかし、研究を始めることができるのだ。狂的科学者であり、良識など持たぬ少女は部屋を出た。

 茫然自失のまま、コウタロウは残された。とりあえず、自分がナニをやってきたのかを思い出しながら

「お釈迦さんよぉ~……罪滅ぼしってヤツかい?」

ベッドに寝そべり、眠くは無いが彼は目を閉じた。これから自分がナニをされるのか? なにをさせられるのか? どっちにしても、非人道的なことであろう。日本の真っ黒な部分は見てきた。第二次大戦後の日本も、バブルの時代も、多くの災害も……


 タツタフブキの講習によると、自分は人間を超える生物になってしまったとタカダコウタロウは理解した。どれだけの能力があるかの実験を繰り返された。そして、一日に一回、クスリを打たれた。

このクスリが切れると死ぬよりもキツい死に方で死ぬとのことであった。だから、このクスリは必ず三日に一回打つ事をルーチンワークにしていた・事実、『MZ』はこのクスリがなければ生きていけないのだ。戦闘に出しても短期決戦しかない。相手に逃げられたなら、調査班の仕事になり、潜伏している場所へと向かわされる。そんなことは、どうでもいい。フブキはコウタロウが戦闘に不向きな人材であると感じていた。彼女の人生経験では、それも仕方がないことであろう。だから、彼女はこっそり筋力増強剤を飲ませて任務へと送り出した。

 その結果は明らかであった。コウタロウは見事にネズミの『M』を二体も倒した。『MZ』のデビュー戦としては良い方だろう。その戦果にフブキは満足そうに笑んだ。

「さあ! あたしのために戦え!」

コウタロウはウンザリであったが、クスリのために仕方がない。しかし、『M』を狩っていると充実感を感じていた。彼の仕事での相棒である『タニカゼ』と呼ばれる男が接してきた。当然、仲間だ。

「王の元へ行かないか?」

端的にこれだけであった。彼は脱走するつもりなのだ。その仲間としてコウタロウを選んだのだ。充実感の反面に一つの物足りなさを感じていた彼はその誘いに乗った。クスリは彼のアジトにもあるとのことだ。

彼は任務中、フブキに会った。彼女の方は戦闘データの収集であった。

「こんなヤツのために苦労はしたくない!」

戦果として持ち帰った脳幹部を破壊した敵の頭部を蹴り飛ばし、そのまま「ふん!」と一瞥もくれず立ち去った。ねぎらいの言葉もない。

 次の任務でタニカゼとコンビを組んだ。そして、彼ら二人は任務を放棄し、『王』と呼ばれるモノの元へと走り出した。

 その報告を知ったフブキは意外に冷静であった。

「まあ、そろそろだと思ってたよ……追撃隊を!」

その命令は受理されたが、行動は遅くなる。苦々しい顔で親指の爪を噛んだ。

 タニカゼに連れられ、コウタロウは影になる場所を走った。ここれで『王』の元でクスリなしで生きていける世界にしてやろうと考えていた。









王。

この世界にもやはり『王』が存在するのです。

この男のようになった時、あなたはどういった人生を選びますか? 

その答えは後日にでも。

では、またお会いいたしましょう。

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