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第92話:莉子の決意 <翔サイド>

見直しました。


藤田(かける)がニューヨークで買った最新のウェアラブル端末に桜木莉子(りこ)からの着信があったのは、彼が部屋に閉じこもって二十分ほど経った頃だった。

その時の莉子の声音は普段どおりの穏やかなもので、まず、そのことに翔は、ホッと胸を撫で下ろした。


『あの、翔さん、ごめんなさい。早く連絡しなきゃって思ってたのに、家に着いたら、すぐにお母さんに捕まっちゃって、それから、色々と聞かれてて、そのまま、お食事になっちゃったの。私、昨日は夜遅く帰ったでしょう。だから、お母さんに何も話せてなくて、いきなりダイヤの指輪なんてはめて帰っちゃったから、ちょっと大事おおごとになっちゃった。その間に翔さんからチャットとか来てるのは分かってたんだけど、出られなくて本当にごめんなさい』

「いや、それは大丈夫なんだけどさ。それよりも今日はごめんな。途中であんなことになっちゃって、本当にごめん。やっぱり、怒ってるよな?」

『えっ、何で? 私、怒ってなんかないよ。私こそ、途中で帰っちゃったりして、ごめんなさい。翔さんが心配するかもって思ったんだけど……。とにかく、勝手なことして本当にごめんなさい』

「えっ?」


今度は、翔の方が頭に疑問符を浮かべる番だったけど、莉子はすぐにその疑問に答えてくれた。


『あの、実はね。私がおトイレから出ようとしたら、水瀬みなせさんと山口さんがいて、一緒に裏口から外に出ちゃったの。お二人に「どうしても翔さんを元カノさんと二人だけにしてあげて」って頼まれちゃって、私、断り切れなくて……』


莉子の話は翔にとって、全くの想定外のものだった。つまり、莉子は水瀬美緒みなせみおと山口沙希(さき)に拉致されてしまったというわけだ。きっと、あの時に翔が受け取った『急用ができたので、先に帰ります』という莉子のメールも、あの二人に言われて送らされたものだろう。

そう思うと、翔は急に腹が立ってきた。全く、とんでもない奴らだ。


「ごめんな。あの二人、悪ふざけにも程があるよな。いじめられたりしなかったか?」

『ううん、お二人とも、すっごく優しかったよ。実はね、裏口から外に出た時、お二人に誘われて別のお店に行ったの。和風の喫茶店で「喫茶愛愛(あいあい)」っていうお店なんだけど、翔さんのおうちの近くで、山口さんが大好きなんですって』


翔の心配とは裏腹に、莉子の機嫌はすこぶる良かった。翔としては、ひとまず安心する一方で、どうにも腑に落ちない気分だ。どうやら、本当に莉子は翔のことを怒っていないようなのだ。

母の恵美が言ったとおりの結果なのだが、なんでそうなるのかが翔には全く理解できなかった。


『お二人とも素敵な方でね。特に水瀬さんは本当にお綺麗で、お話も上手だったわ。ふふっ、翔さんの高校時代のこととか、いーっぱい教えてもらっちゃった』


どうせ碌でもないことを莉子に吹き込んだんだろうと思うと、実に腹立たしい。水瀬美緒の方は今度、店に文句を言いに行ってやろう。

そう思った翔だったが、気になるのは沙希の方だ。あの時、じっと睨み付けてきた沙希の顔を思い出した翔は、思わず身体からだを震わせた。


「水瀬さんよりも沙希の方だよ、山口沙希。あいつ、怖くなかったか? 何か酷いこと言われたりしなかったか?」

『別に、怖くはなかったけど……、山口さんは、あまりお話はされなくて、水瀬さんから聞かれたことに答えるって感じだったかな。最後の方で少しだけお話しさせてもらったんだけど、小学校の先生なんですってね。真面目で素朴な方っで印象だったよ。あ、それと山口さんって、カッコ良いよね。見た目もそうだけど、剣道、すっごく強いんでしょう。きっと、後輩の女子にモテるタイプなんだろうなあって思っちゃった』


莉子から聞いた沙希の印象の大半は、翔が『ちぇっ、猫かぶってやがって』と密かに悪態を吐きたくなるくらいに、翔が知ってる実態とは掛け離れたものだった。

まあ、最後の「後輩の女子にモテる」のだけは、事実だったけど……。


『それに山口さんって、意外にも食いしん坊なの。水瀬さんと私は普通にコーヒーを頼んで、サービスで羊羹が一切れ付いて来たんだけど、山口さんだけ小倉おぐらトーストを別にオーダーしてたんだよ。午前中だとモーニングで食べられるそうなんだけど、どうしても今、食べたいからって。そしたら、本当に山盛りの餡子が載ったトーストが運ばれてきて、山口さん、すっごく美味しそうに食べてたの』

「まあ、あいつの大好物だからな」

『ふふっ、そうみたいね。水瀬さん達とお昼、遅めに食べたらしいんだけど、小倉トーストはデザートだから別腹なんですって』


大口を開けて、あの分厚いトーストを頬張る沙希の顔が、翔には目に浮かぶようだった。


『そう言えば山口さん、当分の間、この小倉トーストが食べられなくなるかもって言ってた。それで、どうしても食べたかったんですって』


食べられなくなるって、また学校でも変わるんだろうか? 確かに、今の学校の愚痴は散々聞かされてはいるんだけど……。

翔は一瞬、嫌な感じがしたのだが、その後の莉子の発言によって、そんな思いなど吹き飛んでしまったのだった。



★★★



『それからね、水瀬さんと山口さんの親友で、翔さんの元カノの水草みずくささんのことも、ちゃーんと教えてもらっちゃった』

「えっ、ど、どんなことかな?」


当然、その話が出るだろうと身構えていた翔だったが、実際に莉子の口からかおるの名前を聞くと、思っていた以上に動揺してしまっていた。

でも、莉子の方は、とても楽しげだった。


『ふふっ、翔さんと水草さんの馴れめだとか、高校時代のいろんなエピソード、例えば、キャンプで肝試しをした時のことだとか、修学旅行でボートに乗って山口さん達と競争しただとか、高校三年の時はいつも図書館で一緒にお勉強してただとか……。それから、水草さん、どうしても翔さんと一緒にいたいからって一生懸命勉強して、東京の超難関大学に合格したんですってね。それで、東京での四年間、毎週のように翔さんとデートしてたんでしょう?』


どうやら、薫とのことを洗いざらいぶちまけられてしまったようで、翔は頭を抱えたくなった。

だが、それだけじゃなかったのだ。


『あ、あと山口さんからお聞きしたんだけど、今の水草さん、おうちの方が大変なことになってて、しかも、ご本人は奨学金が……』


翔は、最後まで聞いていられなかった。

まさか、薫の実家の事情まで話してしまうなんて、やっぱり沙希は許せない……いや、それだけ沙希は、俺に対して怒ってるってことだろうか? 先週の日曜に薫と会った時の報告で通話した時は、仕方ないみたいなこと言っておいて……、まあ、悪いのは俺なんだけど……。


そのことを思うと、翔も胸が疼いた。


『水草さんとは、ちらっとお会いしただけたけど、凄く綺麗な人だよね。まるで女優さんみたい。それに若々しくて、私、自分より年下かなって思っちゃった。あとで翔さんの同級生だって聞いて、もう、びっくり』

「……」

『だけど、水草さん、外見だけじゃなくて中身の方も、とんでもなく凄いんだもの。出身大学は超一流だし、剣道二段で山口さんと同じくらい強いんでしょう? それに、お二人とも強調されてたのが、水草さんって本番に強いタイプで、何があっても凛としてて動じないんですってね。これは、水瀬さんから聞いたんだけど、中学の時、水瀬さんが生徒会長で、水草さんが副会長だったんでしょう?』

「えっ、そうなの?」

『知らなかったの? なんか、中学の時の水草さんって、「影の番長」とか呼ばれてたみたいよ。それで、普通のことは生徒会長の水瀬さんが対応するんだけど、何かトラブルがあった時だけ水草さんが前面に出て、不良どうしの揉め事とか、その場で解決しちゃうんですって。どんな不良も、水草さんの言うことには絶対に従ってたそうよ。ねっ、凄いでしょう?』


そこで翔は高校一年の頃に、そんな噂を矢野純一やのじゅんいちから聞いたことがあるのを、ふと思い出した。

矢野は翔の幼馴染で、家も近所。つまり、同じ「お屋敷街」の住民で、勉強も運動神経もそこそこできた上に口が達者だったから、クラスでは目立っていた。だけど、奴には「面白けりゃ何でもいい」というチャラい所もあって、翔は彼の話を真面目に取らないようにしていた為に、記憶からすっかり抜け落ちていたようだ。

しかし、それにしても……。


「それって、相当に盛ってないか?」


翔は、そう尋ねたのだが、莉子は更に驚きの逸話を語り出した。


『ううん、そんなことないと思う。だって、「影の番長」のこととか、別の中学の山口さんも知ってたって言うんだもの。翔さん、山口さんと同じ中学だったんでしょう?』

「ああ、そうだけど」


それに、矢野も同じ天王南中である。


『そう言えば、山口さんの中学と水草さんの中学が、戦争になりかけた時の話も訊いたよ。と言っても、結局は五対五の決闘を河原でやるってことに落ち着いて、水草さんの方は真面目に五人で行ったんだけど、相手側は男子ばっか十四人も押し掛けちゃったっていうの。それで、怒った水草さんが、相手の番長の前につかつかと出て行って、卑怯だって一喝したんですって。それで、相手側が全員ビビッて逃げ出しちゃったってことなんだけど……、これ、タコ焼き事件って言って、近隣の中学にも広く知れ渡ってたそうよ。ネーミングは、ちょっとアレなんだけど、そん時の水草さんって、なんか、滅茶苦茶カッコ良いって思っちゃった』


タコ焼き事件のことは、中学の時に聞いたことがある。何でタコ焼き事件かというと、発端となった喧嘩けんかがタコ焼きにちなんだいざこざだったからのようだが、翔は詳しいこと迄は知らない。

ちなみに、こっちは矢野からじゃなく、天王南中学の自称番長、榊原芳樹さかきばらよしきから聞いた話だ。

その榊原によると、「相手が弱っちい女子を含めたメンツだったんで、あほらしくなって引いてやった」ということだった。それを聞いた時の翔は、『また馬鹿なことやってんなあ』と適当に流していたのだが、まさか、その時の相手が薫だったなんて、夢にも思わなかった。それに、いつの間にか、その話が有名になっていたことも翔には想定外だ。


「本当かよ、それ……」


翔は、「あの薫が」と続ける所だったのだが、莉子は別の意味に解したようだった。


『ふふっ、本当みたいよ。水瀬さんも否定はしてなかったし、山口さん、いろんな人から聞いたっておっしゃってたもの……あ、でも、その「影の番長」が女子だったってのは、同じ中学の人以外、あんまり知られて無いんだって。だから山口さんも最初に水草さんから聞いた時、すっごく驚いたっておっしゃってたの。でも、水草さんだったら、納得できるとも言ってて、それって、そんだけ水草さんのことを認めてるってことだよね。それで、私、ちょっと思ったんだけど、たぶん、水草さんって、翔さんの前だと、おしとやかにしてたんじゃないかなあ』

「いやあ、そんなことないと思うけど……」

『水草さん、中学の頃、護身術とか習ってたみたいよ。一年の時の担任教師に暴力振るわれて、両親に習わされたんだって。それがね、私がやってるみたいな初心者向けのじゃなくて、道場の先生に一対一で習ってて、本格的な空手とかも教えてもらってたんですって。だから、水草さんの影の番長、お飾りじゃなくて実力もあったそうなの。まあ、そうじゃないと、不良生徒相手の仲裁とかできないものね』


翔は口の中で「マジかよ」と呟いた。

彼は、ますます混乱していた。確かに、薫の中学時代のことは聞いたことがない。まさか、あの人見知りの激しい薫が生徒会の副会長をやってた上に、不良連中のまとめ役みたいなことまでやってただなんて、全く思いもしなかった。

いや、中学時代だけじゃない。とにかく翔は薫のことを、自分でも驚くほどに知ろうとしてこなかったのだ。


『山口さんがね、翔さんは水草さんのこと、半分も知らないって、おっしゃってたわ。女の子って、男の人に隠しておきたい部分が結構あるものなの。私も女だから、そういうとこは良く分かるんだけどね』

「そうなのか?」

『うん。まあ、私達の場合は、まだ知り合って日が浅いから、翔さんが私のこと、あまり分かって無いのは仕方が無いと思うけど、たぶん、翔さんが思っている以上に翔さんは私のこと、知らないと思う』

「……そっか」

『うん。まあ、それは、これから時間を掛けて分かってくれれば良いと思うんだけど、それより、私が言いたいことはね、水草さんって、本当に凄い人だってこと。あ、そうだ。水草さんって、あの中州なかすの水草家の本家の長女なんですってね。私、びっくりしちゃった』

「えっ、水草家のこと、知ってたのか?」

『もちろんよ。日本史の教科書に出てたし、地元じゃ有名じゃない。高校の先生に聞いた話だけど、戦後でも何百人もの使用人がいて、田植えの時とかは臨時の使用人を含めて五百人以上の人が水草家の田んぼに入ったんですって。あ、それから、おうちは、お城みたいに大きくて立派だって言ってたなあ。でも、今はそれが人手に渡っちゃったんですって。本当に、日本の農業ってどうなっちゃうんだろう』

「……」

『水草さんって、昔だったら、お姫様なんだよね。だから、あんなに綺麗なんだなって思っちゃった。あ、長くなっちゃってごめんなさい。私が言いたかったのは、私、あの人には絶対に勝てそうにないってことなの。今日、そう思って、正直、すっごく落ち込んじゃったんだ』

「……っ」

「それと、もうひとつ言うとね、実は最初に水草さんを見た時、『ああ、この人が翔さんの元カノさんだったんだ』ってこと、なんか判っちゃって、それで、どうしてもその場にいたくないって思って、トイレに逃げ込んじゃったんだ。そしたら、水瀬さんと山口さんが追い掛けて来てくれたってのが実際の所なの。ごめんなさい。私って、ほんと情けないよね?」

「あ、いや……」


莉子の思い掛けない告白に、翔は返す言葉が無かった。それで仕方なく黙って聞いていたのだが、この後の莉子の話は、翔が想像した以上に重いものだったのだ。



★★★



『でもね、本当に手強いのは、水草さんと翔さんが共にに積み重ねてきた時間だと思うの。高校時代と大学時代をずっと一緒に過ごしてきたんでしょう。普通に考えたら、私なんか勝てるわけないよね』

「……」

『それとね、翔さん。私、分かっちゃったことがあるんだけど……。水瀬さん達が来る前に、翔さんがお話ししてくれた「もうすぐ軍に入隊する」お友達って、水草さんのことだったんでしょう? 私、てっきり男の人だと思ってたんだけど、女の人だったんだね。しかも、元カノさんなんだもの。それで、私なんかに勝手なこと言われたら、怒っても当然だよね。あの時は、本当にごめんなさい』

「……っ」

『もっと正直に言うとね、私、それに気付いた時、「ああ、もうダメだ」って思っちゃった。そりゃ、そうだよね。いくら別れたからって、昔からずっと一緒にいた人がそこまで追い詰められてたら、『何とかしてあげたい』って思うのが普通だもの』

「……」

『私ね、そのことを山口さんに聞いてみたんだけど、はっきりとは答えてくれなかった。水瀬さんは優しい人だから、『難しいことは考えずに、自分が幸せになることだけ考えてれば良いんじゃないかな』って言ってくれたんだけど、でも、それまで明るい口調で話してくれてた水瀬さんが、急に暗い表情になっちゃって……。水瀬さんと水草さん、物心ついた時からの幼馴染で親友なんだもの、当たり前のことだよね。本当は、あのお二人にとっての私って、翔さんに寄って来た害虫みたいなもんだと思うんだ。それなのに、そんな私に優しくしてくださって、お二人共、本当に良い人達だわ……うっ』


さっきから莉子の声音が湿っぽいものに変わっていて、それが完全な涙声になってしまった。

だけど翔には、彼女に掛けてやる言葉が思い浮かばない。それで仕方なく黙っていると、莉子が再び話し出してしまった。


『……ごめんなさい、翔さん。もう、本当のこと言っちゃうとね、私、さっきまで泣いてたんだ。お母さんに相談したら、大丈夫だって言ってはくれたんだけど、私、どうしても信じられなくて、それで自分の部屋に籠って、少しの間、泣いてた』

「……っ」

『お母さんはね、「結婚は、家と家との繋がりでもあるんだし、一度プロポーズした言葉を引っ込めるようなことは、藤田家の息子さんなら絶対にしないと思うわ」って言うの。それに、もうひとつ、水草さんの方だって、別れた人からの援助を受けるとは思えないんですって。水草さんのおうち、元大名の末裔っていうくらいの名家ですものね。うちの学校にも、いろんな名家のお嬢さんがいたんだけど、そこまで凄い家の人はいなかったわ。だから、お母さんはね、「いくら落ちぶれたからって、あの中州なかすの水草家の娘だったら、プライドがある筈よ」って言うんだけど……、確かに今日、私がお聞きした水草さんの印象と同じだし、母の言うことだから、正しいだろうとは思うんだけど……』

「……」

『でもね、翔さん。それって、藤田家だとか、水草さんの立場なわけじゃない。翔さんが、どう思って、どう動くかは、別だと思うの。私が知ってる翔さんは、とっても優しい人だもの、たぶん、水草さんのことを放っておけなくなるんじゃないかって、どうしても思ってしまうの。それで、私、いろいろ考えちゃって……』


それから、しばらくの間、沈黙が続いた。

それでも、翔の耳元で莉子の息遣いが聞こえていた。だから、じっと翔は待っていたのだが、再び話し始めた莉子の口調は、さっきまでとは打って変わって凛としたものだった。


『あの、翔さん。長々と話してしまってごめんなさい。これから、私がいろいろ考えた上で思ったことを言わせて下さい。私ね、もう翔さんのこと、忘れられそうにないんだ。私って、自分勝手でわがままで、どうしようもない嫌な女だって思うけど、それでも、翔さんのことは諦めたくない。ごめんなさい。本当にごめんなさい。でも、私、水草さんには同情しません。私には、水草さんに同情する資格なんて無いから。私は所詮、悪役なんです。だから、最後まで悪役を貫き通すつもりです』

「……」

『それとね。私、思うんだ。誰だって、自分の人生はひとつだけ。たった一度っきりの人生だったら、どんなに条件が悪くても、一生懸命、歯を食いしばって頑張るのが当たり前なんじゃないかな。あのね、実は私、すっごく欲張りなの。自分が本当に欲しいものは、たとえ運命にあらがってでも手に入れたいって思うタイプなんだ』

「……」

『だからね、私、水草さんには負けない。翔さんの未練とか思いとかが、まだその人に残ってたとしても、そんなのは関係ない。私は私で頑張る。だって、後悔したくないんだもの』

「……っ」

『ごめんなさい。本当に長々と語っちゃって。でも、どうしても翔さんに伝えたかった。それを黙って聞いててくれて、本当にありがとう。私、翔さんのこと、好きです。大好きです。じゃあ、おやすみなさい……あ、そうだ。あの、指輪、どうもありがとう。とってもとっても嬉しかった。お母さんには見せたけど、まだ、お父さんには見せてないの。今日もお仕事で帰るの遅いみたいだし……明日の朝にでも見せようと思うから、翔さんもそのつもりでいて下さい。じゃあ、お休みなさい』


最後は一方的に愛の告白をされたかと思うと、そのまま通話が切られてしまっていた。



★★★



桜木莉子の熱烈な告白を聞いた後、藤田翔は自室のベッドに腰かけて呆然と固まっていた。今まで意中の女性から、ほとんど直截的なアピールを受けたことが無かった(と思い込んでいる)翔にとって、携帯ウェアラブル端末越しとはいえ、莉子からの告白はそれだけ衝撃的な出来事だったのだ。


しばらくして立ち上がった翔は、取り敢えずリビングに行って、そこにいた母親の藤田恵美に、莉子が怒っていなかったことを報告した。

すると案の定、恵美は「ほら、ご覧なさい。私が言ったとおりだったでしょう」と得意げだ。

翔は『これも親孝行のひとつだよな』と思いながら、「はいはい」と茶化した後で、きちんと「ありがとう、母さん」と言っておく。

恵美には、倉橋亜里沙(ありさ)沙也加さやかと一緒に、浴衣ゆかたのことや指輪の件でも協力してもらったし、本当に助かった。


それから、翔が入浴を済ませて部屋に戻ると、さっき机の上に無造作に置いたウェアラブル端末に再び着信があった。表示された名前は、「水瀬美緒」。スナック未来みくのチーママだ。翔は、先週、高校の剣道部の仲間と行った時に、彼女とも連絡先を交換し合ったのを思い出した。

翔としては、昼間、莉子を喫茶店から外に連れ出されたことで、ちょうど文句を言いたかった相手でもある。それで翔は、素早く通話ボタンを押したのだが、すぐに激しく後悔するハメになってしまった。

翔の耳を襲ったのは、聞き慣れた別の女の怒鳴り声だったからだ。


『こらあ、翔っ。あんた、薫のこと裏切るって、どういうつもりなのよっ』






ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。

もう一話、同じ日曜日に翔視点の話が入ります。その後、いよいよ(やっと)冒頭の付箋にからむできごとです。


大変お手数ですが、できましたらブックマークだけでも、して頂ければ大変嬉しいです。宜しくお願いします。

ツイッター:https://mobile.twitter.com/taramiro0

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