自分のらしくなんて最初から分かってた
一葵 優凛 (いつき ゆうり)
いつも図書室で小説を書いている
基本的に会話を避けるようにしているため、友達はほぼいないに等しい
小林 湊 (こばやし みなと)
普段学校の司書をしている彼女
一見天然と思える言動もあるが、根はしっかりしている
ちっちゃくて可愛いものが大好き
放課後、梅雨特有の昼間の陰陰さに、夜の重さが増してくる午後5時17分。
私は将来設計の作文に追われていた。
「一葵君が居残りなんて珍しいねぇ~、しかも作文でなんて……」
小林さんが珍しがるのも仕方ない。
普段、作文用紙一枚の十倍以上の文章を、授業時間の合間を縫って書いているわけで。授業課題として出される作文というのは、一葵にとって造作もないことである。 たが、
今回だけは書こうという意思ですら姿を見せることはなかった。
(なんだかな……)
梅雨の雰囲気がそうさせるのか、将又気疲れからか、自分でもよく分からなかった。
「……図書室内では飲食禁止ですよ」
一向に進まない作文を横目に、隣でまるで上流階級の諸相で紅茶を嗜んでいる小林さんに注意した。
一応、図書委員としてね?
この時期でも比較的乾燥している図書室内では、梅雨独特の匂いもなく、
代わりに紅茶の甘ったるい匂いが押し包んでいた。
その注意に小林さんは「糖分補給はだいじだよぉー」 と自前の電子ケトルに水を入れ始めた。
一説によると登校時 ケトルの中身が満杯だったのが二限目にはもう空になってたのだという。
一葵は (紅茶で糖の吸収量が抑えられているとはいえ…余裕で血糖値高そうだな)と
内心思ってしまった。
ビリ………………ビリ
呆れて忘れかけていた作文に手を付けようとしたその時、後方から何やら紙を切る音が聞こえた。
何の音かと思ったが、状況が状況でスティックシュガーを開ける音だと難なく分かった。
……ビリ……ビリ…………ビリビリビリビリ
「おい死ぬぞ!」
思わず声を荒げた一葵に小林さんは初めこそ目を白黒させていたものの口の端をピクピクさせ笑いをこらえるのに必死な様子であった。
意図せずに現実をたたきつけるような形になってしまったが、間違ったことは言ってない……よな?
勢いよく振り返り、机の上にスティックシュガーのごみが散乱しているのを見た一葵は一時的に正常な判断ができなかった。
終始困惑を隠せないでいる一葵に、小林さんはしたり顔でフン!と何処か誇らしげに言い放った。
「大丈夫!糖に強い家系だから!」
「のっぉぅ」
おっとり系美人司書お姉さん、から、おっとり糖分系美人司書お姉さんに昇華した瞬間であった。
美女の、普段とは違う一面が垣間見えて萌えるという男なら必ず憧れるシチュエーションなのかもしれないが。萌えないし、逆に鎮火する始末。
(初めてがこれかぁ……)
一葵は一人、部活以外の生徒がいなくなった校舎で何処か虚しくなっただけであった。
「小林さんって大井とどんな繋がりが?」
ふと投げかけた問いに小林さんの返事はなかった。流れる沈黙に耐えかねて一葵が振り返ると、
何処か怪訝な様子でティーカップの底に目を据えたまま言った。
「……あの日は今日みたいな暗い日だったなぁ
仕事もなかったから朝からお酒飲んで…… 気づいたら一時で……」
(小林さんもお酒飲むんだ……なんか意外)
「なにか食べないとーって、洗濯物の山からジャージ見つけて……なんとかコンビニに行って……
帰ってみると私の家の玄関に座ってる女の子がいてね……遂に幻覚まで見えるようになったかと
思ったわ」
小林さんは冗談交じりにニコッと笑って見せるも、私は苦笑すら浮かべることすらができなかった。
その様子を小林さんは気に留めることなく話を続けた。
「話を聞いたら、家の鍵が無くてマンションだから玄関の前にすら行けないって言って、
ほっとくわけにもいかないし家に入れたのそれがきっかけなのか、なついちゃってね……
まさか高校生になって再会するとは……」
小林さんの説明はお酒のせいか、断片的な部分も含まれていたが十分に理解できた。
たがそれはあまりにも漠然としたもので、経験主義が少なから入っている一葵には、にわかに信じがたかった、否、オタクとしても信じたくなかった。
そこで一葵にある疑問が生まれる。
(仕事がなかったから土曜日か日曜日、一時のお昼時に他人の玄関前にいる理由は?……懐いたって言ってたからその後にも何度か会っているということだろう……)
一葵の推察は情報量の少なさから、それ以上進展することはなかった。
かと言ってこれ以上詮索するような真似は何処か無粋だと感じてしまい、日本特有の七不思議
【ラノベ展開】そう思うようにした。田舎の河原や学校の放課後などに発生することがあるらしい。とはいえ真偽は不確かである。
だが一葵は自身の記憶の錯誤に気付き顔をしかめた。
挨拶もしないような大井が他人の家の前で待つことはおかしい。マンションであるのならば
管理人がいるはずなのだが頼めば入れてくれるような気もするが……。
ふと脳裏に眠っていた記憶が強調表示され、ほかの考えをシャットアウトした。
(この記憶が正しければ……)
「でも大井は確かにいじめられ、て…」
刹那、空気が張り詰めたのを感じた。
一葵は、気兼ねなく発せられたその言葉が小林さんの逆鱗に触れてしまったかと、突然のことに
酷く動揺した。
普段の様子から大井は挨拶や友達との会話という最低限のコミュニケーションでさえも拒絶している様で、少なからず教員室内でも少なからずいじめられているというのは噂になっているのだろう。
三分の一程度埋まった原稿用紙に目を落とす一葵は、原稿用紙に書いている内容なんて上の空。
必死になって原因を探していた。
そこに小林さんの嘆息が追い打ちをかけるように放たれた。
そもそも同年代で話す相手がいない一葵にとって仲直りなどに縁はなく、似たようにこの状況はどう対処したらいいかなど知る由もなかったのだ。
唯一あるのは祖父から口酸っぱく言われていた男としての持論だけである。
一葵は必然的にその選択肢をとるしかなかった。
意を決し、背筋を伸ばし動揺を悟られないように丁寧な所作で深々と頭を下げた。
「すみませんでした」
「あぁ……うん……んん!?」
突然の謝罪に何事かと思い振り向くと、一瞬どんな体勢かわからなくなるほど
頭を下げる一葵がいた。椅子に座りながらではあるが洗練された所作に、さらに困惑は加速した。
一葵家は代々自営業の家系であるため自衛という面では特に秀でていて、一葵が祖父から学んだものは実に誠実で端的に言えば、自分の身は自分で守ったうえで何ができるか、というものであった。
自分自身もこの考え方には賛同しているため、普段から実践とまではいかないが
気を付けるようにはしていた。一葵が同年代よりも大人達に好かれた確固たる理由はここにあった。
(去年あたりに臨時で集まったっけ……)
去年の10月に珍しく一葵家が集まろうという話になったらしく、私も父に同伴という形でついて
行くことになった。
車を三時間ほど走らせるといつしか町という町もなくなり山奥に入り雑木林を抜けた先に
広がっている田んぼは稲刈りの真っ最中であった。
そこに不自然に一軒家が道路沿いに立っていた。そこは集落にもなっていない場所で、まさかそこが
目的地だとは思いもよらなかった。
それから、色々あったのだが割愛、割愛。そして大広間に一葵家が頭を並べた。
ただ誰一人として口を開くことはなく、数分が経ったであろうか。
父の背に隠れるようにして正座していた私はなるべく存在を希薄にさせるために必死であった、
だが曾祖父に見つかり視線が合った。
「……………学校に友達、いるんか?」
「……いないです」
「やっぱりか!おっちゃんもいないんだよ!」
「そうねぇ私も人付き合いとかしたくないしねぇ あんたはどう?」
「俺はもうだめっ なんで忘年会とかなんで行かなきゃならんのか」
なぜか和んだ雰囲気に、とても安堵したのを覚えている。
俺はおかしくなかった
一人でいるのが怖い、一人でいられる自分が怖い、そう思う時期があった。
だから、友達と遊んでみたりもしたが取り繕うのが精神を削り、体調を崩すこともあった。
この人たちも俺と同じ。「一人でいられるんだ」
その時、自分が思う自分という認識が変わったのは確かだろうな。
そして今に至る。周りからは感じ悪く見られこともあるかもしれない、それでも自分が思う自分という存在を貫いているつもりだ。
だからこうして今も一人で。
「一葵君がどれだけ同年代と会話してこなったのか、どうして会話してこなかったのか……なんとなくわかったよ」
気が付くと小林さんは一葵の前に座り直し優しく右頬を撫でていた。
涙が流れている事に気付いた一葵の視界は、気づいたと同時に急速に解像度が悪くなっていった。
「おこってないから顔を上げて?」
「えっ……あぁ」
顔を上げたことにより涙が走り、小林さんの右手と頬の隙間を埋める。
「落ち着いた?」
「…………」
どこまでも不愛想な一葵の様子に小林さんは頬を膨らませたかと思うとやれやれといった様子で
一葵の頭を抱き寄せた。
「わふ」
「もぅ、可愛くないなぁ~」
何とは言わないが色々とあたっている事実よりも、私はどこか申し訳なさを感じていた。
「でもね一葵くん……大井がいじめられてるってのは聞き捨てならないかな」
耳元で囁かれた言葉の冷たさに一葵、はぼやけた頭に一瞬にして理性が戻ったのを感じた。
個人的に抑揚を意識して書きましたが、あまりわいわいしたものは苦手で。
これからも、ゆるりゆっくりとやっていきたいと思います。
後書きになると語彙力が下がる自分に驚きつつ
感想、批評お待ちしています。




