00. 夏と保健室
「君はどう思うんだい?」
「……僕が、ですか。」
「他に誰がいる?」
それはそうだ。今この部屋にいるのが僕とおじさんだけ。
「目が痛いのでライトを差すの止めてほしいと思います。」
「いや、そこじゃないんだ。そもそも、これは定期診断の内だ。もう何年かやっているだろ、いい加減慣れろ。」
それも確かにそうだ。おじさんが聞いたのは質問前に話した話題のこと。
だけどどうこうしても内容が思い出せない。
「すみません、聞き流しました。」
おいおいおい、みたいな顔をするおじさん。
おじさんの名前は確か、二之宮慶一郎だった。親の友人で親戚みたいな人だから、おじさん呼ばわりは子供の頃から抜けてない。
「勇剛くんは頭いいから、もっとしっかりしろよ。まぁいい、もう一回説明するよ。」
そう言っておじさんは診断を終え、僕に雑談をするつもりでしょう。内容は覚えなくても、この人の癖は知っている。
「結構大事な話だから、今度こそちゃんと聞けよ?」
そんな僕の考えが読まれたかのようにおじさんは言った。
「勇剛くんは今確か、大学生だろ?」
「まあ、一応そうですが。」
「何その回りくどい言い方。」
と言ったそばから、「いや、気にしてもダメか……。」と答えるおじさん。
「……続くよ。今後のことも考えないといけないし、私も一応君の両親の友達だから。」
「と言いますと?」
「バイトをしてみない?」
え?
「え?」
「だから、バイトだ。私はこう見えて色んな人や企業と関わっているんだ。ここはそもそも、保健室なんかじゃなくてロボット制作会社だぞ?」
え?
「え?」
「そこは驚かなくていい。いや、もしかして本当に忘れてた? それは酷いぞ、勇剛くん。君のこの眼を作ったのも私よ? 今朝、頭打ったんじゃねぇの?」
そう言えば確かにそうだった。今日ここに来たのも疑似眼の定期メンテナンスと体調診断のため。長年に続くことだから、そんな情報が薄れていったのかな。
「さっきから "え?" しか言ってないけど、続きますよ? というか、もうこの話がほぼ終わってるから頑張れよ。」
そう言ってから二之宮おじさんが本当に続いた。
「話は至ってシンプル。バイトに興味はないか、勇剛くん? 君のこの眼に合っている、ぴったりのバイトがあるんだ。」
19年に渡って生きてきた僕にとって、意外にもこんな話が初めて。
「このバイトとは、どんなことですか?」
「そうだな。この仕事は、朝間市港警備会社と共同で作ったVR空間のテストだ。簡単だろ?」
「正直言って、あまり解らないところがあります。どうして僕ですか?」
「テスト中の今の状態では、普通の人じゃとても使えない代物だ。頭脳にチップを埋め込んだらなんとかできるだろうが、それはそれでやべーし。だけど、君の疑似眼のインターフェスを使えばできることだ。なぁに、大丈夫だ。分からないことがあっても、現地に着いたら私の作ったハクちゃんに聞いていいさ。それに……。」
割りと早口で喋っていた二之宮おじさんが急に固まった。そして考えを改めるためか、横に頭を振った。
「いや、一番の理由を言うと……。」
話し中でもデスクで資料をまとめてたおじさんが僕の方へ向いた。
「君が心配だから。」
即答だった。
「相手の企業にとって理由はもういくつかあるけど、私にとっての理由はそれだけだ。気づかないか、勇剛くん? 私と君のこの会話、ダメダメだぞ?」
それくらいは僕も分かっている。でも、それはどうしようもできない。
「君に経験を積んでほしい。人生のありとあらゆる経験をな。それだけを聞いてくれ。家族の友人として、君の未来が心配なんだ。」
真剣な目でこっちを見る二之宮おじさん。どうやら、本気のようだ。引く気の1ミリも感じない。
「……わかりました。」
おじさんの目が一瞬で丸まった。
「へ、へぇー、意外と素直じゃねぇの? 言い出したのは私だけど、本当にいいんかい?」
「まあ、そこまで言われましたら。それに、おじさんに何か頼まれてるの初めて。」
「そうか……。」
ホッとしたかのような答えだ。
「……てかおじさん言うな、おい。」
日本列島関東地方、朝間市。2112年、6月。
こうして僕、桐木勇剛は初めての職を得た。