第77話:射撃訓練(2) <薫サイド>
見直しました。
「では、行きます」
そう言って水草薫は、引き金を引いた。
パン。
耳栓をしていることもあるだろうけど、思ったより音がずっと小さい。それに撃った衝撃も、あまり感じなかった。
それでも薫が放った弾は、きちんと的の中央を穿っていた。
薫が手にしているのは、いつも携帯している銀色の拳銃。音や反動が小さかったのは、女性用に設計されているとかじゃなくて、元々そうした用途で造られたからかもしれない。
薫は、いったん耳栓を外すと、後ろを振り向いた。すると、そこにいたのは柴田依弦二尉ではなく、北島亜紀一尉だった。
いつの間に変わったんだろうと思った薫が、サッと周囲に目を走らせると、柴田は亜紀の後ろに隠れてしまっていた。
「よし、次は連射してみろ」
「はい」
亜紀に言われて、薫は条件反射で返事をしてしまう。すぐに正面を向いて耳栓をした。そして、再び引き金を引いた。
パン、パン、パン、パン、パン。
立て続けに撃って弾が無くなると、今度は別のもう少し大きい拳銃を渡された。
いつも薫が持ち歩いている銀色のと比べると、だいぶ重い。一瞬、首を傾げた薫だったが、そっと引き金に指を掛けた。そのまま引いてみる。重い。それでも思い切って引いた。
ダーン。
凄い音。身体が後ろに飛ばされそうになって、薫は咄嗟に腰を屈め、小さくステップを踏んで反動を逃がした。
これが、普通の銃なんだろう。いや、これでもサイレンサ付きだし、耳栓だってしている。本当の銃声は、こんなもんじゃないのかもしれない。
薫は、ほんの少しだけ顔を顰めて、チラっと亜紀の方を見た。その亜紀が首を縦に振ったので、そのまま再度引き金を引いた。
ダーン。
再び、音と反動が来た。弾は、きちんと的の中央を穿っていた。
薫は、次々と引き金を引いた。
ダーン、ダーン、ダーン、ダーン。
火薬の臭いがする。それに、少しだけめまいを感じた。でも、不思議と不快ではない。
全ての弾が同じ的の中央を穿っていた。
さて、次はどうしたら良いんだろうと思った所で、亜紀の二本の手がスーっと伸びてきて、耳栓を外された。
いきなり薫の耳に飛び込んで来たのは、割れるような拍手の音だった。近くで聞こえるのは柴田二尉のものだが、他にも大勢の人が拍手してくれている。
隣のブースで星野菜々曹長がこっちを向いていて、笑って手を振ってくれた。
改めて周りを見てみると、いつの間にか星野曹長を見ていた筈のギャラリーが、皆、薫の方に集まって来ている。いや、さっきよりもだいぶ増えている気がする。
でも、私って何か拍手されるようなことって、したんだろうか?
そんな疑問符を頭の上に浮かべて首を傾げる薫だったが、それを打ち消すように亜紀の指示が飛んだ。
「よし、今度は、できるだけ早く撃ってみろ」
「はい」
薫は再び耳栓をして、銃を受け取った。そして無造作に構えるなり、いきなり立て続けに引き金を引いてみた。
ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダーン。
ちょっと、指が疲れた。でも、引き金が重かったのは最初だけで、二発目からは、それほどでもなかった気がする。それも仕様なんだろうか。だとしたら、かなり優れモノの銃だ。
一瞬で弾が無くなってしまったので振り向くと、亜紀がまた新しい銃を渡してくれる。受け取ると、すぐに引き金を引いた。
ダン、タ、タ、タ、タ、タ。
こっちの銃は更に重いけど、引き金は軽い。
すぐに次の銃が渡される。そして、引き金を引く。
同じことを何度も何度も繰り返した。
薫は、何種類もの銃を使ったが、銃によって弾が当たる位置が微妙にぶれる。でも、すぐに補正して、また同じ位置に当たるようになった。
しばらく同じことを続けているうちに、的が動くようになった。
何気なく亜紀の方を見たら、またも首を縦に振ってくれた。
それで、薫は射撃を再開した。
今度の方が、薫には面白かった。まるで、ゲームのようで楽しい。
昔、一度だけ元カレと行ったゲームセンターにあったのが、こんな感じだった。もっとも、こっちの方がずっとリアルだけど……。
「水草、お前、楽しそうだな」
途中で、亜紀に言われてしまった。けど、本当に楽しかったから、「はい、楽しいです」と答えてしまう。
亜紀は苦笑しながら、「まあ、データどおりだけどな」と呟いたのだが、薫は聞いていなかった。
やがて、撃っているうちに、頭の中で音楽が鳴り出した。十六ビートのハイテンポでノリの良い曲だ。そのリズムに合わせて、どんどんと撃って行く。やっぱり楽しい。いや、すっごく楽しい。ああ、もう、癖になってしまいそう……。
だけど、夢中になって続けているうちに、腕と指が痺れてきた。それに、肩と足もかなりヤバい。ふくろはぎがつってしまいそうだ。
『そろそろ限界かも』と思った所で、またもや亜紀に耳栓を外された。
「よし。今日の所はこんなもんでいいだろう」
亜紀にそう言われた薫は、少しふら付きながら振り返って、「はい」と元気良く答えたのだった。
★★★
ところが、薫が返事をした途端、周りのざわめきが耳に飛び込んできた。周囲を大勢の軍服姿の男達に取り囲まれているというのは、相当に威圧感がある。
でも、薫の場合、それより先にとまどいの方が大きかった。
この人達は、星野菜々曹長の射撃を見に集まっていると思っていたのに、なんで自分なんだろう?
「水草さん、もう、最高。たぶん、ボク以上じゃないかな。ねっ、隊長?」
星野曹長が、そう言って、笑い掛けてくれる。その隣では、柴田二尉が激しく首を縦に振っていた。
いや、柴田二尉だけじゃない。薫の周りに集まってくれているどの兵士の顔からも、称賛の表情が読み取れる。
薫は、自分がこんな大勢の人から見られるのには慣れていない。ましてや褒められたことなんて、中学か高校の時以来なんじゃないだろうか?
これじゃ、まるで晒しものだ。
ああ、恥ずかしい。
薫は、一瞬だけバニーガールのバイトをした時のことを思い出してしまい、慌てて打ち消した。あの時とは違うと頭では理解していても、気持ちが付いて行かない。基本的に薫は、目立つことが嫌いな性分なのだ。
だいたい、何で私だけが注目されるのかと思った所で、ふと頭に浮かんだことがあった。
「そうだ。亜紀さんの射撃、見せて下さいよ。私、お手本にしたいです」
「あ、それ、自分からもぜひお願いします。皆、北島一尉の射撃を見たくて集まってるんです。こないだみたいに、凄いのぶっ放してくださいよ」
柴田二尉も薫の提案に乗ってくれたのだが、亜紀にあっさりと拒否されてしまった。
「嫌だね」
「えっ、何でですかあ?」
訊いたのは、柴田だった。
「当たり前だろ。こんな天才児の前で、お前は私に恥をかかせたいのか。菜々、お前、やるか?」
「ボクは、さっきやったじゃないですか。それに、こないだも散々やって注目されちゃったから、もういいですよ」
それから星野曹長は、薫の方を見てニヤッと笑った。
「だいたい、ボクだって水草さんには敵いませんもん。守谷のトップアイドルの座は、今日で水草さんにお譲りしますよ」
「ええーっ、アイドルですか?」
驚いた薫の問い掛けに、柴田が更におかしなことを言い出した。
「ていうか、これは、スター誕生ですよ。ねえ、そうでしょう、北島一尉?」
「まあ、そうだな」
「もう、皆さん、冗談は止めて下さいよ。柴田さんに亜紀さんまで」
「あのね、水草さん。誰も冗談なんて言ってないと思うんだけど……」
星野曹長の言葉の意味が良く分からない。いったい、どういうことなんだろう?
そう思って、薫がしばらくの間、固まっていると、亜紀にポンと肩を叩かれた。
「朝飯でも食いながら話すか?」
「あ、ボクも一緒に良いですよね?」
「もちろんです」
そして、柴田二尉の案内で、薫たちは食堂へと向かったのだった。
★★★
薫たちが案内されたのは、一般の隊員用の食堂だった。将校用の食堂は別にあるのだが、それだと下士官の星野菜々曹長が入れない。それに北島亜紀一尉が、「私は、こっちの方が落ち着くんだよな」と言う。すると柴田二尉が、「こっちの方が量が多いからじゃないですか」と返した。
食堂はカフェテリア形式で、それぞれがトレイを持って並ぶ。すると美味しそうな匂いが漂ってくる。期待で胸がワクワクした。
薫の前にいる星野曹長は誰とでも打ち解けられるみたいで、配膳係のオバサンと親しげに話している。その彼女のトレイの上に置かれたご飯を見ると、確かに量が多かった。薫には、全部食べられそうにない。
「あのー、私、ご飯、少な目で」
「あんた、そんなに細い身体で何を言ってんだい。もっと食べないと、ここじゃやっていけないよ」
「ふふっ、大丈夫だよ、水草さん。どうしても無理なら、柴田二尉が食べてくれるから」
薫がテーブルに着くと、柴田が何処かにスマホでメールを送っていた。
その間に薫は、ご飯の半分を彼の茶碗に移してしまう。そして「頂きます」を言ってから、まずはアジの干物に箸を付けて身をぼぐすと、ひと摘みを口に持って行った。
途端に濃厚な魚の旨味が口内に広がって、薫は思わず「おいしい」と呟いた。すると、メールの送信を終えていた柴田二尉が、自慢げに言った。
「でしょう? 駿河湾のアジですから」
「いや、アジだったら、下関だろう」
「そんな高級品が我々の朝飯に出る訳ないじゃないですか。これで自分は充分です」
「そうですよ、隊長。ボクはお魚が食べられるだけで満足ですからね」
メニューは、ご飯と味噌汁の他に、アジの干物に卵焼き、そして、何故か肉野菜炒めが付いている。
柴田二尉によると、昨日の夕食の食材が余ったんだろうということだった。
「隊長、またピーマン、残してる。ちゃんと食べて下さい、栄養あるんだから」
「良いじゃないか、ひとつくらい嫌いな物があっても」
「あれっ、水草さん、お肉、食べないの?」
薫は肉が苦手なのだが、なんか残せない雰囲気なので、恐る恐る口にしてみた。
「……あれ?」
意外にも美味しかった。
今までは焼肉の時だって、野菜やとうもろこし、それに薫の為に用意してくれたソーセージばかり食べていたのに、この豚肉は柔らかくてジューシーで、とても美味しい。特に脂身の所が濃厚な味だ。
「ふふっ、食べてみたら美味しかったってことだね」
「うん、そうみたい。お肉がこんなに美味しいとは知らなかった。今まで、なんか損してた気分だわ」
薫が感動していると、柴田が「それは、ちょっと大袈裟なんじゃないですか?」と言って笑う。
「たぶん、運動した後の食事だからですよ。空腹だと、何を食べても美味しいですから」
そこで柴田に異議を唱えたのは、亜紀だった。
「いや、多少の空腹くらいじゃ、食の好みが変わったりはせんと思うんだが……」
「何を言ってんですか、隊長。ほらほら、ちゃんとピーマンも食べて下さいよ」
「う」
星野曹長に言われて、亜紀も渋々ピーマンを口に運んでは、顔を歪めている。その子供みたいな仕草がおかしくて、薫はごく自然に笑ってしまっていた。しまったと思った時はもう遅い。けど、誰も変な顔だと言い出さなかったので、薫は密かにほっと安堵した。
そして、星野曹長の方を見ると、あんなにあったトレイの上が綺麗に何もない。この小さな身体《かrだ》の何処に入って行ったのかと思うと不思議だ。
「ああ、美味しかった。ボク、入隊したての頃、ここにしばらくいたことがあって、そん時はなかなか全部食べられなかったんだけど、そのうち気が付くと全部食べちゃうようになってたんだ。水草さんも絶対、そうなるよ。保証する」
「まあ、食事は大事ですよね。食べることは、体力作りの基本中の基本です。ねっ、北島一尉?」
「そ、そうだな……うっ、苦い」
やがて四人の食事が終わった頃、若い女性隊員がやって来て、柴田に小さめの紙袋を渡した。彼は紙袋の中身を軽く確認すると、それを薫の方に差し出してきた。
「これは、自分の方で水草准尉の為に用意した物です」
薫が中を覗いてみると、小箱がひとつ入っている。外側のデザインから、すぐに中身が何であるか推測できた。
「うわあ、これって最新型のスマホじゃないですか」
箱を開けてみると、期待した通り薄くて軽くて、しかも折り畳み式のスマホが出てきた。
「軍の方で用意させて頂いた携帯端末です。既にセッティングは終わってますので、すぐにでも使用できます」
「これから亜紀さんや星野さんとの連絡は、これでやるんですね?」
「あの、自分にも連絡して頂いて大丈夫ですよ。連絡先を登録しておきましたので」
「ははは、そういうのは抜かりがないな、柴田」
「いやいや、自分は純粋に水草准尉が必要になるかと思ったまでです」
「まあ良い。あ、水草。別に普通に使う分には、プライベートで使っても大丈夫だぞ。私は、ひとつしか持ってない。そもそも戦場には、個人の携帯端末なんか持って行けないからな」
「そうなんですか?」
「当然だよ。だって、軍の施設にプライベートの携帯端末なんか持ち込んだら、軍事機密とか駄々洩れになりかねないじゃん。軍の端末だったら、送信記録がモニタリングされてて、変なもんは送れないでしょう?」
それで薫は、さっきプライベートのスマホを入口の守衛に預けたことを思い出した。
「基本、画像データとかは制限が掛かることが多いですね。水草准尉のスナップ写真とかなら、大丈夫ですけど」
「あ、でも最新式の武器とか映ってたら、外の人に転送とかできなくなっちゃうらしいよ。やってみたことないけど」
「星野曹長、そんなの試しにでも、やっちゃ駄目ですからね」
「まあ、射撃訓練に使う奴なら、大丈夫だ。でも、武器とかの映像は、あまり撮らん方が良いだろうな」
「分かりました」
軍の情報管理は、それなりに厳重なようだ。
それより、薫には気になったことがあった。
「あの、受取のサインとかは、いらないんですか?」
「本人が起動した時点で、軍のサーバーにデータが飛びますから、手続きとかは不要ですよ」
柴田二尉に教えてもらって、薫が起動画面に指を乗せると、軍服姿の女の子が現れて、「こんにちは、水草准尉」と言って敬礼をした。その女の子は、軍のポスターのモデルになっている人気女優だった。だけど、あのポスターにあった挑発的な部分が消えて、可愛さが強調されている。年齢もだいぶ若くなった感じだ。
「あの、私の指紋情報とか、いつ……」
「それは『軍事機密です』と言いたいところですけど、適正検査の過程で指紋情報、交際情報は取得済なんです。たぶん、開始画面にあった『必ず、お読みください』に記載があった筈ですけど」
薫は、『そんなの誰も読んでないだろうに』と思いながらも、「なるほど」と頷いておいた。
「それで、この女の子は初期設定なので、お好みの映像と声に変えられます。皆さん、彼女や彼氏、ご家族などにされている場合が多いですね。中には、ペットの場合もありますけど」
「えっ、ペットがしゃべるんですか?」
「映像と声を別々にすれば大丈夫ですよ。ペットに可愛い女の子の声で『こんにちは』って話し掛けてもらえる訳です」
「なるほど。星野さんは、どうしてるんですか?」
「秘密」
「有名なイケメン俳優ですね」
「こら、ばらすな」
「亜紀さんは?」
「甥っ子だ」
亜紀は、自分の携帯端末を出して見せてくれた。
「うわあ、かっわいい」
亜紀の意外な側面を見せてもらい、薫は嬉しくなった。
その後は、さっきの射撃訓練のことで盛り上がった。とは言っても、騒いでいるのは主に柴田二尉と星野曹長で、亜紀が所々で茶々を入れる感じだ。その間、薫は蚊帳の外だった。
「これで、アイドルが二人になりましたね」
「柴田二尉は、またボクらのこと、女子高生とか言うんでしょう?」
「嫌なんですか?」
「嫌に決まってるじゃん。だいたい、ボクって高校、行ってないんだよ」
「えっ、マジですか? マジでヤンキー……痛っ」
二人のじゃれ合いに、普段は笑わない薫も思わず吹き出しそうになった。お陰で今度こそ変な顔になってしまったけど、誰にも見付からなかったみたいで良かった。
「もう、オレって一応、星野曹長より階級、上なんだけど……」
星野曹長に叩かれた頭をさすりながら、柴田二尉がぼやく。
「良いじゃん。女子高生は常に絶対なのだよ」
「ちぇっ、こういう時だけ女子高生って言うんだから。だいたい、高校、行ってないって言わなかった……痛っ」
どうやら、星野曹長に高校の話は禁句みたいだ。たぶん、それを分かっていて、柴田は彼女をからかってるんだろうけど……。
「あれ、水草准尉、笑いましたね」
「あ、ごめんなさい」
「いやいや、大丈夫です。自分、水草准尉は笑わない人だと思ってました」
「やっぱり、変ですよね。よく不気味な笑いって言われるんですけど」
「なるほど。でも、そんなの、ここじゃ関係無いですから。軍人って人種には、おかしなのが多いんですよ。この星野曹長みたいに……痛っ」
「もう、いちいちムカつくんだけど」
「とにかく、水草准尉はクールビューティって感じで、自分は好きですよ。ギャルっぽい星野曹長なんかより、ずっと良いと思います」
「ギャルで悪かったね……って、逃げやがった」
「そう何度も同じ目には合いません……痛っ。今度は蹴りかよ」
「油断大敵だよ。攻撃は手だけじゃないんだからね」
「ていうか、そっちの方が得意じゃないですか……痛っ」
更に、二人のじゃれ合いが続いた後で、柴田二尉がふと真顔になって薫に言った。
「水草准尉、さっきの話ですけどね。軍人には本当に多いんですよ、水草准尉みたいに表情が希薄っていう人。それに、ほとんど笑わない人とか、たまに笑うと変な顔になる人とか、いくらでもいますから、ちっとも珍しくないです。我々、人に表情を悟られないようにするのが基本ですから」
「つまり、お前は基本ができてないってことだよな、柴田」
「そうだよ。笑わなくても、変な顔だもんね、シバッチは」
「な、何ですか、その変な顔ってのは。それに、シバッチって……」
「良いじゃん。これからボク、シバッチって呼ぶね」
何故か、シバッチの呼称が受けたのか、亜紀が突然、笑い出した。
「もう、何なんですか。北島一尉、笑ってないで何か言ってやって下さいよ」
「そう言えば、隊長も、わりかし分かり易い性格ですよね」
「そうそう。北島先輩の場合は、性格が単純なんですよね」
「お、お前ら、うるっさ-い」
亜紀が単純な性格なのは薫も薄々感じていたことで、薫は再び微かに笑っていた。
何だか楽しいな。
軍は人生の墓場だと思っていたのに、本当はそうじゃないのかもしれない。
薫は、ふと、そんな風に思ってしまったのだった。
★★★
食事が終わった後、薫だけが亜紀に呼ばれて食堂脇の小部屋に入った。中から鍵を掛けた亜紀は、振り向くと薫に座るように促す。そこには折り畳み式のテーブルとパイプ椅子が四つ無造作に置かれていて、薫はそのひとつに浅く腰を降ろした。
亜紀が立ったまま口を開いた。
「今日は、お疲れさん」
「あ、はい」
「お前だったら、あんなもんだろうな」
「どういうことですか?」
「データ通りの結果だったということかな。安心したよ」
「はあ」
「あとは、もっとヘビーな奴も扱えるようになった方が良いな。今日、お前が使った銃は、比較的扱い易いのばかりだったからな。ただ、それにはもう少し体力がいるかもな。今のお前の身体だと、反動で吹っ飛ばされそうだ」
そう言って亜紀は、大口を開けて笑った。
「それは、どうすれば?」
「ジムでも通うか。まあ、入隊したら、嫌でもやらされるだろうが、体力は早めに付けておいた方が、入隊してから楽だぞ」
実は、軍への入隊が決まった頃から、薫は時々ジョギングをしていた。
でも、薫が住んでいる地区は治安が悪く、夜に走るのはちょっと厳しい。それに、夜遅くまでバイトがあった日の翌朝は、目覚めると外が暑くなっていて、とても走れる状態じゃない。だから、最近はサボりがちだった。
「この後、時間があれば、ここのトレーニングルームで少し汗を流せばいい。私も付き合うぞ」
「……はい」
「どうした? まだ不安か?」
「はい。こないだも言いましたけど……」
さっきの射撃訓練の結果が亜紀の期待どおりだったことについては、薫もホッとすることができた。
だが、それで薫の不安の全てが解消したわけではない。
端的に言えば、自分が軍で本当に役に立てるのか、戦場である程度の間は死なないでいられるのか、そういった疑問が解消されたわけではないのだ。
「まあ、そうだろうな。所詮、射撃訓練場なんて、ゲームセンターに毛が生えたようなもんだ。実際の戦場とは違う」
「そうでしょうね」
「戦場を知る前と後では、大違いだからな。誰でも最初は不安なんだよ。だから、水草の不安も分からなくはない」
亜紀の口調が、少し硬いものになった。
「それで、こないだの件なんだが、思ったよりも早く実現できそうなんだ。情報部の話だと、来週、錦の地下街でちょっとした規模のテロが計画されてるらしい」
亜紀は、なにげなく「テロ」という言葉を放った。
自分なんかに、そんな機密情報を漏らして良いんだろうか?
そう思った薫は、困惑した。
「テロ、ですか?」
「ああ、ちゃんとしたテロが名古屋で起こるのは初めてじゃないかな」
「……?」
「最初は警察も阻止しようとして動いていたんだが、最近になって上層部の方針が変わってな。市民に犠牲者が出るのを極力抑えた上で、ある程度は、犯人を泳がせることにするみたいだ」
「……どういうことですか?」
「こういったテロは、どっちにしたって起こるんだよ。それだけ、市民の不満が高まっているということだ」
「はあ」
「今回、阻止したって、別の所で起こるだけだ。だったら一度、ガス抜きをしておいた方が良い」
「そういうもんなんですか?」
「まあ、そうなんだろうな。偉い人が考えたことだから、私には分からんよ。とにかく、もう決まったことだ」
亜紀の表情は読み取れないが、彼女がそれに納得しているわけでは無さそうだ。
「ただし、これは上層部だけの話で、現場の警官達には知らされていないらしい。当然、現場は犯人を捕らえる気満々というわけだ。でも、現場というのは上の指示に従って動くだけだからな。連中が一生懸命やっても、事件が起きる時は起きる」
「はあ」
「それで、私に軍の上層部から、心配だから、お前、行って見て来いと言われてな。要は、市民に犠牲者が出ないことが第一優先だが、後は警察の上層部の意向など知ったこっちゃない。できたらテロを阻止して警察に一泡吹かせてやりたい気もするが……、ただ、警察というのは軍を毛嫌いしている組織でな。特に、現場にその傾向が強い。つまり、現場の連中と協力し合ってというのも難しいだろうし、そうなると、勝手に犯人を捕まえるくらいしか楽しみは無さそうだな」
そこで、亜紀が薫の顔をじっと見て言った。
「でだ。水草、お前も私と一緒に来い」
「はい?」
「現場を経験するには、良いチャンスだ。明確な任務があるわけじゃないし、犯人を取り逃がしたところで誰にも文句は言われん。まあ、市民に多数の犠牲者が出ては困るが、それだって第一に責められるのは警察だ」
「あの、そこで私は何を……」
「別に何かを期待されてるわけじゃないって言っただろう。ただ現場にいて、その場の空気を吸っているだけで良いんだ。それで、まあ、そうだな。余裕があれば、そこで自分に何ができるかを、自分なりに考えてみろ」
「……はい」
「もちろん、現場なんて、実際は何が起こるか分からん。常に危険と隣り合わせだ。もし自分の身に危険を感じたら、拳銃をぶっ放してもかまわん。それで結果的に相手を殺してしまったって、仕方がないことだと思うことだ」
「……?」
薫は、すぐに返事ができなかった。
ここで即答できる人がいたとしたら、相当なバカか、自信過剰か、はたまたファンタジーの勇者とかに違いない。
それでも、亜紀は笑っていた。薫ができないとは微塵も思っていない、確信の笑みだった。
仕方がない。薫は決めた。
「分かりました。やらせて頂きます」
ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。
次話は薫視点で、射撃訓練が終わってからの話です。
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