第9話:松永と沙希 <翔サイド>
再度、見直しました。
藤田翔と水草薫のカップルは、当時の天王高校では相当に有名だった。二人と全く面識のない生徒達ですら、二人が付き合っていることは知っているくらいだったのだ。
もっとも、翔は薫に付き合ってくれと言ったことは無いし、その逆も無かったから、正式なカップルだったかと言われると微妙だ。だけど、そんなことは関係なしに、二人の存在は当時の天王高校では目立っていたし、誰もが羨むカップルとして見做されていたのである。
ところで、翔たちが在籍していた時の天王高校には、もう一組の有名なカップルがあった。それは、二人と同じ剣道部の同期である松永陽輝と山口沙希の二人である。つまりは、その学年の剣道部員に、奇しくも有名人が四人揃ってしまったわけだが、世の中、それくらいの偶然だったら、割と普通に怒っても不思議じゃない。
ちなみに、この四人の中で出身中学が同じだったのは、藤田翔と山口沙希だけである。この二人は天王高校のすぐ裏手にある、天王南中学の出身だった。
その天王南中学校、略して南中でも翔と沙希は剣道部に所属していた。しかも、二人とも剣道部では、それなりに目立つ存在だったのだが、その二人は、あまり親しい関係とは言い難かった。その理由は、南中剣道部が男子部と女子分に分かれて活動しており、ほとんど交流が無かったこと、二人が一度も同じクラスになったことが無かったこと、そして、翔が沙希を一方的に怖がっていたからである。
翔が沙希を敬遠するようになったのは、入学当初の四月末に起こった、ごくありふれた出来事に起因している。
翔が廊下を曲がろうとした時、そっちから来た沙希とぶつかって、当時は翔の方がずっと身体が小さかった為に弾き飛ばされたのだ。一方の沙希は転んだりすることもなく、床に倒れた翔を上から見下ろしていた。
普通は、そこで沙希が翔に謝って、翔の方に手を差し伸べる所だが、沙希は冷たい言葉を放っただけだった。
「邪魔。そこどきな」
これには、翔もカチンときた。
「お、お前が俺にぶつかって来たんじゃないか」
「何いってんの。ぶつかったのは、そっちでしょうが」
「何だとお!」
完全に頭にきた翔は慌てて立ち上がろうとしたのだが、あろうことか彼女は既にいなくなっていた。廊下の先に目をやると、走り去って行く女子の後ろ姿があった。翔は、どんどん小さくなって行くその姿を見ながら、呆然と佇んでいたのだった。
★★★
それから数日後の放課後、翔は剣道部の練習の際、翔を突き飛ばした例の女子を見てしまった。
男子の剣道部の練習は週に三回、場所は第ニ体育館の一部を使って行われるのだが、金曜だけは女子の剣道部と隣どうしになる。
その日、例の女子は素振りをしていた。服装は、まだジャージ姿だし、その素振りも竹刀に振り回されているといった感じで、全然、様になっていない。だけど、彼女の真剣なまなざしが、少しだけ気になった。
「こら、藤田。お前、何処を見てるんだ!」
「あ、すいません」
先輩に咎められて翔は彼女から目を離したのだが、後で同期の奴らにからかわれてしまった。
「お前が見てたのって、C組の山口沙希だろ?」
「山口っていうのか?」
「知らねえのか。あいつ、見た目は可愛いけど、乱暴だって有名なんだぞ。こないだなんか、B組の榊原芳樹を突き飛ばして叩きのめしたって話じゃないか」
「あの榊原を?」
「ああ、一年のくせに不良っぽいっていうか、ヤンキー風を気取ってる奴だよ。大して強くもないくせに、アホだよな」
「だな」
「でも、山口もどうかと思うぞ。いきなり突き飛ばすって、何なんだよ、あいつ」
彼が言う通りだった。不良の榊原のことはどうだって良いが、翔もまた被害者なのだ。
翔は、あの山口のことは今後天敵として、決して近付かないようにしようと心に誓ったのだった。
★★★
大した受験勉強もせずに、地域の一番校である天王高校に入学できた翔は、のんびりとした高校生活を望んでいた。高校の運動部は中学とは違って厳しいらしいから、できれば避けたい。大学受験のこともあるから、別に帰宅部でも良いかと思って、部活の勧誘などは適当にスルーしていたのだった。
そんな翔が剣道部に入ることになったのは、松永陽輝のせいである。
松永は天王北中学出身だが、翔は南中の時から彼のことを知っていた。試合の度に顔を合わせていたせいで、会えば言葉を交わす関係だったからだ。
翔が天王高校に入学して、五日目のことだった。
もう帰ろうと思った翔が教室を出て、ゆっくりと廊下を歩き始めた時、正面から来た松永とバッタリ会ってしまったのだ。
「おう、藤田。お前、剣道部には入らないのか?」
開口一番、松永はそれを口にした。そして、ふたこと目には、「天高の剣道部ってさあ、結構、可愛い子がいるんだぜ」と言い出したのだ。
別にそんなのには興味が無いからと断ろうとした翔だったが、松永はしつこかった。「いいから、いいから。遠慮せずに一度、見に来いよ」と言いながら、ぐいぐいと腕を引っ張って行く。仕方がないので付いて行って、道場の外から中を覗いてみると、あの天敵、山口沙希がいる。ヤバいと思った瞬間、翔の耳元で松永が囁き掛けてきた。
「なっ、あの子、すっげえ可愛いだろ」
最悪だ。早く逃げよう。
そう思った翔は、そそくさと立ち去ろうとしたのだが、今度は人懐っこい笑顔の女子の先輩に掴まってしまった。
そして、その池田綾香という先輩に連れられて道場に足を踏み入れた途端、何となく顔見知りの男子の先輩達が寄って来てしまい、成り行き上、翔は剣道部に入部せざるを得なくなってしまったのである。
結果として、結構ゆるい部活だったし、それなりに楽しかったから良かったのだが、最初の頃の翔は、沙希を恐れて戦々恐々としていたのは内緒である。
★★★
そんな訳で、高校でも剣道部に引き摺り込まれてしまった翔だが、引き摺り込んだ張本人の松永とは、すぐに打ち解けることができて、間もなくすると親友と呼べる間柄になった。
そして、気が付くと薫もまた、それまで翔が天敵として恐れていた山口沙希と親しく話すようになっていた。
翔にとっては、何で薫が沙希なんかと親しくなったのかが全くの謎だったのだが、実際に七月辺りからは、部活以外でも二人が一緒にいる所をちょくちょく見掛けるようになったのだった。
そして夏休みが開けてすぐの頃、松永が翔に沙希との仲を取り持つように頼んできた。
翔も松永が沙希を好きだってことは薄々感じていたのだが、よくよく聞いてみると、その片思いは中学の時からだという。男女一緒の試合の時などに松永は沙希の姿を目にしていて、密かに思いを抱いていたようだ。
その松永は、夏休みに薫にも沙希との橋渡し役を頼んでおり、薫が沙希に「松永のことをどう思うか?」を尋ねた時には、あまり良い返事が得られなかったということだった。つまり、松永の頼みは、沙希に対する彼のイメージアップを含めてのことなので、相当に難易度が高い。
当然、その頃になると松永も沙希のきつい性格は知っている訳で、それでも奴は彼女が好きだということだ。つまりは、恋は盲目ということなんだろう。
だけど翔には、どう考えてみても二人の仲を取り持つ方法など浮かんでこない。そもそも翔自身、ほとんど恋愛経験がゼロなのだから、分からないのは当然のことだ。
それでも翔は、一週間程度は悩んでいたのだが、結局、松永の頼みは断ることにした。
翔にとって、沙希は天敵。そのトラウマの前では、いくら親友の頼みだって、あっさりと吹き飛んでしまったって仕方がないじゃないか……。
「なんでだよ。藤田って、山口さんと同じ南中の剣道部だったじゃん」
「だからだよ。俺は、山口とは親しくないんだ」
「別に親しくなくたって、知り合いではあるんだろ。なあ、頼むよ。オレに山口さんを紹介してくれ」
「だから、嫌だって言ってるだろ。俺は、あんな怖い女には近付きたくないんだよ」
しつこい松永に、つい本音が出てしまった。それで翔は、前々から抱いていた疑問を聞いてみることにした。
「それより、何で山口なんだよ。あいつは何かというと、すぐに怒鳴るし、平気で暴力だって振るってくるんだぞ。南中には、番長を名乗ってる榊原って奴がいたけど、その榊原ですら、山口のことは恐れてたくらいなんだ」
「ははっ。それって、どっかで聞いた話だな。今度は表の番長かよ」
「何だよ、それ。誰もそんな言い方してねえから。だいたい、今どき番長って言葉自体、死語だろうが」
「いやいや、そういう連中は、今でもそういうのが好きなんだって。北中にもいたぞ。もっとも、そいつも『影の番長』には敵わないって言ってたけどな」
「また『影の番長』かよ。もう、どいつもこいつも中二病みたいだな」
「まあな。それより、さっきのことだよ」
「山口のことか? だから、俺はあいつが苦手なんだってば。それより、お前、山口の何処が好きなんだよ」
「何処がって、うーん、そうだな。全体的に可愛いっていうか……」
「松永、お前、それをそのまま山口に言ったら、絶対に殴られるからな」
「な、何でだよ」
「あいつは、そんな風に男から見られてないと思ってるからだよ。だから、馬鹿にされたと思ってだな……」
「だったら、どうすりゃいいんだよ」
「うーん、そうだな。まあ、最初は友達からかな」
「お前、ちゃんと考えてねーだろ」
そう言って松永は機嫌を損ねてしまったのだが、結果的に翔の言うことが当たっていたようだ。
それから松永は毎日少しずつ、当たり障りのない言葉を掛ける所から初めて、次第に話し掛ける回数を増やして行った。途中で、そうした恋愛事に聡い池田綾香先輩に気付かれてからは、彼女が色々と沙希の方に手を回してくれたこともあり、二人の関係が一気に進展した。
結局、松永は相談する相手を間違えたのだ。
後日、そう思った翔が、「最初から池田先輩に相談すれば良かったじゃないか?」と松永に言った所、何故か彼に呆れられてしまった。
「あはは。お前って勉強はできるのに、そういうことはなーんにも分かってねーんだな。ほんと、薫とおんなじだわ」
「どういうことだよ?」
「薫に相談した時も、おんなじこと言われたからだよ」
「薫にも? だったら……」
「だから、お前はアホだって言うの。池田先輩なんかに言ったら、オレの片思いが一発で部内どころか、へたしたら校内全体に広まっちまうだろうが」
「……確かに、そうかもな」
池田先輩のことは松永の言う通りで、翔としても納得せざるを得なかった。つまり、彼女の助けを借りれば百人力であるのは間違いないのだが、それは諸刃の剣でもあるということだ。
池田先輩は後輩思いで凄く頼りになる反面、悪戯好きで面白いことが大好きで、しかも「結果良ければ全てよし」を信条にしているような人だ。それに女心は分かっても、思春期男子の繊細な胸の内など知る筈も無いし、知ってもお構いなしな所がある。
彼女の助けを借りて恋愛のイロハをかっ飛ばし、たとえ最速でカップルになれたとしても、失うものが多過ぎる。ある意味、思春期男子とは、女子以上にロマンチックな生き物なのである。
ともあれ、薫にせよ沙希にせよ、自分が恋愛対象にはならないと思い込んでいる女子に近付くには、自分の存在に少しずつ慣れさせる必要がある。そうした過程を経た上で、徐々に自分を相手に受け入れてもらい、それからは、じっくり外堀をひとつずつ埋めて行くのだ。
もっとも、翔にそんなことができる筈などない。彼が薫とカップルになれたのは周囲のサポートがあってのことで、その後のことだって、全部が成り行き任せだったに過ぎないのだ。
だけど、松永の場合は違っていた。池田先輩の協力な支援があったとはいえ、あくまで彼自身の主体的なアプローチによって沙希とカップルになれたのである。
実は、松永というのは結構モテる男だったりする。背がすらっと高くて甘いマスク。そして成績がそこそこ良くて話上手、明るくノリの良い性格となれば、女子が放っておく筈が無い。
元々運動ができる奴だった松永は、外見からは分かり難いが結構、筋肉室だったりもする。つまり細マッチョということだが、とにかくこの男は、女子にモテる要素を全て兼ね備えた羨ましい奴なのだ。
松永は、天王北中学でも女子にモテていたらしい。しかも、翔がいた天王南中の女子にさえも、彼のことは知られていたようだ。
当然、そういうことに疎い翔にとっては全く与り知らぬことな訳だが、松永との出会いを夢見て必死に勉強し、天王高校の合格を勝ち取った女子というのが、実際に何人もいたらしい。だから入学と同時に松永の周りには、そうした類の女子達がわーっと群がって行った。
だが、中学の時からモテまくっていたということは、そうした女子をスルーするスキルにも長けているわけで、彼は女子達を適当にあしらっていた。もちろん、「適当に」は「適切に」に近い意味であって、「邪険に」ではない。彼は、女子を邪険に扱った時の恐ろしさを身に染みて知っていたし、女子には丁寧に接するように姉の京香にも厳しく躾けられていたからだ。
ちなみに、その京香は、松永陽輝とは三つ歳が離れている。翔も何度か会ったことがあるが、グラマーでとても綺麗な女性だ。今は、グループホームという高齢者施設で介護士として働いている。
翔の印象としては、優しくて頼りがいのある理想的な「お姉さん」なのだが、松永に言わせると、「時々は優しいこともあるけど、機嫌が悪い時の方が多い」らしい。しかも、「怒るともの凄く怖い」のだそうだ。その上、彼女は「気分屋で横暴」。彼は小さい頃から、そんな姉の理不尽な要求に悩まされ続けてきたのだという。
「女ってのは、気分が良い時と悪い時で別人のようになる生き物なんだ。だから、相手の機嫌を見極めることが、女と付き合う上で一番に大切なことだな。機嫌が悪い時は、放っておくこと。どうしても話があるなら、徹底して慎重に振舞うべきだ。それと、女の機嫌が悪いのは生理現象だって思うことも大事だよな。つまり、彼女自身の責任じゃない。急にお腹が痛くなったのと一緒で、不可抗力なんだよ。だから、間違っても責めちゃいけない。逆に機嫌が悪い時は、労わってやらなきゃなんないんだ」
松永は翔に「女がいかにめんどくさい生き物なのか」を何度も滔々と説いてくれていたが、翔はというと、ほとんど聞き流していた。当時の翔には、その意味自体が理解できなかったからである。
一人っ子だった翔には、松永にとっての姉のような存在が身近にいなかった。実際は翔の周囲にも近しい従妹や幼馴染の女子は何人もいたのだが、彼女達は姉のように目上の存在とは違っていた。だから、それほど気を遣う必要が無かったのだ。
そんなわけで、山口沙希と松永陽輝は、ちょうど翔と薫がカップルとして周囲に認識され出したのと、ほぼ同じタイミングでカップルになった。
とはいえ沙希に言わせると、この二人もまた翔たちと同様に、本当のカップルとは少し違うようだ。
「私は別に陽輝と付き合ってるわけじゃないんだけど、周りがそう思っちゃってるんだよね。たぶん、陽輝も一緒なんじゃないかな。あいつ、放っておくとすぐに女子が寄って来ちゃうから、私とカップルだと思われてた方が都合が良いんだよ」
沙希には実際以上に松永がチャラい男に見えていたようで、高校の三年間に松永は「友達以上、恋人未満」の壁を突き破ることはできなかった。
だけど、それでも松永には、そんなに不満は無かったらしい。たぶん、彼は沙希と一緒に居られるだけでもラッキーだと思っていた節がある。
結局、普通の男子高校生の恋なんて、そんなもんだ。中には、身体が目当てで女子と付き合ってる奴だっていたけど、大半の男子は割と純情な生き物なのである。
★★★
その後、松永と沙希の二人は、剣道部の部長、副部長として、それぞれ男女の主将を務めるようになった。
元々松永は他人の気遣いができる上に、明るくて仲間を引っ張って行くタイプだった。天王北中学でも部長を務めていたというが、彼が部長だというのは、同期の中で割とすんなりと決まった。
一方の沙希だが、元々身体能力が高く真面目な性格から、中学の時の部活でそこそこの成績を収めていたこともあって、最初から先輩達には期待された存在だった。その為、同期の立場としては取っ付き難いイメージが先行した為か、夏休み頃までは浮いてしまっていた。
ところが、意外と世話焼きタイプで情に脆いことが知れ渡るにつれて、まずは女子から慕われるようになり、松永がアプローチを繰り返すようになったのをきっかけに男子も普通に話すようになって行った。
やがて二年になると、後輩の女子達から憧憬にも似た視線を浴びることになる。高身長でスタイルが良く、姉貴肌の沙希は、同性からモテるタイプだったようだ。実際、知らない女子からちょくちょくラブレターを貰ったりしていたらしい。
とはいえ、怒ると怖い所は翔のイメージどおりだったようで、不真面目な男子が良く怒鳴り付けられていたのも事実である。でも、それはリーダーとしての資質であって、彼女が仲間達に慕われていたことの証拠でもある。
そんな沙希と翔が打ち解けて話せるようになったのは、翔が薫と親しくなったのとほぼ同じ頃だった。つまりは、文化祭が終わって秋が深まった頃のことである。
その日は、どこかの食べ物屋に寄ることもなく、部活が終わるとすぐに帰ることになった。翔は、薫がラグビー部の河村先輩と一緒に校門を出て行くのを見送った後、沙希と並んで並木道を歩いていた。
部員の大半は自転車通学で、徒歩の連中も電車通学の場合は天応駅の次の駅を使うから方角が違う。徒歩で天王市の中心部へと向かうのは南中出身者の一部しかいない。
「翔ってさあ、前は私のこと、怖がってただろう?」
その話題を沙希の方から言い出したのは意外だった。
「まあ、良いけどな。私って中学の時、実際そういうイメージだったし」
翔は、隣を歩く沙希を見た。翔が中学に入ったばかりの頃は翔よりもずっと背が高かった沙希も、今では何センチか翔の方が高い。反対に、かつて短かった黒髪が、今は頭の高い所で結んでも背中まで届くくらいになっている。
翔は、軽く冗談めかして言ってみた。
「あのさあ、中学一年の最初の頃だったんだけど、俺が廊下を歩いてたら、お前がいきなりぶつかって来てさ、俺、弾き飛ばされて廊下に転がったんだわ。背中とか打って結構、痛くてさ。なのに、お前、謝りもせずに行っちまったんだ」
沙希は少し考えてるようだったが、「ああ、あの時か」と呟いた後で要った。
「たぶん、それってクラスで揉め事があった時だと思う。うちの女子と男子が怒鳴り合ってて、面倒だから先生を呼びに行ったんだ。私じゃ止められないと思ったし……、それで慌ててたんだけど、内心ムカついててさ。悪いのはむしろ女子の方だっちゅーのに、全く聞きゃしない。あ、翔には悪いことしたね。ごめん。本当に悪かった」
なんか、三年半ぶりに謝られてしまった。
普通の女子だったら、多少は自分達に非があると分かってても女子の味方をする。なのに、女子が悪いと言い切る所は、真面目で曲がったことが嫌いな沙希らしいと思った。
「それと、その頃のことだけど、あの榊原をボコったって話も聞いたぞ」
「あ、それは本当。うちのクラスの子に言いがかり付けてきたから、叩きのめしてやった」
「マジかよ」
「そんでも、榊原とは結構、仲良かったんだよなあ。いろいろと相談もされたし……。何でなんだろう?」
「お前、腕っぷしが強いから、懐かれたんじゃねえの?」
「そうかもね。川田中学と決闘になった時は、加勢するのを断っちゃったんだけど……」
「何だよ、それ?」
「えっ、知らないの? 結構、有名な事件だったんだけど……あ、私、こっちだから」
「ああ、また明日な」
その後、沙希は翔にとっても大切な女友達になった。
割とさっぱりした性格で、あまり女を意識させない所が翔には気に入っていた。もっとも真面目過ぎて杓子定規な所もあるし、すぐ怒ったりもするのだが、他の女子とは違って根に持ったりはしない。正義感が強く、人を欺いたり裏切ったりするのが大っ嫌い。こいつだったら信頼できるというのが、翔の知る沙希という女なのだった。
★★★
「でもね。沙希って、すごい怖がりなんだよね」
そうなんだよな。あいつ、強がりなくせに、幽霊とか全然ダメでさ」
「そうゆうとこ、男の人からすると、可愛いんじゃない?」
「ははは。確かにそうかもな。その点、薫は正反対だよな」
「私は別に、普通だよ。幽霊がいるともいないとも思ってないもん」
「あれ、昔は絶対にいるって力説してなかったか?」
「まあ、今はどっちも有りかなって……。だから、幽霊っていう現象には、多少は興味あるかな」
「結局、興味あるんじゃねえか」
「べ、別に、高校の頃とは違うんだからねっ!」
高校の頃の薫と言えば、怪奇現象だとかオカルト系の話が大好きだったのだ。
「そう言えばさあ、部活が終わって、この店に来る途中、猫の死骸があった時のこと覚えてるか?」
「もう、突然、何を言い出すかと思ったら、その話? 覚えてるけど、それって食べ物屋さんでする話じゃないでしょう」
「あ、ごめん、ごめん。今、急に思い出してさ。まあ、二人とも食べ終わった後だからいいだろ」
その猫は車とかに轢かれた直後だったようで、まだ痙攣したように足をピクピクさせていた。それでも助けようだなんて思いようがない程に潰れていて、既に生き物というよりは、ただの死骸だった。
当然、男女共に気味悪がって、見ないふりをして素通りして行く。
それなのに薫が突然、「止めて」と叫んだ。
翔が急ブレーキを掛けると、彼女は自転車の後ろからストンと降りて、できたての死骸の前でしゃがみ込む。慌てて翔が近寄ると、薫は食い入るようにじっとその死骸を見詰めていた。
「なあ、薫。あん時のお前、何であんなに真剣に猫の死骸、見てたんだ?」
「死骸じゃなかったよ。まだ命あったみたいだったし」
「えっ、そうか。どうみても死んでたけどな」
「たぶん、魂が身体からなかなか抜け出せなくて苦しんでたんだと思う」
「何だ、それ」
「それでね。私、猫の魂が肉体から離れる瞬間が見られるかなって思ったんだけど……」
「見れたのかよ」
「ううん。よく分かんなかった」
「そりゃ、そうだろ。……でも、まあ、薫らしいよな。あの頃のお前ってさ、オカルトじみたことが大好きだったし、遅れて罹った中二病みたいな感じだったもんな」
「うん。今思い出すと恥ずかしいんだけどね。東京行って大学に入ったら、そういうの全然興味無くなったんだけど……あ、でも魂の存在とかは、今でも信じてるよ」
「……てことは、『人は死んだら生まれ変わる』って、まだ思ってるんだ」
「もちろんだよ。生まれ変わるに、決まってるじゃない」
「ふーん。確かにお前、東京にいる時も異世界転生ものの小説、しょっちゅう読んでたもんな」
「翔くんは、どんなに私が勧めても、読んでくれなかったけどね」
「まあな。俺、今でも小説全般、苦手だし」
「うん、知ってる。でもね、死んでも生まれ変われるって思ってる人、いっぱいいると思うよ。うちのお祖母ちゃんもそうだったし……」
翔は薫がお祖母ちゃん子だったことを思い出した。その祖母は、今も生きているんだろうか?
「まあ、お年寄りが来世のこと信じてるってのは、むしろ自然だと思うよ。……いや、問題はそこじゃないよな。いくら中二病の女子だって、普通は猫の死骸とか、気味悪がって近寄れないだろ」
「そ、そんなことないと思うよ。私の友達の美緒ちゃんだって、飼ってた猫が死んじゃった時、死骸を抱きしめて泣いてたもん」
「あのなあ、それは死骸じゃなくて、亡骸って言うんだよ。飼ってた猫と道端で死んでる猫じゃ全然、違うだろうが」
「だから、あの猫、死んでなかったってばあ」
「論点はそこじゃないだろ。もう、調子狂うなあ……。でも、そういうとこが、薫なんだよな。あ、もうひとつ思い出した。ほら、高校二年の時のキャンプで肝試しやっただろ。お前の『動じない女』って二つ名、あの肝試しで生まれたんだよなあ」
「ふふっ、翔くん、相当にビビってたもんね」
「俺だけじゃなくて、松永も沙希もだけどな。だけど、お前だけは、墓場でも全然、平気だったもんな。あん時は、本当に凄いと思ったよ……」
たくさんの作品の中から、読みに来て頂いてどうもありがとうございます。
この続きも宜しくお願いします。




